秘録エロイムエッサイム・23
(エロイムエッサイム『故郷』)
「大佐、また全弾命中です!」
ヘンリー少佐が、マクスゥエル大佐に驚愕のおももちで報告した。
「やつらは、毎年こうだ。特に驚くことじゃない」
マクスゥエル大佐は、苦笑いしながら、念のため双眼鏡で標的を観察した。
「どの標的も、ど真ん中を撃ち抜かれてるな……」
「ちょっと、あいつらに言ってきます」
ヘンリー少佐は鼻息荒く、行進間射撃を終えたばかりの日本の戦車隊に向かった。
ここはロッキー山脈の中にある、アメリカ軍の演習場である。毎年恒例の日米合同訓練が行われている。
ヘンリー少佐は、中東やNATOとの共同訓練に参加してきたが、3キロの行進間射撃で、全弾命中させる戦車隊に出会ったことなどない。 行進間射撃とは、全速で戦車を走らせながら、不整地走行やスラロームをしながらやる射撃で、アメリカ軍でも80%がいいところだ。
「田中三佐、これは訓練なんです。展示用の特殊部隊を送られては訓練になりません!」
田中三佐は、困惑した顔でエリート参謀のヘンリー少佐の顔を見て、ため息一つついて言った。
「少佐は、自衛隊との合同訓練は初めてなんですね?」 「ああ、合同訓練に特殊訓練をほどこした部隊を見るのも初めてですよ。自衛隊のメンツも分かるが……」 「合同訓練は輪番制で部隊を送っているだけです。このA部隊はごく平均的な部隊です」 「戦車は、最新鋭のヒトマル式……」 「それは、お恥ずかしいのですが、配備が間に合わずナナヨン式です」
田中三佐は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「ナナヨン式……四十年前の戦車じゃないですか」
「はあ、我が国は国防費が潤沢ではないので、こんなロートルに手を加え、なんとかやってます」
「少佐、奴らの凄さが分かっただろう」
「あいつらに訓練で教えることなんか、何もないですよ」
「フフ、昼からの訓練は、そういうわけにはいかん。今年の巡航ミサイルは最新型だ……」
マクスゥエル大佐のほくそ笑みも、午後の訓練終了後には凍り付いた。
午後のミサイル迎撃訓練。アメリカ側の発射したトマホーク数十発を自衛隊は全弾撃墜した。後半から本気モードになった米軍は超低空・対地誘導その他、隠蔽技術をフルに活用したがこの成績なのだ。
マクスゥエル大佐の表情は凍り付いたが、アメリカ人らしく夕方には同盟軍の優秀さを讃えるためにシャンパンをぶら下げ、ヘンリー少佐とともに自衛隊の宿舎を訪れた。
「……あの曲は?」
「『フルサト』というchildren's songだが、このアーティストは……なんともハートフルだな」
幕舎に入ると自衛隊員たちは、シンミリと曲に聞き入っていたが、大佐たちに気づくとアメリカ式の陽気さになって二人を歓待した。
「年末から、急に出てきたシンガーなんですが、なんとも言えない情感です。そうだ、こんな曲もありますよ」
田中三佐がパソコンを操作すると、同じシンガーが歌うテネシーワルツが流れてきた。
I was dancin' with my darlin' To the Tennessee waltz, When an old friend I happened to see.
Introduced her to my loved one, And while they were dancin', My friend stole my sweetheart from me.
I remember the night, And the Tennessee waltz, Now I know just how much I've lost, Yes I lost my little darlin', The night they were playin', To the beautiful Tennessee waltz .
「このテネシーワルツも、心に沁みるね……なんだ、少佐、泣いているのか?」
「ハ、自分はテネシーの出です。子供のころからイヤと言うほどこの曲を聞いてきましたが、こんなに心に沁みる『テネシーワルツ』は初めてです」
この夜、日米の兵士は『フルサト』と『テネシーワルツ』で盛り上がり、朝倉真由というシンガーの名が胸に刻まれた。