RE.乃木坂学院高校演劇部物語
「なんか、赤ちゃんのお手々みたいだね」
三学期最初のクラブでの二番目の言葉。
「おっす、アケオメ」
これが一番目。で二番目は、わたしが手のひらに乗っけてたそれを見た里沙の感想。
「ヒトデのミイラ」
これは夏鈴の感想。例外的に里沙の方がデリカシーがある。
で、その赤ちゃんのお手々のような、ヒトデのミイラみたいなものの正体は。
マルチヘッドフォンタップと申します!
何に使うかというと、テレビやオーディオに繋いで、最大五人まで同時にヘッドフォンが使えるという優れもの。
で、なんで、新学期早々の部活でこれが必要だったかと言うと、以下の通りなんです。
「じゃあ、テレビとデッキ運ぶよ」
「「「おー!」」」
と、元気はよかった……しかし現物を目にするとため息。別にイケメンを発見したわけではないのよね。
「どれでも好きなの持っていきな」
技能員のおじさんは、フレンドリーに言ってくれたのよね。
「どうせなら、おっきいのがいいよね」
「40インチくらいなら、持てるけど……」
わたしたちは、テレビの品定めをしている。
テレビやネットが4K対応になって液晶テレビが更新されて、学校中のハイビジョンテレビが使えなくなり、倉庫に集められれていた。
いずれ廃棄になるんだけども、デッキに繋げばDVDのモニターとして使えるので、技能員のおじさんが倉庫にとっておいた。それをいただきにきたってわけ。
液晶テレビって、軽い! 薄い! 高い! と決まったものなんだ。まあ、高いものだから学校もなかなか廃棄せずに残してある。
初期のハイビジョンテレビは今の数倍から十倍の値段だし、廃棄するにも一台5000円はするし、まだ使えるし。もったいないので残してある。
「この50インチくらいかな」
夏鈴が、お気楽に指差した。クリスマスの我が家でも50インチだったしね。
「ヨイショ……重い(;'∀')」
初期のハイビジョンは厚さが10センチほどもあって、スタンドのとこが転倒防止や角度調整機能とかで、見た目よりも、うんと重い。
三人がかりでやっと台車に載せてゴロゴロと押していく。
「「「はあ……」」」
三人そろってため息をついく。
わたしたちの部室は、クラブハウスの二階にある。階段の幅も狭く、上と下に一人ずつ付くしかない。
「「「無理……!」」」
これも三人そろった。
「テレビ運ぶのか?」
その声に振り返ると、山埼先輩が立っていた。先輩とはジャンケン勝負以来だ。
「ここでいいか?」
山埼先輩は、なんと一人でテレビを持ち上げ、マッカーサーの机まで運んでくれた。
「……観ることから始める。いいんじゃないか。マリ先生がいないんじゃ、今までみたいな芝居はできないもんな」
「機材もないし、人もいませんから」
取りようによっては嫌みな里沙のグチを、先輩はサラリと受け流した。
「まあ、事の始まりってのは、こんなもんさ。ま、力仕事で間に合うことがあったら言ってくれよ。オレとか宮里は慣れてっから」
「先輩たちは、どうしてるんですか?」
ペットボトルのお茶を注ぎながら聞いた。
「二年のあらかたは、G劇団に流れた。あそこ、うちの卒業生が多いから、違和感ないし。でも、ここに居てこそデカイ面できたけど、大人の中に入っちゃうとペーペー。勝呂だって、その他大勢だもんな」
「ま、事の始まりってのは、そんなもんですよ」
「ハハハ、そうだな。おまえらもがんばれや」
そう言って、お茶を一気のみして爽やかに行ってしまった。
DVDプレイヤーは、パソコンの方が便利だろうと、柚木先生がお古を無償貸与してくださった。
一応柚木先生が正顧問。
でも、自分は演劇には素人だからと、部活の内容には口出しされない。先輩たちとも先生とも良い距離の取り方。
明朗闊達、自主独立。久方ぶりに生徒手帳の最初に書いてある建学の精神を思い出した……正確には、里沙が呟いたのに、わたしと夏鈴がうなづいたってことなんだけどね。
それから、わたしたちは観まくった!
古い順に、『風と共に去りぬ』『野のユリ』『冒険者たち』『スティング』『ロンゲストヤード』『ロッキー』『フットルース』『ショーシャンク』『クリムゾンタイト』『ラブアクチュアリー』『プラダを着た悪魔』『最高の人生の見つけ方』『インヴィキタス』『パイレーツロック』『英国王のスピーチ』『人生ここにあり』
いずれも、不屈であり、我が道を行き、不利な状況を打ち破るお話ばかりで、広い意味で、お芝居って、人を元気にさせるものなんだと感じたよ。
とても全部について感想言ってる余裕はないけど、『人生ここにあり』は笑って、大笑いして、大爆笑! なんだか「馬から落ちて落馬して」みたいな言い方だけど、その通り。イタリア映画で言葉なんか分からない。字幕みてる余裕もないんだけど、とにかくダイレクトで伝わってきた。ストーリーは、まだ観てない人のために言えないけど。
―― クラブを続けてよかったんだ。きっといいものが創れるんだ! ――
そう確信できたことは確か。
ちなみに、これらの映画は、はるかちゃん経由で、大阪のタキさん(チョンマゲのオーナーシェフの『押しつけ映画評』を門土社で連載やってるおじさん)のお勧め。
で、DVDの大半は、はるかちゃんのお父さんからの借り物。
非常に経済的なクラブ運営に、里沙でさえほくそ笑んでおりました。だって使い残した部費を年度末にはパーっと使えるでしょ~が(^▽^)/
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 芹沢 紀香 潤香の姉
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 貴崎 サキ 貴崎マリの妹
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母