漆黒のブリュンヒルデQ
こんなところがあったんだ……
学校帰り、芳子と二人で足を伸ばして世田谷城址公園に来ている。
いや、足を伸ばすというほどではない。
なにせ、豪徳寺の南隣だ。
通学路との間にマンションが立ちふさがっているが、子どもの頃から住んでいれば、十分に生活圏……というよりも子供には絶好の遊び場だ。通学路からはマンションと重なって背景の森のように見え、豪徳寺の緑とあいまって、日常の景色であって、特に意識することも無かった。
中世からの城跡を整備したもので、面積は世田谷八幡ほどだろうか、石垣で囲まれた防塁の跡がそこここにあって、防塁の合間を森の小道が走り、小道は枝を伸ばしてそれぞれの防塁を繋いでいる。
「子ども会の行事で来たじゃないですか、昆虫採集とか写生の会だったけど、先輩は男の子と戦争ごっこばかりやって叱られてましたよね」
「え……ああ、そうだったな。勝ってばかりなんで飽きてしまったがな」
状況に合わせて自動生成された記憶なんだが違和感がない。
さすがは、北欧の主神と言われた父だ。娘を放逐するにも無駄がない。
「わたしも入れてもらいたかったんですけどね、あの頃は見てるのが精一杯でしたからね」
「そうか、じゃあ、こんど学校のみんなで鬼ごっこをしよう」
「ですね、でも、出発は明後日だから、戻ってからですね」
「そうか、もう明後日なんだなぁ……」
芳子のアメリカ行きは、半分は芳子に憑りついている女学生の霊が望んでいるからだ。
ここに来たころなら問答無用に成敗していたかもしれない。
名前を持たないあやかしは、ただただ危ない存在だと思っていたし、いまも、そのことに変わりはないと思っている。
今度のことは……まあ、特別だ。
「友だちがね、お握りを落っことして、転がって行ったんですよ」
「おお、おむすびころりんではないか!」
「そうなんですよ! ころころ転がっていくと、本当に切り株のところに穴があって、コロリンと落ちて行って……」
「穴の中に白ネズミとかいたのか?」
「話し声が聞こえて、ともだちと覗いていたら先輩が来たんです」
「え、そうなのか?」
「そしたら、とたんに話し声がしなくなって、お握りも友だちのお弁当箱に戻っていて」
「そうか、なんか、いいことをしたのか悪いことをしたのか分からんな」
「いい思い出です!」
「そうか、それは良かった」
アハハハハ
二人で笑っていると、公園の入り口辺りで良からぬ気配がした。
「ちょっと待ってろ」
「先輩……」
公園入口のところに国民服の男が立っている。
少し疲れた感じで、明らかに戦時中から、このあたりを徘徊しているあやかし、あるいは妖化しかけた零体だ。
「そこを動くな! 貴様の名前は……」
『松本順二です』
「なに……」
国民服は、たった今、わたしの頭に浮かんだ名前をシレっと答えた。
「貴様……」
『お騒がせして申し訳ありません、まだ怪しの空気を纏っているかもしれませんが、浄化の道を進んでおりますので、どうかご容赦のほどを……』
「そ、そうか、ならば行け」
『失礼いたします』
そう言うと、国民服は横断歩道を渡って道の向こう側に行ってしまった。道の向こう側にはゲートルの学生服が待っている。
国民服が促すと、学生服は気後れしながらもキチンと礼をして、国民服と共に東の方に去って行った。
芳子の待っている防塁に戻って、ささやかに森林浴を楽しんで家に帰った。
☆彡 主な登場人物
- 武笠ひるで(高校二年生) こっちの世界のブリュンヒルデ
- 福田芳子(高校一年生) ひるでの後輩 生徒会役員
- 福田るり子 福田芳子の妹
- 小栗結衣(高校二年生) ひるでの同輩 生徒会長
- 猫田ねね子 怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
- 門脇 啓介 引きこもりの幼なじみ
- おきながさん 気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
- スクネ老人 武内宿禰 気長足姫のじい
- 玉代(玉依姫) ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
- お祖父ちゃん
- お祖母ちゃん 武笠民子
- レイア(ニンフ) ブリュンヒルデの侍女
- 主神オーディン ブァルハラに住むブリュンヒルデの父