2016年6月1日(水)
== スロバキアのブラチスラバ観光後ハンガリーのブダペストへ ==〈続き〉

ブラスチラバの旧市街フヴィエズドラヴォヴォ広場の西南端からSNP橋のそばまで移
動してバスに乗り、橋の西北、ドナウ川のほとりの高台にある、ブラスチラバ城に向かう。

マリアテレジアの側近の宮殿だったという、ロココ調建築の大統領官邸↑の横を通過し
てバスは上り坂を回り込み、14時50分頃、城のそばのバス駐車場で下りた。

さらに緩やかな坂を上がって門をくぐり、城内に入る。

ブラスチラバ城は、12世紀にはロマネスク様式の石造りの城があったらしいが、
1431~34年にかけてゴシック様式の城に改築され、その後オスマン帝国の侵攻に備
えて防備を強化して、1635~46年にかけての改築で、現在の外観がほぼ整ったとか。
16世紀にはハンガリー王国の首都になり、18世紀にはマリア・テレジアの居城にも
なるが、のち文化の中心がウィーンやブダペストに移り、1811年に大火災で荒廃し、
復旧したのは第2次世界大戦後らしい。

四隅に塔を持つことから、「ひっくり返したテーブル」とも呼ばれ親しまれているとい
う。門を入った広場に、モラビア王国のスヴァトプルク王(Svatopluk)の騎馬像がある。

15時10分まで少しの時間フリータイムとなった。内部の一部は国立歴史博物館にな
っているようだが、時間が無いので入口周辺を眺めるに留め、南側の展望台に行く。

眼下に満々と水をたたえたドナウ川やSNP橋が見下ろせ、その向こうに新市街の建物
群も望まれる。

西方遙かには、オーストリア国内の数え切れないほどの発電用風車が目に入る。

まだ時間が残っていたのでもう一度城の入口付近まで行くと、揃いの衣装をつけた男性
の列が出てきて、門に向かって下って行く。


博物館入口から中庭だけを眺めてから、門に近い一番高い展望台にも上がり、もう一度
ドナウ川やオーストリア方面を眺める。


展望台の一角では、見学に来た小学生らしいグループが記念写真を撮っていた。


時間が来たので門に向かって下り、門の近くの駐車場からバスに乗る。北方2㎞足らず
にあるブラスチラバ中央駅前で15時25分頃バスを下りた。

今日はこの後、15時53分発の国際列車ユーロシティの2等車で、最後の連泊地であ
るハンガリー首都ブダペストに向かう予定である。着駅ブダペスト東駅までの距離は約
203㎞のよう。
ちなみに、ユーロシティ(EuroCity、略称EC)とは、ヨーロッパにおける国際列車の
列車種別で、主要駅のみを停車する優等列車だが、一般に最高時速は200㎞以下で、
ICEなどの高速列車を運行している国では、これらに次ぐ種別と位置づけられているよ
うだ。なお、今日乗る列車は、プラハ-ブラティスラヴア-ブダペストを結ぶ系統らしい。

駅舎に入ると、コンコースのホーム側に大きな壁画が描かれている。1964年にフラ
ンチェスク・ガイドシュという画家が描いた、「社会主義叙情詩」と呼ぶフレスコ画だと
いう。
その下の電光掲示板には、ブダペスト東駅行きユーロシティの列車は10分遅れと表示
されている。

20分ほどフリータイムになったが、コンコースはかなりの人出で待合室らしいのも無
さそうないので、1番線ホームに入ってみた。

これまで訪ねたヨーロッパの鉄道駅と同様にこの駅でも検札は無く、誰でも自由にプラ
ットホームに出入りできる。
ホームに入ると、外はいつの間にか雷雨になっていて、かなりの降雨である。観光中は
暑かったが、この雨に会わなかったのは幸いだった。

5面あるプラットホームには、次々に列車や回送の電気機関車などが入線したり通過し
ていて、鉄道好きは見飽きない。

さらに雷雨が激しくなり雷鳴も増え、ヒョウらしい大ツブの塊も降ってきた。雷雨はな
かなか止まず、一方、列車の遅れ表示はドンドンと大きくなる。


たくさんの列車を見られたのは良いが、結局35分余り遅れて16時31分にブダペス
ト東行きのユーロシティ、EC-279列車は発車した。

ようやく入線してきたブダペスト東駅行き列車。


座席に置かれていた時刻表によれば、ブダペスト東駅までの間は途中5駅に停車する予
定になっていたが、次のNové Zàmky駅↓では28分ほど停車し、その次のStuùovo駅でも
15分停車するなどして、途中でさらに遅延が増える。

国境を越えてハンガリーに入ったと思われる辺りで、線路に平行して右側にドナウ川の
流れが見え、降り続いていた雨は次第に止み、ブダペストに近づくにつれて天気は回復し
てきた。


ブダペスト最大のターミナルであるブダペスト東(Budapest Keleti)駅に着いたのは、
予定時刻18時35分より約1時間半遅れの20時01分だった。

列車の先頭部を見ると、乗車時には1両だった電気機関車が2両になっている。どうや
ら電気機関車の故障で、遅れが積み重なったように思われた。

駅舎は、1884年に完成したイクレクティシズム様式と呼ぶ造りとか。完成当時は、
ヨーロッパでは最もモダンな駅舎とされていたという。


駅前広場に出て駅舎をふり返り、迎えのバスに乗る。



15分ほどで夕食をするレストランに行き、ハンガリアングヤーシュと呼ぶ夕食をする。

21時20分頃レストランを出て再びバスに乗り、今回の旅の最後、今日明日連泊のホ
テル、アクインカム ブダペストには21時40分頃到着した。

(歩数 8,600)
海外旅行 ブログランキングへ

にほんブログ村
== スロバキアのブラチスラバ観光後ハンガリーのブダペストへ ==〈続き〉

ブラスチラバの旧市街フヴィエズドラヴォヴォ広場の西南端からSNP橋のそばまで移
動してバスに乗り、橋の西北、ドナウ川のほとりの高台にある、ブラスチラバ城に向かう。

マリアテレジアの側近の宮殿だったという、ロココ調建築の大統領官邸↑の横を通過し
てバスは上り坂を回り込み、14時50分頃、城のそばのバス駐車場で下りた。

さらに緩やかな坂を上がって門をくぐり、城内に入る。

ブラスチラバ城は、12世紀にはロマネスク様式の石造りの城があったらしいが、
1431~34年にかけてゴシック様式の城に改築され、その後オスマン帝国の侵攻に備
えて防備を強化して、1635~46年にかけての改築で、現在の外観がほぼ整ったとか。
16世紀にはハンガリー王国の首都になり、18世紀にはマリア・テレジアの居城にも
なるが、のち文化の中心がウィーンやブダペストに移り、1811年に大火災で荒廃し、
復旧したのは第2次世界大戦後らしい。

四隅に塔を持つことから、「ひっくり返したテーブル」とも呼ばれ親しまれているとい
う。門を入った広場に、モラビア王国のスヴァトプルク王(Svatopluk)の騎馬像がある。

15時10分まで少しの時間フリータイムとなった。内部の一部は国立歴史博物館にな
っているようだが、時間が無いので入口周辺を眺めるに留め、南側の展望台に行く。

眼下に満々と水をたたえたドナウ川やSNP橋が見下ろせ、その向こうに新市街の建物
群も望まれる。

西方遙かには、オーストリア国内の数え切れないほどの発電用風車が目に入る。

まだ時間が残っていたのでもう一度城の入口付近まで行くと、揃いの衣装をつけた男性
の列が出てきて、門に向かって下って行く。


博物館入口から中庭だけを眺めてから、門に近い一番高い展望台にも上がり、もう一度
ドナウ川やオーストリア方面を眺める。


展望台の一角では、見学に来た小学生らしいグループが記念写真を撮っていた。


時間が来たので門に向かって下り、門の近くの駐車場からバスに乗る。北方2㎞足らず
にあるブラスチラバ中央駅前で15時25分頃バスを下りた。

今日はこの後、15時53分発の国際列車ユーロシティの2等車で、最後の連泊地であ
るハンガリー首都ブダペストに向かう予定である。着駅ブダペスト東駅までの距離は約
203㎞のよう。
ちなみに、ユーロシティ(EuroCity、略称EC)とは、ヨーロッパにおける国際列車の
列車種別で、主要駅のみを停車する優等列車だが、一般に最高時速は200㎞以下で、
ICEなどの高速列車を運行している国では、これらに次ぐ種別と位置づけられているよ
うだ。なお、今日乗る列車は、プラハ-ブラティスラヴア-ブダペストを結ぶ系統らしい。

駅舎に入ると、コンコースのホーム側に大きな壁画が描かれている。1964年にフラ
ンチェスク・ガイドシュという画家が描いた、「社会主義叙情詩」と呼ぶフレスコ画だと
いう。
その下の電光掲示板には、ブダペスト東駅行きユーロシティの列車は10分遅れと表示
されている。

20分ほどフリータイムになったが、コンコースはかなりの人出で待合室らしいのも無
さそうないので、1番線ホームに入ってみた。

これまで訪ねたヨーロッパの鉄道駅と同様にこの駅でも検札は無く、誰でも自由にプラ
ットホームに出入りできる。
ホームに入ると、外はいつの間にか雷雨になっていて、かなりの降雨である。観光中は
暑かったが、この雨に会わなかったのは幸いだった。

5面あるプラットホームには、次々に列車や回送の電気機関車などが入線したり通過し
ていて、鉄道好きは見飽きない。

さらに雷雨が激しくなり雷鳴も増え、ヒョウらしい大ツブの塊も降ってきた。雷雨はな
かなか止まず、一方、列車の遅れ表示はドンドンと大きくなる。


たくさんの列車を見られたのは良いが、結局35分余り遅れて16時31分にブダペス
ト東行きのユーロシティ、EC-279列車は発車した。

ようやく入線してきたブダペスト東駅行き列車。


座席に置かれていた時刻表によれば、ブダペスト東駅までの間は途中5駅に停車する予
定になっていたが、次のNové Zàmky駅↓では28分ほど停車し、その次のStuùovo駅でも
15分停車するなどして、途中でさらに遅延が増える。

国境を越えてハンガリーに入ったと思われる辺りで、線路に平行して右側にドナウ川の
流れが見え、降り続いていた雨は次第に止み、ブダペストに近づくにつれて天気は回復し
てきた。


ブダペスト最大のターミナルであるブダペスト東(Budapest Keleti)駅に着いたのは、
予定時刻18時35分より約1時間半遅れの20時01分だった。

列車の先頭部を見ると、乗車時には1両だった電気機関車が2両になっている。どうや
ら電気機関車の故障で、遅れが積み重なったように思われた。

駅舎は、1884年に完成したイクレクティシズム様式と呼ぶ造りとか。完成当時は、
ヨーロッパでは最もモダンな駅舎とされていたという。


駅前広場に出て駅舎をふり返り、迎えのバスに乗る。



15分ほどで夕食をするレストランに行き、ハンガリアングヤーシュと呼ぶ夕食をする。

21時20分頃レストランを出て再びバスに乗り、今回の旅の最後、今日明日連泊のホ
テル、アクインカム ブダペストには21時40分頃到着した。

(歩数 8,600)


にほんブログ村