明神男坂のぼりたい
お祖母ちゃんのお見舞いに行った。
お風呂場でこけて右肩を骨折。いつもは元気なお祖母ちゃんがしょんぼりしている。
「もう一人暮らしは無理ねえ……今日子、どこか施設探してくれないかい」
ベッドに腰掛けて、腕吊って、情けなさそうに言うお祖母ちゃんは、かわいそうと言うよりは可笑しい。
まあ、今年で八十五歳。で、人生初めての骨折。弱気になるのは分かるけど、今回の落ち込みは重傷。
「あんな落ち込んだら、一気に……弱ってしまうなあ」
インフルエンザが流行ってるので、十分しか面会できなかった。
で、帰りにお祖母ちゃんの家に寄る途中で、お父さんがポツンと言った。
「そうだ、冷蔵庫整理してやらなきゃ」
お母さんは現実的。
入院は二か月と宣告された。やっぱり冷蔵庫の整理からだろうね。
昼からは、伯母ちゃん夫婦も来た。もう病院の面会はできなかったみたい。
「ババンツ、いっぱい野菜買って……」
伯母ちゃんとお母さんは、お祖母ちゃんのことババンツと言う。
乱暴とかわいそうの真ん中の呼び方。
「あたしも、大きくなったら、お母さんのことババンツて呼ぶの?」
小さい頃、そう言ったらお母さんは怖い顔した。
「そうだ、パーっとすき焼きしよう!」
伯母ちゃんの一言で、にわかにすき焼きパーティーになった!
なるほど、肉と糸コンニャク買ってきたら、すき焼きができるぐらいの材料だった。
お祖母ちゃん苦しんでるのに大丈夫って言うくらい盛り上がった。
「しんどいことは、楽しくやらなきゃね」
お母さんと伯母ちゃんの言うこともわかるけど、あたしは、若干罪悪感。それが分かったのか、こう返してくる。
「明日香は、ババンツのいいとこしか見てないからなあ。そんなカイラシイ心配の仕方できんのよ」
そうかなあ……そう思ったけど、すき焼き食べてるうちに、あたしもお祖母ちゃんのこと忘れてしまって、二階でマリオのゲームをみんなでやってるうちに、お祖母ちゃんのこと、それほどには思わなくなった。
明日香は情が薄いと思う自分も居たけど、伯母ちゃんとお母さんの影響か、コレデイイノダと思うようになった。
帰りは、掃除して、ファブリーズして、おじさんの自動車に乗せてもらって家まで帰った。
途中、信号待ちでクラスのS君を見た。
ほら、十日戎のとき、あたしがお祖母ちゃんのために買った破魔矢をあげて、それから学校に来るようになったS君。
歩道をボンヤリ歩いていた。一目見て目的のある歩き方じゃないのが分かった。
そう言えば、先週は学校で見かけなかった。
あたしってば気にも留めてなてなかった。
破魔矢あげたのも親切からじゃない。間がもたないから、おためごかしに、あげただけ。S君は、それでも嬉しかったんだ。その明くる日からは、しばらく来てた。それから、あたしはS君のことほったらかし。
ヤサグレに見えるけど、S君は、あたしなんかよりもピュア。
おじさんの車は、あっという間にS君を置き去りにして走り出した。
当たり前だ。あたし以外はS君のこと知らないもん。
「ちょっと、車停めて!」
その一言が言われなかった。
あたしは偽善者だなあ……なんだか、S君の視線が追いかけてくるような気がした……。
※ 主な登場人物
- 鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
- 東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
- 香里奈 部活の仲間
- お父さん
- お母さん 今日子
- 関根先輩 中学の先輩
- 美保先輩 田辺美保
- 馬場先輩 イケメンの美術部
- 佐渡くん 不登校ぎみの同級生