アンドロイド アン・3
『その気……?』
パカ……床下収納の蓋がひとりでに開いた。
しばらくすると、形のいい両手が現れ、ハタハタと手がかりをまさぐった。何も無いと分かると、手は収納庫の縁に張りついた。
「えい」と可愛い掛け声が上がり、若い女性が収納庫から出てきて、月明かりの台所に立ち上がった。
「おお、まだいたのか……もう、とっくに帰ったかと思った」
振り向くと新之助がパジャマ姿で立っている。
「すっかりお爺さんになってしまったのね」
「ああ、三十年たっちまったからな……すまん、水を飲むんだ」
「あたしが……はい、どうぞ」
新之助はコップの水を受け取ると、コクンコクンと薬を呑んだ。
「心臓の薬ね」
「効きやしないんだけどね、医者がうるさくてな」
「……その気になった?」
「相変わらずだなあ、アンは」
「だって、そのために、あたしは来たんだもん」
「二百年先の未来からな……ま、落ち着かないから掛けようじゃないか」
新之助は椅子に掛けると、テーブルを隔てた向かいの椅子をアンに勧めた。
「……ここで、毎朝お味噌汁作ったのよね」
「ありがとう、お蔭で健康だったし、物覚えも良かった」
「また、こさえようか?」
「ハハ、ありがとう。でも、もういいよ」
「いいよ、直ぐにできるから!」
アンが身を乗り出すと、新之助は眩しそうに照れた。
「もう味噌汁を飲んでも遅い。この高階新之助の命は十日ほどしかもたない」
「……なんで?」
「アンのお蔭さ……頭が良くなったから、自分の寿命も分かるさ」
「治してあげる!」
「アンでも治せないよ、寿命だからな……その気にもならずに逝ってしまう。すまんな、アン」
「新之助……」
「ところで、その気って、なんの気か覚えているかい?」
「それは……つまり……えと……」
「……忘れてしまった……それとも、アンの中で変わってしまったかな?」
アンは懸命に思い出そうとした。CPUがフル稼働し、ラジエーターを兼ねた髪の毛に陽炎がたった。
「思い出さなくていい……こうやって現れてくれただけで、わたしは十分だよ」
新之助は、アンの手に優しく自分の手を重ねた。
「わたしが死んだら、孫の新一のところに行ってやってくれないか」
「新一……」
「この春から一人暮らしをしている。あの子にはアンのような存在が必要だ」
「その気にさせられるかしら?」
「わたしは、その気になってるよ……」
声のトーンが違うので、アンは少し戸惑った。
「だって、だろう。奥に布団は敷いたまま……どこまでアンの期待に沿えるか分からんが、その気持ちをむげにはできないよ」
そう言いながら、新之助はパジャマを脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと新之助!」
「え、だって、そのためにスッポンポンで出てきてくれたんだろ?」
「え…………キャー!!」
アンは、自分が裸であることに気づき、慌てて床下収納に飛び込んだ。
結局ははぐらかされたんだ……新一の味噌汁を作りながら、新之助との最後の会話を思い出すアンであった。
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