[二十五帖 蛍(ほたる) 要旨] (光源氏36歳夏)
玉鬘は、源氏が親代わりと言いつつ示す懸想に困惑を隠せない。その一方、源氏は玉鬘に言い寄るほかの男たちにも興味を抱き、弟君である蛍兵部卿の宮を恋の相手として勧めます。
初夏のある夜、蛍兵部卿の宮が玉鬘を訪れた折、源氏は頃合いを見計らって部屋に沢山のホタルを放ち、薄物の帷子(カタビラ)越しに やや大柄な玉鬘の容姿を映し出させます。たちまちに異常な光がかたわらに湧いた驚きに扇で顔を隠す玉鬘の姿が美しかった。
まもなく明かりは薄れてしまったが、瞬間のほのかな光は恋の遊戯に相応しい効果があった。蛍兵部卿の宮は玉鬘への思いを強くし、歌を送る:
鳴く声も聞こえぬ虫の思いだに
人の消つには消ゆるものかは (蛍兵部卿の宮)
こんな場合の返歌を長く考え込んでするのは感じのよいものではないと思って、玉鬘はすぐに返歌を送った。
五月五日の節会で、馬場殿で競射(ウマユミ)や競馬が催された。源氏は花散里夫人の許へ寄り、廊から競技を眺めて楽しんだ。その夜はそこに泊まったが、睦まじくしながら夫人と源氏は別な寝床に休むのであった。
梅雨が例年より長く続き、退屈さに六条院の人たちは絵や小説を写したり読んだりするのに没頭していた。そのような玉鬘を相手に、源氏は、現実を踏まえつつ、冗談を交えて物語論を展開するのでした。
内大臣は、母親が撫子の歌を残して去っていった女の子のことは忘れられない。ある夢を見た時、夢占いの人に解かせてみると、「長い間忘れていたお子さんで、人の子になっている方の消息はありませんか」と言われた。「男は養子になるが、女の子が…」と不思議に思い、時々家庭内で話題にしている。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに
人の消つには消ゆるものかは (蛍兵部卿宮)
(大意) 鳴く声の聞こえない虫の、火のような私の思いを、人が消そうとし
て消えるものでしょうか。
xxxxxxxxxx
<漢詩>
隱秘熱情 隱秘熱情 [上平声一東韻]
悄悄恋意隐胸中, 悄悄(ヒソカ)な 恋意を胸中に隐(カク)し,
日暮放光螢火虫。 日暮に光を放つ螢火虫(ホタル)。
誰都能抹斯心願, 都(イッタイ) 誰が斯の心願(オモイ)を抹(ケ)すこと能(デキ)ようか、
何況人懐熱如烘。 何況(イワンヤ) 熱(アツ)さ烘(ヤ)くが如き人の懐(オモイ)をや。
[註] ○隱秘:秘密の; ○暗中:ひそかに; ○抹:消す; 〇何況:都~
何況~と呼応して、いわんや~においてをや;○烘:(火で)炙る、焼く、
焦がれる。
<現代語訳>
秘めた熱き想い
ひそかに、想いは胸に秘めて、
日暮れて 光を放つ蛍。
一体誰がその秘めた思いを消すことができようか、
ましてや、焦がれるほどの熱い人の思いを。
<簡体字およびピンイン>
隐秘热情 Yǐn mì rèqíng
悄悄恋意隐胸中, Qiāoqiāo liàn yì yǐn xiōng zhōng,
日暮放光萤火虫。 rìmù fàng guāng yínghuǒchóng.
谁都能抹斯心愿, Shuí dōu néng mǒ sī xīnyuàn,
何况人怀熱如烘。 hékuàng rén huái rè rú hōng.
ooooooooo
玉鬘の返歌:
声はせで 身をのみこがす 蛍こそ
言うより勝る 思いなるらめ (玉鬘)
(大意) 声には出さず、身を焦がす蛍の方が 声を出して言うに勝るとの想い
を持っているのでしょう。
とあっけない風に言って、奥に入ってしまった。好色らしく思われたくない宮は、暗いうちに帰宅した。
【井中蛙の雑録】
○玉鬘は、『源氏物語』中、非常に印象的な人で、陰に陽に話題となります。なお、[二十二帖 玉鬘]~[三十一帖 真木柱]までの10帖を「玉鬘十帖」と呼ばれているようである。