あるきメデス

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バルト3国とポーランドの旅④ ビリニュスとカウナス観光後 リガへ(その1)

2015-07-29 22:45:16 | バルト3国とポーランド旅行
 第4日 7月14日(火) 曇後晴

 == ビリニュスとカウナスの観光後 ラトビアのリガへ(その1) ==

 リトアニアの首都ビリニュスのホテルにて6時18分に起床した。ホテルの部屋から外
を見ると曇天である。


 7時過ぎから朝食をして、8時30分にロビーに集合する。

 4日目の行程は、午前中に世界遺産ビリニュス歴史地区の観光をして、約103㎞を移
動してカウナスの旧日本領事館だった杉原記念館の観光後、十字架の丘を経て約260㎞
の移動で、バルト3国2つ目の国、ラトビアの首都リガまで行く予定である。

     

 ビリニュスはバルト3国の首都ではただひとつ内陸部にあり、ドイツ商人の影響無しに
建設されたので、この後行くリガやタリンのような天をつくゴシック教会の塔は見られず、
やわらかな線のカトリック教会が多いとか。人口は約50万人という。

 バスでビリニュス歴史地区に向かう前に、ホテルのすぐそばにある杉原千畝(すぎはら
ちうね)の記念碑を見に行く。

 杉原千畝は第二次大戦中の駐リトアニア共和国領事館代理で、身辺に迫る戦争の危機の
中で、亡命ユダヤ人約6,000名に対して、1か月にわたり査証を発給し続け、彼らの
命を救ったことはご存じの方も多いと思う。
      
 この記念碑は、杉原の出身校である早稲田大学が、世界に誇る杉原氏の功績を称えて
2001年10月に建立したもの。 下は、杉原が発給した査証のコピー。
    

 傍らの桜の木は、リトアニアとの学術交流による友好関係がさらに深まることを祈念し
て植えたものという。


 近くには、1945年8月6日に広島に投下された原子爆弾で被爆した、市内電車の敷
石もあった。
          

 ホテルに戻ってバスに乗り、8時48分に出発した。ネリス川を渡って南側のビリニュ
ス歴史地区に向かう。

 市街地には、久しぶりに見たダブルポール集電方式のトロリーバスが走っている。


 まずは歴史地区の前に、東側の新市街に回る。8時57分頃バスを下り、ネリス川の南
岸にある聖ペテロ&パウロ教会に入る。
      

      

 バロック調の建物は1668年から7年間かけて造られたが、内装にはその後30年余
りの年月をかけているとか。


 それは、2,000以上もあるという内部のいたるところに施された漆喰(しっくい)の
様々な彫刻群のためという。
      

          

      
 制作には、イタリアから招かれた彫刻家などがあたり、地元の職人数百人もアシスタン
トとして加わったようで、彫刻のテーマの多くは聖書や神話から選んでいて、リトアニア
の戦史をあらわしたものもあるという。
      

     

        

           

 バスに戻り、9時15分頃に出発して新市街から旧市街に入り、15分足らずの大聖堂
近くでバスを下りた。


 大聖堂はヴィリュニスのシンボルともいわれる教会で、現在のクラシック様式の建物は
18世紀の大改築によるものとか。


 そばにある鐘楼は高さ53mあり、基礎の部分には13世紀の城壁の塔が使われている
という。
      

 大聖堂前の広場に、「人間の鎖(くさり)」の記念という足形が残されていた。
    

 人間の鎖とは、1989年8月23日にソビエト連邦の統治下にあったバルト3国で、
独立運動の一環として行われたデモ活動のこと。

 約200万人の人が参加して手をつなぎ、バルト3国を結んで約600㎞以上にわたる
人間の鎖を形成し、国際社会に独立を訴えるために行われ、ここがその長い鎖の南端だっ
たという。
    
 今日午前中のガイド、バージニアさんが、その時の写真を見せてくれた。


 東に接する王宮↑は、代々のリトアニア大公が住んだ宮殿。2002年から再建が始ま
り、2013年に博物館として公開されているという。


 その先は、トチなどの広葉樹に覆われた公園。樹間から、東北側の高台にありビリニュ
スの街並みが一望できるというゲディミナス(Gedimino)塔が望まれる。
      


 公園にあった公衆トイレ(有料)で用を済まし、南に延びるピリエス(Pilies)通りから
東へのミコロ(Sv.Mykolo)通↑りに回り、通りの末端近くにあったるアンバー・ミュージ
アム・ギャラリー(Amber Museum Gallery)に入る。

 様々な琥珀(こはく)を集めた博物館でもあり、琥珀の直売もしているところ。

    
 琥珀採掘の歴史や採掘用具、世界中の琥珀産地の紹介などの展示と、様々な琥珀や加工
品を直売するウィンドウなどを眺めながら一巡した。
    
 
         

      
 通りの東側に見える聖ミカエル教会の方向に進み、その横を回ってその先の赤レンガ造
りの聖アンナ教会に入る。


      
 15世紀末に建築された後期ゴシック様式の教会で、建設には33種類もの異なった形
のレンガが使われ、フランボワイアン(火焔式)ゴシック建築の傑作とされ、ナポレオン
が「フランスに持ち帰りたい」と言ったとか。
            

      
 ビリニュスでは珍しいゴシック様式の教会という。白壁に囲まれた堂内には、精巧な木
彫を施した祭壇などが幾つも並んでいた。
    

       

          


 15分ほど観覧して教会の前でバスを待つが、なかなかやって来ない。ドライバーさん
との間で何か行き違いがあったようで、周辺の建物などを眺めたりして25分ほど待ち、
バスに乗る。


      
      近くに見えた教会2つ。


      
 バスは旧市街の南端付近まで進み、「夜明けの門」↑と呼ぶ城門の近くで下りた。夜明
けの門は、9つあった城門のうちで現在残るただひとつの門という。
          

        
 門を入ってふり返ると、2階部分が小さい礼拝所になっていて、普段はそばまで上がれ
るようだが、ちょうどミサが行われていて上がれず、下から眺めるだけ。
      

       

 祭壇の中心ある聖母のイコンは、奇跡を起こす力があると信じられているとか。祈る人
の間からイコンの上部だけが望まれた。
           

 夜明けの門の外に戻り、ビリニュス市内での半日の短い観光を終え、近くからバスに乗
る。


 15分足らずのところでバスを下り、近くのレストランに入って昼食をした。(続く)





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