ライトノベルベスト
その次の土曜日、サイクリングに行った。
チイコはオレンジに乗り、おれがチイコのママチャリに乗った。オレンジは、かなりのアシストをしてくれたので、チイコは楽勝だ。
「自転車って、楽しいね!」
アシストされているとも気づかずに、チイコは楽しげだ。オレンジはうまくやってくれている。
オレは、当たり前のママチャリなので、どうなるか心配だったけど、これが平気で付いていけた。オレンジのやつ、新聞配達の間にアシストを少しずつ落としていって、どうやら近頃は、オレの筋力でやらせているようだ。騙されたようだが、悪い気はしない。
ただ、行き先が奇妙だった。
行き先はチイコが決めているようだが、実はオレンジが巧妙に誘導している。
「ハハ、もうほとんど埼玉県だよ」
スポーツドリンク飲みながら、チイコが壮快そうに言った。
「たしか、この辺は……」
「見て、自衛隊の基地だよ!」
オレたちは、阿佐ヶ谷の自衛隊駐屯地まで来てしまった。
「オレ、自衛隊に入る気はないぜ……」
小声でオレンジに言ってみた。
「これは、チイコちゃんの運よ」
と、一言言って黙ってしまった。
Japan Ground Self-Defense Force Public Information Center
そばには、もっとデカデカと陸上自衛隊広報センターと看板が出ていたが、オレンジの薫陶で、英文を見て訳すクセが付いてしまっている。
オレは、特に自衛隊フェチじゃないけど、展示物には迫力があった。生まれて初めて本物の戦車を見た。
二階のオープンシアターで、チイコは運命的な映像に出くわした。
女性自衛官が災害派遣や訓練に励んでいる姿である。
女性の自衛隊員が重機を動かしたり、中には幹部になって男性隊員を指揮している姿に感動していた。
「これだ……!」
チイコの進路が決定した。
チイコは、その場で入隊に関わる資料をもらい、明くる日の日曜にはオジサンの部屋で、資料とネットを駆使して、いろいろ調べた。
そして、チイコの心が決まった。
「あの部屋にいって、何もしないで出てきたの初めてだな」
「なに言ってんの、一番充実した一日だったわよ!」
チイコのトンチンカンが嬉しかった。
進路の先生は、進歩派なので、自衛隊には反対したが、チイコの決心は固かった。
そして、明くる春に、チイコは自衛隊に入った。
成績が優秀なので、南西方面遊撃連隊という、自衛隊の海兵隊のようなところに回された。
車の免許から、無線、小型船舶の免許まで取れて、チイコの嬉しそうなメールがくるのは、オレにも楽しかった。
三年後、オレは、大学生になっていた。
うちの高校からは二人しか通らない難関の大学で、みんなは奇跡だと言ったが、オレには当たり前だった。
そのころから、オレンジの口数が少なくなってきた。
「どうか、したの?」
オレンジが、久々に人間の姿で現れた時に聞いてみた。相変わらずオレンジのセーラー服を着て、ベッドのおれの横に寝転がった。
「変わったわね、ナオキもチイコも」
「そうか? ま、確かにね……オレンジのおかげだよ。ここまで立ち直れたの。ありがとう」
「なに言ってんの、二人の力よ。二人の可能性がゼロなら、あたしが何をやっても答はゼロよ。チョイ借りのつもりが三年もいっしょに居ちゃった……」
珍しく、オレンジの声が湿っている。
「どうかしたのか?」
そう言うと、オレンジは横向きになって背中を見せた。思わず肩に手をやった。
当たり前なんだろうけど、人間の女の子のように柔らかくて暖かかった。
「お願い、しばらく、そうしていてくれる」
「あ、ああ……人間のオレンジに触ったの初めてだな」
「ありがとう、人間て言ってくれて」
「オレンジ……」
「そのまま、これ以上はチイコちゃんに悪い」
その明くる日、オレンジが居なくなった……。