青年・義清(ノリキヨ、西行)は、もちろん恋もしたであろう。今回読む歌は、恐らくは思いが遂げられず、非常に悩んでいる状況の歌である。この自分を産み、育てた親をさえ怨みに思うほど、強烈な恋いに悩んでいる様子である:
かかる身に 生(オホ)したてけむ たらちねの
親さえ辛き 恋もするかな
普通、親に対しては、「ここまでよく育ててくれた」と、感謝の気持ちを抱くであろうと思うのであるが、むしろ恨みを思うほどに、恋の苦しみに襲われている と訴えている。想いが断たれ、衝撃を覚えた瞬時の失恋の胸の内を詠った歌とは思えない。
相手に中々想いが伝わらず、縁がないとか、あるいは身分制度の明らかな当時、身分不相応で、手の届きようのない相手に恋情を抱き、心の整理が出来ずに悩んでいる、斯かる状況を想像させる歌のようである。
和歌と漢詩
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<和歌>
かかる身に 生したてけむ たらちねの
親さえ辛き 恋もするかな [山家集677] 、[御裳濯歌合26番右]
[註] 〇生したてけむ:“生したつ”は育て上げる; 〇たらちねの:“母”“親”にかかる枕詞; 〇親さえ辛き:親さえ恨めしく思われる。
(大意) このような身に育てゝくれた親さえ恨めしく思われるほどに恋の悩みに苛まれています。
<漢詩>
悩単思病 単思病(カタオモイ)に悩(ナヤ)む [上平声十灰韻]
連親扶養我,我を扶養(ソダテ)し親 連(サエ)も,
也看可恨哉。可恨(ウラミ)に看(オモ)う哉(カナ)。
元是入情網,元(モト)は是れ 情網(ジョウモウ)に入り,
緣分尚未媒。緣分(エニシ) 尚(ナ)を未(イマダ) 媒せざるによる。
[註]〇単思:片思い; 〇元是:もともと…による; 〇入情網:恋の闇路に入る; 〇緣分:縁; 〇媒:仲介する。
<現代語訳>
片思いに苦しむ
斯うなるまで私を育てゝくれた親でさえ、
恨めしく思はれることだ。
もとより、私は恋に落ちるも、
縁が未だ媒(ナカダチ)してくれないからである。
<簡体字およびピンイン>
恼单思病 Hài dān sī bìng
连亲扶养我,Lián qīn fúyǎng wǒ,
也看可恨哉。 yě kàn kěhèn zāi.
元是入情网, Yuán shì rù qíngwǎng,
缘分尚未媒。 yuánfèn shàng wèi méi.
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当時、義清の身の周りの状況を整理しておきます。
義清は、徳大寺実能(サネヨシ)の随身(15,6歳)となり、後に鳥羽上皇の下北面の武士(19歳)となる。鳥羽上皇の后は、徳大寺実能の妹・待賢門院璋子(タイケンモンインショウシ)で、その第一皇子は崇徳(ストク、1119生)天皇、義清(1118生)より1歳年下である。
すなわち、義清は、徳大寺家を介して、宮廷中枢との繋がりができ、良い関係にあったことが想像されます。
さて、義清が、親を怨むほどに、辛く思い果たせぬ恋の相手とはいかなる御方であろうか。後の世では、その一人として待賢門院璋子を擬する“説“が根強く、それを題材にした“物語”が多数語られています。恋を主題にした義清自身の歌、今回の歌も含めて、恋の相手として‘待賢門院璋子’を念頭において読んでも、さほど違和感を覚えないことは確かである。
向後、なお他の恋の歌をも読み、考察を進めていきます。なお、義清の生きた世情については、次項≪呉竹の節々-x≫として整理していきます。
≪呉竹の節々-2≫ ―世情―
鳥羽上皇は、亡祖父・白河法皇と待賢門院璋子との間の子とされる崇徳天皇を嫌い、崇徳天皇を退位させ、さらにその皇子・重仁(シゲヒト)親王にも皇統を渡すまい と策を巡らします。
鳥羽上皇には、今一人の后(キサキ)、藤原得子(トクコ、美福門院ビフクモンイン)がいて、その子に幼い体仁(ナリヒト)親王がいた。鳥羽上皇は、崇徳天皇に、「体仁親王を養子に迎え、後に天皇にたてる。さすれば自らは上皇として院政を行うことができるではないか」と持ち掛けます。
院政とは、幼い天皇をその父や祖父が補佐すると言う名目で、政治の実権をにぎる支配の一仕組みである。白河上皇が始めたシステムとされる。即ち、摂政・関白として、摂関家に奪われていた実権を天皇家に取り戻す手立てでもある。
崇徳天皇は、「なるほど 」と納得して、4歳の体仁親王を養子にして、その上で譲位しました。近衛天皇の誕生である。崇徳天皇は、自ら院として政治が続けられる と期待して、「……有難い……、わが父君は、……」と、喜ばれていたのである。しかしそこには“罠”が仕掛けられていたのでした。
(続く)
【井中蛙の雑録】
〇先の≪閑話休題451 …「西行物語」-4 伏見過ぎぬ≫の稿において、義清の“馬の遠乗り”の出発点を“御所”と想定して書き進めました。しかし、出発点を“御所”では、牛車の往来で混んでいるであろう大都市の“街路”を馬に鞭打ち駆けることになる。どうもシックリ行かない。
再検討を要する課題の一点である。
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