【三十帖の要旨】源氏、実父・内大臣ともに入内を勧めているが、玉鬘はためらっている。入内したとしても帝の寵の熱い秋好中宮と弘徽殿の女御のおられる中、後ろ盾の薄弱な自分は心もとない。
玉鬘には多くの男が求婚している。源氏は、玉鬘を実父に引き合わせた後、憚りがなくなり好色癖を露わにする。夕霧も玉鬘に近づき、文を送るが色よい返事は貰えていない。なお夕霧は、源氏自身の胸中の秘事を探りたくなる。「玉鬘を正式の妻にはできないので、世間体だけ官職に就けておいて、いつまでも愛人で置いておきたいのだ、そう人が言うのを聞きましたよ」と探りを入れる。源氏は、「曲解だよ」と笑って言ったが、的を射た話に、内大臣に潔白であることを知らせなくてはと思った。
玉鬘の入内は十月と決まった。だが男たちは、玉鬘の夫となる可能性がなくなったとは考えていない。黒髭大将は、春宮の母・女御と兄弟であり、さらには紫の上の異母姉を夫人としており、源氏、内大臣に続く勢力者である。曽て、柏木のいる右衛府長官を務め、内大臣へも心の内を述べていた。大将は、本妻とは別れたいと思っており、夢中になって玉鬘を得ようとしている。
光源氏の弟・蛍兵部の宮は、宮仕えが決まった以上、自分の出る幕はないと、あきらめたように、玉鬘に次の歌を贈った:
朝日さす光を見ても玉笹の
葉分の霜は消たずもあらなん
多くの求婚者から手紙が届いたが、玉鬘が短いながら返事を書いたのは、蛍兵部卿の宮に対してだけでした。源氏と内大臣は、多数の求婚者の中から蛍兵部卿の宮だけに返事を書いたことに 躱(カワ)し方が絶妙であると玉鬘を評した。
本帖の歌と漢詩:
ooooooooo
朝日さす光を見ても玉笹の
葉分の霜は消たずもあらなん (蛍兵部卿の宮)
[註] 〇朝日さす光:朝日のような帝、冷泉帝; ○玉笹:笹の美称;
〇葉分:風や月光などが葉と葉を分けて、間に入り込むこと、また一
枚一枚の葉。
(大意) 朝日のような主上のお側へいかれても 玉笹の葉分の露のよう
な私を忘れないでください。
xxxxxxxxxx
<漢詩> [下平声七陽韻]
可惜意 可惜(ザンネン)な意(オモイ)
行行是皇后, 行行(ユクユク)は是(コ)れ皇后(キサキ)とならん,
君耀若朝陽。 君(ミカド)は朝陽(アサヒ)の若(ゴト)く耀(カガヤ)く。
願別忘留下, 願(ネガワク)は留下(ノコサレ)しを忘れ別(ナキ)よう、
人如竹葉霜。 竹(ササ)の葉におく霜(シモ)の如き人を。
[註] 〇留下:残す; ○竹葉:笹竹の葉。
<現代語訳>
残念な思い
行く行くあなたは 后(キサキ)となるであろう、
朝日の如く光輝く君主の。
どうか取り残された者をお忘れにならないで下さい、
笹に置いた霜の如き人を。
<簡体字およびピンイン>
可惜意 Kěxī yì
行行是皇后, Xíng xíng shì huánghòu,
君耀若朝阳。 jūn yào ruò zhāoyáng.
愿别忘留下, Yuàn bié wàng liú xià,
人如竹叶霜。 rén rú zhú yè shuāng.
ooooooooo
玉鬘は、自分は、自ら喜んで入内するのではありませんから、あなたの
ことを忘れることはありませんよ と次の歌を返した:
心もて 日かげに向かふ 葵だに 朝おく露を おのれやは消つ (玉鬘)
(大意) 自ら望んで日の光に向かっていく向日葵でさえ 朝置くつゆを
自ら消してしまうことがあるでしょうか。
【井中蛙の雑録】
○光源氏37歳の秋。
〇「藤袴」の帖名について。夕霧が、“藤袴”の花を持って、玉鬘に思いを訴えた折に詠った次の歌に因む:
おなじ野の露にやつるる藤袴哀れをかけよかごとばかりも
(大意) あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です。どうか
ほんの一言でもやさしい言葉をかけてください。
〇“玉鬘の対応が絶妙であった”との評について。かつて蛍の宮の玉鬘への思いは深いものであった(「二十五帖 蛍」参照)。しかし玉鬘の入内決定で、第三者の求婚の可能性は低く、蛍の宮も諦めの想いに傾いている。以後、蛍の宮が求婚することはなかろう”と 判断して、蛍の宮だけに返歌されたことを評している。