コロナ禍中の 盂蘭盆会
この夏、想定通りのコロナ第2波に襲われた。学校では夏休み短縮、職場ではテレワーク、さらにGo toトラベル運動等々、活動復活の努力を計りつゝ、一方では、不要不急の外出を控える。各人が行動様式の難しい判断を強いられる、例年にない夏であった。
大体、お盆の頃は、墓参、帰省、海・山行き、国内・外の旅と、多くの人々が活発に動き、“命の洗濯”を計る時期である。今夏は、得体の知れないコロナ相手に、皆さん各人が戸惑いつゝ送ったのではないでしょうか。この状況の一端を漢詩に綴ってみました。
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<漢詩原文および読み下し文> [下平声五歌韻]
庚子歳盂蘭盆会 庚子(コウシ)の歳 盂蘭盆会
曽祁祁衆丘園道, 曽(カツ)て 祁祁(キキ)たる衆 丘園(キュウエン)の道をゆく,
疑是蟻群忙返窠。 疑うらくは是 蟻(アリ)の群の 忙ぎ窠(カ)に返(カエ)るかと。
今冠状栄人禁閉, 今 冠状(コロナ)栄(サカ)えて 人 禁閉(キンベイ)し,
低頭默祷去来波。 頭(コウベ)を低(タ)れて默祷(モクトウ) 去来(キョライ)の波。
註]
祁祁:数多く盛んなさま。 衆:大ぜいの人。
丘園道:謝霊運「九日従宋公戯馬台集…」の「彼の美なる丘園の道」に倣
う。“丘園”は 先祖の墳墓と農園。
窠:昆虫などの巣穴。 冠状:コロナウィールス。
禁閉:禁足。
<現代語訳>
庚子(2020)の歳 盂蘭盆会(ウラボンエ)
曽ては、多くの人々がご先祖を祀るため、墳墓の地故郷に帰っていた、
(高速道での帰省する車の列は)恰も働き蟻の群れが列をなして、急ぎ巣穴
に帰っていくような情景を思わせた。
今夏は、コロナが蔓延して、人は外出自粛で家に閉じ込もり、
故郷の方角に向かって、頭を垂れて黙祷しばし、寄せては返す波に似て、
来し方あれこれと想いが過ぎる。
<簡体字およびピンイン>
庚子岁盂兰盆会 Gēng zi suì yú lán pén huì
曾祁祁众丘园道, Céng qí qí zhòng qiū yuán dào,
疑是蚁群忙返窠。 yí shì yǐ qún máng fǎn kē.
今冠状荣人禁闭, Jīn guānzhuàng róng rén jìnbì,
低头默祷去来波。 dītóu mòdǎo qùlái bō.
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我が国では、盆・暮れの時期は最も人の移動が激しい時期と言えるでしょう。飛行機、列車や自動車、いずれの交通機関でも“超”が付される利用者の数である。中でも、“高速道を走る…”というより、“高速道にある”車の列には驚かされます。
空から中継され、何十キロも渋滞する高速道の車列を見るたびに、獲物を巣へ運ぶ蟻(アリ)の行列を想像します。日常せっせと働いている人々と働きアリが重なって見えるのである。ともに“喜び”を運ぶ動きと言えるでしょうが。
余談ながら、地面がアスファルトやコンクリで舗装され、生活の場が地上何メートルもある高所にある現代では“アリの行列”は滅多に目に止まることはないであろうし、況や想像することもできないであろうと思われる。
アリの活動を追うと、アリは探し当てた獲物を小分けして小さい部分は一匹で、やや大きい部は数匹が共同で担いで(?)あるいは引きずりながら、一列縦隊に並んで、巣穴に運んでいます。
アリは本来暗い土中の穴で生活するため、目は退化して、視力は衰えている という。そこで巣穴を目指して進む列は、仲間のアリのお尻から分泌された匂い物質であるフェロモンによる標識を頼りにして行動している と。
しかしやたらとフェロモンを撒いては迷路を作るようなものである。巣穴への最善のルートはこれだ! と最終的に決定する過程は如何なものか、興味がありますが。いずれにせよ、巣穴で待つ女王アリの喜ぶさまを想像しつゝ先を急いでいるのでしょう。
コロナ禍の中、今年の春期には“3無”と表現したように(閑話休題-157)、人のあらゆる社会活動はほとんど停止状態と言っても過言ではないほどに動きを止めていた。この夏は、十分な感染予防策を講じつゝ、緩やかな活動再開が図られている。
盂蘭盆会の時期の移動は、故郷を離れている多くの人にとって、“不要不急”の基準では測れない、特別な意義を果たすための行動と言える。すなわち墓参或いは爺ちゃん婆ちゃんや旧友との語らいを楽しみにして、帰省するのである。
今夏の交通状況は、コロナ第2波を反映して、どの交通機関でも“過疎“と報道されていた。恐らくは多くの人が”コロナの運搬者“の役目を担うことへの警戒感から、外出を控えた結果であろう。諸々の思いを胸に遠い故郷に向かって黙祷する盂蘭盆会であった。
コロナ感染症の予防法、治療法の一日も早い開発が待たれる日々である。
この夏、想定通りのコロナ第2波に襲われた。学校では夏休み短縮、職場ではテレワーク、さらにGo toトラベル運動等々、活動復活の努力を計りつゝ、一方では、不要不急の外出を控える。各人が行動様式の難しい判断を強いられる、例年にない夏であった。
大体、お盆の頃は、墓参、帰省、海・山行き、国内・外の旅と、多くの人々が活発に動き、“命の洗濯”を計る時期である。今夏は、得体の知れないコロナ相手に、皆さん各人が戸惑いつゝ送ったのではないでしょうか。この状況の一端を漢詩に綴ってみました。
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<漢詩原文および読み下し文> [下平声五歌韻]
庚子歳盂蘭盆会 庚子(コウシ)の歳 盂蘭盆会
曽祁祁衆丘園道, 曽(カツ)て 祁祁(キキ)たる衆 丘園(キュウエン)の道をゆく,
疑是蟻群忙返窠。 疑うらくは是 蟻(アリ)の群の 忙ぎ窠(カ)に返(カエ)るかと。
今冠状栄人禁閉, 今 冠状(コロナ)栄(サカ)えて 人 禁閉(キンベイ)し,
低頭默祷去来波。 頭(コウベ)を低(タ)れて默祷(モクトウ) 去来(キョライ)の波。
註]
祁祁:数多く盛んなさま。 衆:大ぜいの人。
丘園道:謝霊運「九日従宋公戯馬台集…」の「彼の美なる丘園の道」に倣
う。“丘園”は 先祖の墳墓と農園。
窠:昆虫などの巣穴。 冠状:コロナウィールス。
禁閉:禁足。
<現代語訳>
庚子(2020)の歳 盂蘭盆会(ウラボンエ)
曽ては、多くの人々がご先祖を祀るため、墳墓の地故郷に帰っていた、
(高速道での帰省する車の列は)恰も働き蟻の群れが列をなして、急ぎ巣穴
に帰っていくような情景を思わせた。
今夏は、コロナが蔓延して、人は外出自粛で家に閉じ込もり、
故郷の方角に向かって、頭を垂れて黙祷しばし、寄せては返す波に似て、
来し方あれこれと想いが過ぎる。
<簡体字およびピンイン>
庚子岁盂兰盆会 Gēng zi suì yú lán pén huì
曾祁祁众丘园道, Céng qí qí zhòng qiū yuán dào,
疑是蚁群忙返窠。 yí shì yǐ qún máng fǎn kē.
今冠状荣人禁闭, Jīn guānzhuàng róng rén jìnbì,
低头默祷去来波。 dītóu mòdǎo qùlái bō.
xxxxxxxxxxxxxxx
我が国では、盆・暮れの時期は最も人の移動が激しい時期と言えるでしょう。飛行機、列車や自動車、いずれの交通機関でも“超”が付される利用者の数である。中でも、“高速道を走る…”というより、“高速道にある”車の列には驚かされます。
空から中継され、何十キロも渋滞する高速道の車列を見るたびに、獲物を巣へ運ぶ蟻(アリ)の行列を想像します。日常せっせと働いている人々と働きアリが重なって見えるのである。ともに“喜び”を運ぶ動きと言えるでしょうが。
余談ながら、地面がアスファルトやコンクリで舗装され、生活の場が地上何メートルもある高所にある現代では“アリの行列”は滅多に目に止まることはないであろうし、況や想像することもできないであろうと思われる。
アリの活動を追うと、アリは探し当てた獲物を小分けして小さい部分は一匹で、やや大きい部は数匹が共同で担いで(?)あるいは引きずりながら、一列縦隊に並んで、巣穴に運んでいます。
アリは本来暗い土中の穴で生活するため、目は退化して、視力は衰えている という。そこで巣穴を目指して進む列は、仲間のアリのお尻から分泌された匂い物質であるフェロモンによる標識を頼りにして行動している と。
しかしやたらとフェロモンを撒いては迷路を作るようなものである。巣穴への最善のルートはこれだ! と最終的に決定する過程は如何なものか、興味がありますが。いずれにせよ、巣穴で待つ女王アリの喜ぶさまを想像しつゝ先を急いでいるのでしょう。
コロナ禍の中、今年の春期には“3無”と表現したように(閑話休題-157)、人のあらゆる社会活動はほとんど停止状態と言っても過言ではないほどに動きを止めていた。この夏は、十分な感染予防策を講じつゝ、緩やかな活動再開が図られている。
盂蘭盆会の時期の移動は、故郷を離れている多くの人にとって、“不要不急”の基準では測れない、特別な意義を果たすための行動と言える。すなわち墓参或いは爺ちゃん婆ちゃんや旧友との語らいを楽しみにして、帰省するのである。
今夏の交通状況は、コロナ第2波を反映して、どの交通機関でも“過疎“と報道されていた。恐らくは多くの人が”コロナの運搬者“の役目を担うことへの警戒感から、外出を控えた結果であろう。諸々の思いを胸に遠い故郷に向かって黙祷する盂蘭盆会であった。
コロナ感染症の予防法、治療法の一日も早い開発が待たれる日々である。