大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乙女と栞と小姫山・24『お尻事件始末記』

2020-04-23 05:52:24 | 小説6

乙女小姫山・24  

お尻事件始末記     

 

 

 二人を前にして、校長はなんと言っていいものか迷っていた。
 

 手島栞は遠慮のない目で、アルカイックにスマイルしながら校長を見ている 。石長(いわなが)さくやは、呼び出された校長室が珍しく、目だけキョロキョロさせている。
 

 同席者は、学年生指主担と担任(湯浅は謹慎中なので副担)であった。

「とにかく、問題がまだ動いているうちに、こういう行動は困るなあ……」

 さすがの校長も、煮え切らないグチのような切り出しになる。
 

 昨日の栞とさくやがやったことは、『女子高生、尻丸出し抗議!?』というタイトルが付いて、You tubeでアップロ-ドされてしまった。スカートをまくって丸出しにしたお尻に「くたばれチキン」「カウンセラー!」とチキンのワッペン。よく見れば、ハーパンの上にラバーのお尻を付けているのが分かるのだが、一瞬本物に見える。そして『フライングゲット!』の台詞と、決めポーズまで入り、バスの乗客の笑い声まで入っている。一晩でアクセスは2000件に達していた。
 

「まあ、品位に欠ける行動ということで、校長訓戒で、お願いしたいと思います」

 二年の生指主担の磯野が提案した。

「それは、やらんほうが、ええと思います」

  乙女先生は、そう言うとスマホの画面を見せた。

「この動画はコピーされて、『フライングゲット』というタイトルでも出てます。あ、今コメントが入りました『あんたたちやるねえ。キンタロー(^0^)V』本物かどうかはともかく、これのアクセスも2000を超えてます。それに、なにより本人がブログで、この動画を貼り付けて、ひとくさり語ってます」

「『これで、いいのか府教委』です」  涼しい顔をで栞が申し添えた。

「ちょっと見せてもらえますか」  乙女先生は、栞のブログを出して、校長に見せた。

「……『これでいいの、府教委のマニュアル対応!?』……過激だね」

「はい、府教委は、イジメと同じ対応でやってます。カウンセラーのオバサンの話も的はずれでした。それ、本人も分かってるから、駅前でわたしを見てもシカトしたんです。問題は大阪の高校教育のあり方そのものなんです。昨日のコメントは60件あまりですけど、賛成がほとんどです」

「ネットをオモチャにしてたら、そのうちしっぺ返し受けるで」  

 磯野が、無機質に言う。

「そっくりそのまま、お返しします。わたしは傷つくのは覚悟の上です。もう一週間もこんなピント外れな対応やってると、社会問題化しますよ。乙女先生、梅沢忠興で検索してください」

「梅沢……聞いたことあるなあ」

「文部大臣の諮問委員をやっていた教育学の権威ですよ。わたしの、上司でもありましたが……」

「あ、出てきました。『大阪府立小姫山青春高校からの考察』長い文章だ……」
 

 結局、今回の『お尻事件』は、校長の判断でお構いなしになった。校長は皆を帰した後、府教委の指導一課長と電話で長話をした。芳しい返事がなかった、あるいは進展がみられないことは昼の食堂で分かった。

 水野校長は、平気で生徒といっしょに昼を食べる。乙女先生は、前任校からの癖で、別の理由で食堂を利用する。いまだに生指としての食堂指導に入ってしまうのだ。もっとも、ここの生徒はお行儀がいいので、指導することはほとんどない。その分、生徒の話を聞いて、リアルタイムで、生徒の状況を掴んでいる。

 栞のことは、やはり話題になっている。生徒の大半は、事の善し悪しは別にして、高校生離れした行動に違和感を持ち始めている。事がどちらに転んでも、栞は、学校の中で孤立していくだろう。
 

「校長さん、ちょっとまいってるで……」

「え、そうですか。楽しそうに生徒と話ししてらっしゃいますけど」  

 真美ちゃん先生は、食後のアイスを美味しそうに食べながら、上の空で返事した。

「MNBの話で盛り上がってるみたいやけど、あれは演技やな。うどんが一筋残って、出汁もほとんど飲んでへん」

「え、そんなとこまで見てるんですか?」

「刑事と教師は、人間観察がイロハや……」

 真美ちゃん先生は、乙女先生が、すごいのか、みみっちいのか判断がつきかねた。
 

 仕事帰り、駅のホームの端に栞が立っていることに気が付いた。

 

「あ、栞やないの」

「あ、乙女先生……」

「あんた、ホーム反対側やろ?」

「今日は、これからナニワテレビです」

「今回のことでか……?」

「はい、急遽梅沢先生と対談することになりまして」

「あの、梅沢忠興!?」

「ええ、先生のご希望で……」

「あんた……本気の本気やねんなあ」

「ええ、でも、蟷螂(とうろう)の斧だと思ってます。ちょっと毛色の変わった女子高生が面白いことを言ってる……いい時事ネタなんでしょう」

「達観してんねんなあ」

「なんで、こんなホームの端に立ってると思います?」

「え……?」

 意外な質問に、さすがの乙女先生も意表を突かれた。

「ここで、飛び込んだら、確実にわたしは電車にはね飛ばされ、わたしの体は、下りの線路中央か、このホームの中央に叩きつけられます……血みどろになってね。駅の中央だから、いろんな人が見てシャメってくれるでしょう。そうしたら……世の中は、もっと本気で考えてくれるんじゃないかしら……」

「栞……」

「ハハ、驚きました? やったー、乙女先生、ドッキリカメラ成功!」

 栞は嬉しそうに、スマホで乙女先生を撮り始めた。

「……栞、電源入ってへんで」

「ハハ、冗談ですよ。ナニワテレビは、U駅の最後尾が一番近いんです。それだけです!」
 

 いっしょに電車に乗り込んだ乙女先生は、扉のガラスに映る栞の目に深い闇を見たような気がした……。


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