アリスの目の前をウサギが小走りに通り過ぎた。
「時間が、時間が……」と、銀時計を見ては呟きながら。
よく見ると、それはウサギの耳が付いたフードをスッポリ被った女の子だった。
「なんか、アリスの旅立ちにぴったりやね」
千代子ママが言った。
「シカゴの魚は不味いやろから、いつでも戻っといで。美味い魚やったらいつでも食わしたる」
千代子パパが、泣き笑いしながら言った。
「それにしても、千代子は、どこ行ったんやろね……」
千代子バアチャンが首を伸ばした。
いよいよ、アリスの帰国が迫った、関空の出国ゲート前……。
「ごめん、アリス。待ち合わせ場所、間違うてしもて」
千代子が、引きずるように連れてきたのは東クンだった。
「ボクが悪いねん。電車の出口間違うてしもて」
「そんなことないよ、ウチがちゃんと教えてなかったさかい」
「いや、関空来るのん初めてやさかい、ちゃんと事前に……」
「ちゃうて、うちが……」
「いえいえ、それで結構です。遅ればせやけど、やっとアリスのミッションバレンタインも実を結んだみたいやよってに」
「アハハ……」
千代子と、東クンがいっしょに頭を掻いた。
昨日、シカゴに送る荷物を整理しているうちに、ひょんなことで東クンのことが話題になった。別に意識してのことでは無かった。大阪で、一番印象に残ってるのは……と、千代子が切り出した。
「そら、なんちゅうても帝都ホテルの一晩やな……」
「そやな……」
「バレンタインの願い星、きれかったなあ」
「あのとき、なに願い事したん?」
「そんなこと言えるかいな。言うたら効き目ないようになる」
そのとき、千代子のスマホが鳴った。
――明日、アリスの帰国。よろしく言っといて(^0^)――
東クンからのメールだった。
「アホやな。アリスに直接メールしたらええのに」
そう言いながら、千代子はスマホの画面をアリスに見せた。
「千代子、これは、indirect speech ……ええと、日本語で、間接話法やで!」
「え……?」
「鈍いオンナやなあ!」
そして、アリスは半ば強制的に、千代子に電話させた。
「……あ、そう。ほんなら東クンも見送りに来る?」
で、千代子は、時間と待ち合わせ場所だけを確認して、電話をきろうとした。
「アホか、肝心なこと言わな、あかんやろ!」
アリスは、スマホを取り上げ、同じ内容のことを東クンにも、渾身の大阪弁で伝えた。それから、黙ってスマホを千代子に返して、自分は廊下に出た。
結果は、今の二人を見ればよく分かる。
「さあ、そろそろ時間やで、アリス……」
「ほんまや……」
みんなが、笑顔でアリスを見つめた。万感の思いのこもった笑顔で……。
アリスは、自分が泣くなんて思ってもいなかった。笑顔で「SO LONG!」のつもりだった。
結局、涙のうちにみんなとハグし、赤く目を腫らして、出国ゲートをくぐった。
「SO LONG! さいなら!」
なんとかグチャグチャの笑顔で振り返って、手を振った。
飛行機が離陸するとともに、この半年のホームステイのことが、ばらまいた写真のように頭の中を巡った。
そして、気がつくとウサギが隣りで、懸命に、なんだかのパンフを読んでいた。
「なんか、アリスの旅立ちにぴったりやね」
千代子ママが言った。
「シカゴの魚は不味いやろから、いつでも戻っといで。美味い魚やったらいつでも食わしたる」
千代子パパが、泣き笑いしながら言った。
「それにしても、千代子は、どこ行ったんやろね……」
千代子バアチャンが首を伸ばした。
いよいよ、アリスの帰国が迫った、関空の出国ゲート前……。
「ごめん、アリス。待ち合わせ場所、間違うてしもて」
千代子が、引きずるように連れてきたのは東クンだった。
「ボクが悪いねん。電車の出口間違うてしもて」
「そんなことないよ、ウチがちゃんと教えてなかったさかい」
「いや、関空来るのん初めてやさかい、ちゃんと事前に……」
「ちゃうて、うちが……」
「いえいえ、それで結構です。遅ればせやけど、やっとアリスのミッションバレンタインも実を結んだみたいやよってに」
「アハハ……」
千代子と、東クンがいっしょに頭を掻いた。
昨日、シカゴに送る荷物を整理しているうちに、ひょんなことで東クンのことが話題になった。別に意識してのことでは無かった。大阪で、一番印象に残ってるのは……と、千代子が切り出した。
「そら、なんちゅうても帝都ホテルの一晩やな……」
「そやな……」
「バレンタインの願い星、きれかったなあ」
「あのとき、なに願い事したん?」
「そんなこと言えるかいな。言うたら効き目ないようになる」
そのとき、千代子のスマホが鳴った。
――明日、アリスの帰国。よろしく言っといて(^0^)――
東クンからのメールだった。
「アホやな。アリスに直接メールしたらええのに」
そう言いながら、千代子はスマホの画面をアリスに見せた。
「千代子、これは、indirect speech ……ええと、日本語で、間接話法やで!」
「え……?」
「鈍いオンナやなあ!」
そして、アリスは半ば強制的に、千代子に電話させた。
「……あ、そう。ほんなら東クンも見送りに来る?」
で、千代子は、時間と待ち合わせ場所だけを確認して、電話をきろうとした。
「アホか、肝心なこと言わな、あかんやろ!」
アリスは、スマホを取り上げ、同じ内容のことを東クンにも、渾身の大阪弁で伝えた。それから、黙ってスマホを千代子に返して、自分は廊下に出た。
結果は、今の二人を見ればよく分かる。
「さあ、そろそろ時間やで、アリス……」
「ほんまや……」
みんなが、笑顔でアリスを見つめた。万感の思いのこもった笑顔で……。
アリスは、自分が泣くなんて思ってもいなかった。笑顔で「SO LONG!」のつもりだった。
結局、涙のうちにみんなとハグし、赤く目を腫らして、出国ゲートをくぐった。
「SO LONG! さいなら!」
なんとかグチャグチャの笑顔で振り返って、手を振った。
飛行機が離陸するとともに、この半年のホームステイのことが、ばらまいた写真のように頭の中を巡った。
そして、気がつくとウサギが隣りで、懸命に、なんだかのパンフを読んでいた。
――あ、さっきのウサギオンナ!?
「おたく、シカゴ行かはりますのん?」
意外な大阪弁に、ウサギ女はアリスを見つめた。
「う、うん。シカゴに留学」
「ひょっとして、シカゴ大学?」
「え、あ、うん。あたしって、数学しか取り柄ないよってに」
「ウチ、今から、シカゴの家にかえるとこ。アメリカも不思議の国やけど、よろしゅうに!」
「あ、こ、こっちこそ!」
日本の領空を出たころ、アリスはウサギとお友だちになった……。
『不思議の国のアリス』 完
意外な大阪弁に、ウサギ女はアリスを見つめた。
「う、うん。シカゴに留学」
「ひょっとして、シカゴ大学?」
「え、あ、うん。あたしって、数学しか取り柄ないよってに」
「ウチ、今から、シカゴの家にかえるとこ。アメリカも不思議の国やけど、よろしゅうに!」
「あ、こ、こっちこそ!」
日本の領空を出たころ、アリスはウサギとお友だちになった……。
『不思議の国のアリス』 完