道具を交換したウミサチとヤマサチでしたが、慣れない道具では思うように獲物が得られません。
「やっぱり、お互い自分の道具が一番だ、元に戻そう」
ウミサチは弓矢をヤマサチに返します。
ところが、ヤマサチは釣り針を出さずにモジモジしています。
「どうかしたか、ヤマサチ?」
「あ……えと……なんだ……すまん、失くしてしまった!」
「え、失くしたあ!?」
「でっかい魚が食いついたんだけど、そのまま海の底に潜っちまって、その勢いで釣り糸が切れちまって……」
「って、大事な釣り針なんだぞ! あれが無くっちゃ、海のものは小魚一匹獲れやしないぞ!」
「す、すまん!」
「すまんですむかあ! 海に戻って取って来い! 取って来るまで帰ってくんなああああ!」
「あ、ああ、わかったよウミサチ(;'∀')」
ションボリ、シオシオと海辺に戻るヤマサチですが、広大な海を目の前にしてうな垂れるだけです。
海に落としたり沈んだものというのは見つけるのが難しいですねえ。
あの超ド級戦艦大和でも、おおよその沈没地点は分かっていましたが、発見されたのは五十年あまり後のことです。
まして、掌に載せて握ってしまえば隠れてしまうほどに小さな釣り針です。ヤマサチは肩を落とすしかありませんでした。
ザップ~ン
そんな時、波間からウミガメに乗ったジジイの神さまが現れました。
「お若いの、まだ午前中だというのに、なにをタソガレておられる?」
「あ、これは、潮の流れを監督するシホツチの神」
「そんなに泣かれては、海の塩分濃度が上がってしまう」
「すみません、じゃ、水筒の水で……」
「アハハ、うそうそ、冗談ですじゃ(^▽^)」
「は、はあ」
「あんたは、冗談ではなさそうですなあ、よかったら事情をお聞かせ願えまいか?」
「はい、実は、僕はヤマサチというんですが……」
ヤマサチは、事のあらましをシホツチの神に説明します。
「さようか、それはお気の毒な……」
シホツチは、ヤマサチに同情すると、指先をチョイチョイと動かします。
ザバババーーーーーン!
海の底から、竹で編んだ潜水艦のようなものが浮上してきます。
「こ、これは?」
「これは、勝間の小船と申しますじゃ。これに乗って海の底に行けば良い潮の流れに乗って『ワタツミの神の宮』というところに出ますじゃ、そこの井戸の傍の桂の木の陰に隠れてお待ちなされ、きっと開けてくるものがあるじゃろう」
「そ、そうですか! それでは、お言葉に甘えて!」
「おう、行っておいでなさい(o^―^o)」
シオツチはシオツチノカミともシオツチノトジとも呼ばれる老人の神さまで、潮の流れを司るだけではなく、製塩の神さまとして、各地で祀られています。
海から老人が現れて、困っている冒険者たちを助けたり助言したりする話は、ギリシア神話や東南アジアの昔話にもあると言います。
わたしの狭い知識ですが、海から現れるのはポセイドンとかのオッサンや老人が多いように感じます。人魚姫というのもありますが、人魚姫の親父はポセイドンではなかったかと思います。
湖や池から出てくるのは女神ですね。
正直な木こりが斧を落として「あなたの落とした斧はどれかしらあ?」と、木こりの根性を試すのは女神ですね。
水の中に住んでいるわけではありませんが、水浴びしているところを見てしまった猟師を鹿に変えて猟犬に食い殺させたのは少女の姿をした処女神アルテミスでありました。
海はオッサン、淡水は美女・美少女
では、海水と淡水が混ざる汽水は……妄想が膨らみます。
次回は、海の中のヤマサチに注目します。