五十四帖 夢浮橋 (ゆめのうきはし) (薫 28歳)
薫は横川の僧都を訪ねる。特に親しい間柄と言うわけではなかったが、女一之宮の病に際し、僧都の修法で著しい効果を上げられたことから、薫は大きな尊敬を払うようになっていた。薫は、僧都に事情を語る。浮舟と薫の関係を知った僧都は驚き、浮舟を出家させたことを後悔する。
薫は、僧都の話を聞き、死んだと思っていた人が生存していることを知り驚く。薫は浮舟との再会を望み、まず、僧都に手紙を書いてもらい、兼ねて引き取り面倒を見ている浮舟の異父弟・小君を使いに出すことにした。
翌朝、薫は小君を使者とし、小野の浮舟のもとへ向かわせる。小野では、尼君が、ご姉弟でしょう、座敷へ通しましょう と言うのに、浮舟は、出家した姿を見られたくないと思い、小君に逢おうとしない。
浮舟は、もし生きているなら母にだけは会いたいが、小君にも逢おうとは思わない。また僧都が手紙に書いてある人には、人違いだとして、私はいないことにしてしまいたいです と言う。
薫からの手紙もあったが、浮舟はそれを開いて見ようともせず、尼君が開いて示した。昔のまゝの手跡で、紙の香も怪しいまでに匂う。次の歌が添えられてあった:
法(ノリ)の師を 訪ねる道を 知るべにて
思わぬ山に ふみまどふかな (薫)
“この人をお見忘れになったでしょうか。行方を失った方の形見にそば近く置いて慰めに眺めている少年です” と小君のことも書かれてあった。
小君は、恋しい姿の姉に再会する喜びを心に抱いて来たのであったが、落胆して大将邸へ帰った。小君が要領を得ない風で帰って来たのに失望し、薫は、悲しみが却って深まり、いろいろと想像されるのであった。浮舟が誰かに囲われているのではないか などと。
五十四帖の歌と漢詩
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法の師を 訪ねる道を しるべにて 思わぬ山に ふみまどうかな
[註]「訪ねる道」:山路を訪ねることと、仏の道を尋ねることと両方に通じる。
(大意) 仏法の師と思い尋ね来て、仏の道を道標(ミチシルベ)にしようとしていたのに、 あなたの生存を知り、思いがけない恋の山道に迷い込んだことよ。
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<漢詩>
情網 情(コイ)の網(ヤミジ) [下平声二蕭韻]
訪師尋仏法, 師を訪ね 仏法(ブッポウ)を尋ね,
応期得道標。 応(マサ)に期す 道標(ミチシルベ)を得るを。
不図知爾在, 図(ハカ)らずも爾(ナンジ)の在を知る,
迷入路迢迢。 迷い入りし路 迢迢(チョウチョウ)たり。
[註]〇情網:恋の闇路; 〇仏法:仏の道; 〇迢迢:遥かに遠いさま。
<現代語訳>
恋の闇路
法の師を訪ねて、仏道についての教えを請い、
その道しるべを得ようとしたのだ。
図らずも、そこで汝が生存していることを知り、
遥かな恋の山道に迷い込んでしまったよ。
<簡体字およびピンイン>
情网 Qíngwǎng
访师寻佛法, Fǎng shī xún fófǎ,
应期得道标。 yīng qī dé dàobiāo.
不图知尓在, Bù tú zhī ěr zài,
迷入路迢迢。 mírù lù tiáotiáo.
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<漢詩で読む『源氏物語』の歌> 完
【井中蛙の雑録】
〇各帖 歌1~4首を選んで漢詩表現にしつゝ、54帖からなる長編『源氏物語』の概要を‘語って’きました。曲がりなりにも終えることが出来ました。“愛”/“もののあわれ”を詠う和歌を、堅物“漢詩”に“翻って語る”ことの難儀を思い知った次第です。果たして、歌の“思い”が如何ほど伝えられたか、読み直して反省の材料としたいと思っております。
〇一足先に、NHK大河ドラマ『光る君へ』は終了しました。『源氏物語』即「歌物語」と捉えている筆者にとっては、「もう一工夫があっても……」と‘ないものねだり’の思いもありますが。多くの事柄を勉強させてもらいました。中でも、当時の風俗・習慣などは、紙上、筆の記載では得難く、貴重な‘活きた’情報を得ることができました。
〇次のテーマは、<西行の歌の漢詩化>に挑戦してみようと、目論んでおります。