大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

青春アリバイト物語・1《二つの事の始まり》

2019-12-15 06:46:12 | 小説6
青春アリバイト物語・1
《二つの事の始まり》 



 
「あたしチョー忙しいから!」

 反射的に、この言葉が出てきた。

 後で考えれば、いろんな言い訳ができたんだけど。言ったものは仕方がない。
「え、なにに忙しいの? オレ無理言わないから、会ってくれるのなんか、ごくタマでいいから。とにかく、数ある裕子のボーイフレンドの端っこでいいから。メールなんて二日に一遍くらい。で、返事なんか10回に1回くらいでいいからさ」
「ムリムリ、ってか、明日からバイトやることになってるしー。初めてのバイトだから、他のこと頭に入れる余裕なんてないの。知ってる? 脳みそって1500CCほどあるんだけど、あたしの頭1400CCはバイトのことで、頭いっぱい。見せられるもんなら見せてあげたいくらい!」

 このへんてこな会話の断片で分かると思うんだけど、本日、裕子は生まれて初めてコクられた。

 普段から、付き合ってる子やコクられた子を見てると、本心では羨ましいだけど、なんの準備もなし。それも期末テストの最終日で、気持ちがどっと抜けたとこ。そこにチョーホットに迫られると、とりあえず断ってしまう。
 断りながら、惜しいなあという気持ちもある。相手はこの秋まで在籍してた演劇部の同輩の須藤真一。まあ、中の上といったところ。クラブでは数少ない男子で、裏方から掛け持ちの役者までこなす偉い奴。演劇部にいたころから、所帯持ちのいい旦那タイプだろうと思っていた。

 よーく考えると断る理由なんか思い当たらない。

 急で激しいアプローチってかアタックにたじろいだことと、演劇部への、ある事情から、裕子は拒絶してしまった。
 ええと、場所も良くない。混雑し始めた下足室。周りには知ったのやら知らないのやがいっぱい。みんな知らん顔はしてるけど、興味津々なのは、ついさっきまでの自分の感覚からでも分かる。

「とにかく、バイト。それ終わんなきゃ、なんにも考えられないから。ごめん須藤クン!」

 そう言って下足室を出る。みんなの視線を背中に感じる。明日から気楽な短縮授業と、ノラクラな生活が満喫できると思っていたのに、本気でバイトを探すことになってきた。
「裕子、あんた、なんのバイトやるの?」
 駅のプラットホームで、早耳で、喋りたがりの留美につかまってしまった。
「あ、ちょっと言えないような……」
「あ、短縮授業サボってべったりのバイト? ちょっとオミズっぽかったり?」
「え、あ、その……」
 かくして、返事の出来ない裕子は、本気でバイトを探すことになった……。

「これで5人目だぜ……」

 裕一は、またチーフにため息をつかせてしまった。服部八重の付き人が、また辞めてしまったのである。
 八重は、この夏にAKPを卒業というかたちでお払い箱になった元アイドルの女優である。辞めたころは、事務所も気を使い、アイドル時代の付き人を、そのまま付けたが、元々はAKPシアターの人間なので、事務所の若い子にバトンタッチした。
 が、これが続かない。
 遅刻はするわ、台詞は入らないどころか台本を失ってしまうわ、年上だろうが、ADや付き人には無理難題。並の女優ならとっくに干されている。
 ところが八重の父親はKテレビの大株主。そこそこに売っておかなければ、裕一の事務所など、あっという間に倒産である。
「デビューしたころは、泣き虫で謙虚な子だったんです……」
 中学生だったころから手とり足とり育ててきた子なので、裕一としては情もある。結果として付き人が続かない。付き人とは業界用語で、表向きはマネージャーである。業界の人間なら、このギャップは承知しているが、八重は度を越していた。

「「ああ、どうしよう……」」

 兄の裕一と、妹の裕子は、期せずして同時にため息をついていた。そして、その夜兄妹の利害が一致していることに想いがいたった。

 こうやって、裕子のアリバイト(アリバイのアルバイト)が始まった。
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