紛らいもののセラ
ひょっとして復讐めいた記事を書かれるんじゃないかと覚悟はしていた。
経過観察の入院が終わった昨日、セラは兄の車で事故現場に寄った。
途中花屋さんで鎮魂の花束を作ってもらった。
その日の朝に、死亡者が39人と分かったので、39本の白菊を中心にカスミソウであしらってもらった。
事故から三日たっているので、現場検証は終わっていたが、谷底の焼けただれたバスの残骸はそのまま。
バスが転落したところには、すでに数十本の花束が並べられ、遺族と思われる人たちが十数人塑像のように立っていた。
離れたところで車を降りると、セラ一人で転落現場に歩を進めた。十メートルほど手前で、遺族の人たちと谷底のバスに一礼した。その挙措と顔立ちでセラと知れたのだろう、数人の遺族と、その倍のマスコミに取り囲まれた。
「セラさんね、よかったわね……あなた一人だけでも助かって」
「さ、あなたの花束は真ん中に」
「いえ、そんな……」
ここまではよかった。
花をささげ、しゃがんで合掌している背中から、マスコミが質問攻めにしてくる。
「申し訳ありません、言うべきことは記者会見で申し上げました。これ以上の質問は勘弁してください」
「あ、あんた黙とうの時に抜け出した〇〇新報だろ!」
「週刊△△もいるじゃないか!」
「いや、わたしたちは……」
遺族のオバサンが、道を作ってくれたので、セラは駆け足で兄の車に向かい、そのまま事故現場を離れた。兄の竜介を車に残しておいて正解だった。かっこうの取材ネタと、記者たちに取り巻かれ、遺族の人たちを巻き込んで一騒ぎになったかもしれないところだ。
「セラ、もうこのことは、しばらく忘れろ。早く日常生活に戻った方がいい」
ハンドルを切りながら、竜介が労りの籠った忠告をしてくれた。
夕方家に帰ると、担任の北村と教頭のアデランスが来ていた。
「大変だったわね世良さん。病院に行こうかと思ったんだけど、あの混雑ぶりを見て、お家へ帰ってくるまで待たせてもらったの。ごめんなさい」
教頭のアデランスが、セラの顔色を窺うようにして頭を下げた。
学校は叩かれやすい。半ば学校のアリバイとして来ているのは分かっている。しかし正直家にまで来られるのはゲンナリだった。が、セラはおくびにも出さない。
「ご迷惑をおかけしました。学期はじめの忙しいときにわざわざ恐縮です。でも完全に異常なしです、お医者さんの診断書もあります。ご心配なさらないでください。必要なら、明日校長先生に事情の説明とお礼を申し上げさせてもらいます。だから、始業式なんかで、特にわたしのことをとりあげるのは勘弁してください」
それから10分ほど話して北村とアデランスは帰って行った。
二人とも悪い先生じゃない。ただ学校の体面に縛られているだけなんだ……セラは、思いのほか疲れていない自分に驚いた。以前のセラは、少し神経質で、ちょっとしたことでくたびれてしまう方だったが、今は兄の竜介の方が参っている。
「お母さん、手っ取り早く食べられるものないかな。わたしもお兄ちゃんも、ほとんどガス欠!」
竜介のことを「お兄ちゃん」と呼んだので母の百恵は驚いたが、顔には出さず、到来物の団子を出した。
――鎮魂の花より団子!――
そんな見出しで、鎮魂の祈りにぬかずくセラと、団子を食べるために大口を開けているセラの二枚の写真がSNSに出回った。
写真の写し方から、プロの仕業と思われた。
「江戸の敵を長崎で……」
始業式の日は、この写真を中心にセラのことが話題になっていたが、セラは、程よく頬を赤らめることでごまかした。
あたしって、いつからこんなに図太くなったんだろう……紛らいもののセラは、ようやく驚きはじめた。