RE・友子パラドクス
いったん撤退せざるを得ない……
司教を捕らえるどころか、このままでは自分たちも無事では済まなくなる。
――いったん撤収しよう――
滝川も思念を飛ばしてきた。
――それしかないみたい――
――ポチ、ハナ、撤収!――
――ラジャー!――
ビシャビシャビシャ!
申し訳ないとは思いながら、アンデッドと化した住民たちを粉砕しつつ出口を目指す。
トラップの大半は無力化されていたが、それでも僅かに生きているものや、刃や針をむき出しにしたまま固着しているものがあって、岩窟を出たときにはボロボロになってしまった。
ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ ハァ
肩で息をして、そして気づいた。
「ハナ?」
ハナの姿が見えない。
「ポチ、ハナはどうした!?」
「え……しまった(;'皿')」
「待て、今戻ったらおまえもやられる」
「だって、ハナがぁ(;'▢')!」
「ハナぁぁぁぁ!!」
ハナは、まだ四カ月の子犬なのだ、御子母子を助け、アンデッドたちを破壊せずに無力化させ、クリーチャー共を倒し、その上で司教を確保する……無理だった。
ポチは滝川の腕の中で足掻き、友子は地面に両手をついた。
ピッシャーーーー!!
突然岩窟の中から閃光がほとばしり出て、三人は突然の雷に打たれたように目を庇った。
「ハ、ハナが!」
「待て、なにか出てくる」
滝川に押しとどめられて、岩窟の入り口を見ると、三人の人影が出てくるのが見えた。
一人は女性、あるいは女性型の義体あるいはロボットで、二体の男性型を引き連れている。
余光を残していた岩窟がようやく収まって、三人の姿が明らかになってきた。
「し、栞!?」
それは、50年後の未来、黒部峡谷近くの組織本部を壊滅させたとき以来の栞の姿であった。
「お久しぶりお母さん」
「どうして、栞が……」
「あの司教は、わたしたちの時代から越境してきた指名手配犯。トリップシステムをクラッシュさせて逃亡して来ていたの。復旧に時間がかかってしまって。ごめんなさい」
「とぎれとぎれに通信してきたのは、そういうことだったのね」
「うん、古いシステムを構築し直して、なんとかしようと思ったんだけど、あれが精いっぱいで……あ、そうだ」
後ろの男性型を促すと、抱えていたポッドを示した。
「中でハナを保護したの。でも、怪我がひどくてAEDポッドに入れて保護してる。この時代のスキルじゃ治せないから、しばらく預かるわ」
「そうだったの、ありがとう栞」
うん……と頷いた栞の視線が滝川に向いた。
「あ、こちら……」
「助かりました中佐」
「中佐?」
「え……言ってないんですか?」
「あ、いや……」
「この人は、特務師団の滝川中佐、除隊してからはあちこちリープしては……」
「それ以上は個人情報だ中尉」
滝川が退役した義体兵士であることは承知していた友子だが、考えて見れば21世紀の時代に、こんな高度な義体化の技術があるはずもない。
「中佐のお働きが無ければ、この出動はありませんでした」
「滝川さん、いつから、わたしに?」
「気まぐれだから憶えてないよ」
目線を避ける滝川だったが、友子の頭には、子どもの頃にディズニーランドで撮った写真が浮かんでいた(47『友子のマッタリ渇望症・3』)
「中尉、司教の移送が完了したようです。帰還命令を受信しました」
後ろの男性型が無機質に告げる。この二人は、ただの部下なのかお目付け役なのか分からない友子だ。
「ハア……じゃ、そろそろ行くわ。ハナは直り次第届けるから」
「うん、頼むわ」
「それじゃ」
「それから……」
「なに、お母さん?」
「お母さんじゃなくて『トモさん』だよ」
「え、あ、ごめん、トモさん!(^_^;)」
初めて娘らしい笑顔を向けると、部下と共に光の中に消えて行った。
「さあ、わたしたちも……あれ?」
滝川の姿も消えて、ポチ一人が気まずそうにお座りしていた。
「気まぐれなオッサンでぇ……家まで送るように言いつかってるんで……行こうか、トモさん?」
地球離れした岩山の向こうに、何事も無かったように朝日が昇るカッパドキアの風景が広がって消えていった。
友子パラドクス 完
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部
- 水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
- 滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士