今日は、不発弾処理の日だ。
千代子パパは気を利かしてくれた。
「どや、店も休みやさかい、温泉でも行かへんか。河内長野にええ温泉あるで」
でも、オバアチャンが、こう言った。
「アリスちゃん。避難の体験してみよか?」
これで、迷っていた気持ちが落ち着いた。近所の小学校の避難所にいくことにした。
アメリカ人として、一度は向き合っておきたかったのだ。
日本とアメリカは、昔、ばかな戦争をやった。
千代子パパは気を利かしてくれた。
「どや、店も休みやさかい、温泉でも行かへんか。河内長野にええ温泉あるで」
でも、オバアチャンが、こう言った。
「アリスちゃん。避難の体験してみよか?」
これで、迷っていた気持ちが落ち着いた。近所の小学校の避難所にいくことにした。
アメリカ人として、一度は向き合っておきたかったのだ。
日本とアメリカは、昔、ばかな戦争をやった。
アリスのパパも、伯父さんのカーネル・サンダースも、あの戦争は日米双方に問題があった。と言っている。在郷軍人で、元市会議員をやっていたゲイルのジイチャンは「リメンバー・パールハーバー!」と、今でも言っている。ジイチャンはパパブッシュと同い年。硫黄島と沖縄戦を経験した筋金入りのベテラン(退役軍人)ジジイ。
アリスは、お隣のTANAKAさんのオバアチャンが一番間近な戦争体験者。オバアチャンは戦争で最初の旦那さんに死なれ、戦後は進駐軍としてやってきた二番目の旦那さんのオンリーさんになり、本人は「神さんの思し召し」と遠い眼差しになるだけで、戦争についてはなにも言わない。
アリスは、日本に来るについて覚悟はしていた。半年もいれば、どこかでこの問題にぶつかるだろうと。
でも、この半年、そのことで、日本人と問題……いや、話題にさえなった事がない。
一度、社会科の先生に聞いたことがある。その先生は、言葉少なに資料集のページを示した。
アリスは、お隣のTANAKAさんのオバアチャンが一番間近な戦争体験者。オバアチャンは戦争で最初の旦那さんに死なれ、戦後は進駐軍としてやってきた二番目の旦那さんのオンリーさんになり、本人は「神さんの思し召し」と遠い眼差しになるだけで、戦争についてはなにも言わない。
アリスは、日本に来るについて覚悟はしていた。半年もいれば、どこかでこの問題にぶつかるだろうと。
でも、この半年、そのことで、日本人と問題……いや、話題にさえなった事がない。
一度、社会科の先生に聞いたことがある。その先生は、言葉少なに資料集のページを示した。
――安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから――
そこには、広島の原爆碑の碑文が書かれていた。
「先生、これには主語があれへんのんとちゃいますか?」
「主語は……人類や。書いてないとこに意味がある」
先生はすまし顔で言ったが、アリスは、なにかはぐらかされたような気がした。
やはり、避難所の小学校の体育館に入るときは緊張した。
「先生、これには主語があれへんのんとちゃいますか?」
「主語は……人類や。書いてないとこに意味がある」
先生はすまし顔で言ったが、アリスは、なにかはぐらかされたような気がした。
やはり、避難所の小学校の体育館に入るときは緊張した。
きっと今まで経験したことがないような視線に晒される。なんといってもアメリカの置き土産の一トン爆弾のせいで避難してるんだから……。
暖房が効いた体育館は穏やかだった。ご近所同士で世間話をしたり、ゲームをしたり。中には、この小学校の卒業生なんだろう、十数人のオッチャン、オバチャンたちで、同窓会を始めたところもあった。
「なにか、ご不自由なことがありましたら、ど~ぞ、お申し付けください」
区役所のオッチャンが、丸腰の自衛隊の兵隊さんをはべらせてハンドマイクでハンナリと言った。アメリカで、こんな事態がおこったら、州兵が完全武装で立っているだろう。
正直、拍子抜けだった。どこかのアジアの国の留学生かなんかだろう。英語で、日本の悪口を言いまくっていた。中にはアリスのように英語が分かる者もいるだろうに、無神経なやつらだと思った。
三十分ほどして、緊張感も緩み始めたころ、アリスは、強い視線を感じた。
暖房が効いた体育館は穏やかだった。ご近所同士で世間話をしたり、ゲームをしたり。中には、この小学校の卒業生なんだろう、十数人のオッチャン、オバチャンたちで、同窓会を始めたところもあった。
「なにか、ご不自由なことがありましたら、ど~ぞ、お申し付けください」
区役所のオッチャンが、丸腰の自衛隊の兵隊さんをはべらせてハンドマイクでハンナリと言った。アメリカで、こんな事態がおこったら、州兵が完全武装で立っているだろう。
正直、拍子抜けだった。どこかのアジアの国の留学生かなんかだろう。英語で、日本の悪口を言いまくっていた。中にはアリスのように英語が分かる者もいるだろうに、無神経なやつらだと思った。
三十分ほどして、緊張感も緩み始めたころ、アリスは、強い視線を感じた。
視線の先には、家族らしい人たちに囲まれて、二人のオジイサンがいた。チラ見などというものではなかった。あきらかに、なにかの意志を持ってアリスを見つめている。
「ちょっと、止めときいや!」
千代子の注意も無視して、アリスは、オジイサンのところに行った。
「ウチに、なにかご用でしょうか?」
アリスは、緊張しながらも、丁寧に言葉をかけた。
「あんたさん、アメリカの人か?」
「はい、シカゴから来た交換留学生で、アリスて言います」
「お嬢ちゃん、大阪弁上手やなあ」
もう一人のオジイサンがにこやかに言った。アリスは、自分にとっての日本語は大阪弁であることをTANAKAさんのオバアチャンの話を交えて説明した。
「そうか、田中さんいうお人はオンリーさんやってはったんか……」
「で、ウチに、なにか……?」
「ハハ、いや、かいらしい子ぉがおるなあ思て。堪忍やで、わしら目ぇが悪いよって、つい睨みつけるような目ぇになってしもてな」
二人のオジイサンは、それで終わりにしようとした。
「オジイチャンら、戦争に行ってはったんとちゃいます」
「ああ、大昔の、しょうもない話や」
オジイサンは、蚊でも追うように手のひらをヒラヒラさせた。
「ひょっとして、第八連隊とちゃいます?」
オジイサンの手が止まった。
「……よう知ってんなあ」
「またも負けたか八連隊。それでは勲章九連隊……」
「「あ……アハハハ」」
ジイサン二人は、あっけにとられ、そして爆笑した。
「あんた、ほんまによう知ってんなあ!?」
「それも田中のバアサンに教せてもろたんか?」
「はい」
「八連隊は、必ずしも負けっぱなしやなかったけどな、占領したあとの軍政はうまかった。よその地方の部隊はカチコチ。大阪の人間はドガチャガやさかいな」
なつかしい言葉にアリスは、思わず笑った。
「ドガチャガてなに?」
ひ孫らしい、女の子が聞いた。
「ミイちゃん、あとで教せたる。ジイチャン、このアメリカの嬢ちゃんと話ししたいねん」
「八連隊が弱いいう噂は、ホンマにあった。せやさかい、この真ちゃんなんか、一生懸命やった。覚えてるか、奉天のねきの戦闘。真ちゃん、ションベンちびりながら、突撃言うてききよらへん」
「あれなあ……このタケヤンと、セイヤンが足引っ張って止めよった『真ちゃん、あかん。ここで突撃したら死ぬだけや。オカンからもくれぐれ言われてんのや、一人息子やさかい死なさんとって!』あれ、こたえたなあ」
「たまたま配属された小隊の隊長が真ちゃんやねんもんなあ、セイヤンと『ぜったい、真ちゃん戦死させたらあかん』て誓うたんや」
「まあ、あとで砲兵隊が援護してくれて、なんとか命は助かった」
「それで、ずっと戦地にいてはったんですか?」
「いや、終戦の春に、師団本部付きになってしもて」
「真ちゃんは、優秀やったさかい、本土決戦要員にもどされたんや」
「ほんなら、六月の大空襲の時は……?」
「あんた、ほんまに、よう知ってんなあ。そんなこと、よっぽどの年寄りやないと覚えてへんで」
「TANAKAさんのオバアチャン、日記つけてはりましたよって」
「しっかりした人やってんなあ、田中はんのおばあちゃんは」
「過去形で言わんといてください。まだ生きてはります」
「堪忍、堪忍。わしら、仲間内は、みんないてもうたさかいなあ……」
「あの大空襲は、事前に分かってたんや。せやけど、大本営から来よったエライやつらが、市民には秘密にせえ言うてきよった。師団の幹部とケンカしてたなあ」
「真ちゃん、あのときは、どないしてたんや」
「部隊で所帯持ちの兵隊は、病気いうことで、家に帰したった……」
「それて、軍律違反やで」
「おまえが、奉天でセイヤンとワシの足引っ張って止めたんも軍律違反やで」
「それとこれとは……」
「まあ、ドガチャガや」
「アハハ」
まるで落語のやりとり、アリスは、思わず笑ってしまった。
「で、真ちゃん、空襲の最中は……?」
「それはな……言いたない」
「教せてくださいよ。ウチ月末にはシカゴ帰りますよってに」
「田中のオバアチャンは、空襲の晩、どないしてはったんや?」
「いつもは閉まってる地下鉄のシャッターが開いてたさかい、逃げ込んで九死に一生やった言うてはります」
「そうか……そらよかったなあ!」
オジイサンの目から涙が一筋こぼれた。
「真ちゃん。ひょっとして、シャッター開けさせたんは、お前ちゃうか。あれについては、いろんな噂があったんやで」
「知らん、わしゃ知らん」
「……そうやな、こういうことは永遠の謎のほうがええもんなあ」
「せや……なんや、不発弾の処理されたみたいな感じやな」
「おじいちゃん、ボケたらあかんで、まだ不発弾処理終わってへんで」
ひ孫のミイちゃんが言って、爆笑になった。
「せやけどな、アメリカの嬢ちゃん。ワシら、他の年よりみたいに『あの戦争は悪かった』とは言わへんで」
「タケヤン……」
「そんなん言うたら、セイヤンやら死んだ三百万の日本人は犬死にになる……」
「ウチ、言葉もありません……」
「気ぃにせんといてな。あんたが、えらい聞き上手やよって、ワシらいらんこと言うてしもた」
「せや、せや。お嬢ちゃん、シカゴ帰ったら田中さんに、よろしゅう言うといて」
それから、ひとしきり昔話を聞いて三人でシャメったころ、市役所のオッチャンが丸腰の自衛隊員とともにやってきて、ハンドマイクで言った。
「ご迷惑おかけしました。ただ今、無事に不発弾の処理が終わりました」
アリスの日本滞在は、あと四日になってしまった……。
「ちょっと、止めときいや!」
千代子の注意も無視して、アリスは、オジイサンのところに行った。
「ウチに、なにかご用でしょうか?」
アリスは、緊張しながらも、丁寧に言葉をかけた。
「あんたさん、アメリカの人か?」
「はい、シカゴから来た交換留学生で、アリスて言います」
「お嬢ちゃん、大阪弁上手やなあ」
もう一人のオジイサンがにこやかに言った。アリスは、自分にとっての日本語は大阪弁であることをTANAKAさんのオバアチャンの話を交えて説明した。
「そうか、田中さんいうお人はオンリーさんやってはったんか……」
「で、ウチに、なにか……?」
「ハハ、いや、かいらしい子ぉがおるなあ思て。堪忍やで、わしら目ぇが悪いよって、つい睨みつけるような目ぇになってしもてな」
二人のオジイサンは、それで終わりにしようとした。
「オジイチャンら、戦争に行ってはったんとちゃいます」
「ああ、大昔の、しょうもない話や」
オジイサンは、蚊でも追うように手のひらをヒラヒラさせた。
「ひょっとして、第八連隊とちゃいます?」
オジイサンの手が止まった。
「……よう知ってんなあ」
「またも負けたか八連隊。それでは勲章九連隊……」
「「あ……アハハハ」」
ジイサン二人は、あっけにとられ、そして爆笑した。
「あんた、ほんまによう知ってんなあ!?」
「それも田中のバアサンに教せてもろたんか?」
「はい」
「八連隊は、必ずしも負けっぱなしやなかったけどな、占領したあとの軍政はうまかった。よその地方の部隊はカチコチ。大阪の人間はドガチャガやさかいな」
なつかしい言葉にアリスは、思わず笑った。
「ドガチャガてなに?」
ひ孫らしい、女の子が聞いた。
「ミイちゃん、あとで教せたる。ジイチャン、このアメリカの嬢ちゃんと話ししたいねん」
「八連隊が弱いいう噂は、ホンマにあった。せやさかい、この真ちゃんなんか、一生懸命やった。覚えてるか、奉天のねきの戦闘。真ちゃん、ションベンちびりながら、突撃言うてききよらへん」
「あれなあ……このタケヤンと、セイヤンが足引っ張って止めよった『真ちゃん、あかん。ここで突撃したら死ぬだけや。オカンからもくれぐれ言われてんのや、一人息子やさかい死なさんとって!』あれ、こたえたなあ」
「たまたま配属された小隊の隊長が真ちゃんやねんもんなあ、セイヤンと『ぜったい、真ちゃん戦死させたらあかん』て誓うたんや」
「まあ、あとで砲兵隊が援護してくれて、なんとか命は助かった」
「それで、ずっと戦地にいてはったんですか?」
「いや、終戦の春に、師団本部付きになってしもて」
「真ちゃんは、優秀やったさかい、本土決戦要員にもどされたんや」
「ほんなら、六月の大空襲の時は……?」
「あんた、ほんまに、よう知ってんなあ。そんなこと、よっぽどの年寄りやないと覚えてへんで」
「TANAKAさんのオバアチャン、日記つけてはりましたよって」
「しっかりした人やってんなあ、田中はんのおばあちゃんは」
「過去形で言わんといてください。まだ生きてはります」
「堪忍、堪忍。わしら、仲間内は、みんないてもうたさかいなあ……」
「あの大空襲は、事前に分かってたんや。せやけど、大本営から来よったエライやつらが、市民には秘密にせえ言うてきよった。師団の幹部とケンカしてたなあ」
「真ちゃん、あのときは、どないしてたんや」
「部隊で所帯持ちの兵隊は、病気いうことで、家に帰したった……」
「それて、軍律違反やで」
「おまえが、奉天でセイヤンとワシの足引っ張って止めたんも軍律違反やで」
「それとこれとは……」
「まあ、ドガチャガや」
「アハハ」
まるで落語のやりとり、アリスは、思わず笑ってしまった。
「で、真ちゃん、空襲の最中は……?」
「それはな……言いたない」
「教せてくださいよ。ウチ月末にはシカゴ帰りますよってに」
「田中のオバアチャンは、空襲の晩、どないしてはったんや?」
「いつもは閉まってる地下鉄のシャッターが開いてたさかい、逃げ込んで九死に一生やった言うてはります」
「そうか……そらよかったなあ!」
オジイサンの目から涙が一筋こぼれた。
「真ちゃん。ひょっとして、シャッター開けさせたんは、お前ちゃうか。あれについては、いろんな噂があったんやで」
「知らん、わしゃ知らん」
「……そうやな、こういうことは永遠の謎のほうがええもんなあ」
「せや……なんや、不発弾の処理されたみたいな感じやな」
「おじいちゃん、ボケたらあかんで、まだ不発弾処理終わってへんで」
ひ孫のミイちゃんが言って、爆笑になった。
「せやけどな、アメリカの嬢ちゃん。ワシら、他の年よりみたいに『あの戦争は悪かった』とは言わへんで」
「タケヤン……」
「そんなん言うたら、セイヤンやら死んだ三百万の日本人は犬死にになる……」
「ウチ、言葉もありません……」
「気ぃにせんといてな。あんたが、えらい聞き上手やよって、ワシらいらんこと言うてしもた」
「せや、せや。お嬢ちゃん、シカゴ帰ったら田中さんに、よろしゅう言うといて」
それから、ひとしきり昔話を聞いて三人でシャメったころ、市役所のオッチャンが丸腰の自衛隊員とともにやってきて、ハンドマイクで言った。
「ご迷惑おかけしました。ただ今、無事に不発弾の処理が終わりました」
アリスの日本滞在は、あと四日になってしまった……。