銀河太平記・037
大したことはなかったよ。
ほら、対空戦闘訓練の最中に天狗党の待ち伏せに遭って実戦に切り替わった。
敵戦闘機は一万近くいたけど、大半はドローンで、対空戦闘のモチベーションとスキルのまま戦闘に突入したので、言われなければ実戦とは感じなかったかもしれない。
「いやあ、屁みたいなもんだったすよ(#^▽^#)」
戦闘が終わって、コスモスさんが提案して、サロンで休憩になった。
それで、ダッシュが戦闘中のテンションのまま頭を掻く。
ミナホとコスモスさんがキッチン型のレプリケーターとテーブルの間を往復して飲み物や食べ物を配膳してくれている。未来とテルが「わたしたちも」と腰を浮かせるが、「いいわよいいわよ、この船は勝手が分かってないとね(^▽^)」「ドンマイドンマイ(o^-^o)」と躱される。
「君たちが動いたら、わたしもジッとしているわけにはいかなくなるよ」
元帥が軽口を言われて、みんなクスリとなる。
元帥の見かけは絶世の美女だけれども、先の満州戦争で瀕死の重傷を負って、ダンサーロボットのJQのにソウル移植したもので、中身は日本陸軍の総帥、実年齢は傘寿に届こうかという老将軍、むろん男性だよ。
「船長は、天狗党の攻撃のタイミングが分かっていたのですか?」
宮さまが僕たちも思っている質問をされる。たしかに、アルルカンは天狗党の攻撃を警告していたけど、厳密な攻撃時刻を言ったわけではない。
「船長の勘です」
コスモスさんが笑顔で答える。
「船長は、危機が迫るとお尻が痒くなるんですよ~」
ミナホが付け加える。
「船長、痔なんすか!?」
ダッシュも遠慮がない。火星は基本的には開拓地なので、上下の区別が緩いんだ。
「本船のサニタリーは完ぺきですよ」
「感覚遺伝というものだな、何代も軍人をやっている家系には、そういう症状を見せる者がいる。ヨイチは鼻がムズムズしただろう?」
「昔の話であります。さっきの攻撃にも感じませんでしたし」
「地上戦闘じゃ完ぺきなんだがな、我が副官は」
「あら、ひょっとしてヨイチ准尉殿は宇宙空間は初めて?」
「は、ずっと地上配置のまま元帥の副官になりましたので」
ちょっと意外だ、軍人で宇宙勤務が無くて、個人的にも宇宙経験が無いというのは、令和の時代に飛行機に乗ったことが無いくらいの珍しさだ。しかし、シャイな人なんだろう、膝の上の手を握って俯いてしまった。
「ああ、コスモスの言う通り、俺のは先祖からの遺伝みたいだ。戦いが迫るとむず痒くなるよ、大戦(おおいくさ)の前だと足の指とかもな」
「それって、水虫が蒸れてるだけじゃ?」
「ハハハ、バラしちゃいかんぞ、火星少女」
「ヨイチはよくやってくれるので、つい手放せずにいて、苦労ばかりかけている」
庇うように元帥、いい主従関係だ。うちの父と上様もこういう関係なんだろうか、しばらく会っていない父のことを思い出す。
「しかし、アルルカンが予告したほどの攻撃ではありませんでしたね」
「威力偵察だったな」
「船長も、そう思われますか?」
「ドローンとは言え、一万機も相手にすれば、こちらの乗員の個性や癖をサンプリングできるだろうからな」
「そうだったんですか、やっぱり現役の軍人さんは違いますねえ」
「殿下、職業病みたいなもんですよ」
「あら、テルちゃんは、お眠かしら?」
気が付くと最年少の同級生は舟をこいでいる。頭脳は火星でも有数の高校生だけど、体は十歳の女の子だ、ヨイチさんが目配せするとコスモスさんがケットを出して未来が受け取って掛けてやる。
わずかのうちだけれども、ファルコンZの船内は、ちょっとした家族の雰囲気になってきた。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略