ライトノベルベスト
左足の裏が痒くて目が覚めた。
覚めたと言っても、頭は半分寝ている。無意識に膝を曲げて手を伸ばす。
掻こうと思った左足の裏は、膝から下ごと無くなっていた。
「あ、まただ……」
そう呟いて、あたしは再びまどろんだ……。
目覚ましが鳴って、本格的に目が覚める。
お布団をけ飛ばして、最初にするのは、パジャマの下だけ脱いで左足の義足を付けること。
少し動かしてみて、筋電センサーがきちんと機能しているのを確かめる。
―― よし、感度良好 ――
そして、再びパジャマの下を穿いて、お手洗いと洗顔、歯磨き。
それから部屋に戻って、制服に着替える。そして、念入りにブラッシング……したいとこだけど、時間がないので手櫛で二三回。自慢じゃないけど髪質がいいので、特にトリートメントしなくても、まあまあ、これで決まる。
むろん、セミロングのままにしておくのなら、これでは気が済まない。きゅっとひっつめてゴムで束ねた後、紺碧に白い紙ヒコーキをあしらったシュシュをかける。
これで、標準的なフェリペ女学院の生徒の出来上がり。
お父さんが出かける気配がして苦笑、直ぐにお母さんの声。
「早くしなさい、遅刻するわよ!」
遅刻なんかしたことないけど、お母さんの決まり文句。あたしと声が似ているのもシャクに障る。
「はーい、いまいくとこ!」
ちょっと反抗的な感じで言ってしまう。実際ダイニングに降りようとしていたんだから。
お父さんが、ほんの少し前まで居た気配。お父さんの席に折りたたんだ新聞が置いてある。
「まだ、そこに新聞置くクセ治らないのね」
「え……」
洗濯物を、洗濯機に入れながらお母さん。
「そういうあたしも、お父さんが出かける気配がするんだけどね」
と言いながら、ホットミルクでトーストとスクランブルエッグを流し込む。
「また、そんな食べ方して。少しは女の子らしく……」
「していたら、本当に遅刻しちゃう」
「それなら、もう五分早起きしなさい!」
「こういう朝のドタバタが、年頃の女の子らしいんじゃん」
「もう、減らず口を……」
「言ってるうちが花なの。ねえ、一度トーストくわえたまま、駅まで走ってみようか!?」
「なにそれ?」
「よくテレビドラマとかでやってんじゃん。現実には、そんな人見たことないけど」
これだけの会話の間に食事を済ませ、トイレに直行。入れてから出す。健康のリズム。
消臭剤では消しきれなかったお父さんのニオイがしない。ガキンチョの頃から嗅ぎ慣れたニオイ。
これで、現実を思い知る。
お父さんは、もういない……三か月前の事故で、お父さんは、あたしを庇って死んでしまった。
あたしは、左足の膝から下を失った。
最近、ようやくトイレで泣かなくなった。
「よし、大丈夫」
本当は学校で禁止されてんだけど、セミグロスのリップ付けて出発準備OK!
「いってきまーす!」
「ちゃんと前向いて歩くのよ、せっかく助かった命なんだから」
少しトゲのある言い方でお母さん。
あのスガタカタチでパートに出かける。あたしによく似たハイティーンのボディで。
あの事故で、お母さんはかろうじて脳だけが無事で、全身、義体に入れ替わった。オペレーターが入力ミスをして、お母さんの義体は十八歳。
一応文句は言ったけど、本人は気に入っている。区別のため、お母さんはボブにしているけど、時々街中で、友だちに、あたしと間違われる。
駅のホームに立つと、急ぎ足できたせいか、また左足の裏がむず痒くなる。
この義足は、保険の汎用品なので、痒みは感じないはずなんだけど……。