【ツユクサ】
日本人は素晴らしくも、やっかいな美意識を持っていることに
気がついたのは、NYで購入した有名ブランドの
ハンドクリームがきっかけだった。
ラベルが思いっきりズレまくっていた。
ここまで的をハズしていたら「Made in Japan」は
絶対許さないだろう。
実家のファイン株式会社で製造している歯ブラシの規格の
厳しさが身にしみてわかっているので、この感覚の違いは
どこからくるのか、改めて考えさせられた。
これがボツなの?こんなの気にならないのに…と思うが
職人気質の工場長はガンとしてB級品扱いにする。
先方にどこまでA級品ラインが打診してみると、
意外に幅広くOKだったりするのに職人はそこで妥協できない。
この気概やこだわりが世界に誇る
「Made in Japan」を育て上げてきた。
でも、商品を購入する消費者としての立場で
ズレているシールはどこまで許容範囲だろうか?
たとえば、外国で買うならぜんぜん気にならないし、
チェックもしなかったりする。
帰ってから、あれ?と仮に気がついてたとしても、
クレームに出す気分にならない。
もう二度と買うまい、と思ったりはしないだろう。
たとえ、すぐ壊れても東南アジア製や「Made in China」なら
いいよ、いいよ!だってしょうがないよ!と
大らかな気持ちになるのはなぜだろう。
それは諦めのような、でも母のような気分だ。
去年の秋、妹がアメリカのポートランドで買って来てくれた
ラベンダーのいい香りのするボディオイルは
ラベルシールがコート紙ではなく、
水に弱いインクジェットだったのか、
あっという間に印刷の文字がダラダラと崩れ
何が書いてあるのが解読不能となった。
でもしょうがないさ、そのおおらかさがアメリカなんだし。
なんてちょっぴりうらやましく思う。
2週間ほど前の話。
例の私の大好きなThaiレストラン「タニ・キッチン」の
コックの奥さん、Tim(ティム)さんが
ランチタイムにカウンタ-の中に座り口をモゴモゴさせていた。
他のお客さんに「何を食べてるの?」と聞かれたようで、
手のひらのなかの食べ物を見せていた。
にこにこと微笑むお客さん一同に、
「だって、お腹すいちゃった~」と屈託なく笑顔で返されると、
そうそう、そりゃお腹すいちゃうよね!と思わず同意してしまう。
でも、同じ日本人がそんなことをしていたら
どう思うだろうか?
怠けてる?態度が悪い?だらしない?
すっかりマニュアル化された接客に慣れてしまって
気の抜けた店の雰囲気はなんだか意心地悪い。
外国人なら、外国製なら許せることも
日本人同士はどうも採点がキビしいようだ。
違い過ぎると逆に分かり合うのがムリだから、
キャパが広がる事柄もある。
でも、分かり合えるからこそ許せないことも
意識として不思議と存在するようだ。
たとえば、家族だからこそ許せないけど
他人だったら、まあいいか!と思えちゃうようなコト。
「Made in Japan」の美意識こそが
高度成長期を支えてきたと思うと感謝の思いでいっぱいなる。
それが頑張ってきた父親世代の生きザマなのだ。
でも時代は今やあらゆる面で飽和状態となった。
すばらしい伝統は残しつつ、外国人には向けられるような
広いキャパシティを再確認できたら、きっとバランスの良い
新しい次の展開が繰り広げられるのだと思う。
日本人は素晴らしくも、やっかいな美意識を持っていることに
気がついたのは、NYで購入した有名ブランドの
ハンドクリームがきっかけだった。
ラベルが思いっきりズレまくっていた。
ここまで的をハズしていたら「Made in Japan」は
絶対許さないだろう。
実家のファイン株式会社で製造している歯ブラシの規格の
厳しさが身にしみてわかっているので、この感覚の違いは
どこからくるのか、改めて考えさせられた。
これがボツなの?こんなの気にならないのに…と思うが
職人気質の工場長はガンとしてB級品扱いにする。
先方にどこまでA級品ラインが打診してみると、
意外に幅広くOKだったりするのに職人はそこで妥協できない。
この気概やこだわりが世界に誇る
「Made in Japan」を育て上げてきた。
でも、商品を購入する消費者としての立場で
ズレているシールはどこまで許容範囲だろうか?
たとえば、外国で買うならぜんぜん気にならないし、
チェックもしなかったりする。
帰ってから、あれ?と仮に気がついてたとしても、
クレームに出す気分にならない。
もう二度と買うまい、と思ったりはしないだろう。
たとえ、すぐ壊れても東南アジア製や「Made in China」なら
いいよ、いいよ!だってしょうがないよ!と
大らかな気持ちになるのはなぜだろう。
それは諦めのような、でも母のような気分だ。
去年の秋、妹がアメリカのポートランドで買って来てくれた
ラベンダーのいい香りのするボディオイルは
ラベルシールがコート紙ではなく、
水に弱いインクジェットだったのか、
あっという間に印刷の文字がダラダラと崩れ
何が書いてあるのが解読不能となった。
でもしょうがないさ、そのおおらかさがアメリカなんだし。
なんてちょっぴりうらやましく思う。
2週間ほど前の話。
例の私の大好きなThaiレストラン「タニ・キッチン」の
コックの奥さん、Tim(ティム)さんが
ランチタイムにカウンタ-の中に座り口をモゴモゴさせていた。
他のお客さんに「何を食べてるの?」と聞かれたようで、
手のひらのなかの食べ物を見せていた。
にこにこと微笑むお客さん一同に、
「だって、お腹すいちゃった~」と屈託なく笑顔で返されると、
そうそう、そりゃお腹すいちゃうよね!と思わず同意してしまう。
でも、同じ日本人がそんなことをしていたら
どう思うだろうか?
怠けてる?態度が悪い?だらしない?
すっかりマニュアル化された接客に慣れてしまって
気の抜けた店の雰囲気はなんだか意心地悪い。
外国人なら、外国製なら許せることも
日本人同士はどうも採点がキビしいようだ。
違い過ぎると逆に分かり合うのがムリだから、
キャパが広がる事柄もある。
でも、分かり合えるからこそ許せないことも
意識として不思議と存在するようだ。
たとえば、家族だからこそ許せないけど
他人だったら、まあいいか!と思えちゃうようなコト。
「Made in Japan」の美意識こそが
高度成長期を支えてきたと思うと感謝の思いでいっぱいなる。
それが頑張ってきた父親世代の生きザマなのだ。
でも時代は今やあらゆる面で飽和状態となった。
すばらしい伝統は残しつつ、外国人には向けられるような
広いキャパシティを再確認できたら、きっとバランスの良い
新しい次の展開が繰り広げられるのだと思う。