愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 447  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (五十四帖 夢浮橋)

2024-12-20 11:05:39 | 漢詩を読む

五十四帖 夢浮橋 (ゆめのうきはし) (薫 28歳)

 薫は横川の僧都を訪ねる。特に親しい間柄と言うわけではなかったが、女一之宮の病に際し、僧都の修法で著しい効果を上げられたことから、薫は大きな尊敬を払うようになっていた。薫は、僧都に事情を語る。浮舟と薫の関係を知った僧都は驚き、浮舟を出家させたことを後悔する。

 薫は、僧都の話を聞き、死んだと思っていた人が生存していることを知り驚く。薫は浮舟との再会を望み、まず、僧都に手紙を書いてもらい、兼ねて引き取り面倒を見ている浮舟の異父弟・小君を使いに出すことにした。

 翌朝、薫は小君を使者とし、小野の浮舟のもとへ向かわせる。小野では、尼君が、ご姉弟でしょう、座敷へ通しましょう と言うのに、浮舟は、出家した姿を見られたくないと思い、小君に逢おうとしない。

 浮舟は、もし生きているなら母にだけは会いたいが、小君にも逢おうとは思わない。また僧都が手紙に書いてある人には、人違いだとして、私はいないことにしてしまいたいです と言う。

 薫からの手紙もあったが、浮舟はそれを開いて見ようともせず、尼君が開いて示した。昔のまゝの手跡で、紙の香も怪しいまでに匂う。次の歌が添えられてあった:

 

 法(ノリ)の師を 訪ねる道を 知るべにて

   思わぬ山に ふみまどふかな   (薫)   

 

 “この人をお見忘れになったでしょうか。行方を失った方の形見にそば近く置いて慰めに眺めている少年です” と小君のことも書かれてあった。

 小君は、恋しい姿の姉に再会する喜びを心に抱いて来たのであったが、落胆して大将邸へ帰った。小君が要領を得ない風で帰って来たのに失望し、薫は、悲しみが却って深まり、いろいろと想像されるのであった。浮舟が誰かに囲われているのではないか などと。

 

五十四帖の歌と漢詩 

ooooooooo     

法の師を 訪ねる道を しるべにて 思わぬ山に ふみまどうかな 

 [註]「訪ねる道」:山路を訪ねることと、仏の道を尋ねることと両方に通じる。

 (大意) 仏法の師と思い尋ね来て、仏の道を道標(ミチシルベ)にしようとしていたのに、                                          あなたの生存を知り、思いがけない恋の山道に迷い込んだことよ。 

 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 情網           情(コイ)の網(ヤミジ)           [下平声二蕭韻]

訪師尋仏法, 師を訪ね 仏法(ブッポウ)を尋ね,

応期得道標。 応(マサ)に期す 道標(ミチシルベ)を得るを。

不図知爾在, 図(ハカ)らずも爾(ナンジ)の在を知る,

迷入路迢迢。 迷い入りし路 迢迢(チョウチョウ)たり。

 [註]〇情網:恋の闇路; 〇仏法:仏の道; 〇迢迢:遥かに遠いさま。   

<現代語訳> 

  恋の闇路

法の師を訪ねて、仏道についての教えを請い、

その道しるべを得ようとしたのだ。

図らずも、そこで汝が生存していることを知り、

遥かな恋の山道に迷い込んでしまったよ。

<簡体字およびピンイン> 

  情网           Qíngwǎng

访师寻佛法, Fǎng shī xún fófǎ,

应期得道标。 yīng qī dé dàobiāo. 

不图知尓在, Bù tú zhī ěr zài,  

迷入路迢迢。 mírù lù tiáotiáo.

ooooooooo     

<漢詩で読む『源氏物語』の歌> 完

 

井中蛙の雑録

〇各帖 歌1~4首を選んで漢詩表現にしつゝ、54帖からなる長編『源氏物語』の概要を‘語って’きました。曲がりなりにも終えることが出来ました。“愛”/“もののあわれ”を詠う和歌を、堅物“漢詩”に“翻って語る”ことの難儀を思い知った次第です。果たして、歌の“思い”が如何ほど伝えられたか、読み直して反省の材料としたいと思っております。

〇一足先に、NHK大河ドラマ『光る君へ』は終了しました。『源氏物語』即「歌物語」と捉えている筆者にとっては、「もう一工夫があっても……」と‘ないものねだり’の思いもありますが。多くの事柄を勉強させてもらいました。中でも、当時の風俗・習慣などは、紙上、筆の記載では得難く、貴重な‘活きた’情報を得ることができました。

〇次のテーマは、<西行の歌の漢詩化>に挑戦してみようと、目論んでおります。

 

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閑話休題 446  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (五十三帖 手習い)

2024-12-15 09:40:24 | 漢詩を読む

 比叡・横川の寺に某僧都という高僧がいた。尼の老母と妹は、阿闍梨らを伴い、願果たしに初瀬へ参詣。その帰路、母尼が病になり、故朱雀院の御領・宇治の院で宿泊することになった。阿闍梨が院の後ろを見回ると、森の木の下に、炬火に照らされて白い物があり、近づいて見ると、長くつやつやした髪の女であった。宇治の人の話で、「以前、八の宮さまの姫君・浮舟が、大した病気もなく急に亡くなり、騒ぎになった」との話が伝わっていたが、女はその姫君・浮舟で、宇治で入水していたのであった。

 一行は二日ほど滞留し、尼たちは浮舟を伴い、比叡の坂本の小野へ、僧都は横川の寺へ帰った。浮舟は、寝たままで何も語ろうとしない。妹尼は、亡き娘の形見と思い、身内の如くによく浮舟の世話をし、ようやく話を交わすようになった。しかし浮舟は、やはり身の上を語ることはなく、出家を望むばかりであった。

秋になり、妹尼は、退屈凌ぎに琴を弾くと、何らこのような風雅な心得のない浮舟は、哀れな過去の自身が思い出されるのであった。そんな自分が儚まれて、手習いにと、歌を書いた:

 

 身を投げし 涙の川の 早き瀬に 

   しがらみかけて たれかとどめし  (浮舟)

 

 妹尼の亡き娘の婿であった中将が小野を訪れ、偶々浮舟の姿を垣間見て、浮舟に懸想する。浮舟は、ただ煩わしく思うだけで、怪しいほどに冷淡な態度をとり続けたため、中将は失望する。

 都で女一の宮が物怪に患い、僧都がその加持を行うことになり、下山した。その途中小野に立ち寄ると、浮舟は、僧都に縋りつき、念願の出家を果たす。都では、僧都の加持で女一の宮は快癒する。その折、僧都は宇治での出来事を話題にする。中宮は、宇治で自殺したとされる人の事であろうと思い当たり、薫(右大将)に聞かせてやりたいと思った。

 尼・母君の孫・紀伊守が小野に訪ねて来た。紀伊守は、薫が浮舟の一周忌法会の準備のためお供をして来たのである。その話を聞いた浮舟は、大将が今も自分の死を悼んでいること知り、心乱れる。

 薫は、中宮の御殿を訪ねた。中宮の指示で、恋人の小宰相が、先に僧都が話した宇治での出来事を話して聞かせた。薫は、意外千万な、と驚き、先ず僧都に逢い、詳細を知るべく横川に出かけることにした。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo     

身を投げし 涙の川の 早き瀬に しがらみかけて たれかとどめし 

 [註]〇早瀬:川で水の流れの速いところ; 〇しがらみ(柵)。

 (大意) 悲しみのあまり身を投げた涙の川の早い流れに柵を設けて、誰が私を救って                                                                                                                                                                                                                                                                                     くれたのであろう。

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 復蘇          復蘇 (ヨミガエル)        [上平声十四寒韻]

為不勝悲痛,悲痛(カナシミ)に不勝(タエザ)る為(タメ)に,

自投奔淚灘。自(ミズカ)ら投ず 奔(ハシ)る淚の灘(ハヤセ)に。

不知誰救我、 知らず 誰が我を救(スクイ)しか, 

攔住此急湍。 此の急湍(キュウリュウ)を攔住(セキトメ)て。

 [註]〇灘:はやせ; 〇攔住:せきとめる; 〇急湍:急流。

<現代語訳> 

  蘇る 

悲しさに堪えず、

涙の川に自ら身を投ず。

誰が私を救ってくれたのであろう、

この急流を堰き止めて。

<簡体字およびピンイン> 

 复苏     Fùsū 

为不胜悲痛, Wèi bù shèng bēitòng,  

自投奔泪滩。 zì tóu bēn lèi tān.      

不知谁救我, Bù zhī shuí jiù wǒ, 

拦住此急湍。 lán zhù cǐ jí tuān.  

 

ooooooooo                                                                                                                              都の人々で、宇治を訪ねて来る人があっても、浮舟は決して姿を現すことのないよう気は付けている。それでも、自分がこうして生きていることが、宮(匂宮)や大将(薫)に知れることになったら、と煩悶するのである:

 我かくて 憂き世の中に めぐるとも

   誰れかは知らむ 月の都に   (浮舟)

 (大意) 私がこのように辛い世の中に生きて、(知られまいとして)いても、都の誰か                                                                                                                                                                                                                                                                                                       は知ることになるのではないか。

 

 

 

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閑話休題 445  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (五十二帖 蜻蛉)

2024-12-10 14:01:55 | 漢詩を読む

 浮舟の失踪に宇治の人々は大騒動である。右近や侍従は浮舟が入水したものと想像する。周囲の人々は、姫君の真相が暴露されないよう、亡骸もないまま姫の衣類や手道具などを川向の原で焼いて、普通の火葬に見せかけ、葬式とした。匂宮は、貰った文から異常を感じ、使いの者を宇治に送ったが、実情を知ることはできず、また薫は、母宮が病気で、石山寺へ参籠中で、葬儀に立ち会うことはできなかった。

 匂宮は、二、三日失神状態となり、病に伏す。薫は落胆し、不用心な所に住まわせた、自分の非常識に原因があると胸を痛め、家族の後見を約束する。翌月、薫は、宇治を訪ねようと思っていた矢先の夕方、ホトトギスが二声ほど啼く声を聞いた。ちょうど二条院へ匂宮が来ている日であったから、橘の枝を折って歌を付けて、宮に届けた:

  忍び音や 君もなくらん かひもなき 

     死出(シデ)の田長(タオサ)に 心通はば   (薫) 

 匂宮は、意味ありげな歌である と思いながら読み、返歌する。

 蓮の花の盛りの頃、明石の中宮が法華八講を催した。薫は、その5日の朝、几帳の間から氷の一塊を持った女一の宮を見掛けて、その美貌に強烈に惹きつけられる。翌日、妻の女二の宮に同じ装いをさせたりするが、心は慰められない。さまざまな女君との恋の有り様に無常を感じ、薫は、儚く別れた宇治の姫君たちに思いを馳せる。そんな夕暮れ、蜻蛉(カゲロウ)の飛び交うさまを見て、まさに蜻蛉の如き姫君たちであったなア、と薫は独り言つ。

 

五十二帖の歌と漢詩 

ooooooooo     

 忍び音や 君もなくらん かひもなき 

    死出(シデ)の田長(タオサ)に 心通はば 

    [註]〇死出田長(シデノタオサ)または田長鳥(タオサドリ):ホトトギスの異名、“亡き

    人”をも意味する。

   (大意) 君も忍び泣きしているのでしょう、泣いても甲斐のない亡き人に心を通

     わせているのなら。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 恋恋不舍      恋恋(オモイ) 舍(ス)てられず      [上平声十一真韻]

爾尚偷偷泣, 爾(ナンジ) 尚 偷偷(シノビ)泣きしているか, 

胡為已故人。 胡為(ナンスレゾ) 已故人(ナキヒト)に。 

何其真白費, 何ぞ其れ 真に 白費 (カイナキ)こと, 

倘若尚通神。 倘若(モシ)も尚 神(ココロ)を通(カヨ)わせているとすれば。

 [註]〇恋恋不舍:後ろ髪を引かれる想い; 〇偷偷:こっそりと、人に知られない

  ように; 〇白費:甲斐ない、無駄である; 〇倘若:もしも…なら; 〇神:

  こころ。

<現代語訳> 

  未練 

君はなお忍び泣きしているのか、

どうして 今は亡き人に対して。

何と甲斐なきことか、

もしも猶 心を通わせているとしたなら。

<簡体字およびピンイン> 

  恋恋不舍  Liànliànbùshě 

尓尚偷偷泣, Ěr shàng tōutōu qì,

胡为已故人。 hú wéi yǐ gùrén.    

何其真白费, Héqí zhēn báifèi, 

倘若尚通神。 tǎngruò shàng tōng shén.   

ooooooooo                                                                                                                                   

  薫の意味ありげな歌に対して、匂宮が返した歌:

橘の 匂うあたりは 時鳥 心してこそ 泣くべかりけれ (匂宮)

(大意)昔の人を思い出させる橘の薰る辺りでは ホトトギスよ気をつけて鳴くもの                              ですよ(亡き人を偲ぶかと気を廻す人もあるから)。

 

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閑話休題 444  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (五十一帖 浮舟)

2024-12-05 09:34:25 | 漢詩を読む

匂宮は、あの秋の夕べ 二条院で垣間見た浮舟が忘れられない。年明け、浮舟の所から中の君に届いた手紙類に、女房らしい手で書かれた文を目にして、匂宮は、その中に気になる点があり、内記・時方に調べさせた結果、薫が浮舟を宇治に隠れ住まわせていることを突き止めた。

 

 匂宮は、宇治の山荘の勝手を知った者二、三人、内記など特に親しい者だけを伴って、夜間、密かに宇治を訪れた。匂宮は、浮舟の寝室に忍び入り、共寝をする。姫君は、薫でないことを知り、恐れおののくが、情熱的に訴える匂宮に 却って惹かれていく。

 

二月、薫は宇治を訪ねる。秘密を抱え苦悶する浮舟の姿に薫は女として成長したものと感じ、新築の家もできたので、京に迎える約束をする。薫は昔の人を思い、女は新しいもの思いになった恋に苦しみ、双方離れ離れの事を考えているのである。

 

 一方、浮舟に情熱を燃やす匂宮は、雪の積もる中 宇治を訪ねる。夜更けに山荘に着き、浮舟を伴い、小舟で対岸の別荘に向かった。有明の月が澄んだ空にかかり、水面も明るかった。途中、大きい巌のような形の常盤木の繁った“橘の小島”の前で舟はしばらく留まった。匂宮は、“千年の命のある緑が深いではないか” と言い、詠う:

 

  年経とも 変わらんものか 橘の 

      小島の崎に 契るこころは   (匂宮) 

 

匂宮は、別荘で二日間、浮舟と気楽に過ごす。

 

様々な思いに煩悶する浮舟の元に、薫から四月十日に亰へ迎えるとの報せが届き、事情を知らない女房たちは上京の準備を進める。一方、匂宮も、住まいの用意ができ、二十八日夜に迎えに行きますとの報せがきた。偶々、薫の従者が、匂宮から文が届けられたことを目撃、匂宮の密通が漏れる。薫は、浮舟に密通をなじる歌を贈り、追い詰められた浮舟は死を決意する。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

 年経とも 変わらんものか 橘の 小島の崎に 契るこころは 

     (大意)何年経とうとも変わりませんよ 常盤木の繁った橘の小島の崎でお約束す              る私の心は。

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 永遠愛        永遠(トワ)の愛     [上平声九佳韻] 

藹藹橘磐島, 藹藹(アイアイ)たり 橘の磐(イワ)島, 

依依誓麗佳。依依(イイ)たる麗佳(レイカ)に誓(チカ)う。 

年経如繁橘, 年経とも 繁る橘の如くに, 

不変我心懷。 我が心懷(オモイ) 変らず。 

 [註]〇藹藹:木々の繁るさま; 〇麗佳:麗しいひと; 〇心懷:胸中、想い。。

<現代語訳> 

  永久に変わらぬ愛 

常盤木、橘の生い茂る巌の小島、

心惹かれる 麗しき君に誓う。

幾年経るとも いつまでも繁っている橘の如くに、

君に対する我が想いは 変わることはありません。

<簡体字およびピンイン> 

  永远爱           Yǒngyuǎn ài

蔼蔼橘磐岛, Ǎiǎi jú pán dǎo,

依依誓丽佳。 Yīyī shì lìjiā

年经如繁橘, Nián jīng rú fán jú,    

不变我心怀。 bù biàn wǒ xīnhuái.    

ooooooooo         

 女君も珍しい所へ来たように思えて、返歌:

          橘の 小島の色は かはらじを

                この浮舟ぞ ゆくへ 知られぬ       (浮舟)

     [註]〇浮舟:憂き舟 との掛詞。

   (大意)橘の小島の色は変わらなくとも、この浮舟のような私の行く方が心配で              ございます。

 

【井中蛙の雑録】

○五十一帖 薫: 27歳春。

 

 

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