銀河太平記・223
パルス鉱という燃料鉱石はプレートが隣り合う別のプレートの下に沈み込んだところで生成される。
この太平洋地域においては西之島が最大最高の産出地だ。
我が政府は十余年前、洛陽号事件をきっかけに西之島への干渉を試みて失敗した。
我が国は日本海溝を挟んで隣り合うホトケノザに海上基地を作って、パルス鉱と西之島への興味を失っていないことを消極的に示した。
PIした劉宏大統領は、協調路線、遠い将来に親善を深めたうえで再度の攻略を考えているのだろう。ホットウォーに寄らない方法、あるいは日本人にそうとは気づかせない方法で。しかし、そんな悠長なことはやっていられない。
「無理なお願いをしましたが、快く受け入れていただき感謝に耐えません」
「困った時はお互いさまです朱大佐、いや退役されて所長でしたね。パルスコンベアを使いますので、少々時間はかかりますが、鉱石への衝撃はほぼゼロです」
「ありがとうございます、これで、品質を落とさずに移送ができます」
「では、さっそく取り掛かりましょう。サブ、準備はいいかい?」
「OK、社長!」
ほう、日ごろは殿下と呼ばれているはずだが、外部の人間には呼び方を変えているようだ。
「前よし、後ろよし、移送開始!」
ウィーーン
若い技師が合図すると、コンベアが動き出し、坑内の選鉱機まで運ばれる。コンベアは鉱石に刺激を与えないように作られていて、回転ずしのように慎重に流されていく。
「選鉱機もすごいと聞いていましたが、コンベアもすごいですねえ」
「ボランティアのアイデアです」
「ほう、ボランティア」
「ボランティア兵の多くが事変後も残ってくれまして。まあ、本国に帰っても景気がもう一つという人も多くて。うちは平時でも人手不足ですから働いてもらってます。あ、このコンベアは南アフリカの人のアイデアです。国では、ダイアモンド原石の切り出しの仕事をやってらしたようです」
「ほほう、多士済々というわけですなあ」
視線を移すと、あちこちに、元ボランティア兵らしいのが働いている。
潜在的な兵力、戦闘力は落ちていないようだ。
「遅くなりました!」
ドキッとした。
ふいに後ろから声を掛けられたせいだが、声の響きがかつての上官に似ている。
「きみは……」
「はい、西之島連絡所、広報担当の胡盛媛中尉であります」
「あ、そうか、ご苦労です。よろしくお願いする」
「ハ!」
案内役兼世話係りは連絡所の要員があたると聞いていた。
本来は小規模とはいえ駐留軍なのだが、非武装の連絡所にしている。これも大統領の意向なのだが、興味深い、こちらもよく観察させてもらうとしよう。
「では、フーちゃ……胡中尉、あとはよろしくお願いします。朱大佐、後ほどまたお目にかかります」
「こちらこそ、急な申し入れにもかかわらず、便宜を図っていただきありがとうございました」
「あ、昼食は、そこのお岩食堂で。乗組員さんの分も用意してありますので、ご遠慮なく」
「あ、それはそれは、船の烹炊に連絡を……」
「船の方には連絡しておきました」
「「さすがぁ」」
期せずして氷室社長と声が揃う。
この和やかさと効率の良さ、あまり友好の演技をせずに済みそうだ。
氷室社長を見送って一つの提案をする。
「島には、胡盛徳大佐の碑があると聞きいている。あとで訪れてみたいと思うんだが」
「……承知しました」
さすがに屈託がある。
「あ、いえ、時間を計算していたものですから。ありがとうございます。父も喜ぶと思います。花の手配をしておきます、少々お待ちを……」
キチっと敬礼をしたかと思うと、神社の方に駆けだし小柄な巫女と一言二言。
アハハハ(^▽^)
巫女が、ここに居ても聞こえる元気な笑い声を立てると、ペコリと頭を下げて戻って来る。
「では、ご案内いたします」
「ああ、頼む」
いろいろやり甲斐のある島だと認識を改めた。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
- 朱 元尚 大佐 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟