愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題392 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (九帖 葵)

2024-02-26 09:48:34 | 漢詩を読む

[九帖 葵―1 要旨] (光源氏 22~23歳) 

桐壺帝が譲位、弘徽殿女御の息子・朱雀帝が即位、右大臣家の権勢が強まる。葵の上は懐妊する。六条御息所の娘が伊勢の斎宮に選ばれ、源氏に冷遇されている御息所は、娘とともに伊勢への下向を考える。

  賀茂祭の御禊(ゴケイ)の日の行列の見物に出かけていた葵の上および六条御息所の間で車争いが起こり、御息所は車に傷を付けられ、恨みに思う。

翌日の賀茂祭の日に源氏は二条院の若紫を訪ね、祭りに出かけましょうと、手ずから若紫の髪を調える。終わると、源氏は「千尋」と髪そぎの祝いことばを発し、歌を詠うと、若紫は、返歌を紙に認めていた。源氏の歌:

 

はかりなき 千尋の底の 海松房(ミルブサ)の

  生ひ行く末は われのみぞ見ん (光源氏) 

 

葵の上は、やや体調が勝れない状態でしたが、御子-夕霧-の出産後亡くなる。御息所の生霊に取りつかれたようである。正妻を失った源氏は、生涯の伴侶・紫の上と新枕をかわす。

 

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

はかりなき 千尋の底の 海松房(ミルブサ)の

  生ひ行く末は われのみぞ見ん (源氏)  

 [註] 〇海松房:緑藻みる、みるぶさ、みるな、みるめなどと呼ばれる海藻、“海松”は“みる”の当て字。 

 (大意) 測り知れなく深い海の底に生える海松(ミル)のように豊かに成長していく黒髪の将来は私だけが見届けよう。

xxxxxxxxxx  

<漢詩>  

   前途楽趣      前途楽趣    [下平声七陽韻]  

千尋深海底, 千尋(センジン)もある深い海底, 

出壯海松房。 出壯(ヨクソダッ)た海松房(ミルブサ)。 

豊富汝頭髮, 豊富(ユタカ)な汝(ナンジ)の頭髮(クロカミ), 

前途余見祥。 前途 余が祥(メデタサ)を見ん。 

 [註] 〇楽趣:喜び、楽しみ; 〇出壯:のびのびと強く育っている; 〇海松房:緑藻の一種“みる”; 〇祥:さいわい、福。 

<現代語訳> 

  行末の楽しみ 千尋の深い海底で、よく育ったみる房。みる房の如く、豊かな黒髪の君、幸せな行末は しっかりと私が見届けよう。 

<簡体字およびピンイン> 

  前途乐趣      Qiántú lèqù

千寻深海底, Qiān xún shēn hǎidǐ,   

出壮海松房。 chūzhuàng hǎisōng fáng.  

丰富汝头发, Fēngfù rǔ tóu fā, 

前途余见祥。 qiántú yú jiàn xiáng.  

ooooooooo     

 

源氏の歌の返しに、若紫は、

千尋ともいかでか知らむさだめなく

満ち干る潮ののどけからぬに (若紫)  

(大意) 千尋もの深い愛と言われても、どうして分るでしょうか。満ちたり引いたりして定まることのない海潮のようなあなたのことですから。 

 

zzzzzzzzzzzzzzz  葵-2 

[九帖 葵―2 要旨] (光源氏 22~23歳) 

御息所は、源氏に深い愛情を感じているが、十分な応えが得られない。不幸な恋とは知りつゝ、恋の沼に嵌っていく自分に煩悶している。車争いという小さな出来事が刺激となり、恋の病、また物思いは一層嵩じていった。

寝ても醒めても煩悶するせいか、次第に心が体から離れて行き、失神状態を自覚するようになって、病気らしくなった。一方、葵夫人は、物の怪が付いたふうの容態で非常に悩んでおり、大臣家では加持祈祷を進めていた。

予定の産期より早く、葵の上は俄かに産気づく。源氏が、励まし、慰めると、「……私は苦しいから、法力を緩めて頂きたいとあなたにお願いしたいのです。私は、ここに出て来ようとは思わないのですが、物思いをする人の魂は自分から離れていくものなのです」と、懐かしい調子で言ったあとで: 

嘆きわび 空に乱るる わが魂を 

   結びとめてよ 下がいの褄 

(葵の上に取り憑いた六条御息所)

声も様子も葵夫人ではなかった。夫人はすっかり六条御息所になっていた。

やがて葵上は出産するが、生霊に囚われ急死する。正妻を亡くした源氏は、若紫と新枕を共にし、夫婦の関係となる。

 

ooooooooooooo 

嘆きわび 空に乱るる わが魂を 

  結びとめてよ 下がいの褄 (葵の上に取り憑いた六条御息所) 

  (大意) 嘆きわずらう気持ちから、(体から離れて)空に迷う私の魂を結び

  とどめてください、着物の裾の両端を結ぶかのように 

 ※ 着物の下前の褄を結んでおくと身体から魂が抜け出ることはないと信じ

  られていた。  

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

 纏住鬼魂            纏住(トリツ)いた鬼魂    [上平声一東韻] 

過於悲嘆傷我衷, 過於(ヒドイ)悲嘆で我が衷(ココロ)が傷(イタ)む,

淒愴魂離旋転空。 淒愴(ヒサン)にも 魂は離れて 空を旋転(センテン)しおり。

下擺両端堅関閉, 下擺(スソ)の両端を堅(シッカリ)と関閉(シメ)てくれ,

還期把魂留意中。 還(ナオ) 魂をして 意中に留(トドメ)るを期(ノゾ)む。

 [註] ○纏住:憑(ト)りつく; 〇鬼魂:物の怪; 〇淒愴:悲惨である; 〇下擺:着物のすそ。  

<現代語訳> 

  憑りついた物怪 

余りにも酷い嘆き悲しみのため 心を痛めている、悲惨にも魂は私を離れて 宙に彷徨っているのです。長着の裾の両端をしっかりと結び留めてくれ、なお 私の魂が心の中に留まるように。

<簡体字表記>

   缠住鬼魂         Chán zhù guǐhún 

过于悲叹伤我衷, Guòyú bēitàn shāng wǒ zhōng,  

凄怆魂离旋转空。 qīchuàng hún lí xuánzhuǎn kōng.   

下摆两端坚关闭, Xià bǎi liǎng duān jiān guān bì,.  

还期把魂留意中。 hái qī bǎ hún liú yì zhōng.   

ooooooooooooo  

 

井中蛙の雑録】 

・源氏22~23歳。

・平安時代、貴族は呪術的な陰陽道に篤い信仰を傾けていたようである。今回、生々しいその現場に遭遇する帖でした。

 

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閑話休題391 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (八帖 花宴)

2024-02-19 09:35:20 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzzzz  花宴-1 

[八帖 花宴―1 要旨] (光源氏 20歳春) 

 2月下旬、宮中の南殿で花見の宴が催された。源氏や頭中将らの漢詩文を作る探韻や音楽や舞の披露がなされた。

 

夜が更けて宴が終わり、月明かりの下、酔いを帯びた源氏は、弘徽殿の細殿の所に歩み寄り覗き見ると、三の口から若々しく貴女らしい声で、「朧月夜に似るものぞなき*」と歌いながら戸口を出て来る女があった。

 

源氏はうれしくて突然袖をとらえた。女はおののく風であったが、源氏は「怖いものではありませんよ」と言って、下記の歌を囁いた:

 

  深き夜の 哀れを知るも 入る月の 

    おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ  (光源氏) 

 

その声を聞いて、女は源氏であると悟り安堵し、二人は陥るべきところへ落ちた。翌明け方、別れ際、女は、歌を返し、更に文の遣り取りなど問答しているうちに、女房達の起き出してくる気配がして、扇だけを取り替えて源氏は室を出た。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooooooo 

深き夜の 哀れを知るも 入る月の

  おぼろげならぬ 契りとぞ思ふ   (光源氏)  

 (大意) 貴女が、美しい朧月夜の情緒を感じたのは山の端に入る朧月のせいであり、また

  その朧月によって迷い込んできた私、貴女と私の縁はおぼろげでなく深い前世からの

  約束だと思う。  

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

    前世緣             前世の緣    [下平声一先韻]

汝告夜深情緒牽, 汝は告ぐ 夜深きにあって情緒牽(ヒ)き,

麗朦朧月別有天。 麗わしき朦朧月(オボロツキ) 別に天有りと。

以此奇緣兩臨近, 此の奇緣を以って 兩(フタリ)が臨近(チカズ)く,

為懷明確前世緣。 為(タメ)に懷(オモ)う 明確なる前世の緣(エン)を。

 [註] ○別有天:格別に素晴らしいこと; 〇臨近:…にちかづく。

<現代語訳> 

  前世の緣

貴方が、“朧月夜にしくものぞなき”と 深い夜の情緒を牽くと言った通り、麗しい朧月は格別である。この奇縁により二人は近づく機会を得た、これは明らかに前世から縁があったことに依るのだ。

<簡体字表記>

   前世缘           Qiánshì yuan

汝告夜深情绪牵, rǔ gào yè shēn qíngxù qiān.

丽朦胧月别有天。 Lì ménglóng yuè bié yǒu tiān,  

以此奇缘两临近, Yǐ cǐ qí yuán liǎng lín jìn, 

为怀明确前世缘。 wéi huái míngquè qiánshì yuán.  

ooooooooooooo  

女は 草の根をわけても探し出してはくれないということね と返す:

  うき身世にやがて消えなば尋ねても

    草の原をば訪はじとやおもふ  (朧月夜)

 (大意) 憂い多いこの世から私が消えたとき 草茫茫の原野を

  訪ねゆき、なんとしてでも 私を探すことはないのであろう

  と思う。 

    

[*注]

 “朧月夜に似るものぞなき”は、大江千里の次の歌に拠る: 

  照りもせず曇りも果てぬ春の夜の 

    朧月夜にしくものぞなき」(新古今和歌集)。

 なお、本帖名および女の名は、この歌に拠る。 

大江千里の和歌の原典は、白楽天・漢詩・「燕子楼三首 其の二」中、“不明不暗朧朧月”に拠っています。この詩の詳細は、拙稿・閑話休題238(2021-11-22)をご参照下さい。

 

zzzzzzzzzzzzzzz  花宴-2 

[八帖 花宴―2 要旨] 

 先に逢った女は、弘徽殿の女御の妹であろうが、四の君は頭中将の妻(夕顔)であり、六の君(朧月夜)は4月に春宮へ入内する筈だと聞いており、これはまずいことになると、源氏は想像を巡らしている。更に自分に殊更好意を持たない弘徽殿の女御の一族に恋人を求めることは躊躇されるのであるが。

 

3月下旬、右大臣家で藤の宴が催され、源氏も招待された。音楽の遊びもすんで、夜更けに源氏は、酒に酔った風を装い、中央寝殿の東の妻口に添った御簾の中を覗いた。令嬢たちの中で、何も言わず時々ため息をもらしている人に寄っていき、几帳越しに手をとらえて、次の歌を口ずさんだ:

 

  あずさ弓 いるさの山に まどうかな 

    ほのみし月の 影や見ゆると  

 

歌に続けて:「何故でしょう」と、試す風に言うと、その人も感情をおさえかねたか、歌を返してきた。この声は、先に弘徽殿の月夜に聞いたのと同じ声であった。源氏はうれしくてならないのであるが(この帖はここで幕。)

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooooooo 

あずさ弓 いるさの山に まどうかな  

   ほのみし月の 影や見ゆると (光源氏) 

    [註] 〇あずさ弓:“いる(射る)”の枕詞。

   (大意) いつぞやちらりと見た有明の月の姿が、また再び見られぬものかと、いるさの山をうろうろと迷っております。  

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

  邂逅              邂逅(カイコウ)         [上平声十五刪韻]

瞥瞥熹微黎明月,瞥瞥(リャクカン)す 熹微(キビ)なる黎明月, 

難忘朦朧好容顏。難忘(ワスレガタ)き朦朧なる好(ヨ)き容顏(カオ)。 

殷切希求再逢汝,殷切(インセツ)に希求す 汝に再び逢うを, 

徘徊転転入佐山。転転と徘徊(ハイカイ)す入佐(イルサ)の山。 

  [註] ○邂逅:思いがけず巡り会う; 〇瞥瞥:ちらりと見る; 〇熹微:ほのぼのと明るい; 〇朦朧:ぼんやりしている; 〇容顏:顔立ち; 〇殷切:切に; 〇いるさの山:但馬の国(兵庫県)の名所。 

<現代語訳> 

  偶然の巡り合い

先にちらっと眼にしたほのぼのと明るい明け方の月、忘れがたい朧げなる美しきお顔。貴方にまた切に逢いたいものと、入佐山をうろうろと彷徨い歩いています。

<簡体字表記>

  邂逅             Xièhòu

瞥瞥熹微黎明月, Piē piē xīwéi límíng yuè,  

难忘朦胧好容颜。 nán wàng ménglóng hǎo róng yán

殷切希求再逢汝, Yīnqiè xīqiú zài féng rǔ,  

徘徊转转入佐山。 páihuái zhuǎn zhuǎn rùzuǒ shān.  

ooooooooooooo   

 女が返した歌:

心いる 方なりませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは 

(朧月夜) 

 (大意) 心にかけてくださっている方なら 空に弓張の月さえなく暗い時でも迷うことはないでしょうに。 

と厳しい歌の返事であった。

 

【井中蛙の雑録】 

・源氏20歳の春の出来事です。

・“朧月夜に似るものぞなき”について:大江千里の和歌の原典は、白楽天・漢詩・「燕子楼三首 其の二」中、“不明不暗朧朧月”に拠っています。この詩の詳細は、拙稿・閑話休題238(2021-11-22)をご参照下さい。

 

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閑話休題390 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (七帖 紅葉賀)

2024-02-12 10:01:00 | 漢詩を読む

zzzzzzzzzzzzzzz  紅葉賀-2 

[七帖 紅葉賀-2 要旨] 閑390

藤壺の宮は、出産が間近く三条の宮の実家へ帰っていたが、二月十幾日に新皇子を出産。帝は我が子を早く見たいと思うが、母宮は断る。若宮の顔が驚くほど源氏に生き写しであるため、母宮は胸を痛めているのである。

 

四月、若宮は、母宮に伴われて宮中に入られた。帝は、源氏に向かって「小さい時からお前だけを毎日見ていたせいか、お前によく似ている気がする」と言われた。源氏も、母宮も顔色がかわり、汗を流したことであった。

 

源氏は、二条院の自室に帰り、苦しい胸の内を休めてから、庭の撫子の花を手折り、次の歌を添えて、藤壺の宮へ届けさせた。

  よそえつつ 見るに心も 慰(ナグサ)まで

    露けさまさる 撫子の花  (光源氏)    

 

藤壺の宮は、命婦に促されて、歌を返します。源氏は、予期せず、悲しみくずおれている時にお返事を貰い、涙が落ちた。じっと物思いをしながら寝ていることも耐えがたく、唯一心の休まる所、西の対の紫の女王の許に行った。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooooooo  

よそえつつ 見るに心も 慰(ナグサ)まで

  露けさまさる 撫子の花   (光源氏) 

 [註] 〇よそえつつ: こと寄せて見ている;〇露けさ:露っぽさ。

 (大意) 撫子の花を若宮になぞらえて見ているものの、心が慰

  められることはなく、却って花に置いた露よりもなお

  多くの涙にくれています。

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

      隱秘煩惱         隱秘(インピ)の煩惱(ナヤミ)       [去声七遇韻]  

墙角映陽瞿麦寓, 墙角に陽に映ずる瞿麦(ナデシコ)のある寓(スマイ),

斯花擬作幼皇遇。 斯の花を幼皇に擬作(ナゾラ)えて遇(ミ)ている。

元従心里不慰安     元従(モトヨリ)心里(ムネノウチ)慰安(ココロナグサ)まず、

涕淚漣洏勝花露。 涕淚(テイルイ) 漣洏(レンジ)として花露に勝る。

 [註] 〇瞿麦:撫子の花; 〇擬作:擬する; ○幼皇:若宮; 〇涕淚:涙と鼻水; 〇漣洏:涙を流し鼻水を垂らして泣くさま。

<現代語訳> 

  内緒の悩みごと 

垣根には日に映えて撫子の花のある住まいで、

撫子の花を若宮になぞらえてみている。 

もちろん心を和ませることはなく、

涙が流れて 花に置いた露にも増して顔を濡らしている。

<簡体字標記> 

 隐秘烦恼            Yǐn mì fánnǎo

墙角映阳瞿麦寓,  Qiáng jiǎo yìng yáng qú mài ,

斯花拟作幼皇遇。  sī huā nǐzuò yòu huáng .

元从心里不慰安,  Yuán cóng xīn lǐ bù wèi'ān,

涕泪涟洏胜花露。  tìlèi lián ér shèng huā .

ooooooooooooo

 藤壷の宮が返した歌:

  袖濡るる 露のゆかりと 思ふにも なほ疎まれぬ大和撫子  

  (大意) 若宮が あなたの袖を濡らす露の縁と思うにつけて

   も、やはり撫子の花(-若宮-)を疎ましく思う気には

   なれません。

 

zzzzzzzzzzzzzzz  紅葉賀-3 

[七帖 紅葉賀-3 要旨] 

七月には皇后の冊立があり、藤壺を皇后に立てた。后と一口に言っても、藤壺の身分は、前帝の后腹の内親王で宝玉のように輝くお后であり、また帝の寵愛も深かったので、満廷の官人がこの后に奉仕することを喜んだ。 

 

源氏は中将から参議に上がった。源氏も藤壷の立后に道理の他ほどの好意を持った。だが源氏は、御輿の中の藤壺の姿を想像して、いよいよ遠い遥かな、手の届きがたいお方になられたのだと嘆かれ、気が変になるほどであった:

 

 尽きもせぬ 心のやみに くるるかな 

   雲ゐに人を 見るにつけても   (源氏)   

 

藤壺の立后は、弘徽殿の女御にとっては心平らかならざるこである。帝は、「皇太子の即位は近い将来のことで、その時は 当然あなたは皇太后になり得るのだから、気を広く持つように」と慰め、治めた。

 

帝は、近く譲位されることを念頭に、将来、適当な後ろ盾のない藤壺の生んだ若宮を春宮にしたいとの深い思いから決断されたことであった。母宮だけでも后の位にしておくことが若宮の強みになるであろうとの思し召しである。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooooooo   

尽きもせぬ 心のやみに くるるかな  

  雲ゐに人を 見るにつけても   (源氏) 

  (大意) 尽きることのない心の闇で目の前が真っ暗になってし

     まいました。 はるかの雲居に貴女(アナタ)を見るにつけても。

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩> 

   不如意情網   不如意(フニョイ)な情網(ジョウモウ)   [上平声一東韻] 

憂慮無終極, 憂慮 終極(シュウキョク)無く,

久念冥霧中。 久念(キュウネン) 冥霧(メイム)の中。

何奈忍相恋, 何奈(イカン)せん 相恋(アイオモウ)を忍(シノ)び,

遙看君禁宮。 遙かに 禁宮に君を看(ミ)る。

 [註] ○情網:恋の闇路; 〇久念:久しく思う; 〇冥霧:

    暗い霧; 〇何奈:残念にも; 〇禁宮:雲居、宮中。  

<現代語訳> 

 儘ならぬ恋の闇路 

心中 憂いが尽きることなく、 

久しく想っていたことが、暗い霧の闇に消えた。

相想いつゝ、逢うこと叶わず耐え忍び、

遥か遠く、宮中に君を見る。

<簡体字表記> 

 不如意情网   

忧虑无终极,久念冥雾中。

何奈忍相恋,遥看君禁宫。

ooooooooooooo   

 

【井中蛙の雑録】 

・この帖は源氏19歳の秋の頃の話である。

・実は、このシリーズは取り止めようと思った時期があった。恰も酒飲みが、行きつけの店々をハシゴするように、光源氏が女の所を渡り歩くという物語に嫌気がさしたからである。

・想いが変わりました。想像するに、紫式部は、身の周りの多くの武者共の話や噂を聞くにつけ、それらの行状を纏めて、光源氏一人に背負わせ、一貫した物語としたのに違いない、可哀そうなのは光源氏であろう と。

・それは、それら材料をヒントに、種々の状況下での“想い”を“和歌“として詠うために。つまり、和歌が『源氏物語』の命なのである、と思い至り、宗旨が変わった次第である。

・研鑽すべきは、歌に込められた“想い-もののあわれ-”を如何に“漢詩”として表現できるか ということのようである。 

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閑話休題388 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (七帖 紅葉賀-1)

2024-02-05 09:42:20 | 漢詩を読む

[七帖 紅葉賀-1 要旨] (光源氏 18歳秋~19歳秋)

10月某日に、先帝・朱雀院への行幸が予定され、歌舞は、選りすぐりの楽員で行われるということで評判であった。後宮の女官たちは同行、陪観が出来ないことから、桐壺帝は、藤壺の女御に見せられず、遺憾であるとして、当日と同じ演目を御前で予行させた。

 

演目は雅楽の一つ“青海波(セイガイハ)”、源氏と頭中将二人による舞で、夕方前のさっと明るくなった日光の下で舞われた。人より勝れた風采の頭中将も、源氏の傍で見ては、桜に隣りした奥山の木といったところである。

 

面使い、足の踏み方など、源氏の舞の巧妙さに帝ばかりか、陪席した高官たちも涙するばかりであった。翌朝、源氏は藤壺の宮へ、下記の歌を添えて、「どうご覧くださいましたか」と 文を送った:

  もの思ふに 立ち舞ふべくも あらぬ身の 

    袖うちふりし 心知りきや   (光源氏)

藤壺の宮は、やましい心を感じながらも夢心地の風で、その舞に感動を覚え歌を返した。思いがけなく貰った返事は、源氏にとっては非常な喜びであった。

本帖の歌と漢詩

ooooooooooooo  

もの思ふに 立ち舞ふべくも あらぬ身の 

  袖うちふりし 心知りきや (七帖 紅葉賀-1)

  (大意) 苦しい思いに心乱れ、立ち舞うことなどできるはずもない身でした

  が、あなたに見て頂くため、袖をうち振り舞った心中 

  察して下さいましたでしょうか。 

xxxxxxxxxxxxxxx  

<漢詩> 

   青海波舞     青海波(セイガイハ)の舞   [下平声九青韻] 

心胸繁慮日無寧,  心胸(シンチュウ) 繁慮(ハンリョ)日に寧(ヤスラ)ぎ無く, 

而我不会舞情形。  而(シカ)して我舞うこと会(デキ)ぬ情形(ジョウキョウ)にあり。 

但要君察揮動袖,  但(シカシ) 君の察(ミ)るを要(モトメ)て袖を揮動(ウチフ)る, 

惟恐君揣此心霊。  惟(タ)だ恐る 君が此の心霊(ココロ)を揣(オシハカ)りしや。 

 [註] ○青海波:唐楽の演目の一つ、雅楽ともなっている; 〇心胸:心の

  中、胸の奥; 〇繁慮:様々な心痛; 〇情形:状況; に見る;

  ○察:つぶさ; 〇揮動:手を高くあげて振る; 〇揣:推し量る。  

<現代語訳> 

  青海波の舞 

心中憂慮が多く、心が安らぐ時がなく、舞などできる状況にありませんでした。

でも あなたに見て貰いたく、袖を打ち振り 舞いました、この心を推し量って貰えたでしょうか。 

<簡体字およびピンイン> 

  青海波舞     Qīnghǎi bō wǔ 

心胸繁虑日无宁, Xīnxiōng fán lǜ rì wú níng,     

而我不会舞情形。 ér wǒ bù huì wǔ qíngxíng

但要君察挥动袖, Dàn yào jūn chá huīdòng xiù, 

惟恐君揣此心灵。 Wéi kǒng jūn chuǎi cǐ xīnlíng

ooooooooooooo  

  藤壺の宮の返歌:

藤壺の宮は、自分にやましい心がなかったならきっと美しく見ることが出来た舞であろうと 見ながらも夢心地の風であった。目のくらむほど美しかった昨日の舞を無視することが出来ず、次の返歌を送った:

 

から人の 袖ふることは 遠けれど 起ち居につけて 哀れとは見き 

 (大意) 唐人の袖をふる舞には疎いわたしですが、あなたの舞姿の素晴らし

  さには感動して見ていました。  

青海波の曲が唐起源であることなど知って作られた歌であり、

 源氏は、もう十分に妃らしい見識を備えておられると微笑み、

 手紙をお経の経巻のように広げてずっと見入っていた。

 

【井中蛙の雑録】 

・NHK大河ドラマ『光の君へ』が始まりました。『源氏物語』の“命”と思える和歌を如何様に活かせるか楽しみにしております。

 

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