大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・263『屋上の老婆婆』

2024-12-22 18:35:50 | 小説4
・263

『屋上の老婆婆』 老婆婆小鈴 




 勇ちゃんごめんね……ごめんね勇ちゃん……勇ちゃんごめんね……


 壊れた玩具人形みたいに詫び言を繰り返す、繰り返しながら真カルチェタランの地下廊下を歩く。

 カチャン

 オートロックのドアが改めて施錠する。

 ここは、出入り共に生体認証しなきゃ通れない。北大街一番と言われるセキュリティーを誇る真カルチェタラン。その中でも孫一族と限られた側近しか足を踏み入れられない孫房。

『小鈴アルカ?』

「小鈴」

 チャカ

 生体認証に加えての音声認証で解錠してくれて、やっと地上に上がれる。

 カルチェタランかお屋敷か……少し迷って、屋上に上がる。

 バンカーバースト級のミサイルの直撃を受けても貫通させない屋上の床……偽装のコンクリだから仕方が無いけど、小さく日本語の『レ』に似た傷が付いている。

 ミサイルの破片が撥ねた痕……もう二センチもズレていたら、あの子に当らず、この老婆婆に当っていたろうに。

 小爺(シャオイェ)が「ああ、もう時間ないから、行くアルヨ!」と回れ右した時に、どうして「鈴麗も付いてお行き!」と強く出なかったんだろ。

 気立ての良さもお頭の具合も遺伝的形質も三代までさかのぼって調べ上げ、孫家の跡継ぎを生むにはもってこいの娘。いいや、生むだけじゃない。三代さかのぼって子育ての技量まで調べ上げたさ。いい子を産んでも、きちんと育てなきゃ意味がない。そのへんの失敗は歴代王朝にいっぱいあるものねえ。秦の始皇帝も、そこで失敗して秦王朝は二代で滅んでしまった。劉備玄徳の蜀も二代しかもたなかった。

 その厳しい条件に見合ったのが鈴麗。

 目立たないよう、それとなく小間使いとして雇い入れ、少しずつ慣らして小爺の世話をさせ、自然に……と思っていた。

 だから、無理はせずに、東鈴と出かけるのにも通り一遍の小言で済ませた。

 東鈴は優秀なJ級ロボットだけども、ロボットに子は生せないからね。


 勇ちゃん……いいえ、小爺、悟勇。

 あなたが息を引き取る時に、この小鈴は誓った。悟兵坊ちゃんは、わたしの手で立派な孫家の跡継ぎにしますからって。

『子どもなんて、親類から養子を取ればいい。この悟勇は跡継ぎを生ませるために小鈴と結婚したいわけじゃないんだ。一生の伴侶になってもらいたい。僕の、この孫悟勇の奥さんになってもらいたい、ただ、それだけなんだ……』

 とっても嬉しかった。

 でも、先祖代々お世話になっている孫家を、わたし一人の気持ちで不安定にするわけにはいかない。勇ちゃんのいいお嫁さんになる自信はあったけど、気持ちもあったけど、孫家を次の時代に伝えていくためには、わたしじゃだめなんだ。

 だから、アンチエイジングとかもやらず、皴も伸ばさず白髪も染めずに、ただただ、孫家の裏方として生きてきた。

 鈴麗を見つけた時は、どんなにうれしかったか。

 嬉しかったから、けして急がず、不自然にもならず……だから、くどくは言わなかった。東鈴も旅の相棒としては十分な子だったしねえ。満洲も漢明も、いや、世界中が不安定な時代。小爺には十分な働きをしてもらわなきゃならない。

 でも、まさか、小爺を見送ったその日に、漢明とロシアのミサイルが奉天の上空で火花を散らすとは……いや、あれはメンツをかけてマンチュリアが飛ばした迎撃ミサイルかも……ああ! どちらにしろ、あのミサイルの欠片が、この屋上に落ちてきて、鈴麗の頭に当るなんて!

 まったく、まったく、なんの因果なんだろう。

 もう二センチ、いや、一センチだけでもズレて、この老婆婆に当っていたら……あそこまで育てたんだ、きっと小爺、悟兵坊ちゃんの眼鏡にもかなって、二年もすれば立派な跡継ぎが……。

 嗚呼…………………

 長い溜息をついていると、虫の鳴くような音がして、振り仰ぐと小爺の筋斗雲が屋上に下りようとお尻を振ったところだった。

 

 
☆彡この章の主な登場人物
  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵             天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
  • 扶桑 道隆              扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)     将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)          地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)           児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー 
  • テムジン              モンゴル草原の英雄、孫大人の古い友人      
  • 森ノ宮茂仁親王           心子内親王はシゲさんと呼ぶ
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン(メアリ・アン・アルルカン)   銀河系一の賞金首のパイレーツクィーン
  • 氷室(氷室 睦仁)          西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)          西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)           西ノ島 フートンの代表者
  • 及川 軍平             西之島市市長
  • 須磨宮心子内親王(ココちゃん)    今上陛下の妹宮の娘
  • 劉 宏               漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
  • 王 春華              漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
  • 胡 盛媛 中尉           胡盛徳大佐の養女
  • 栗 尊宅(りつそんたく)        輸送船の船長  大統領府参与
  • 朱 元尚 大佐           ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
 ※ 重要事項
  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
  • パルス鉱     23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
  • 氷室神社     シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
  • ピタゴラス    月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
  • 奥の院      扶桑城啓林の奥にある祖廟


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