あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

カタツムリ歩行 西武池袋線 保谷駅(東京・西東京市/練馬区) 

2011-06-21 11:37:47 | カタツムリ歩行
 2011年6月19日(日)

 JR武蔵野線沿線とその周辺の駅を歩いている、カタツムリ歩行の6月例会に参加した。

 集合は西武池袋線の保谷(ほうや)駅。何年ぶりかに下車した保谷駅の改札口は高架
化され、狭かった北口にはロータリーが出来ていた。10時5分にスタートする。


 まずは、線路際の古くからの細い通りを西へ。200m足らずで右折して北東への細道に
入ると、瀟洒(しようしや)な造りのイラストショップがあった。


 近くの民家の庭先に、熟した梅の実がたくさんついている。周辺のガクアジサイも見頃で
ある。


 東西に走る新しい通りの北側に、うっそうとした屋敷林に囲まれた家があり、公開されて
いるというので門を入る。Tさんの家で、りっぱなケヤキやモミジなどの広葉樹が豊富で、
駅前とは思えぬ閑静なたたずまい。


 広い邸内の東側には、切ったケヤキの太い切り株がベンチのように並んでいた。


 そばの新しい公園は「あらやしき公園」と呼ばれ、公園の下は駐輪場になっている。


 駅前から伸びる通りに出て北に向かい、下保谷三丁目の住宅地へ。新しい住宅地の一
角に、古くからお住まいの農家らしい、ケヤキなどの屋敷に囲まれた住宅があり、入口の
横に、野菜を直売するボックス型の自動販売機が設けられていた。

 傍らのハクウンボクが実を付けている。


 北に進んで福泉寺に入る。本堂はコンクリート造り。寺には、江戸時代に日蓮宗が独自の
守護神として信仰したが明治の神仏分離で信仰が禁止された、木彫彩色三十番神神像が
残っているという。境内の、アジサイやハギが花を見せていた。


 東側の森林公園には、子どもの遊具が色々とあり、その上を大きな広葉樹が枝を伸び伸
びと広げて覆っていた。


 公園を東に抜けて練馬区に入り、野菜や柿畑の横を進んで大乗院へ。タチアオイが穏や
かな彩りで咲き競う。本堂はコンクリート造りだが、南側には趣ある木造の山門が残る。


 西大泉五丁目の細い通りには、思いがけず「いずみ商店会」と呼ぶ商店街があり、7月2日
の七夕祭りの飾り付けが並んでいた。


 東側の常勝院と思われるあたりは、道路拡張予定地の金網が張られていて見つからない。
でも、後から来た人はあったという。

 都道24号近くまで進んで西に向かい、西大泉五郵便局前の通を南に進む。西東京市に戻
る通りのすぐ北側に、ケヤキの大木数本に囲まれた広い敷地の民家があった。

  I さん宅だが、三つもある門の周辺に、いろいろな飾り付けや花などが並んでいて、いずれ
もこの屋敷にマッチしていると思われるものばかり。

 東側の大きな2本のケヤキは、夫婦ケヤキと呼ばれ、この通りの名も「めおとけやき通り」と
名づけられていた。



 南側には、農具や能面などが並んでいる。このような広い敷地に、趣ある飾りに囲まれた民
家を見たのは、初めてのことだった。



 たくさん見える武藏野変電所の鉄塔群を眺め、サトイモやトウモロコシ畑などの横を通過して
南東に進む。


 ケヤキの古木など広葉樹の森に囲まれた昼食地の天神社に、12時15分に着いた。

 社殿のそばには、ご神木の大イチョウが立っている。

 天神社は、初めに訪ねた福泉寺にも記された、日蓮宗の法華神道にもとづく三十番神だった
のが、明治維新による神仏分離令に基づく「法華三十番神禁止」により、天神社に改めたという。

 ちなみに三十番神とは、天正時代(1573~92)から江戸時代にかけて、日本の神の中から
善神三十座を選んで、その神々が1か月代わりに日蓮宗の信徒を保護するという信仰思想だと
いう。


 神社の狛犬は、明治20年代に奉納されたものだが、なかなか精巧な石彫で一見の価値があ
ると思われた。


 昼食後のミーティングでは、来月初めから3か月ほどスコットランドを自転車で巡るという、やま
さんから、地図を広げて計画の概要などの話があった。


 (天気 曇、距離 4㎞、地図(1/2.5万) 吉祥寺、志木、歩行地 西東京市、練馬区、歩数
  6,500) 

 13時前に散会となり、私は皆さんと別れて西に向かい、1時間半近く歩いて2つ先の東久留米
駅から帰路についた。(天神社~東久留米駅 3㎞)


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