大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト〔左足の裏が痒い……〕

2021-11-30 05:43:14 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
 左足の裏が痒い……〕   




 

 左足の裏が痒くて目が覚めた。

 覚めたと言っても、頭は半分寝ている。無意識に膝を曲げて手を伸ばす。

 掻こうと思った左足の裏は、膝から下ごと無くなっていた。

「あ、まただ……」

 そう呟いて、あたしは再びまどろんだ……。

 目覚ましが鳴って、本格的に目が覚める。

 お布団をけ飛ばして、最初にするのは、パジャマの下だけ脱いで左足の義足を付けること。

 少し動かしてみて、筋電センサーがきちんと機能しているのを確かめる。

―― よし、感度良好 ――

 そして、再びパジャマの下を穿いて、お手洗いと洗顔、歯磨き。

 それから部屋に戻って、制服に着替える。そして、念入りにブラッシング……したいとこだけど、時間がないので手櫛で二三回。自慢じゃないけど髪質がいいので、特にトリートメントしなくても、まあまあ、これで決まる。

 むろん、セミロングのままにしておくのなら、これでは気が済まない。きゅっとひっつめてゴムで束ねた後、紺碧に白い紙ヒコーキをあしらったシュシュをかける。

 

 これで、標準的なフェリペ女学院の生徒の出来上がり。

 お父さんが出かける気配がして苦笑、直ぐにお母さんの声。

「早くしなさい、遅刻するわよ!」

 遅刻なんかしたことないけど、お母さんの決まり文句。あたしと声が似ているのもシャクに障る。

「はーい、いまいくとこ!」

 ちょっと反抗的な感じで言ってしまう。実際ダイニングに降りようとしていたんだから。

 お父さんが、ほんの少し前まで居た気配。お父さんの席に折りたたんだ新聞が置いてある。

「まだ、そこに新聞置くクセ治らないのね」

「え……」

 洗濯物を、洗濯機に入れながらお母さん。

「そういうあたしも、お父さんが出かける気配がするんだけどね」

 と言いながら、ホットミルクでトーストとスクランブルエッグを流し込む。

「また、そんな食べ方して。少しは女の子らしく……」

「していたら、本当に遅刻しちゃう」

「それなら、もう五分早起きしなさい!」

「こういう朝のドタバタが、年頃の女の子らしいんじゃん」

「もう、減らず口を……」

「言ってるうちが花なの。ねえ、一度トーストくわえたまま、駅まで走ってみようか!?」

「なにそれ?」

「よくテレビドラマとかでやってんじゃん。現実には、そんな人見たことないけど」

 これだけの会話の間に食事を済ませ、トイレに直行。入れてから出す。健康のリズム。

 消臭剤では消しきれなかったお父さんのニオイがしない。ガキンチョの頃から嗅ぎ慣れたニオイ。

 

 これで、現実を思い知る。

 

 お父さんは、もういない……三か月前の事故で、お父さんは、あたしを庇って死んでしまった。

 あたしは、左足の膝から下を失った。

 最近、ようやくトイレで泣かなくなった。

「よし、大丈夫」

 本当は学校で禁止されてんだけど、セミグロスのリップ付けて出発準備OK!

「いってきまーす!」

「ちゃんと前向いて歩くのよ、せっかく助かった命なんだから」

 少しトゲのある言い方でお母さん。

 あのスガタカタチでパートに出かける。あたしによく似たハイティーンのボディで。

 あの事故で、お母さんはかろうじて脳だけが無事で、全身、義体に入れ替わった。オペレーターが入力ミスをして、お母さんの義体は十八歳。

 一応文句は言ったけど、本人は気に入っている。区別のため、お母さんはボブにしているけど、時々街中で、友だちに、あたしと間違われる。

 駅のホームに立つと、急ぎ足できたせいか、また左足の裏がむず痒くなる。

 この義足は、保険の汎用品なので、痒みは感じないはずなんだけど……。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 泉希 ラプソディー・3〈泉... | トップ | 鳴かぬなら 信長転生記 4... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ライトノベルベスト」カテゴリの最新記事