「泉希ちゃん、このお金……」
嫁の佐江が、やっと口を開いた。
「はい、お父さんの遺産です」
「こ、こんなにあるのなら、もう一度遺産分けの話しなきゃならないだろ、母さん!」
亮太が色を成した。
「あ、ああ、そうだよ。遺産は妻と子で折半。子供は人数で頭割りのはずだわよ!」
「そうだそうだ」
「アハハハ」
「な、なにがおかしいの!?」
「だって、お父さんの子どもだって認めてくれたんですよね!?」
「「あ……」」
5000万円の現金を目の前に、泉希をあっさり亮の実子であることを認めるハメになってしまった。
そして。
「残念ですけど、これは全てあたしのお金です」
「だって、法律じゃ……」
「お父さんは、宝くじでこれをくれたんです。これが当選証書です。当選の日付は8月30日。お父さんが亡くなって二週間後です。だから、あたしのです。嘘だと思ったらネットで調べても、弁護士さんに聞いてもらってもいいですよ(^▽^)」
亮太がパソコンで調べてみたが、当選番号にも間違いはなく、法的にも、それは泉希のものであった。
泉希は、亮太が結婚するまで使っていた三階の6畳を使うことにした。机やベッドは亮太のがそのまま残っていたのでそのまま使うことにした。足りないものは三日ほどで泉希が自分で揃えた。
「お母さん。あたし学校に行かなきゃ」
「今まで行っていた学校は?」
「遠いので辞めました。編入試験受けて別の学校にいかなきゃ!」
泉希は三日で編入できる学校を見つけ、さっさと編入試験を受けた。
「申し分ありません。泉希さんは、これまでの編入試験で最高の点数でした。明後日で中間テストも終わるから、来週からでも来てください」
都立谷町高校の教務主任はニコニコと言ってくれ、担任の御手洗先生に引き渡した。
「御手洗先生って、ひょっとして、元子爵家の御手洗さんじゃありませんか?」
御手洗素子先生は驚いた。
初対面で「みたらい」と正確に読めるものもめったにいないのに、元子爵家であることなど、自分でも忘れかけていた。
「よく、そんなこと知ってたわね!?」
「先生のお歳で「子」のつく名前は珍しいです。元皇族や華族の方は、今でも「子」を付けられることが多いですから。それに、曾祖母が御手洗子爵家で女中をしていました」
「まあ、そうだったの、奇遇ね!」
付き添いの今日子は、自分でも知らない義祖母のことを知っているだけでも驚いたが、物おじせずに、すぐに人間関係をつくってしまう泉希に驚いた。
泉希は一週間ほどで、4メートルの私道を挟んだ町会の大人たちの大半と親しくなった。
6人ほどいる子供たちとは、少し時間がかかった。今の子は、たとえ隣同士でも高校生になって越してきた者を容易には受け入れない。で、6人の子供たちも、それぞれに孤立してもいた。
町内で一番年かさで問題児だったのは、四軒となりの稲田瑞穂だった。
泉希は、平仮名にしたら一字違いで、歳も同じ瑞穂に親近感を持ったが、越してきたあくる朝にぶつかっていた。
早朝の4時半ぐらいに、原チャの爆音で目が覚め、玄関の前に出てみると、この瑞穂と目が合った。
「なんだ、てめえは?」
「あたし、雫石泉希。ここの娘よ」
「ん、そんなのいたっけ?」
「別居してた。昨日ここに越してきたんだよ」
「じゃ、あの玉無し亮太の妹か。あんたに玉がないのはあたりまえだけどね」
「もうちょっと期待したんだけどな、名前も似てるし。原チャにフルフェイスのメットてダサくね?」
「なんだと!?」
「大声ださないの、ご近所は、まだ寝てらっしゃるんだから」
「るっせえんだよ!」
ブン!
出したパンチは虚しく空を打ち、瑞穂はたたらを踏んで跪くようにしゃがみこんでしまった。
「初対面でその挨拶はないでしょ。それに今の格好って、瑞穂があたしに土下座してるみたいに見えるわよ」
カシャ
「テヘ、撮っちゃった(^ν^)」
「て、てめえ……(╬•᷅д•᷄╬)」
「女の子らしくし……っても、瑞穂は口で分かる相手じゃないみたいだから、腕でカタつけよっか。準備期間あげるわ。十日後、そこの三角公園で。玉無し同士だけどタイマンね、小細工はなし」
「なんで十日も先なのさ!?」
「だって、学校あるでしょ。それに、今のパンチじゃ、あたしには届かない。少しは稽古しとくことね」
そこに新聞配達のオジサンが来て「おはようございます」と言ってるうちに瑞穂の姿は消えてしまった。