「お前だとは分からなかった」
もう5回目だった。
からくも東京ゲルを脱出して、やっと東北ゲルまでたどり着き、第1セキュリティーからボスの小林一佐にたどりつくまで5回のチェックを受けた。
4回目のゲル中枢のチェックは無害であると判断しただけで、わたしの本当のシリアルを信じてもらえたわけではない。小林一佐のメンタルチェック? で、やっと信じてもらった。
「スグルは、そこまでやってお前を守ったのか……」
激しい敵の奇襲攻撃の中、東京ゲルのシェルターの中で、10分かけて、わたしをスグルにダウンロードした。
わたしの情報量は莫大なものなので、スグルは代わりにわたしの電脳にダウンロード、幾人かのガードの中で、わたしをダウンロードできるだけの電脳を持っているのはスグル一人だった。究極受信とも言われ、ダウンロードしたスグルの電脳には認識コード以外にスグルはかけらも残らない。
つまり、セキュリティーモニターに写っているわたしは、シリアルぐるみ外見は完全なスグルの姿をしている。わたしの体にダウンロードされたスグルはすぐにインストールし終わり、わたしの姿をし、わたしのシリアルコードを発していた。敵は、わたしの姿をしたスグルをわたしヒナタと認識、8発のパルスガ弾を撃ち込んで、粉砕してしまった。
スグルが居なくなった今、わたしにはガードは一人もいない。わたしがヒナタであることが初めて理解されて、湧いてきたのは味わったことのない孤独だった。
「すぐにお前の電脳を予備の義体に移し替えよう。お前の健在を示しておかなければ抑止力にならないからな」
「はい」
「そのむさ苦しい姿を直ぐにもどしてやるからな。しかし、むさ苦しくはあったが、惜しいガードを失ったものだ……」
そう言って小林一佐は、わたしにラボに行くように指示した。
いざという時のために、わたしの予備の義体はいくつか用意されていた。それはわたしにも分からなかった。スグルと入れ替わって初めて解凍された情報だ。
半透明なキャニスターの中には、真っ新なわたしが横たわっている。
美しいと思った。
わたしは最終兵器であると共に、宗教的シンボルといってもいい存在なのだ。外見も、それにふさわしく作られている。
「こんなのは、ただのマネキンの美しさだ。お前の電脳の中身が移植されれば、真の美しさと脅威が復活する。教授、あとはよろしく。念を押すようですが、このことは極秘でお願いします」
「君は、そちらのキャニスターへ」
「はい」
一瞬深い闇に落ちた感じがして、気が付くと隣のキャニスターの中には、今までわたしが入っていたスグルのボディーが抜け殻になっていた。
「やっぱり自分の体の方がいいだろう。右のボックスの中に着るものが入っている。早く着てしまいなさい」
教授は起動した機器をオフにしながら言った。
電脳の中身、すなわち魂が入れば、わたしのボディーは人格を持つ。やはり男としては目を向けないのが礼儀なのだろう。
「教授、スグルのボディーはどうなるんですか?」
「こいつは優秀だ。共食い用ボディーとして使わせてもらう。損傷してるアンドロイドは多いからな」
「なんとか元にはもどせないでしょうか……」
「ガードの最後の役割は、自分をヒナタの入れ物にして持ち帰ることだからな。ヒナタ、お前さんと最終兵器バルマの機能情報は莫大な量だ。入れ替わる時に、こいつの中身はスッカラカンだ」
「でも、しばらく待ってもらえませんか。スグルは空っぽだけど、スグルといっしょに戦ってきた者たちの心には、スグルの機能やら人格が記憶として残っています。それを集めれば復元できないでしょうか」
「記憶から機能と人格を復元……ひょっとしたら君の中に、未知のアビリティーがあるのかもしれんな。よし、十日だけ待ってみよう。こんなご時世だが、少しは夢を持ってもいいかもしれないな」
「わたし達生還したんですから」
「生還……かもしれんな」
教授が出て行ってから、改めてスグルの抜け殻を見た。
「戻ってこい……スグル」
呟きは、狭いラボの中で思いのほか大きく響いた……。