5/28 (日)~5/30 (火)、H交通社のツアーに参加して、屋久島、縄文杉を訪ねる旅に出ました。「ドラマの中の漢詩」については一休みして、この旅の様子を記します。
この旅の印象が非常に強烈であったこともあり、縄文杉を訪ねた模様について自ら漢詩を作ってみました。最後に触れます。
縄文杉については、広く喧伝されており、今更の感がないでもありませんが、漢詩と併せて観るなら、一味違ってくるのでは?と。まず写真1をご覧ください。
写真1:縄文杉
縄文杉の、神々しいほどのドッシリと、且つシャンとした樹姿体と、幾千年もの風雪に耐えた木肌の様相は実に印象的です。その麓に辿り着いた瞬間、多くの人が自然と胸元に両手を合わせて頭を垂れ、また仰ぎ見ていました。難路を経た疲れも吹っ飛んだ瞬間です。
当日(5/29)は、好天に恵まれて、縄文杉の全容を見ることが出来たことは幸いであった。ただ、同杉の保護のため、人や鹿などが近づけないよう柵が設けられていて、周囲には草木が繁茂している。今日、古い写真に見るような姿はみられない。
なお、縄文杉(固有名詞である)は別格にして、樹齢1,000年を超す杉を“屋久杉”、1,000年未満を“小杉”と称しているようである。
縄文杉に到る間の登山道の各所に、諸々の姿の屋久杉や杉の株跡が目を楽しませてくれることも特筆に値する。写真2はその一つ、“ウイルソン株”と呼ばれている古木の切り株の風化が進んだ跡である。
写真2:ウイルソン株の内部空洞
この杉株は、豊臣秀吉がほぼ天下を手中に収めたころ、1589年、方広寺大仏殿(京都)の造営のために伐採された古杉の跡であるとのこと。なお秀吉の命を受けて、実際に伐採に従事したのは、薩摩藩の島津氏であった由。
切り株跡は、風化が進み、木の樹皮側に近い部分を残して内部は空洞になっています。空洞は、写真に見るように大勢の人を収容できるほどに、相当に広く、また天井部は天を仰ぎ見ることができる天窓になっています。
内壁部は、燃え盛る炎の“ひだ”を思わせます。天窓部は、ある角度で天を仰いだ時、いわゆるハート型を呈します(写真3)。写真3は、急いで撮ったためやや歪んだ“ハート”となっていますが。
写真3:ウイルソン株のハート型天窓から天を仰ぐ
縄文杉に到る行程について少し触れておきます(写真地図4)。安房(屋久島東南海岸部)から荒川林道(写真右下)をバスで約1時間走って荒川登山口(地図P)、トロッコ道の始点に至ります。この点からトロッコ道を徒歩で約9 km行くと、大株歩道入口(地図中心上部WC)に至ります。
写真4:縄文杉にいたる行路;濃緑表示部は世界遺産登録地域
大株歩道入口から北方向に縄文杉まで約2.5kmの登山道となります。この地点で往路のほぼ8割がた過ぎたものと安堵したものであるが、実は、これからが難路。1丁目、2丁目、3丁目と特に岩場の難所が、これでもか!これでもか!と続いた。
大株歩道の様子は、写真5に見る通りで、山の斜面で大小の岩石や地上に露わになった木の根っこなど凸凹道です。特に馬の背のような、急な上り・下りの箇所では、厚い杉板で約40~50 cm幅の階段が設けられている。
写真5:山の斜面を行く大株歩道
路上には木の太い根っこが地上に浮いた形で露出していて歩行を妨げている。また人の身長ほどの大岩を大木の太い根が抱きかかえていて、岩の上に木が生えたように見える。これらは長年にわたる頻回の大雨により地表部の土砂が流されていった結果である由。
走行距離と走行時間の比例関係が全く狂わされた状態は次の標識(写真6)から窺えます。トロッコ道の途中にある標識です。この表示から算出すると、荒川登山口~大株歩道入口(トロッコ道):約9kmを130分、一方、大株歩道入口~縄文杉(大株歩道):約2.5kmを115分と算出できます。大株歩道が並みでない登山道であることが容易に想像できます。
写真6:標識
左:大株歩道入口まで60分;縄文杉まで175分;右:荒川登山口まで70分
トロッコ道についてちょっと触れておきましょう。トロッコ道は写真7に見るように、枕木の上に板を2または3枚付けた部分と板のない部分が約半々。板のない部分では、不規則に並べられた枕木を踏み台に歩くことになる。
写真7:トロッコ道、ガードのない橋
下は10 mを越す深さの岩場で、岩間を清水が流れている
因みに、当日の行動記録は、往復約23 kmの距離を、途中昼食及び休憩時間を含めて、約11時間かけて踏破した。同行者の歩数計の記録では37,000歩であった由。
さて、筆者は、古木を訪ねて写真に収めることを愉しみの一つにしています。但し、わざわざ古木を訪ねて旅することはなく、何らかの旅行の折に、少し足を延ばして、ついでに古木を訪ねることがすべてであった。
今回は、縄文杉の姿を写真に収めることを主眼に、わざわざ屋久島を訪ねた次第です。実際に縄文杉を目にし、また行路の各場面で目に止まった古木の諸々の姿を目にするにつけて、格別に感興が湧いて、漢詩を作る気を起こした次第です。
訪繩文杉 繩文杉を訪ねる [上平声十五刪韻]
昔聞屋久島、 昔聞く 屋久の島、
今対悟難攀。 今対して 攀(ヨ)じ難(ガタ)きを悟(サト)る。
嶄嶄神霊木、 嶄嶄(サンサン)たり神霊(シンレイ)の木、
峩峩古代杉。 峩峩(ガガ)たり古代の杉。
洋海東南坼、 洋海 東南に坼(サ)け、
風雪天地間。 風雪(フウセツ) 天地の間(カン)。
黙祷向尊樹, 尊樹(ソンジュ)に向かいて黙祷(モクトウ)するに,
杳如心自閑。 杳(ヨウ)として 心(ココロ)自(オノズ)から閑(カン)なるが如し。
註] 〇嶄嶄:高く、威儀が立派なさま; 〇峩峩:高く聳え立つさま; 〇洋海:太平洋と東シナ海; 〇坼:裂ける。
<現代語訳>
屋久島の縄文杉を尋ねる
昔から聞いていた屋久島、
今対してみると、登るのが難儀なことが実感できた。
威厳に満ちた神霊の木、
高く聳える古代の縄文杉。
太平洋と東シナ海を東南に分けて、
天地の間に幾千年の風雪に耐えてきた。
その木に向かって暫し黙祷を捧げると、
自然と心が洗われて安静になるように思われた。
<簡体字およびピンイン>
访绳文杉 Fǎng shéngwén shān
昔聞屋久岛、 Xī wén wūjiǔdǎo,
今対悟難攀。 jīn duì wù nán pān.
崭崭神灵木、 Zhǎn zhǎn shén líng mù,
峩峩古代杉。 é é gǔdài shān.
洋海东南坼, Yáng hǎi dōng nán chè,
风雪天地间。 fēng xuě tiān dì jiān.
默祷向尊树, Mòdǎo xiàng zūn shù,
杳如心自闲。 yǎo rú xīn zì xián.