魔法少女マヂカ・230
えと……えと……船霊になったのは先週の火曜日なんです。
少し言いよどんでから、赤城は切り出した。
先週の火曜日と言うと、天城の自己犠牲で赤城の延命が決まったころ……十日がたっている。
「船霊は、艦内神社が作られて、正式に勧請されるまでは身動きが取れないんです」
「その勧請は無事にすんだのかしら?」
公爵の娘で、自分自身、いろいろ制約のある霧子が同情の声で訊ねた。
「はい、でも、原宿までやってくると、力が尽きて、駅のベンチで座っていたんです」
「ああ、貧血みたいな?」
「ええ、そんな感じです。もう少し遅ければ実体化が解けてしまうところでした。そこを通りかかって声を掛けてくださったのがクマさんで……」
「クマさんが介抱してくれたんや!」
ノンコが早手回しに感動する。
「クマさんは、恋をしてらっしゃって……」
「「「うんうん」」」
「その情熱がすごいもので、持ってらしたケーキのクリームが溶ける寸前でした」
「そうだったんだ」
わたしたちも、朝から、それでヤキモキしていたんだ。
相槌が揃う。
それにしても、ケーキのクリームを溶かしてしまうとは、クマさんも熱い女の子だ!
「このままでは、お使い先に行った時にはケーキがダメになってしまいますから、せめてクマさんのお役に立てればと、少しだけ熱を取ってあげたんです。そうしたら、その情熱のお蔭で、わたしも回復して。お使いが済んでから、こちらに案内していただくことになって、ほんとうにクマさんには感謝です」
「そうやったんや!」
「わたしのケーキも無駄にならなかったのね!」
「それで、わたしたちに御用とは?」
「あ、はい、それでした!」
清楚系のわりには、微妙に抜けている赤城さん。
「じつは、長門おねえさんのことなんです」
「長門?」
令和高校生のノンコはピンとこない。
「「戦艦長門ね」」
わたしと霧子の声は揃う。
戦艦長門と言えば、18年後に戦艦大和が完成するまでは帝国海軍最大最強の戦艦で、長く連合艦隊の旗艦を務めた、世界の戦艦ビッグセブンの一つに数えられた名鑑だ。
竣工は大正九年だから、完成して、まだ三年の新鋭艦。人間で言えば、ちょうど霧子ぐらいで元気いっぱいのお嬢さんというところだ。
「震災が起きた時は、大連沖で演習中だったんですが、震災の報を聞いて、ただちに演習を中止して全速力で東京に戻ってきたんです」
「聞いたわ、海軍の軍艦は、続々と東京湾に戻ってきて、乗組員の皆さんが被災者の救援に当たったって」
「うん、横須賀や横浜じゃ、最初に海軍さんの救援活動が早かったって」
「長門ねえさんは、途中で英国の巡洋艦に見つかってしまったんです」
「あ……」
ピンときたわたしは、とっさには声が出なかった。
「見つかったって、大正時代は、イギリスと戦争なんか……してへんよね?」
「長門は優秀な戦艦で、最大速力が26ノットも出るんだ、そうだよね」
「ええ、正確には26.6ノットです」
「それて、どのくらい(^_^;)?」
「時速48キロぐらいよね。電車が普通に走ってるぐらいの速さ」
「はい、英国の巡洋艦は意地悪なことに、ずっと長門おねえさんを追跡してきたんです」
「ストーカーか」
「でも、英国は同盟国でしょ? いっしょに走って、都合の悪いことが?」
霧子でも、このへんの事情は分からないようだ。
「長門のカタログデータでは22ノットなんだよね?」
「はい、真智香さんのおっしゃる通りです。26.6ノットの最大戦速は機密です。そのために、速力を22ノットに落とさざるを得ず、到着が遅れて、助けられる命も助けられなかったと、ずっと悔いておいでなのです」
この時代は、人も船も誠実だ。
平成の阪神大震災では米軍が救援を申し出たが政府は断った。米軍は神戸沖に空母を派遣して、救援活動の海上基地にしようとしたが実現していない。実現していれば、何百人という人命が救われただろう。
その蹉跌は、東日本大震災では活かされて、初期救援に大きな力を発揮した。
しかし、その時でも米空母の船霊が悔やんだという話は聞かない。
「それで、わたしたちに、どうしろと?」
「はい、震災直後に戻って、長門おねえさんの悔いを雪いであげて欲しいのです」
「「「え?」」」
さすがに息をのんだ……。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査