あのころの自分・4
『女子トイレの張り番』
怪しいと思った。
人は行動を起こすとき、その目的や意欲によって、その場にふさわしいテンポと程よい緊張感を持っているものである。
その時、女子トイレに駆け込んだ三人は、いくら女子トイレ入り口の扉が(個室ではなく)外されていたとしても僅かに余計な緊張感とテンポの速さであった。
扉を外した女子トイレは、洗面のあたりに三人、個室から水音をさせながら出てきた者が一人、映画のガヤ(その他大勢の賑やかなシーン)なら黒澤明でも合格点をくれそうな下町の公立高校女生徒の自然な風景の中にいた。
あとから駈け込んで来た女生徒三人は、微妙に自然さから外れていた。
案の定、奥の個室から薄い煙が立ち上った。そこからは勢いである。
歩いても数秒で行ける個室まで、ダッシュした。
「おい、開けろ! 上から煙出てるのん、まるわかりやぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってえな……!」
衣擦れの音などせずに、急いで水を流す音がした……。
そのころ、男子トイレでの喫煙が下火になり、女子トイレでの喫煙が増え出し、生活指導の女の先生にトイレの張り番をしてもらっていた。そして見張りやすく、かつ学校の意志を示すために、喫煙が多い女子トイレの扉を撤去した。
それでも女子の喫煙は減らなかった。そこで、学年生指の男性教師が女性の先生といっしょに着くことになった。
「あ、あたしただトイレに入ってただけやで」
もう目が泳いでいた。
「嘘つけ、煙が見えた……このまま生指まで来い!」
「あたし、タバコなんか喫うてへんから」
「何回タバコの現場おさえてきた思てんねん。お前ら生まれる前からタバコの張り番やってんねんぞ」
わたしは、担任をやりながら生指をやるという、やや非常な配置を何度かやった。
生指には、男相手の荒事と、女子同士のもめ事や、いじめや不登校に関わる和事があった(他にも生活指導室常駐という駐在の仕事もある)わたしは和事が生指の仕事の半分以上だった。
それが、女子トイレとはいえ、一歩間違えればセクハラになりそうな女子トイレの張り番。これで喫われては校内喫煙に歯止めがきかない。
運よく生指の部屋に生指部長がいたので、女性の先生と三人で問い詰めた。
「先生が煙出るとこ見てはんねんぞ……様子もおかしい、正直に言えや、俺らも忙しいんじゃ、手間とらすな!」
数分のやりとりで、その生徒は、わたしの顔を見て(わたしの確信ぶりを確認して)タバコとライターを出した。
男子トイレは、三か月間昼休みの喫煙タイム(食後五分後くらい)25分間トイレの中で張り込むことで抑止した。午前中は遅刻や早退者、授業妨害でひっぱられてきた生徒の相手。たまに空き時間があると欠席生徒の家に電話をしたり、近場なら家庭訪問。
要領が悪いのだろう、そんなことばかりやっていた。昔と違って担任学年の教科を持つので、毎年、世界史・現社・日本史・政経を交代で教えていた。生徒はお金を出して教科書を買っているので、毎年教科書に合わせてノートを作り変えていた。
四十歳ごろには焦りがあった。こんな調子では、将来進学校に転勤したときには間に合わない。
杞憂であった。三十年の教師生活で、進学校にいくことはなかった。
卒業式の日、くだんのトイレ女子が三人で、生指にやってきた。
「先生、あのとき三人とも個室でタバコ喫うててんで!」
「ほんまか、分からんかったわ!」
本当は分かっていた。しかし現認した煙は一人分。三人を一人で検挙する力量もなかった。あげた生徒も他の二人については一言も言わなかった。生指部長も同様である。
女生徒三人は揶揄ではなく、懐かしい思い出として白状しにきたのである。
女子トイレを男性教師が張り番。今ならセクハラと言われる。懐かしい思い出。
『ノラ バーチャルからの旅立ち』ノラ バーチャルからの旅立ち:クララ ハイジを待ちながら:星に願いを:すみれの花さくころの4編入り(税込1080円)
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お申込の際は住所・お名前・電話番号をお忘れなく。
青雲書房。 mail:seiun39@k5.dion.ne.jp ℡:03-6677-4351
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怪しいと思った。
人は行動を起こすとき、その目的や意欲によって、その場にふさわしいテンポと程よい緊張感を持っているものである。
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あとから駈け込んで来た女生徒三人は、微妙に自然さから外れていた。
案の定、奥の個室から薄い煙が立ち上った。そこからは勢いである。
歩いても数秒で行ける個室まで、ダッシュした。
「おい、開けろ! 上から煙出てるのん、まるわかりやぞ!」
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四十歳ごろには焦りがあった。こんな調子では、将来進学校に転勤したときには間に合わない。
杞憂であった。三十年の教師生活で、進学校にいくことはなかった。
卒業式の日、くだんのトイレ女子が三人で、生指にやってきた。
「先生、あのとき三人とも個室でタバコ喫うててんで!」
「ほんまか、分からんかったわ!」
本当は分かっていた。しかし現認した煙は一人分。三人を一人で検挙する力量もなかった。あげた生徒も他の二人については一言も言わなかった。生指部長も同様である。
女生徒三人は揶揄ではなく、懐かしい思い出として白状しにきたのである。
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