愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題405 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十一帖 乙女) 

2024-05-27 09:47:22 | 漢詩を読む

[二十一 乙女 要旨] (33~35歳) 

源氏と葵の上と間の若君・夕霧が十二歳・元服を迎えると、源氏は、国家の柱石たる教養を身につけさせるべく、四位ではなく、わざと六位という低い官位を与える。

 

この頃、源氏は太政大臣に、また頭中将は内大臣に昇進する。内大臣は、娘・弘徽殿女御を妃にと目論むが、斎宮女御(秋好中将)が立后された。あせる内大臣は、娘・雲居雁(14歳)を春宮に入内させることを考える。

 

しかし雲居雁は、夕霧と思いを通わせる間柄となっていて、それを知った内大臣は、二人を引き離そうとします。哀れに思った夕霧の乳母が、夕方の暗まぎれに二人を逢わせます。

 

姫君の乳母が、二人の会合を知り、「貴公子とは言え、最初の殿さまが浅葱の袍の六位の方とは」と言っていることが夕霧の耳に届きます。夕霧は、憤慨し、恋も醒める気がして、「恥ずかしくてならない」と、次の歌を詠む: 

 

  くれなゐの 涙に深き 袖の色を

浅緑とや いひしをるべき  (夕霧) 

 

雲井雁は、二人は如何なる宿縁であろうかと嘆きの歌を返します。内大臣は、雲井雁を連れ出し、夕霧-雲居雁は離れ離れにされます。

 

源氏は、六条御息所の邸とその周囲の土地を手に入れ、来年の紫の上の父・式部卿の宮の五十歳の賀宴を新邸で催すべく、広大な六条院を完成させた。 

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo  

くれなゐの涙に深き袖の色を 

  浅緑とやいひしをるべき   (夕霧) 

 [註] 〇紅は五位の袍(朝服の上着)の色、血涙の紅色との掛詞でもある。五位は紅色/六位は浅葱の浅緑色の着衣で位を表す。   

 (大意) 血の涙で紅深く染まったこの袖を六位風情の浅葱色と貶めてよいものか。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩> 

    五袍淚       五袍の淚     [下平声十一尤韻]

為進修雖委身遊, 進修の為と雖も身を遊に委ねるに,

世人評我淺蔥儔。 世人 我を評して淺蔥(アサギ)の儔(ナカマ)とす。

紅淚深染六袍袖, 紅淚 深く染める六袍の袖,

豈可貶低斯事由。 豈 斯の事由を貶低(オトシ)む可きや。

 [註] ○進修:(技術や意識を高めるために)研修する; 〇浅蔥:浅みどり、六位の位階の束帯が浅蔥色であること; 〇儔:仲間、同類; 〇六袍袖:六位官の正装衣の袖; 〇貶低:(人や物に対する評価を)下げる;  〇事由:事のいきさつ。ここではわざと六位とされた我が身のこと。 

<現代語訳> 

  紅色の涙 

研修のためとはいえ 学問に身を委ねているが、世の人々は我を六位・浅葱色の輩と評している。六位の袍の袖は五位の紅の涙で深く染まっており、理由あって浅葱色にしているのを、六位と貶めてよいものか。

<簡体字およびピンイン> 

  五袍泪          Wǔ páo lèi

为进修虽委身游, Wèi jìnxiū suī wěi shēn yóu

世人评我浅葱俦。 shìrén píng wǒ qiǎn cōng chóu.

红泪深染六袍袖, Hóng lèi shēn rǎn liù páo xiù,

岂可贬低斯事由。 qǐ kě biǎn ​​dī sī shìyóu.  

ooooooooo   

 

雲居雁は、二人はままならない宿縁 と嘆いています:

 

いろいろに身のうきほどの知らるるは 

いかに染めける中の衣ぞ     (雲居雁) 

 (大意) いろいろな出来事に身の不幸が思い知らされる二人 どう定められた宿縁なのであろうか。 

  

 

 

【井中蛙の雑録】 

○律令制の下、官位は9位階に分けられ、五位以上がいわゆる“貴族”で、各位階で正装の袍(上着)が色分けされていた。六位以下は青や緑であったらしい。大学寮に入った当時の夕霧の袍の色は六位・浅葱色だった。 

 

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閑話休題404 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (二十帖 朝顔) 

2024-05-20 09:34:06 | 漢詩を読む

[二十 朝顔 要旨] (32歳の秋~冬) 

朝顔は、桃園(モモソノ)式部卿の宮の遺児、前の加茂の斎院。朝顔の姫君は、父宮の服喪のため斎院を退き、桃園の邸で暮らしています。

 

この姫君に恋慕の情を燃やしている源氏は、姫と同居する女五の宮(源氏の叔母)の見舞いを口実に桃園の邸を訪れ、朝顔の姫君に恋心を訴えるが、御簾越しの対話しか許されない。相変わらず朝顔は、源氏になびかない。 

 

自宅に帰った源氏は、眠れぬまゝに朝霧にかすむ庭を眺めている。庭には朝顔が咲いている。色艶が特に変わっている朝顔を手折らせて、次の歌を添えて贈る:

   

   見し折りの つゆ忘られぬ 朝顔の 

    花の盛りは 過ぎやしぬらん   (光源氏)  

 

朝顔も、中年の源氏のおとなしい手紙に、返事をしないのも感情の乏しい女と思われようと、歌を返す。

 

一方、紫の上を放っておくこともできず、弁明に明け暮れる。ある雪の日、源氏と終日紫の上は女性論を交わし、故藤壺の宮の人柄を語る。その夜の源氏の夢枕に藤壺の宮が立ち、秘密の漏洩を深く恨みます。

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo  

  見し折りの つゆ忘られぬ 朝顔の 

    花の盛りは 過ぎやしぬらん   (光源氏)

   (大意) 曽て初めて見た時の姿、つゆも忘れることが出来なかったのに朝顔の花の盛りの時は過ぎてしまったのでしょうか。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>  

   花色轉移    花の色 轉移(ウツル)     [下平声六麻韻]

往時嬌滴滴, 往時 嬌(アデヤカサ)滴滴(テキテキ)たり,

難忘喇叭花。 忘れ難き 喇叭花(アサガオノハナ)。

荏苒年運往, 荏苒(ジンゼン)として年運(ネンウン)往(ユ)き,

疑是盛期斜。 疑うらくは是れ 盛期(セイキ)斜(ナナメ)ならんかと。

 [註] ○嬌滴滴:愛くるしい; 〇喇叭花:朝顔の花; 〇荏苒:時間が

  流れるさま; ○年運往:歳月の運行; 〇斜:傾く。   

 ※ “喇叭花”は、口語である。“牽牛花”の平音3連を避けるため、口語を

  用いた。  

<現代語訳> 

 花の色 移ろいぬ 

曽て過ぎし日には愛くるしく、つゆも忘れ得ない朝顔の花であった。時節は巡りゆき、今日 盛りの時期は過ぎたのであろうか。

<簡体字およびピンイン> 

 花色转移     Huāsè zhuǎnyí

往时娇滴滴, Wǎngshí jiāodīdī, 

难忘喇叭花。 nánwàng lǎbā huā.   

荏苒年运往, Rěnrǎn nián yùnwǎng,

疑是盛期斜。 yí shì shèng qí xié.   

ooooooooo   

 

前斎院は、「秋に相応しい花をお送りくださいましたことででももの哀れな気持ちになっております」と文を添えて返した歌:

 

秋はてて 霧の籬(マガキ)に むすぼほれ

あるかなきかに うつる朝顔 (前斎院)

 [註] 〇むすぼほれ:(しっかりと)結ばれる、からみつく。

  (大意) 秋が終わって霧のかかった籬(マガキ)にからみつき、あるかなきかの様子で色あせてしまった朝顔(今の私)です。 

 

  

 

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閑話休題403 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (十九帖 薄雲)  

2024-05-13 09:06:26 | 漢詩を読む

[十九帖 薄雲 要旨] (31歳冬~32歳秋) 

源氏は、明石の君に姫を紫の上の養女にする申し出をする。明石の君は思い悩むが、母として姫君の将来を考えるようにとの尼君の助言もあり、姫君を紫の上に託すことを決意する。

 

二条院に引き取られた姫君は、次第に紫の上に懐いていきます。源氏は明石の上の心情を思い遣り、大堰の邸を訪れては労わるのでした。

 

春、天変地異が相次いだ。呼応するかのように太政大臣、源氏最愛の藤壺入道が亡くなる。源氏の悲嘆はたとえようもなく、人目につかぬよう御堂に籠るのであった。

 

  入日さす 峯にたなびく 薄雲は 

    物思ふ袖に 色やまがえる   (光源氏) 

 

藤壷入道の四十九日法要が過ぎた頃、頼りにしてきた僧都が冷泉帝に出生の秘密を告白する。帝は、重なる天変地異を、父を臣下にしていることの非礼に拠るのではと煩悶し、源氏に譲位の意向を漏らすが、源氏は辞退します。帝の態度から源氏は、秘密の漏洩を察し、動揺する。

 

秋、斎宮の女御が二条院に下がった。源氏は、女御に恋心をほのめかすが、好色を厭われた。源氏は、恋心を自制し、以前と異なる自分の姿に、恋の季節が終わったことを自覚する。

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo  

  入日さす 峯にたなびく 薄雲は  

    物思ふ袖に 色やまがえる   (光源氏) 

 [註] ○入日:沈もうとする太陽、夕日; 〇まがえる:似ていて,とりちがえる、見違えさせる。 

 (大意) 夕日の射す峰にたなびいている薄雲、その鈍色(ニビイロ)は、悲嘆にくれる私の袖に色を似せているのだろうか。   

xxxxxxxxxxx   

<漢詩> 

   穿孝憂愁    孝(モフク)を穿(キ)て憂愁す       [下平声七陽韻]

華麗射夕陽, 華麗に射す夕陽,

山峰樹碧蒼。 山峰の樹 碧蒼(ヘキソウ)たり。

薄雲峰鈍色, 薄雲 峰に鈍色(ニビイロ)にかかり,

看錯我衣裝。 我が衣裝に看錯(ミマガ)える。

 [註] ○穿孝:喪服を着る; ○憂愁:気がふさぐ; 〇鈍色:濃いねずみ色、昔喪服に用いた; 〇看錯:見間違える。 

<現代語訳> 

 喪中の憂愁 

夕陽が西の空を茜色に染めている中、山々は緑に映えている。

峰に鈍色の薄雲が棚引いてかかり、わが衣装と見まがえる色合いであることよ。

<簡体字およびピンイン> 

 穿孝忧虑   Chuān xiào yōulǜ 

华丽射夕阳, Huálì shè xīyáng

山峰树碧苍。 shānfēng shù bì cāng.    

薄云峰钝色, Bóyún fēng dùnsè,

看错我衣装。 kàn cuò wǒ yī zhuāng

ooooooooo   

 

【井中蛙の雑録】

○十九帖 薄雲、源氏 31歳の冬~32歳の秋。

○“春秋の優劣”論について:“中国では春の花の錦が最上とされているが、日本の歌では秋の哀れが大事に扱われている。春と秋、どちらが好きですか?”との源氏からの難問に、女御は、“亡くなった母の思い出される秋が特別は気がします”と答えている。後々、女御は「秋好中宮(アキコノムチュウグウ)」と呼ばれるようになる。なお紫の上は、春を好むということである。

○NHK大河『光の君へ』、いよいよ“道長天下の幕開け”です。それに先立つ、父・兼家と嫡男・道隆の臨終の場面、両者とも迫力ある演技に圧倒されました。と同時に、両者ともに、和歌を口ずさんで息絶えましたが、それぞれ、奥方作の歌と意外な展開で、呆気にとられた次第。両歌は、百人一首に撰ばれた名歌(53および54番)で、筆者はその漢詩訳をお試みています(参照:『漢詩で詠む「百人一首」』文芸社、および閑話休題164および165)。

 

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閑話休題402 漢詩で読む『源氏物語』の歌 (十八帖 松風)

2024-05-05 14:45:06 | 漢詩を読む

[十八帖 松風 要旨] (31歳秋) 

二条の東院が落成して、西の対に花散里を迎え入れる。東の対に明石の上をと思っていたが、明石の上は、身の程を思い、上京をためらう。そこで明石入道は、都の北、大堰川のほとりで尼君の所領*であった邸を修築させ、明石の上と姫君、尼君を住まわせるようにした。

紫の上に気兼ねして、源氏は、嵯峨野の御堂の仏様への挨拶の所用ありと、女房をして紫の上へ言わせて、親しい者だけを伴い、大堰を訪れた。源氏は、明石の君との間に生まれた子供・明石の姫君を見て、感動した。

源氏は、昼間に、御堂を訪ね、法会や堂の装飾・武具の製作などを指図してから、月明かりの路を川沿いの山荘へ帰ってきた。明石の君が琴を差し出すと、源氏は弾き始めた。弦の音は変わっていないことを確かめ、調弦し直す前に再会できましたねと:

 

   契りしに 変わらぬ琴の しらべにて  

     絶えぬ心の ほどは知りきや  (光源氏)  

 

と言うと、明石の君も松風の音に琴の音を響かせつゝ泣いて待っていましたと、歌を返すのであった。

二条院に戻った源氏は、紫の上に明石の姫君を二条院に引き取って育てることを持ち掛ける。子供が好きな紫の上は満更でもない様子だった。

 

本帖の歌と漢詩:

ooooooooo  

 契りしに 変わらぬ琴の しらべにて 

   絶えぬ心の ほどは知りきや   (光源氏)   

  (大意) 約束したとおりに 今も変わらぬ琴の調べのように、変わることなくあなたを思い続けた私の心のほどはお分り頂けたことでしょう。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩> 

   吐露心思     心思(オモイ)を吐露(ノベ)る  [下平声十二侵韻] 

許久弾古琴, 許久(ヒサシブリ)に古琴を弾ずるに, 

無松響亮音。 弦の松(ユルミ)は無く 音は響亮(ヒビキワタ)る。 

君識無違約, 君や識(シ)らん 違約(イヤク)無く,

思君我熱心。 君を思う我が熱(アツ)き心を。

 [註] ○心思:考え、おもい; 〇許久:久しぶりに; 〇松:(弦が)緩む; 〇響亮:よく響く。

<現代語訳> 

 思いを述べる 

お別れ以来久しぶりに昔のままの琴を弾ずるに、弦の緩みはなく、しっかりした音で響き渡る。君は知ったであろう 契りに違うことなく、君を思う我が熱きこころを。

<簡体字およびピンイン> 

 吐露心思      Tǔlù xīnsī 

许久弹古琴, Xǔjiǔ tán gǔqín,

无松响亮音。 Wú sōng xiǎngliàng yīn.

君识无违约, Jūn shí wú wéiyuē,

思君我热心。 sī jūn wǒ rèxīn.  

ooooooooo   

 

明石の上の返歌:

 

変わらじと契りしことを頼みにして

松の響きに音を添えしかな 

 [註] 〇音:松風の音、琴の音、さらに不安のうちに暮らす心根の“音”の掛詞。 

 (大意) 心変わりはせぬとお約束なさったことを頼みにして、不安な中でも松風の音に琴の音を響かせて過ごしていました。 

。 

 

【井中蛙の雑録】

○ 十八帖 松風の光源氏 31歳の秋。

○ 嵯峨野の大堰川そばの別荘について:明石入道夫人の祖父・中務卿親王が

 昔持っていた別荘で、当時は他人に預けていた。そこを明け渡してもらう

 に当たって、やはり預かり人と“所有権”/”利用権“と、一悶着はあった 

 ようです。

○ 大堰川は、嵐山・渡月橋の下流、松尾辺りまでを言い、その上流は保津

 川、下流は桂川。 

 

 

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