愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題409 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十五帖 蛍)

2024-06-24 09:06:35 | 漢詩を読む

[二十五帖 蛍(ほたる) 要旨] (光源氏36歳夏)

 

玉鬘は、源氏が親代わりと言いつつ示す懸想に困惑を隠せない。その一方、源氏は玉鬘に言い寄るほかの男たちにも興味を抱き、弟君である蛍兵部卿の宮を恋の相手として勧めます。

初夏のある夜、蛍兵部卿の宮が玉鬘を訪れた折、源氏は頃合いを見計らって部屋に沢山のホタルを放ち、薄物の帷子(カタビラ)越しに やや大柄な玉鬘の容姿を映し出させます。たちまちに異常な光がかたわらに湧いた驚きに扇で顔を隠す玉鬘の姿が美しかった。

まもなく明かりは薄れてしまったが、瞬間のほのかな光は恋の遊戯に相応しい効果があった。蛍兵部卿の宮は玉鬘への思いを強くし、歌を送る:

 

鳴く声も聞こえぬ虫の思いだに 

  人の消つには消ゆるものかは  (蛍兵部卿の宮)

 

こんな場合の返歌を長く考え込んでするのは感じのよいものではないと思って、玉鬘はすぐに返歌を送った。

 

五月五日の節会で、馬場殿で競射(ウマユミ)や競馬が催された。源氏は花散里夫人の許へ寄り、廊から競技を眺めて楽しんだ。その夜はそこに泊まったが、睦まじくしながら夫人と源氏は別な寝床に休むのであった。

梅雨が例年より長く続き、退屈さに六条院の人たちは絵や小説を写したり読んだりするのに没頭していた。そのような玉鬘を相手に、源氏は、現実を踏まえつつ、冗談を交えて物語論を展開するのでした。

内大臣は、母親が撫子の歌を残して去っていった女の子のことは忘れられない。ある夢を見た時、夢占いの人に解かせてみると、「長い間忘れていたお子さんで、人の子になっている方の消息はありませんか」と言われた。「男は養子になるが、女の子が…」と不思議に思い、時々家庭内で話題にしている。

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo   

鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに 

  人の消つには消ゆるものかは   (蛍兵部卿宮) 

 (大意) 鳴く声の聞こえない虫の、火のような私の思いを、人が消そうとし

  て消えるものでしょうか。   

 

 

xxxxxxxxxx  

<漢詩>

   隱秘熱情            隱秘熱情           [上平声一東韻] 

悄悄恋意隐胸中, 悄悄(ヒソカ)な 恋意を胸中に隐(カク)し,

日暮放光螢火虫。 日暮に光を放つ螢火虫(ホタル)。

誰都能抹斯心願, 都(イッタイ) 誰が斯の心願(オモイ)を抹(ケ)すこと能(デキ)ようか、

何況人懐熱如烘。 何況(イワンヤ) 熱(アツ)さ烘(ヤ)くが如き人の懐(オモイ)をや。

 [註] ○隱秘:秘密の; ○暗中:ひそかに; ○抹:消す; 〇何況:都~

  何況~と呼応して、いわんや~においてをや;○烘:(火で)炙る、焼く、

  焦がれる。

<現代語訳> 

 秘めた熱き想い 

ひそかに、想いは胸に秘めて、

日暮れて 光を放つ蛍。

一体誰がその秘めた思いを消すことができようか、

ましてや、焦がれるほどの熱い人の思いを。

<簡体字およびピンイン> 

   隐秘热情       Yǐn mì rèqíng

悄悄恋意隐胸中, Qiāoqiāo liàn yì yǐn xiōng zhōng, 

日暮放光萤火虫。 rìmù fàng guāng yínghuǒchóng. 

谁都能抹斯心愿, Shuí dōu néng mǒ sī xīnyuàn, 

何况人怀熱如烘。 hékuàng rén huái rè rú hōng. 

ooooooooo   

 

玉鬘の返歌:

 

声はせで 身をのみこがす 蛍こそ

  言うより勝る 思いなるらめ    (玉鬘)

 (大意) 声には出さず、身を焦がす蛍の方が 声を出して言うに勝るとの想い

  を持っているのでしょう。

 

  とあっけない風に言って、奥に入ってしまった。好色らしく思われたくない宮は、暗いうちに帰宅した。

 

【井中蛙の雑録】 

○玉鬘は、『源氏物語』中、非常に印象的な人で、陰に陽に話題となります。なお、[二十二帖 玉鬘]~[三十一帖 真木柱]までの10帖を「玉鬘十帖」と呼ばれているようである。

 

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閑話休題408 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十四帖 胡蝶)

2024-06-17 09:21:47 | 漢詩を読む

【二十四帖の要旨

3月20日過ぎ、桜の花盛りのころ、源氏は、六条院の池で唐風に修飾された舟を浮かべて、船楽を華やかに催した。折しも秋好中宮が里下がりして留守なので、中宮に仕える女房達も見物できるようにした。舟は竜頭鷁首(リュウトウゲキシュ)といって、船首に龍と鷁(想像上の白い水鳥)の頭のついた豪華なもので、盛大な宴となった。

 

去年の秋、六条院に転居した折、中宮の居所は秋盛りの頃であった。中宮は、紫の上へ色とりどりの紅葉を添え、「春待つ園は物足りないでしょう、我が宿の紅葉でも風のつてに見て下さい」と挑戦的な歌を贈っていました。この度、中宮が仏事を行ったので、紫の上は、仏に供える桜や山吹など春の花に次の歌を添えて贈った。春に貰った歌へのお返しである。

 

  花園の 胡蝶をさへや 下草に 

    秋まつ虫は 疎く見るらむ   (紫の上)        

 

玉鬘は、多くの男たちから求婚の文が寄せられる。源氏はすべての文を読み、玉鬘に対応を指示するが、特に蛍兵部卿の宮と髯黒大将の二人には、返事を上げた方がよいと指示する。

 

玉鬘は、実父の内大臣に逢いたいが、源氏が大切に扱ってくれることに有難く思っている。一方、源氏は、次第に玉鬘の容姿と人柄に惹かれて、想いを寄せるようになる。紫の上は、信頼している様子だが、源氏が恋心を抱いていることを察し不安を感じる。

 

ある夕、源氏は、玉鬘を訪ね、母親の夕顔を思い出しつつ、自分の恋情を告白します。困惑する玉鬘の様子を見て、軽率なことであると考えられて、反省し、人も不振を起こすであろうと思い、あまり夜も更けぬうちに帰っていくのであった。

 

 

本帖の歌と漢詩: 

ooooooooo   

花園の 胡蝶をさへや 下草に 

  秋まつ虫は 疎く見るらむ 

  

  [註] ○胡蝶:“来いという”の意味を含む; 〇秋まつ虫:秋の訪れを“待               つ”、と松虫の“松”の掛詞。

  (大意) 下草の蔭で秋を待つ松虫は、花園に舞う胡蝶さえも疎ましい、

         つまらないものと 見るのでしょうか。

 

 

xxxxxxxxxx  

<漢詩>

  问秋虫              秋の虫に问う    [上平声十三元韻] 

遙遠聞鶯転醒魂, 遙か遠くに鶯を聞く 転(ウタ)た魂(コン)醒(メザ)む, 

花然爛漫別桃源。 花然(モ)えて爛漫(ランマン)たり 別の桃源(トウゲン)。 

秋虫草下待秋節, 秋虫は草下に秋節を待つ, 

問汝当嫌蝶在園。 汝(ナンジ)に問う 当(マサ)に園に在る蝶をも嫌(イトウ)か。 

 [註] ○秋虫:松虫、ここでは 秋好中宮を指す; 〇爛漫:花が咲き乱れ           ているさま、光り輝くさま; 〇別桃源:桃源郷、別世界。

<現代語訳> 

 秋の虫に问う 

遥か遠くに鶯の声を聞き、春の訪れを知り、ますます生気漲る、

花は咲き乱れて、別世界の様相である。

秋の訪れを待つ秋の虫よ、

花園に舞う胡蝶をも疎ましく思いますか? 

<簡体字およびピンイン> 

  问秋虫             Wèn qiū chóng

遥远闻莺转醒魂, Yáoyuǎn wén yīng zhuǎn xǐng hún,

花然烂漫别桃源。 Huā rán lànmàn bié táoyuán.

秋虫草下待秋节, Qiū chóng cǎo xià dài qiū jié,

问汝当嫌蝶在园。  wèn rǔ dāng xián dié zài yuán.

ooooooooo   

 

紫の上が送った花と歌に対して、中宮は、「昨日は泣き出したくなりますほどにうらやましく思われました」と素直に、次の歌を返しています。

 

こてふにも 誘われなまし 心ありて 

  八重山吹を 隔てざりせば  (秋好中宮)

 [註]〇こてふ(胡蝶):こいという。

 (大意) 胡蝶にも誘われてそこに行きたいたほどでした、八重もの隔てを置            きませんでしたなら。 

 

【井中蛙の雑録】 

○二十四帖 胡蝶での光源氏 36歳の春~夏。

○紫の上(春)対 秋好中宮(秋)、対抗意識が強く、自らの住まいについての自慢話の応酬のようです。

 

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閑話休題407 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十三帖 初音)

2024-06-10 09:34:53 | 漢詩を読む

 【本帖の要旨】新しく築造された六条院に初めての正月がめぐってきました。新春の六条院は、玉を敷いたといってよいほど栄華に満ちていた。紫の上が棲む春の町は庭の梅が咲き誇り、この世の極楽の趣きであった。源氏は春の御殿で紫の上と年賀を祝った後、他の女君の御殿へと出かけ、歌や贈り物を交わします。

 

同じ春の町にいる明石の姫君のいる居室にいくと、実母の明石の上からの贈り物が届いている。よい形をした五葉松の枝に作り物の鶯を止まらせた州浜(スハマ)*で、それに歌が添えられていた:

 

  年月を まつに引かれて 経る人に 

    今日鶯の 初音聞かせよ  (明石の上)  

 

源氏は胸に沁(シ)みる思いがして、正月ながらもこぼれる涙をどうしようもないふうであった。母・明石の上は、六条院に越してきてはいたが、まだ娘と対面はしていなかったのである。夕暮れには明石の上を訪ねるが、明石の上は、姫君からの返歌を読み、想い乱れている様子であった。その日源氏は、そこに泊まります。

 

翌日は、源氏の許には多くの客が新年のあいさつに訪れるが、玉鬘(タマカズラ)の美貌に気もそぞろであった。その後、二条東院の末摘花、空蝉らを訪ねます。儀式が一段落して、今年は男踏歌が行われて、六条院に住む女性たちが対面する。これを機に、女楽(オンナガク)を開催することを源氏は考える。

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo   

 年月を まつに引かれて 経る人に 

   今日鶯の 初音聞かせよ  (明石の上)

  [註] 〇まつ: “松”と“待つ”の掛詞。 

  (大意) あなたが大きくなるのを待ち焦がれて年月を過ごして来た私に 

   新年の今日は鶯の初音(初便り)を聞かせてください。 

 

xxxxxxxxxx  

<漢詩> 

  母愛         母の愛        [下平声九青-下平声八庚通韻] 

分開幾歲経, 分開(ワカレ)て 幾歲(イクトシ)経(ヘ)りしか, 

離思一盈盈。 離思(リシ) 一(イツ)に盈盈(インイン)たり。 

元旦子恭喜, 元旦 子(ネ)の恭喜(メデタ)き日, 

願其鶯初鳴。 願うは其れ 鶯の初鳴(ハツネ)。 

 [註] ○分開:別れる; 〇離思:家族と離れた寂しいおもい; 〇盈盈:

  情緒・雰囲気などが溢れているさま; 〇恭喜:“おめでとう”の意。    

<現代語訳> 

 母の愛情 

お別れして幾年月が経ったであろうか、

離れて暮らす思いが胸いっぱいに満ちている。

元旦で子の日という目出度い今日こそは、

願うはただ、鶯の初音を聞かせてください と。

<簡体字およびピンイン> 

  母爱    

分开几岁经, Fēnkāi jǐ suì jīng,   

离思一盈盈。 lí sī yī yíngyíng. 

元旦子恭喜, Yuándàn zi gōngxǐ,   

愿其莺初鸣。 yuàn qí yīng chū míng.  

ooooooooo   

 

源氏は、「返事は自分で書きなさい」と言い、硯の世話などやきながら姫君に書かせた。歌が書けるほどに成長しています。姫君の返歌:

 

引き分かれ 年は経れども 鶯の  

   巣立ちし松の 根を忘れめや (明石の姫君)  

  (大意)お別れして、ずいぶん年月が経ちますが、私・鶯が何で巣立った

   松の根を忘れることがありましょうか。 

 

可愛い姿で、毎日見ている人でさえ誰も見飽かぬ気のするこの姫君に、別れて以来今日まで母親に逢わせてやっていないことは、真実な母親に罪作りなことであると、源氏は心苦しく思うのであった。

 

 

【井中蛙の雑録】 

○二十三帖 初音での光源氏 36歳正月。

○女楽:女だけ、またはおんなが中心となって演奏する音楽。

*州浜とは:州浜台の略;州浜台は、州浜形にかたどって作った台。木石・花鳥などの景物をあしらい、宴会などの飾り物としたり、婚礼・正月などの料理を盛るのに用いた。

 

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閑話休題406 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十二帖 玉鬘) 

2024-06-03 09:43:01 | 漢詩を読む

[二十二 玉鬘 要旨] (光源氏 35歳) 

曽ての内大臣(頭中将)の恋人で、“折々には、撫子の花に宿る露に哀れをかけて”と歌を残して、娘と共に姿を消した女、この女は夕顔であり、 “撫子の花に宿る露”が玉鬘である。

 

夕顔の死後、玉鬘は、乳母の縁者を頼りに筑紫に下っていて、今は妙齢の眩いほどの美人に育っている。筑紫では、土地の豪族から強引な求婚を受けて、苦慮していたが、乳母は、玉鬘を守り、また玉鬘を両親に逢わせたいとの思いで、上京する。

 

玉鬘一行は、開運祈願のため長谷詣でに出かけ、同じく長谷詣でに参っていた曽ての夕顔の女房・右近と奇しくも巡り逢う。右近から話を聞いた源氏は、玉鬘を自邸に引き取ろうと思う。

 

源氏は、まずは手紙を送り、返事の書きようでその人を判断しようと右近を介して手紙を届けた。細々と書いた後、次の歌をそえた。

 

  知らずとも尋ねて知らん三島江(ミシマエ)に 

    生ふる三稜(ミクリ)のすじは絶えじな  (光源氏)

 

玉鬘は、書くのを躊躇していたが、周りから催促されて書いた。字は力のないようにも見えるが、品がよくて感じの悪くないもので、源氏は安心した。源氏は、玉鬘を引き取り、六条院の花散里に託します。

 

新年が近づき、源氏は六条院住まいの女性たちに衣裳を誂える。玉鬘にはとりわけ鮮やかな衣装が仕立てられ、紫の上は、複雑な胸中を覗かせる。

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo   

  知らずとも尋ねて知らん三島江に 

    生ふる三稜のすじは絶えじな (源氏) 

   [註] 〇三稜:実栗(ミクリ)ともいう。 

 (大意) 今は私をご存知なくとも、尋ねて来てくだされば分かりましょう。三島江に生える三稜のように、あなたとわたしは深いした縁でつながって いるのですから。

xxxxxxxxxx   

<漢詩> 

   深緣             深き緣  [上平声十一真-下平声一先通韻] 

君不知所我傷神, 君は知るまい 我が神(ココロ)を傷ている所を,

固是問人詳細宣。 固(モト)より是れ 人に問わば詳細に宣(ノ)べん。

如三島江三栗草, 三島江(ミシマエ)の三栗草(ミクリ)の筋の如くに,

和君我有密深緣。 君 和(ト)我は密にして深い緣(エニシ)が有るを。

 [註] ○三栗草:池や沼などに生える、葉は線形で長く、高さ1mくらいの多年草。  

<現代語訳> 

 深い縁

今、私が心を砕きあなたのことを心配していることは、御存じないでしょうが、言うまでもなく、尋ねて来たなら委細解るでしょう。三島江の三栗の筋のように、貴方と私は深い縁で結ばれているのですから。

<簡体字およびピンイン> 

  深缘                Shēn yuan

君不知所我伤神, Jūn bùzhī suǒ wǒ shāngshén,       

固是问人详细宣。 gù shì wèn rén xiángxì xuān.    

如三岛江三栗草, Rú sāndǎo jiāng sānlì cǎo,

和君我有密深缘。 hé jūn wǒ yǒu mì shēn yuán.  

ooooooooo   

  玉鬘が、返した歌。用箋は薫物の香を沁ませた唐紙である。深い縁があると聞き、自問する風である。

 

数ならぬ 三稜(ミクリ)や何の 筋なれば うきにしもかく 根を留めけむ 

 (大意)人の数にも入らないわたしは、どういう縁で三稜が根をおろすように この憂き世の中に生まれてきたのでしょう。   

 

  

 

【井中蛙の雑録】 

○二十二帖 玉鬘での光源氏 35歳。この帖以降十帖を、“玉鬘十帖”と言われている。

○歌枕“三島江”:淀川下流の古称、大阪府高槻市南部から大阪市東淀川区東端辺りまでをいう。

○ミクリは、池や沼などに生え、葉は線形で長く、高さ1メートルくらいになる。実は先がとがり、基部が楔形をしているが、集合した形が栗のイガのようだから、実栗とも書く。

 

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