RE.乃木坂学院高校演劇部物語
里沙の目算通り、談話室の掃除と整備には三日かかってしまった。
電球は半分だけの交換……というか半分ですんだ。LEDの電球なので、少なくてすむ。むろんシャンデリアまでは直してもらえなかったけど、稽古場の明るさとしては十分だった。ヒーターは三台。べつにケチられたわけじゃない。電気容量が三台でいっぱいになるので仕方がない。でも、これでは少し寒い、今後の課題。
不思議なことは、なにも起こらなかった。
わたしを除いて……なーんちゃってね。
あの男子生徒は、あれから現れない。やっぱ、なんかの見間違い……でも、ひょっとした拍子にに気配を感じる。ほんの瞬間なんだけど視線を感じる。寂しげだけど温もりのある視線。
その日も、ピアノを拭いていて、それを感じた。おいしそうな匂いとともに……あれ?
ふりかえったら、立っていた……夏鈴が焼き芋の入った袋を抱えて。
「フン。ヒヒヒョウヘンヘイハラ……」
「焼き芋くわえたままじゃ、分かんないでしょうが!」
「……だって、袋からこぼれ落ちそうなんだもん……あ、理事長先生の差し入れ。あとで様子見に来るって」
それだけ言うと、夏鈴は本格的にパクつきだした。
わたしも、一つ頂いて手を洗っていないことに気づき。手を洗いに廊下に出たところで出くわした。山埼先輩と峰岸先輩が石油ストーブを運んでくるのに。持つべきものは先輩、これで寒さ問題は解消。
不幸なことに、わたしは夏鈴と同様に焼き芋を口にくわえたまま。それも、口の端っこからはヨダレを垂らしながら。
「まどか、おまえってほんと、三枚目なんだよな」
峰岸先輩がしみじみ言う。
「フヒ、フハハハハ、ヘフ」
我ながら情けない……で、ハンカチを出して焼き芋をくるんで手に持った。
「ここ、ガスは危なくて使えないから、石油ストーブ。技能員のおじさんから」
「ありがとうございます。あ、中に里沙がいます。食べきれないくらい焼き芋ありますから、先輩たちもどうぞ」
「そりゃあ、ゴチになるか」
山埼先輩は行っちゃったけど、峰岸先輩が振り返った。
「まどか。おまえら自衛隊の体験入隊に行くんだって?」
「え、あ……はい」
「よかったら、オレも入れてくれないかなあ。学年末テストも終わっちゃったし、めったにできないことだからな」
「はい、喜んで!」
と……言ったものの、わたしは体験入隊のことすっかり忘れていたのだ。で、片手でスカートの中の携帯をまさぐっていたら、プツンと音がしてスカートのホックが外れた。
「ウ……!」
焼き芋を放り出し、慌ててスカートを押さえた。
すると、なんということ。焼き芋がハンカチにくるまれたまま空中で停まっちゃった……そして、ゆっくりと窓辺の窪んだところに着地した……。
その時感じた温もりは、焼き芋のそれだけじゃなかった。
「……というわけで、四人追加でよろしく!」
忠クンは、まだなにか言いたげだったけど、用件をすませ、さっさとスマホを切った。
わたしは部室に戻り、スカートを繕いながら携帯をかけていたのだ。
念のため、下はジャージを穿いております。
ぬるくなった焼き芋を持ち上げると、マッカーサーの机がカタカタいった。
なんだか笑われたような気がした。
☆ 主な登場人物
- 仲 まどか 乃木坂学院高校一年生 演劇部
- 坂東はるか 真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
- 芹沢 潤香 乃木坂学院高校三年生 演劇部
- 芹沢 紀香 潤香の姉
- 貴崎 マリ 乃木坂学院高校 演劇部顧問
- 貴崎 サキ 貴崎マリの妹
- 大久保忠知 青山学園一年生 まどかの男友達
- 武藤 里沙 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 南 夏鈴 乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
- 山崎先輩 乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
- 峰岸先輩 乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
- 高橋 誠司 城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
- 柚木先生 乃木坂学院高校 演劇部副顧問
- まどかの家族 父 母(恭子) 兄 祖父 祖母