(6) かささぎの渡せる橋におく霜の
白きを見れば夜ぞふけにける
-中納言家持
前回(閑話休題111)記載の漢詩原文について一部改訂しました。また簡体字の表記も添えました。
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<原文と読み下し文> [簡体字]
星垂首冬一夜 星垂れる首冬(シュトウ)の一夜
(上平声十四寒韻)
牽織眽眽隔銀漢、 [牵织眽眽隔银汉、]
……牽と織 眽眽(バクバク)として 銀漢(ギンカン)に隔(ヘダ)てられてあり、
承鵲帥援如愿歓。 [承鹊帅援如愿欢。]
……鵲の帥(ソツ)な援(タスケ)を承(ウ)け、愿(ネガイ)は如(カナエ)られ歓(ヨロコ)ぶ。
星散玉階無動影、 [星散玉阶无动影、]
……星散って、玉階(ギョクカイ)に動く影は無く、
凝霜皎皎知夜蘭。 [凝霜皎皎知夜阑。]
……凝霜(ギョウソウ) 皎皎(コウコウ)として夜蘭(ヤラン)と知る。
註]
牽織:牽牛星と織女星;
眽眽:ものを言わずに目またはそぶりで意志を伝えるさま。「古詩十九首」其十 迢迢
牽牛星(無名氏)に拠る。
銀漢:天の川
鵲;カササギ、七夕の夜、たくさんの鵲が翼を広げて橋を設えて、織姫が銀河を渡るのを
助けたという故事(中国、前漢『淮南子(エナンジ))による。わが国では北西九州に
のみ生息する鳥らしい。
帥:粋な; 如愿:願いが叶えられる;
玉階:宮中の建物をつなぐ階段(キザハシ); 凝霜:凝結した霜;
皎皎:白く光って明るい; 夜蘭:夜更け。
<現代語訳>
星降る初冬の一夜
牽牛星と織女星は、銀河に隔てられて、話すこともできず、互いに見つめあっている、
七夕の夜、カササギの粋な計らいで両星の逢瀬の願いは叶えられ喜びあふれる。
星明かりの中 目の前に玉階はあるが その向うに動く人影は無く、
凝結した霜が白く光って見えるだけ、いつしか夜は更けているのだ。
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改定した部分は、第一句(起句)中、“同踮”を“眽眽”としたところです。前者の方が、「両者が爪先立って相手を求める」情景として、よりリアルに思いましたが。「古詩十九首 其の十」に倣い、“眽眽”に改めました。
「古詩十九首」は、後漢(前漢とも)代に無名氏(作者不詳)の作としてまとめられたものである。「其の十」に「満々と湛えた一筋の流れに隔てられて、“眽眽不得语(見つめあうだけで言葉も交わせない)」とあります。
“眽眽”は、牽牛星と織女星の哀しい恋物語を語るのに、ほぼ2,000年に亘って語り継がれてきた表現と言えます。字句を目にするだけで、無理なく詩の世界に入り込めるかな と借用・改定しました。
歴史ある日本文化のひとつ、和歌を漢訳するに当たって、やはり中国の若い年代の方々にもその中身を理解してもらいたいな との思いから、簡体字表記も添えることにしました。
和歌にはもともと“題”はありません。漢詩に“詩題”を付しましたが、適切か否か、今後の課題です。
さて、“推敲(スイコウ)”。“推敲”とは、“詩文の字句や文章を十分に吟味して練り直すこと”を意味する用語として使用されています。その由来についてちょっと。
中国唐代に、詩人の買島(カトウ)は、驢馬に跨り、何事かに集中している様子で、手真似をするかのようにしながらブツブツと言って街中を行っていた。夢中な彼は、前方から馬車一行の来るのにも気が付かず、正面衝突した。
「無礼者!権の京尹(イン)(副県知事)韓退之(カンタイシ)様をなんと心得る!!」と、怒鳴られてやっと気がついたが、後のまつり。馬車の一行は、衛兵たちに守られた韓愈(カンユ)の行列であったのです。
買島は、韓愈の前に引き立てられて責められますが、弁解に努めます。「実は、詩作中で、“僧は推(オ)す月下の門」の句で、『推す』が良いか、『敲(タタ)く』が良いか決めかね、考え事に夢中であったため、ご無礼を致した。」と言って、頭をさげた。[詩については本稿末尾参照]。
韓愈は、「それは君、『敲く』とした方が良いよ!」とお答えを頂いた と。これが縁で、僧であった買島は、韓愈に引き立てられ還俗して仕官し、両人は無二の詩友となった と。
幾度となく「改訂版」を掲載する状況には、こころ苦しく思うのだが、「走り乍ら考え、走り乍ら書き、走り乍らまた考え、……」と。より良い形を求めて、“ながら族”よろしく、推敲を重ねている次第であります。
[参考]
五言律詩「李凝の幽居に題す」の前半四句
間居 隣並(リンペイ) 少(マレ)に、 (李凝が隠棲する間居は隣家が少なく)
草径(ソウケイ) 荒園(コウエン)に入る。 (草深い小道は雑草の生い茂る田園に入る)
鳥は宿る 池辺(チヘン)の樹、 (鳥は池の辺りの木に宿っている)
僧は敲(タタ)く 月下の門。 (僧は月光の下で門を敲く)
白きを見れば夜ぞふけにける
-中納言家持
前回(閑話休題111)記載の漢詩原文について一部改訂しました。また簡体字の表記も添えました。
xxxxxxxx
<原文と読み下し文> [簡体字]
星垂首冬一夜 星垂れる首冬(シュトウ)の一夜
(上平声十四寒韻)
牽織眽眽隔銀漢、 [牵织眽眽隔银汉、]
……牽と織 眽眽(バクバク)として 銀漢(ギンカン)に隔(ヘダ)てられてあり、
承鵲帥援如愿歓。 [承鹊帅援如愿欢。]
……鵲の帥(ソツ)な援(タスケ)を承(ウ)け、愿(ネガイ)は如(カナエ)られ歓(ヨロコ)ぶ。
星散玉階無動影、 [星散玉阶无动影、]
……星散って、玉階(ギョクカイ)に動く影は無く、
凝霜皎皎知夜蘭。 [凝霜皎皎知夜阑。]
……凝霜(ギョウソウ) 皎皎(コウコウ)として夜蘭(ヤラン)と知る。
註]
牽織:牽牛星と織女星;
眽眽:ものを言わずに目またはそぶりで意志を伝えるさま。「古詩十九首」其十 迢迢
牽牛星(無名氏)に拠る。
銀漢:天の川
鵲;カササギ、七夕の夜、たくさんの鵲が翼を広げて橋を設えて、織姫が銀河を渡るのを
助けたという故事(中国、前漢『淮南子(エナンジ))による。わが国では北西九州に
のみ生息する鳥らしい。
帥:粋な; 如愿:願いが叶えられる;
玉階:宮中の建物をつなぐ階段(キザハシ); 凝霜:凝結した霜;
皎皎:白く光って明るい; 夜蘭:夜更け。
<現代語訳>
星降る初冬の一夜
牽牛星と織女星は、銀河に隔てられて、話すこともできず、互いに見つめあっている、
七夕の夜、カササギの粋な計らいで両星の逢瀬の願いは叶えられ喜びあふれる。
星明かりの中 目の前に玉階はあるが その向うに動く人影は無く、
凝結した霜が白く光って見えるだけ、いつしか夜は更けているのだ。
xxxxxxxxx
改定した部分は、第一句(起句)中、“同踮”を“眽眽”としたところです。前者の方が、「両者が爪先立って相手を求める」情景として、よりリアルに思いましたが。「古詩十九首 其の十」に倣い、“眽眽”に改めました。
「古詩十九首」は、後漢(前漢とも)代に無名氏(作者不詳)の作としてまとめられたものである。「其の十」に「満々と湛えた一筋の流れに隔てられて、“眽眽不得语(見つめあうだけで言葉も交わせない)」とあります。
“眽眽”は、牽牛星と織女星の哀しい恋物語を語るのに、ほぼ2,000年に亘って語り継がれてきた表現と言えます。字句を目にするだけで、無理なく詩の世界に入り込めるかな と借用・改定しました。
歴史ある日本文化のひとつ、和歌を漢訳するに当たって、やはり中国の若い年代の方々にもその中身を理解してもらいたいな との思いから、簡体字表記も添えることにしました。
和歌にはもともと“題”はありません。漢詩に“詩題”を付しましたが、適切か否か、今後の課題です。
さて、“推敲(スイコウ)”。“推敲”とは、“詩文の字句や文章を十分に吟味して練り直すこと”を意味する用語として使用されています。その由来についてちょっと。
中国唐代に、詩人の買島(カトウ)は、驢馬に跨り、何事かに集中している様子で、手真似をするかのようにしながらブツブツと言って街中を行っていた。夢中な彼は、前方から馬車一行の来るのにも気が付かず、正面衝突した。
「無礼者!権の京尹(イン)(副県知事)韓退之(カンタイシ)様をなんと心得る!!」と、怒鳴られてやっと気がついたが、後のまつり。馬車の一行は、衛兵たちに守られた韓愈(カンユ)の行列であったのです。
買島は、韓愈の前に引き立てられて責められますが、弁解に努めます。「実は、詩作中で、“僧は推(オ)す月下の門」の句で、『推す』が良いか、『敲(タタ)く』が良いか決めかね、考え事に夢中であったため、ご無礼を致した。」と言って、頭をさげた。[詩については本稿末尾参照]。
韓愈は、「それは君、『敲く』とした方が良いよ!」とお答えを頂いた と。これが縁で、僧であった買島は、韓愈に引き立てられ還俗して仕官し、両人は無二の詩友となった と。
幾度となく「改訂版」を掲載する状況には、こころ苦しく思うのだが、「走り乍ら考え、走り乍ら書き、走り乍らまた考え、……」と。より良い形を求めて、“ながら族”よろしく、推敲を重ねている次第であります。
[参考]
五言律詩「李凝の幽居に題す」の前半四句
間居 隣並(リンペイ) 少(マレ)に、 (李凝が隠棲する間居は隣家が少なく)
草径(ソウケイ) 荒園(コウエン)に入る。 (草深い小道は雑草の生い茂る田園に入る)
鳥は宿る 池辺(チヘン)の樹、 (鳥は池の辺りの木に宿っている)
僧は敲(タタ)く 月下の門。 (僧は月光の下で門を敲く)