[二十一 乙女 要旨] (33~35歳)
源氏と葵の上と間の若君・夕霧が十二歳・元服を迎えると、源氏は、国家の柱石たる教養を身につけさせるべく、四位ではなく、わざと六位という低い官位を与える。
この頃、源氏は太政大臣に、また頭中将は内大臣に昇進する。内大臣は、娘・弘徽殿女御を妃にと目論むが、斎宮女御(秋好中将)が立后された。あせる内大臣は、娘・雲居雁(14歳)を春宮に入内させることを考える。
しかし雲居雁は、夕霧と思いを通わせる間柄となっていて、それを知った内大臣は、二人を引き離そうとします。哀れに思った夕霧の乳母が、夕方の暗まぎれに二人を逢わせます。
姫君の乳母が、二人の会合を知り、「貴公子とは言え、最初の殿さまが浅葱の袍の六位の方とは」と言っていることが夕霧の耳に届きます。夕霧は、憤慨し、恋も醒める気がして、「恥ずかしくてならない」と、次の歌を詠む:
くれなゐの 涙に深き 袖の色を
浅緑とや いひしをるべき (夕霧)
雲井雁は、二人は如何なる宿縁であろうかと嘆きの歌を返します。内大臣は、雲井雁を連れ出し、夕霧-雲居雁は離れ離れにされます。
源氏は、六条御息所の邸とその周囲の土地を手に入れ、来年の紫の上の父・式部卿の宮の五十歳の賀宴を新邸で催すべく、広大な六条院を完成させた。
本帖の歌と漢詩:
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くれなゐの涙に深き袖の色を
浅緑とやいひしをるべき (夕霧)
[註] 〇紅は五位の袍(朝服の上着)の色、血涙の紅色との掛詞でもある。五位は紅色/六位は浅葱の浅緑色の着衣で位を表す。
(大意) 血の涙で紅深く染まったこの袖を六位風情の浅葱色と貶めてよいものか。
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<漢詩>
五袍淚 五袍の淚 [下平声十一尤韻]
為進修雖委身遊, 進修の為と雖も身を遊に委ねるに,
世人評我淺蔥儔。 世人 我を評して淺蔥(アサギ)の儔(ナカマ)とす。
紅淚深染六袍袖, 紅淚 深く染める六袍の袖,
豈可貶低斯事由。 豈 斯の事由を貶低(オトシ)む可きや。
[註] ○進修:(技術や意識を高めるために)研修する; 〇浅蔥:浅みどり、六位の位階の束帯が浅蔥色であること; 〇儔:仲間、同類; 〇六袍袖:六位官の正装衣の袖; 〇貶低:(人や物に対する評価を)下げる; 〇事由:事のいきさつ。ここではわざと六位とされた我が身のこと。
<現代語訳>
紅色の涙
研修のためとはいえ 学問に身を委ねているが、世の人々は我を六位・浅葱色の輩と評している。六位の袍の袖は五位の紅の涙で深く染まっており、理由あって浅葱色にしているのを、六位と貶めてよいものか。
<簡体字およびピンイン>
五袍泪 Wǔ páo lèi
为进修虽委身游, Wèi jìnxiū suī wěi shēn yóu,
世人评我浅葱俦。 shìrén píng wǒ qiǎn cōng chóu.
红泪深染六袍袖, Hóng lèi shēn rǎn liù páo xiù,
岂可贬低斯事由。 qǐ kě biǎn dī sī shìyóu.
ooooooooo
雲居雁は、二人はままならない宿縁 と嘆いています:
いろいろに身のうきほどの知らるるは
いかに染めける中の衣ぞ (雲居雁)
(大意) いろいろな出来事に身の不幸が思い知らされる二人 どう定められた宿縁なのであろうか。
【井中蛙の雑録】
○律令制の下、官位は9位階に分けられ、五位以上がいわゆる“貴族”で、各位階で正装の袍(上着)が色分けされていた。六位以下は青や緑であったらしい。大学寮に入った当時の夕霧の袍の色は六位・浅葱色だった。