三帖 空蝉 要旨] (光源氏 17歳夏)
源氏は、小君をして空蝉に文を届けさせるが梨の礫で一向に返事が貰えず歎いている。小君に「逢える機会をおまえが作ってくれ」と訴える。紀伊守が任地に赴き、留守になったある日の夕、小君は自身の車で源氏を連れて紀伊守の家に来た。
西の対屋で空蝉とその継娘(軒端荻)が囲碁を打っているのが垣間見えた。
頭の格好のほっそりした小柄の女、空蝉か、色白で、目つきと口元に愛嬌があって派手な顔、髪は二つに分けて顔から肩へかかり、朗らかな美人と見えた、軒端荻か。
夜中、源氏は、小君の案内で母屋の室内へ入る。室に入った源氏は、女が一人で寝ているのに安心し、寄って行った。翌朝、やっと目が醒めた女はあさましい成り行きにただ驚くばかりであった、人違いで、軒端荻であった。
恋人の空蝉は、薫香で源氏と察知して、部屋を抜け出していたのである。恋人が脱いでいったらしい一枚の薄衣が残されていた。
源氏は、残されていた薄い小袿(ウチキ)を持って、小君の車で二条の院へ帰った。恨めしい心から、小君に小言を言い、持ってきた薄衣を寝床へ入れて寝た。しかしなかなか寝付かれず、起きて硯を取り寄せて、次の歌をを認めた。
空蝉の 身をかえてける 木のもとに
なほ人がらの なつかしきかな (光源氏)
この歌を小君に託して、空蝉に届けた。
本帖の歌と漢詩
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空蝉の 身をかえてける 木のもとに
なほ人がらの なつかしきかな (三帖 空蝉)
[註] 〇空蝉:蝉の抜け殻、また作中人物名、亡き衛門督(エモンノカミ)の娘、伊予介の後妻。
(大意)蝉が抜け殻を残して去ってしまった木の下で 薄衣を残して去ったあなたの人柄をなおも懐かしんでいます。
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<漢詩>
越增恋慕 越增(イヤマス)恋慕
[上平声十三元-上平声十二文韻]
留下蟬蛻渾不存,
蟬蛻(ヌケガラ)を留下(トドメオキ)て、渾(スベテ)存せず,
蕭蕭木下寂寥氛。
蕭蕭(ショウショウ)たり木の下(モト) 寂寥(セキリョウ)の氛(キブン)。
纏綿深切思弥漫,
纏綿(テンメン)たり深切(シンセツ)なる思い弥(イヨイヨ)漫(アフ)れ,
放下薄衣躲避君。
薄衣を放下(トドメオキ)で 躲避(タヒ)せし君。
[註] 〇留下:残して置く; 〇蟬蛻:セミの抜け殻; 〇蕭蕭:木の枝が 風に鳴って寂しげなさま; 〇寂寥:ひっそりとしてもの寂しいこと; 〇氛:雰囲気、気分; 〇纏綿:からみつく、つきまとう; 〇深切: しみじみとした、情が深い; 〇漫:充満する; 〇躲避:身を隠す。
<現代語訳>
弥増す恋慕
蝉は抜け殻以外に、何も残したものはなく、留まっていた木は蕭蕭と風に鳴って その辺りは侘しい気に満ちている。纏わりつく、しみじみとした思いがいよいよ深くなっていく、薄衣を残して去っていった君への思い。
<簡体字およびピンイン>
越增恋慕 Yuè zēng liànmù
留下蝉蜕浑不存, Liú xià chántuì hún bù cún,
萧萧木下寂寥氛。 xiāoxiāo mùxià jìliáo fēn.
缠绵深切思弥漫, Chánmián shēnqiè sī mí màn,
放下薄衣躲避君。 fàngxià báoyī duǒbì jūn.
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空蝉も冷静を装いながら、源氏の真実が感じられて、娘の時代であったなら とかえらぬ運命が悲しくなるばかりで、源氏から来た歌の紙の端に次のような歌を書いた。
うつせみの 羽に置く露の 木隠れて 忍び忍びに 濡るる袖かな
(大意) 空蝉の羽に着いた露が木に隠れて見えないように、私の袖も人に知られないよう、ひっそりと涙で濡らしています。