ライトノベルベスト
二人の婦人警官さんと一人の女性警官さんに見送られて交番を後にした……。
まずは……そうだ、お仕事に行かなきゃ!
あたしは、モエチンの心で判断した。バッグを調べると、さすがはAKR、ゴールドカードが入っていた。
油断して素顔を晒していたので、タクシーに乗るまで二回御通行中のみなさんに掴まって握手会になった。そのままサイン会、撮影会になりそうだったので、やってきたタクシーに飛び乗った。
「お、あんた、AKRのモエチン!」
「帝都テレビまで、お願いします」
「やっぱ別人だったのかなあ……」
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっと前に、雰囲気がそっくりな子乗せたんだけどさ、帽子やマスクで顔隠してたからね。そういうときは礼儀として声はかけないの。でも、そっくりだったなあ」
あたしはピンと来た。本人は習慣で帽子とか被っちゃうんだろうけど、かえって分かる人には分かっちゃうんだ。
「あ、あの時の運転手さん!?」
ぼけておく。
「やっぱり、当たりだ!」
「ねえ、運転手さん。名刺もらえます?」
「ああ、どうぞ」
「仕事終わったら、もう一度連れていってもらえます? あんまり時間が無かったもんで、用事済んでないんです」
「ああ、いいすよ。そこに電話してもらって、わたしを指名してくださいな」
「モエチン、遅刻!」
楽屋に入ると、すぐに先輩の服部八重さんに叱られた。
「ごめんなさい。マネージャさんにも叱られたとこ」
「今日もフケるようなら、どうしようかと心配してたんだよ。卒業も近いんだし、きちんとしとかないとね」
同期の寺坂純が、遠慮無く突っこんでくる。
「じゃ、ヘアーメイクからいきます」
ヘアーメイクの安藤さんが、化粧前を示した。
ヘアーメイクしてもらいながら、メイク。自然にモエチンの心になっていく……。
投げやりに似た不安でいっぱいだった。
卒業したら、ほんとうにピンでやっていけるんだろうか……拓美ちゃんのオーラはないし、クララみたいに女優なんてできないし……卒業していったメンバーのことが次々と頭をよぎった。
AKRに入って八年。やるべきことはやってきた、矢頭萌として十分すぎるくらいに。
でも、逆に言うと、そのことに甘んじて、いつかはやってくる卒業を、他のメンバーのように考えて準備してきただろうか……そんな自己不信に似た不安で、頭がいっぱい。
「大丈夫?」
ヘアーメイクを終えた安藤さんが、鏡越しに心配してくれた。
「はい、大丈夫です」
スタジオに向かう廊下では、だれも話しかけてくれない。
でも、これは、おためごかしなんかじゃない突き放した愛情なんだ。美恵の心で、そう思った。そして、それがモエチンの心には、そう伝わっていないことが分かった。そうでなきゃ、この孤独感は理解できない。
「なんだか、今日のモエチン明るくね?」
「え、そうですか?」
MCの居中との会話。
「うん、いつも、ただ座ってますってみたいな感じだったけどさ」
「それは、失礼です」
八重さんが言う。
「みたいな感じじゃなくて、ほんとに座ってるだけだったんです」
メンバーの声が揃って、スタジオは爆笑になった。
そのあと、イグザイルとのトークの絡みでも、モエチンは寺坂純に「お黙んなさい!」と言われるぐらいに元気だった。
『さよならバタフライ』でも、フリも間違えず、元気に明るくこなすとができた。
これなら、この仕事が終わってから、なにかしら意味のあることがモエチンに言えそうだ。そんな気がした。
本番が終わると、所属プロの光会長が、手を上げて、あたしをスタジオの隅に呼んだ……。