愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題382 源氏物語(三帖 空蝉) 空蝉の 身をかえてける 紫式部

2023-12-25 09:21:20 | 漢詩を読む

三帖 空蝉 要旨] (光源氏 17歳夏)

源氏は、小君をして空蝉に文を届けさせるが梨の礫で一向に返事が貰えず歎いている。小君に「逢える機会をおまえが作ってくれ」と訴える。紀伊守が任地に赴き、留守になったある日の夕、小君は自身の車で源氏を連れて紀伊守の家に来た。

西の対屋で空蝉とその継娘(軒端荻)が囲碁を打っているのが垣間見えた。

頭の格好のほっそりした小柄の女、空蝉か、色白で、目つきと口元に愛嬌があって派手な顔、髪は二つに分けて顔から肩へかかり、朗らかな美人と見えた、軒端荻か。

夜中、源氏は、小君の案内で母屋の室内へ入る。室に入った源氏は、女が一人で寝ているのに安心し、寄って行った。翌朝、やっと目が醒めた女はあさましい成り行きにただ驚くばかりであった、人違いで、軒端荻であった。

恋人の空蝉は、薫香で源氏と察知して、部屋を抜け出していたのである。恋人が脱いでいったらしい一枚の薄衣が残されていた。

源氏は、残されていた薄い小袿(ウチキ)を持って、小君の車で二条の院へ帰った。恨めしい心から、小君に小言を言い、持ってきた薄衣を寝床へ入れて寝た。しかしなかなか寝付かれず、起きて硯を取り寄せて、次の歌をを認めた。

空蝉の 身をかえてける 木のもとに 

  なほ人がらの なつかしきかな (光源氏) 

この歌を小君に託して、空蝉に届けた。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo  

空蝉の 身をかえてける 木のもとに 

  なほ人がらの なつかしきかな  (三帖 空蝉)

 [註] 〇空蝉:蝉の抜け殻、また作中人物名、亡き衛門督(エモンノカミ)の娘、伊予介の後妻。 

(大意)蝉が抜け殻を残して去ってしまった木の下で 薄衣を残して去ったあなたの人柄をなおも懐かしんでいます。

xxxxxxxxxx     

<漢詩> 

   越增恋慕     越增(イヤマス)恋慕 

 [上平声十三元-上平声十二文韻] 

留下蟬蛻渾不存, 

蟬蛻(ヌケガラ)を留下(トドメオキ)て、渾(スベテ)存せず, 

蕭蕭木下寂寥氛。 

蕭蕭(ショウショウ)たり木の下(モト) 寂寥(セキリョウ)の氛(キブン)。 

纏綿深切思弥漫, 

纏綿(テンメン)たり深切(シンセツ)なる思い弥(イヨイヨ)漫(アフ)れ, 

放下薄衣躲避君。 

薄衣を放下(トドメオキ)で 躲避(タヒ)せし君。

 [註] 〇留下:残して置く; 〇蟬蛻:セミの抜け殻; 〇蕭蕭:木の枝が 風に鳴って寂しげなさま; 〇寂寥:ひっそりとしてもの寂しいこと;   〇氛:雰囲気、気分; 〇纏綿:からみつく、つきまとう; 〇深切:  しみじみとした、情が深い; 〇漫:充満する; 〇躲避:身を隠す。

<現代語訳> 

  弥増す恋慕 

蝉は抜け殻以外に、何も残したものはなく、留まっていた木は蕭蕭と風に鳴って その辺りは侘しい気に満ちている。纏わりつく、しみじみとした思いがいよいよ深くなっていく、薄衣を残して去っていった君への思い。

<簡体字およびピンイン> 

  越增恋慕         Yuè zēng liànmù  

留下蝉蜕浑不存, Liú xià chántuì hún bù cún,  

萧萧木下寂寥氛。 xiāoxiāo mùxià jìliáo fēn.     

缠绵深切思弥漫, Chánmián shēnqiè sī mí màn,   

放下薄衣躲避君。 fàngxià báoyī duǒbì jūn.     

ooooooooo   

空蝉も冷静を装いながら、源氏の真実が感じられて、娘の時代であったなら とかえらぬ運命が悲しくなるばかりで、源氏から来た歌の紙の端に次のような歌を書いた。

 

うつせみの 羽に置く露の 木隠れて 忍び忍びに 濡るる袖かな 

 (大意) 空蝉の羽に着いた露が木に隠れて見えないように、私の袖も人に知られないよう、ひっそりと涙で濡らしています。 

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閑話休題381 源氏物語(帚木-2) 箒木の 心を知らで 紫式部

2023-12-18 09:57:47 | 漢詩を読む

二帖 帚木-2  要旨】 (光源氏十七歳の夏)

“雨夜の品定め”で理想の女性はなかなかいないという話を聞きながら、源氏の心の中ではただ一人の恋しい方・藤壺の宮のことを想い続けていた。

 

翌日、天気は回復し、源氏は、左大臣家に行くはずが、方違(カタタガ)えのため、家臣・紀伊守の別邸へ行くことになりました。そこには、紀伊守の後妻、空蝉がいることを知る。当夜、源氏は一人臥では眠れず、室の北側の襖の向こうに人の気配を感じ、強引に忍び入り、一夜を過ごします。

 

空蝉は、人妻として許され難いことであったと、自責の念に苛まれる。源氏は、また逢う機会を作りたいと訴えるが、身の程を知る空蝉は、頑なに拒みます。その後、源氏は空蝉の弟・小君を引き取り、親代わりとして世話をする。小君は衣服を新調してもらい、源氏と共に過ごすことを非常に喜んだ。小君は、源氏と姉の文の伝達の役を果たす。

 

ただ空蝉は、人妻という束縛から解かれることはなく、どこまでも冷ややかな態度を押し通している。源氏は、空蝉に恨みの歌を贈る:

 

  箒木の 心を知らで その原の 

    道にあやなく まどいぬるかな (箒木)    

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo  

箒木の心を知らでその原の道にあやなくまどいぬるかな 

 [註] 〇箒木:干して草箒を作る草。ここでは信濃国の伝説*に拠る; 

  〇あやなく:わけもわからず、不条理だ。  

 (大意) 近寄ると消えてしまう箒木の正体も知らずに 園原へ行って

  埒もなく道に迷ってしまいました。  

xxxxxxxxxx     

<漢詩> 

  单恋      单恋        [上平声四支韻] 

 地肤心不知, 地肤(チフ)の心を 知(シラズ)ず,

 問道側消姿。 問道(キクナラク) 側(ソバ)では姿を消すと。

 訪問園原地, 訪問す 園原(ソノハラ)の地, 

 無方迷処之。 方(ホウ)無く 之(ユ)く処に迷う。

  [註] ○单恋:片思い; 〇地肤:帚木の中国名; 〇問道:聞くところ

   によれば; 〇園原:地名; 〇無方:よろしきを得ない、

   方法をしらない。 

<現代語訳> 

   片思い  

  帚木の本心が解らない、聞くところによれば、側に行くと姿を消すという。 帚木の生える園原の地に尋ね行き、何とも仕様なく、行く先に戸惑ってしまった。

<簡体字およびピンイン> 

   单恋        Dān liàn

地肤心不知, Dìfū xīn bù zhī,       

问道侧消姿。 wèn dào cè xiāo zī.       

访问园原地, Fǎngwèn yuán yuán dì,

无方迷处之。 wú fāng mí chǔ zhī.    

ooooooooo   

  

空蝉は、小君をして次の歌を源氏に届けさせた。実は空蝉も身の程を知り、さすがに眠れないで悶えていたのである。

 

数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず 消ゆる箒木 

 (大意) 物の数でもない卑しい伏屋に生きている私は情けない身の上ですから、あるようでなくなる箒木のように姿を消すのです。

   

【井中蛙の雑録】

○“帚木”に纏わる 信濃国の伝説*:同国下伊那郡の「園原伏屋」の森にあるという木で、遠くから見ると箒状の梢が見えるが、近づくと見えなくなるという。

〇この帖の名“帚木”は、上掲の歌に拠る。

   

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閑話休題380 源氏物語(帚木-1) 山がつの 垣は荒るとも 紫式部

2023-12-11 09:04:13 | 漢詩を読む

[二帖 帚木-1 要旨] (光源氏 17歳夏) 

頭中将は、左大臣の息子で、光源氏の妻・葵の上の兄であり、源氏とは大の仲良しである。梅雨の頃、物忌の日に源氏の宿所に来て、源氏が女性から貰った手紙について感想を語り合っていた。やがて頭中将は女談義を始め、そこへ左馬頭と藤式部丞が加わり、賑やかに「雨夜の品定め」と呼ばれる体験談が展開される。

 

「私も馬鹿者の話を一つしましょう」と前置きして、頭中将が語りだしました。内緒で見初めた女で、万事控えめで心が惹かれていった。たまにしか行かなくてもわたしを信頼するようになり、私も将来の事でいろいろ約束した。暫く訪ねるのが途絶えていると、撫子の花を添えて、次の歌を認めた手紙を寄越してきました。なお、二人の間には、可愛い女の子が居たものですから、随分心細かったのでしょう。

 

 山がつの 垣は荒るとも をりをりに 

   哀れはかけよ 撫子の露    (女)  

 

それで訪ねてみると、いつもの通り穏やかで、恨めしく思う心を必死に見せまいと涙を隠します。私は安心して帰り、またしばらく訪ねるのが途絶えているうちに、娘を連れて姿を隠してしまったのです。探したいのですが、消息は不明です、と頭中将は、涙ぐんで語った。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooooooo  

山がつの 垣は荒るとも をりをりに 

  哀れはかけよ 撫子の露 

  [註] 〇山がつ:山賤、山仕事を生業とする身分の低い人、

     自分を卑下して言う語。

(大意) 山がつの垣根は荒れているとしても、折々には

   訪ねきて愛情を注いで下さい、娘の撫子の花に

   宿る露に

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩>    

 給女孩愛情           女孩(ムスメ)に愛情を給え 

                                                              [上平声十灰韻]   

無為牆壁委蒿萊,為す無し 牆壁 蒿萊(コウライ)に委(ユダネ)る, 

但願随時君訪來。但だ願う 随時 君の來訪あるを。 

牆上娟娟紅瞿麦,牆上 娟娟(ケンケン)たり 紅瞿麦(ナデシコ)の花,  

給花上露摯矜哀。花上の露に摯(シ)たる矜哀(キョウアイ)を給え。 

 [註] 〇無為:自然の成り行きにまかせる; 〇牆壁:垣根、

       塀; 〇蒿萊:よもぎ、雑草; 〇娟娟:清らかで

      美しいさま; ○紅瞿麦:撫子の花、ここでは可愛い

      娘のこと; 〇摯:誠実である; ○:露:涙; 

      〇矜哀:あわれむ、不憫に思う。

<現代語訳> 

  娘に愛情を注いで

為すがままに荒れた垣根には雑草が伸び放題である、だが折々にはどうか訪ねて来てください。垣根には清らかで美しい撫子の花が咲いています、花に宿る露に心の籠った愛情を注いでやって下さい。

<簡体字およびピンイン> 

   给女孩爱情       Gěi nǚhái àiqíng  

无为墙壁委蒿萊, Wúwéi qiángbì wěi hāo lái,     

但愿随时君访来。 dàn yuàn suíshí jūn fǎng lái.     

墙上娟娟红瞿麦, Qiáng shàng juān juān hóng qú mài, 

给花上露挚矜哀。 gěi huā shàng lù zhì jīn āi.

ooooooooooooo   

 頭中将は、女を訪ねて行った時、子供のことは言わずに、まず母親の機嫌を取るように、次の歌を返します:

 

咲きまじる花は何れとわかねどもなほ常夏にしくものぞなし

                                                                          (頭中将) 

 

 [註]〇常夏:唐撫子(カラナデシク)を指す、子の“大和撫子”と母

       の“唐撫子”。

    (大意) 咲き混じっている中では、大和撫子も唐撫子も

      その美しさは差を付けかねますが、やはり常夏の花に

      勝るものはありません。

 

【井中蛙の雑録】 

〇“撫子の花” (可愛い女の子)は、後の“玉鬘”であり、母は後の“夕顔”である。

 

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閑話休題379 源氏物語(桐壺) いときなき 初元結ひに 紫式部

2023-12-04 09:38:34 | 漢詩を読む

[要旨]

第二皇子は、未亡人の祖母の元から宮中に戻った。その翌年、帝は、第一皇子を東宮に立てます。世間、弘徽殿の女御も胸を撫で下ろします。しかし未亡人は落胆し、終には亡くなりました。第二皇子6歳でした。 

第二皇子は、7歳、「書初めの式」が行われて学問を始めたが、その類のない聡明さに帝は驚かされた。帝は、密やかに高麗人の人相見に人相を見てもらった。その判断は、「国の親になって最上の位を得る人相であって、さてそれでよいかと拝見すると、そうなることはこの人の幸福の道ではない。かといって、国家の柱石になって帝王の補佐をする人として見ても また違うようです」と言うことであった。 

年月が経っても帝は桐壺の更衣との死別の悲しみを忘れることはできない。その頃、当帝は先帝の第四内親王を女御に迎えた。御殿は藤壺である。容貌も身の取りなしも不思議なまでに桐壺の更衣に似ていた。第二皇子は、藤壺の御殿へ帝のお供していくうちに、子供心に母に似た人として恋しく、親しくなりたいと望むようになった。

世間では、第二皇子の美貌を言い表すために“光の君”と言い、女御として藤壺の宮を“輝く日の宮”と対にして言うようになった。12歳を迎えて、第二皇子は元服し、左大臣の加冠役で 元服の式を執り行われた。式後、座席で酒宴が開かれ、左大臣は加冠役としての下賜品を頂くとともに、酒杯を賜る時に、帝より下記の歌を頂きました。

 

いときなき 初元結ひに 長き世を 

 契る心は 結びこめつや    (桐壺帝) 

 

兼ねて相談されていた第二皇子と左大臣の娘・葵(アオイ)の上との結婚が、帝によって了承されたことを意味しています。

帝は、諍いの芽を摘むべく兼ねて「元服後は、第二皇子には源姓を賜って、“源氏の某”」と称するよう心に決めていた。元服も済み、向後、本稿でも“第二皇子”を“源氏”と呼んでいきます。

 

本帖の歌及び漢詩 

ooooooooooooo  

いときなき 初元結ひに 長き世を 

  契る心は 結びこめつや    

  [註] 〇いときなき:あどけない、いたいけな; 〇元結ひ:元服の時、髪の髻(モトドリ)を紐で結ぶこと。公卿は紫の組紐を使った。転じて、元服すること; 〇長き世を契る:娘を嫁がせること。

 (大意) いたいけな宮が初めて髪を結ぶ元結(モトユイ)には 末長い寿(コトホ)ぎの気持ちに加え、娘との末長い縁(エニシ)の願いをも籠めたであろうのお! 

xxxxxxxxxxxxxxx 

<漢詩>     

  戴冠礼      戴冠の礼     [下平声一先韻] 

天真奕奕光皇子, 天真(テンシン)奕奕(エキエキ)たり光(ヒカル)皇子, 

茁壮英英瑞滿天。 茁壮(サツソウ) 英英として 瑞(ズイ)天に滿つ。 

相迎可賀戴冠礼, 相(トモ)に迎える 賀す可き戴冠(タイカン)の礼, 

髻與長緣打結焉。 髻(モトドリ)と長しなえの緣打結(ムスビ)し焉(ヤ)。 

 [註] 〇戴冠礼:元服の儀; 〇天真:あどけない; 〇奕奕:光り輝くさま; 〇茁壮:たくましく成長している; 〇英英:聡明なさま; 〇瑞:めでたいしるし; 〇髻:もとどり; 〇打結:結ぶ; 〇焉:語気助詞、確認の語気を表す。   

<現代語訳> 

  元服の儀

あどけなく光り輝く光皇子、 

逞しく育ち、聡明なる皇子 天は目出度い気で満ちている。 

今日 ともに祝う元服の儀、 

髻と合わせて 長(トコ)しなえの縁も結び込んだであろうな。 

<簡体字およびピンイン>

  戴冠礼     Dàiguān lǐ 

天真奕奕光皇子,Tiānzhēn yìyì guāng huángzǐ. 

茁壮英英瑞满天。zhuózhuàng yīng yīng ruì mǎn tiān. 

相迎可贺戴冠礼,Xiāng yíng kě hè dàiguān lǐ, 

髻与长缘打结焉。jì yǔ cháng yuán dǎjié yān.   

ooooooooooooo   

 

 

   

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