あるきメデス

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中欧5か国8日間の旅⑥ 世界遺産ブダペストとドナウベント観光(前半)

2016-07-08 13:04:58 | 中欧5か国旅行
 第6日 2016年6月2日(木)
 
 == 世界遺産ブダペストの観光と郊外のドナウベント観光(前半) == 

 ハンガリーの首都ブダペストの、ホテル アクインカムにて6時25分に起床し、7時
20分頃からホテルの食堂で朝食をする。ホテルは、ブダペストの中心部よりやや北、ド
ナウ川の中州であるマルギット島の北端に架かるアールバード橋の右岸そばにある。

 いつものバスに、今日午前中案内してくれる女性ガイド・ウェイグル(Veigl)さんも
乗り、8時30分にホテルを出発した。朝食を終えた頃は降っていなかったが、バスに乗
る頃には雨になった。

    
 今日の予定は、午前中は世界遺産ブダペストの観光、午後は2つのプランが選べるよう
になっていて、<Aプラン>は郊外のドナウベント観光、<Bプラン>はブダペスト市内
の街歩きをしたい人向けの自由行動だが、全員が一昨日午後のドレスデンと同様に<Aプ
ラン>を希望したようだ。

 ちなみにハンガリー共和国は、西のオーストリアから北のスロヴァキア、東のウクライ
ナ、ルーマニア、南にセルビア、クロアチア、スロヴェニアの7か国と接していて、面積
は日本の約4分の1の9万3千平行㎞余り、人口は約990万人で、そのうち首都ブダペ
ストは約173万人という。

 2004年にEUに加盟したが、通貨は独自のフォリント(Ft)で、1,000フォリン
トが約400円である。

 ブダペスト(BUDAPEST)は、町の中央を流れるドナウ川で東西に二分され、西側(右
岸)がブダ(Buda)、東側(左岸)がペスト(Pest)と呼ばれ、二つの地域が統合されて
ブダペストになったという。

 ガイドのウェイグルさんによれば、「ブダ」はスラブ語でスラブ人の名、「ペスト」は
紀元前4~5世紀から住んでいたケルト人の言葉で、「かまど」のことだという。


 雨に濡れるドナウ川右岸沿いを南下して、中心部にあるくさり橋の横から右岸(西側)
ブダの丘陵上にある「王宮の丘」に上がり、9時10分過ぎにバスを下りた。


 雨なので傘を差して進み、マーチャーシュ(Màtyàs)教会のそばの三位一体(さんみ
いったい)広場に行く。

 三位一体広場は、王宮の丘で最も賑やかなところ。広場の中央にバロック様式の三位一
体像が立っている。
     
18世紀に造られたもので、昨日訪れたブラスチラバと同様のペスト記念碑で、この町で
再び悪病がはやらぬよう魔除けとして建てられたという。

     
 高い尖塔が目に付くマーチャーシュ教会は、15世紀のマーチャーシュ王の時代に、も
との聖母教会を大規模に改築したものとか。1867年にはオーストリア皇帝フランツ・
ヨーゼフとエリザベート皇妃の、ハンガリー王妃と王妃としての戴冠式が行われたという。



 正面入口横のマーチャーシュ塔は高さ80m、もうひとつのベーラ塔は36mの高さ。
屋根にはカラフルなモザイク模様が施されている。
     



 教会の北東側、ドナウ川を見下ろすところには「漁夫の砦(とりで)」と呼ぶ白亜の砦
がある。1896年に建国1,000年の記念建造物として計画され、完成したのは1902
年で、かつて砦を守ったのが漁師だったことから漁夫の砦と名付けられたらしい。


 ハンガリー的な尖り屋根の塔が7つあり、ロマネスクとゴシック様式の混ざり合ったユ
ニークな回廊。砦の前の広場には、ハンガリーの初代国王、聖イシュトバーンの騎馬像が
ある。
     

         騎馬像のそばで説明するガイドのウェイグルさん。
        


 砦からは、東側眼下にドナウ川と対岸のペストの街並みが望まれるが、雨に煙って遠望
は利かない。


 国会議事堂(世界遺産)


     
 9時30分まで少しのフリータイムの間、砦の周辺を見て回ったが、マーチャーシュ教
会に入る時間はなかった。漁夫の砦の広場に面した建物。国旗が掲揚されているので国の
施設だろうか。



 近くの刺繍の店↑に入り、説明を受けた後10時15分までフリータイムとなり、刺繍
の飾り物や衣装などの買い物を楽しむ人も。




    


 店を出て、ドナウ川やペストの町並みを高みから見下ろせる遊歩道を進む。


 遊歩道にあった水飲み場。何かの記念に造ったものらしい。
   

 
 坂の途中からバスに乗り、10時30分に出発して同じブダ側下流の次の橋、エリザベ
ート(Erzsébet)橋の西側段丘上のゲレルト(ゲッレールト)(Gellért)の丘に上がる。


 ここには2つの展望台があり、市内きってのビューポイントとか。

 最初に高い方の展望台からドナウ川や両岸の街並みを眺めたが、三位一体広場と同様に
雨で霞み、期待したほどの展望は得られなかった。

 それでも、ブダ側の王宮やその下に架かるくさり橋、くさり橋近くを移動するクルーズ
船、ペスト側の国会議事堂らしい建物などが望まれた。


 数分間の展望で下の展望台に向かう。左手の城塞のような石積みの建物の壁面に、
1890年から1945年にかけての古いブダペスト風景の写真が大きく引き延ばされて
並んでいた。







 5分足らずで下の展望台があるが、やはり雨のため同じような展望しか得られない。


 展望台には、ブダペストがユネスコ国際遺産に認定されたことを記したパネルがあった。
    

 さらに少し下のバス乗り場に向かう途中に、ホップに似た花が咲いていた。
  


 バスは11時5分に出発してエルザベート橋を渡り、東側のペスト地区に入ってドナウ
川左岸沿いの通りを北進する。道路際の気温表示は20℃を示し、今日は涼しい。


 対岸の、王宮↑や最初に訪ねたマーチャーシュ教会↓などを眺めながらくさり橋際まで
進む。少し先で折り返して戻り、インターコンチネンタルホテルの横からアンドラーシ通
りを東へ向かう。


 くさり橋


    
 インターコンチネンタルホテルの前には、Eötvös Jözsefと記された立像が見え、通りの
両側には、古い建物がたくさん並んでいる。
       

 11時45分に英雄広場の近くでバスを下りたら、雨も上がっていて傘は要らなくなっ
た。英雄広場は、かつてハンガリーの主要民族だったマジャル族による建国1,000年
を記念して造られた広場。

 中央に立つ建国記念碑は高さ35mあり、その回りに並ぶのは、マジャル族の隊長アル
バートを初め、ほかの部族長の騎馬像14体だという。



 また、半円形の大列柱の間の像は、イシュトヴァーンやマーチャーシュ王など歴史に残
る国王や、ハンガリー独立や自由のために戦った近代指導者たち14人らしい。


 英雄広場の周辺には、教会や美術館のような建物が幾つか望まれる。広場の西北側にあ
るのは国立西洋美術館。

 アテネのパルテノン神殿を思わせる建物は、建国1,000年を記念して造られたとの
こと。館の前では催し物の準備が進められていた。

 広場の南西側は現代美術館。国立西洋美術館と同じ設計者が1895年に建てたもので、
現代アーティストたちの作品を展示しているという。


 東側少し離れて見えるのは、ヴァイダフニャト(Vajdahunyad)城。王が暮らす城ではな
くてヨーロッパ最大の農業博物館があり、外観の美しさから「城」と呼ばれているようだ。
やはり1896 年のハンガリー建国1,000 年祭のために建てられたという。




 


 10分余りで英雄広場を後にした。西側の通りを横断して、南西に延びるアンドラーシ
通りの下を走る地下鉄1号線の英雄広場(ホーショク・テレ)(Hösök tere)駅に下る。


    
 地下鉄1号線(M1)も、建国1,000年の1896年を記念して開通したもの。ヨー
ロッパ大陸部最初の地下鉄であり、ロンドンの地下鉄に次ぎ世界でも2番目に古く、世界
遺産に登録されている。



 12時05分頃乗車し、ドナウ川に近い起点駅のヴェレシュマルティ広場(Vörösmarty
tér)までの8駅、10分足らずを乗車した。8駅でも駅間距離が短く、終点までは3㎞
前後のようだ。

 近くのカフェ兼レストラン ジェルボー(Gerbeaud)に12時15分頃に入り、昼食を
する。ジェルボーは200年の伝統を誇る老舗で、ハンガリー貴族にも愛された店だった
とか。デザートは、その伝統的なケーキだった。


 13時20分頃店を出て近くの通りからバスに乗り、13時26分にバスは出発した。
午後の選べるプラン<Aプラン>のドナウベント観光に向かう。(続く)




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コメント (2)
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