愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 131飛蓬-39: 小倉百人一首 (文屋朝康) 白露に

2020-01-17 10:37:04 | 認知能

  (37番) 白露に 風の吹きしく 秋の野は
       つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける
                
<訳> 草の上に結ばれた白露に、風がしきりに吹きつける秋の野では、紐で貫きとめていない白玉が散り乱れたように見えることだ。(板野博行)

紅葉が山々を彩る秋、昨夜は小雨だったのでしょうか、あるいは急に冷え込んだためであろうか。野の草の葉に露が宿っている。野分きの風がサッと吹き抜けると、飛び散った露滴が朝日を反射して、キラキラと輝きながら宙を舞う。

あたかも首飾りの紐が切れて、輝いている真珠が一面に舞い散っているようである と。なんとも美しい動的な秋の一情景です。百人一首の選者の藤原定家も気に入っていた歌であるという。「秋の風物詩」と題して、七言絶句の漢詩にしてみました(下記参照)。

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<漢詩原文および読み下し文> [入声九屑韻]
秋天的風物詩   秋天(アキ)の風物詩
遥望山山縱発彩, 遥かに望む山山 彩(サイ)を発するを縱(ホシイママ)にし、
秋原百草露凝結。 秋の原の百草 露が凝結(ギョウケツ)す。
每陣疾風吹跑露, 陣(ヒトシキリ)の疾風ある每(ゴト)に露を吹跑(フキトバ)し,
解縄散玉耀何潔。 解縄(ヒモト)け散りし玉 耀(カガヤ)くこと何ぞ潔(キヨラカ)なる。
 註]
  疾風:秋に吹く野分(ノワ)きのこと。  吹跑:風で吹き飛ばす。
  解縄:紐をほどく。         玉:真珠、白玉

<現代語訳>
  秋の風物詩
遥かに望む山々は紅や黄などいろいろな彩(イロドリ)に染まり始め、
野原の草々の葉には白露が結ばれるようになった。
秋の野分きが吹くごとに白露は吹き飛ばされ、
紐を解かれ、飛び散った真珠のごとく、キラキラ輝くさまは何と清らかなことか。

<簡体字およびピンイン>
  秋天的风物诗 Qiūtiān de fēngwù shī
遥望山山纵发彩,Yáo wàng shān shān zòng fā cǎi,
秋原百草露凝结。qiū yuán bǎicǎo lù níngjié.
每阵疾风吹跑露,Měi zhèn jífēng chuī pǎo lù,
解绳散玉耀何洁。jiě shéng sàn yù càn hé jié.
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風で宙に舞う露滴を真珠に見立てて、その美しさを詠った歌です。宝飾品としての真珠は、すでに奈良時代には広く利用されていたようである。万葉集に集められた歌4500余首中、真珠を読み込んだ歌が56首あるという。平安時代になると、真珠の首飾りが好まれていたようです。

和服に髪を文金高島田に結った女性で、襟元に後れ毛が乱れて残る後ろ姿の方が、びっちりと整った髪よりも、より艶っぽく見えます(?)。整った首飾りの真珠も美しい。が 想像するに、宙を舞う真珠もまた動的でなお一層美しさを感じます。「美は乱調にあり」と言われる通り か。

この歌の作者・文屋朝康は、先に紹介した(閑話休題127)百人一首27番の作者・文屋康秀の子息である。27番の歌とは:「吹くからに 秋の草木の しをるれば、むべ山風を 嵐といふらむ」。親子の両歌を並べて読み比べてみると、面白いことに気づかされます。

まず、いずれも季節が“秋”であること。さらに、ともに“野分き”によってもたらされた“動的な乱”の状態を表す情景であること。ただ目の向く焦点は、一方は、“(草木を萎れさせる)嵐”であり、他方は、“(宙に舞う)真珠”であるという違いはありますが。

この両歌に見られる発想の類似性は、偶然であろうか、あるいはDNAによるのでしょうか。選者の藤原定家が、ほとんど似た発想の両歌を選んだことからみると、選者は、この秋の“動的な”情景が非常に気に入っていたことを想像させます。

文屋朝康は、平安時代中期の歌人で、生没年ともに不詳です。駿河掾(ジョウ)、大舎人大允(オオトネリノダイジョウ)に任じられたことが伝わる程度で、伝記・経歴については不詳であるという。しかし歌の才能は広く認められており、多くの歌会に参加した記録があるようです。

文屋朝康の歌は、勅撰和歌集について見れば、『古今和歌集』に一首、『後選和歌集』に二首が収められており、さして多くはない。ただ父・康秀の歌の幾つかは、朝康の作ではないかと言われているようで、だとすると、中々の歌人ということでしょう。ただしその真偽は不明である。

参考] 勅撰和歌集について

勅撰和歌集とは、天皇、上皇または法皇の命によって編纂された和歌集を言い、“二十一代集”がある。そのうち平安初期から鎌倉初期の選集は“八大集”と呼ばれていて、下記の集が含まれる。他の13集は、鎌倉・室町時代にできた集である。

古今和歌集(成立905年;醍醐天皇)、後選和歌集(951;村上天皇)、拾遺和歌集(1005~07;花山法皇?)、後拾遺和歌集(1075;白河天皇)、金葉和歌集(1127;白河法皇)、詞花和歌集(1151;崇徳院)、千載和歌集(1188;後白河院)、新古今和歌集(1205;後鳥羽院)
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からだの初期化を試みよう 43 アローン操体法 余話-3 運動と認知能-8

2016-08-02 11:17:15 | 認知能
これまで学習に関わる脳内での過程・動き(分子機構)について見てきました。いよいよこれらの動きに運動がどのように関わっていくのかを見ていきます。

本論に入る前に、初めて出る新用語について簡単に解説しておきます。

・IGF-1 (インスリン様成長因子):
筋肉が働くのに必要なエネルギーは、筋細胞内にブドウ糖を取り込んで代謝することにより供給されます。インスリンは、この細胞内へのウドウ糖取り込みを促進するホルモンです。IGF-1は、分子構造上およびその働きもインスリンに似ていて、ブドウ糖の細胞内取り込みを促進する働きをします。脳の唯一のエネルギー源は、ブドウ糖ですから、脳にとっても重要な物質です。肝臓で生成されて、血液中に出てきます。
・VEGF (血管内皮成長因子):
組織で虚血など酸素や栄養を必要とする環境変化が起こった時に生成される成長因子です。脳で新しく神経ネットワークが形成されると、血液の供給が必要となります。VEGFは、血管新生を促進し、新ニューロンへ酸素や栄養を供給するよう環境を整えます。
・FGF-2 (塩基性線維芽細胞成長因子):
繊維芽細胞ばかりでなく、神経細胞や血管内皮細胞などの成長を促す因子で、血管新生の促進や損傷の治癒に関与している。

これらの3因子は、いずれもポリペプチド性のホルモンの一種です。BDNF (脳由来神経栄養因子)と同様、ミツバチの仲間と考えてよく、運動と学習・記憶(認知能)との関わりで、BDNFと緊密な連携プレイをします。

・血液脳関門:
体組織の毛細血管と違って、脳や脊髄の毛細血管では、血管壁の内皮細胞同志の間で細胞膜が癒着していて細胞間に隙間がなく、血液と脳組織との間で自由に物質の交通ができないようになっています。また内皮細胞自身も、体組織の場合とは異なっていて、血液中の物質を細胞内に取り込む性質(’飲作用’と言われている)に制限があります。つまり脳内に物を取り込むに当たってかなり高い選択性を示し、細菌や有害物質が脳内に入り込まないよう、脳を保護する仕組みが備わっています。その性質は‘血液脳関門’と呼ばれています。
・長期増強:
ニューロン同志がつながっているシナプスでの信号伝達に関わる専門用語です。実験的にシナプス前のニューロンを数秒間高頻度で電気刺激すると、その後長時間にわたってシナプス後のニューロンの興奮性が高まる現象が見られます。シナプスの伝達効率が高まっているのです。特に学習・記憶と関連のある海馬でその傾向が強く、数週間以上も持続することから‘長期増強’と名付けられています。記憶形成に関わるシナプス機構の一つであろうとして、大きな研究テーマの一つとなっています。

本論に戻って、認知機能と運動の関りを示唆した最初の知見は、1990年前後に得られたカール・コットマン(当時、カリフォルニア大、アーヴィン校、脳老化・認知症研究所 所長)という研究者の次のような臨床知見です。

彼は、老後も健全な精神状態を維持している人に何か共通点はないかと、長期間にわたって調べました。その結果、認知機能の低下がもっとも少なかった人には、共通点として次の三つの要因が認められた。教育、自己効力感(ある行動や課題を達成できるという信念や自信)、そして運動でした。

その中で、前の二者はよしとして、運動が挙げられたのは意外なことであり、運動は、“何らかの形で脳に働きかけているのではないか”と、コットマンは興味をそそられた。

その頃、脳内でBDNFの発見がなされています。そこでコットマンは直ちに、マウスに回し車を用いた運動をさせて、脳内のBDNFを測定する実験を行っています。その結果、運動により脳内、特に海馬でBDNFが増加することが確認されたのです。

すなわち、学習のプロセスで重要な働きをする分子BDNFの脳内での生成が運動によって刺激されることを実験的に証明して、運動と認知機能が生物学的に結びついていることを明らかにしたわけです。以後、多くの研究がなされてきて、今日では運動と認知能の関りについて‘物質’の動きで説明できるようになってきました。

IGF-1、VEGFおよびFGF-2は、運動により血液中で高まることが明らかにされています。これらの因子は、血液脳関門を通過して脳内に達し、BDNFと協力して学習に関わる分子機構を活性化させることが、最近明らかになってきました。それらの連携プレイの模様は次のようです。

運動で増加したBDNFは、すでに詳細を述べてきたように、ニューロン・シナプスの形成を促進し、ネットワーク作りを進める。他の3因子は、次のようにBDNFの働きを側面から補佐していく。

IGF-1は、脳の唯一のエネルギー源であるブドウ糖の神経細胞内への取り込みを促進して、細胞活動に必要なエネルギー産生を確保している。そればかりでなく、ニューロンを活性化して神経伝達物質の産生を刺激し、またBDNF受容体の生成を促して、ニューロンの結びつきを強くして、記憶を確実なものにしている。

新しくできたニューロン・ネットワークに酸素その他の栄養物質を送るには新しい血管が必要になります。そこでVEGFは毛細血管の新生を促し、栄養物供給を助けるようにする。さらに、血液脳関門の透過性を変えて、他の因子の脳内への供給を増しているのではないかとも考えられています。

FGF-2も、ニューロンや血管の新生を促す作用を持っています。さらに脳ではニューロンの長期増強に重要な働きをしていることも示唆されている。

以上、概略を述べましたが、運動という体性の物理的な動きが、いろいろな働きを持つミツバチの生成を促し、それらの連携によって、いかに学習、認知能の向上に関わっていくか、ブラックボックスの中身の一部がようやく解ってきたように思えます。

ところで、運動が学習向上に関わっていることは明らかになりました。しかし「運動する」こと、すなわち「頭がよくなる」ことを意味するのではなく、両者は別次元の話であることを忘れてはならないでしょう。この点、今一度原点に返って考えてみます。

運動に続いて、脳内では一連の分子機構が発動されてニューロンの新生、さらにシナプス形成が始まります。運動を何度も繰り返し行うことによりニューロン・シナプス形成はさらに進み、三次元の神経ネットワークが完成されます。この段階では、この神経ネットワークは、実施中の運動をスムースに行うための神経ネットワークと考えて良いでしょう。

運動後に学習を行うならば、運動で形成された神経ネットワークは、この学習にも利用されるということです。この原理は、シカゴのネーパーヴィル高校での、「0時限」運動に続く「一時限」での読解力向上の授業で実証されました。

「運動する」ことは、
・成長因子の生成を増すことによりニューロン・シナプス形成を促進する環境を整える、とともに、
・運動のための既存ネットワークの一部を利用することができるため、学習のための神経ネットワーク形成が容易となる。

すなわち、運動は、学習能力を高める素地を用意しているに過ぎないと考えるべきでしょう。

運動後にしばらく時間をおいて学習するというスケジュールばかりでなく、運動しつつ、並行して学習を行うこともまた同様に有効の様です。

いずれにせよ、運動、学習ともに繰り返し行うことが重要です。途中で中止するならば、形成されつつある、あるいは完成されたそれぞれのネットワークは、徐々に消滅していく運命をたどることになります。筋肉の場合と同様、「使え、さもなくば衰える」ということが言えます。

最後に、注意すべきことは、激しい運動は却って学習能力を阻害するという研究結果もあります。適度の運動を心がけることが大事でしょう。

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からだの初期化を試みよう 42 アローン操体法 余話-3 運動と認知能-7

2016-06-28 15:30:13 | 認知能
先に胎児期以降、脳内での神経ネットワーク、すなわち“塗り絵用キャンバス”が出来上がる過程を追ってきました。その中で、“ニューロン同志のつながりが出来て….云々”と再三述べてきました。シナプス形成は、 “学習する”ことに関わる根本的な点と言えますので、このシナプス形成過程について、少し掘り下げて見ていきます。

軸索や樹状突起の発達は、方向性はなく、“ヤミクモ(?)に”進んでいて、軸索の先端は、アメーバのように蛇行しながら成長していくようです。勿論、他のニューロンとのつながりを作り、ネットワーク構築にあずかるという目的で成長しているわけでしょうが。

あるニューロンの軸索先端が、成長し、伸びていった先で別のニューロンに近づくと、時には肘鉄を食らい反発され、遠ざけられることもある。馬が合えば、“相思相愛”となり、さらに接近していき、接着、結合、シナプス形成へと進んでいく と。

結合が成立した暁には、下位の相手ニューロンは結合部位でBDNFを遊離する。このBDNFは、結合の間隙を移動していき、伸びてきた軸索に取り込まれて、軸索の中を上流に流れていき神経細胞体に至ります。そこでシナプス形成が伸展するように上位の細胞機能の調整をする と。

BDNAは、神経幹細胞の分化促進や、軸索、樹状突起の成長を促進するという働きばかりでなく、シナプスが形成される過程では、下位のニューロンの意思を上流に伝えるメッセンジャー役もこなしていることになります。

さて、接近したニューロン同志がシナプス形成に向けて“相思相愛”の仲となる条件とは何であろうか?恐らく、それらニューロンを取り巻く外部環境の何らかの変化が主たる原因に違いないと思われます。外部環境の変化とは、本人の意思・意図によってもたらされた変化ではないでしょうか。

このシナプス形成に至る前の接近する状況は、まさしく“相思相愛”でテレパシーを通じて想いを伝えているような‘相惹きあう’状態にあるという。接近して偶然につながるものではないようです。

「なせばなる なさねばならぬ 何事も ならぬは人の なさぬなりけり」(江戸期、上杉鷹山)と、やる気の大切さが説かれています。シナプス形成の環境作りには、まさにこの‘なそう’とする本人の意思・意図が大事であるということでしょう。

以上の議論を踏まえて、“学習する”ということの状況の再確認を兼ねて、具体例でシミュレーションを試みてみます。

英語の学習を始めて2,3年が経っている一小学生を想像します。この生徒が新しい英単語“red:赤い”を学習・記憶しようとしている状況です。

まずキャンバスについて。

キャンバスは、生涯のいずれの時点であれ、シナプス形成・消滅が繰り広げられている中での一時点です。つまり“常ならず変転の渦中”にある一時点での神経ネットワークであることをまず再確認しておきます。

この生徒は、日本語の“赤い”という色の概念、またアルファベット”a, b, c, ~x, y, z”の知識は持っており、アルファベットの一定の組み合わせで英単語が出来上がること などなど、十分に理解できるレベルにあります。

ということは、これらの情報に関わる神経ネットワークがすでに出来上がっていて、記憶として納められていることに他なりません。

すなわち、この生徒のこの時点での‘塗り絵用キャンバス’は、色とかアルファベットなどの関連する無数のニューロンがシナプスを形成し、ネットワークとしてまとまって入っている三次元の構造体を想像するとよいでしょうか(前回に示した写真1、2を参照)。

さらにこの‘塗り絵用キャンバス’の中では、すでに繋がりの完成したシナプスとは別に、絶えず相手を求めて成長し、伸びている‘婚活中’の軸索や樹状突起も存在している状況です。

一方、‘ミツバチ’役のBDNFはどうか?この生徒は成長期にあります。したがって、‘塗り絵用キャンバス’の中でニューロンを浸している脳脊髄液中にはBDNFが豊富に存在する環境と考えられます。神経幹細胞の分化や軸索の成長などには適した環境でしょう。

今、この生徒が、英単語“red:赤い”を学習し覚えようと決心します。これは生徒本人の意思・意図であり、神経ネットワークに対して“外部環境の変化”をもたらす原因となるでしょう。

この “外部環境の変化”は、他ならぬ色の概念やアルファベットなどの関連情報に関わる無数の神経細胞やシナプスによるネットワークが詰まった‘塗り絵用キャンバス’の中で適切に処理されるようになるのが自然の成り行きと言えるでしょう。

つまり‘塗り絵用キャンバス’内にあって‘婚活中’の細胞、軸索や樹状突起の間での新しいシナプス形成が促されることになります。勿論、“red:赤い”の概念を形作るには、複数のニューロンが駆り出されてネットワークを構築することになるでしょう。

近づき‘相引き合う’ようになった“相思相愛”の関係は、学習を‘繰り返す’ごとに一層深くなり、やがてシナプス形成、ネットワーク構築と進み、記憶として固定されていくことになる。しかし、‘繰り返し’学習することがなければ、出来たつながりは消滅していく運命となる。

“継続は力なり”とよく言われます。記憶を確かなものにするのに、継続して、繰り返し実行(学習)することが重要な所以はここにあると言えるでしょう。

以上、“学習する”ことについて述べましたが、これまでに述べてきたことと運動とはどのような関わりがあるのか、続いて考えていきます。
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からだの初期化を試みよう 41 アローン操体法 余話-3 運動と認知能-6

2016-06-22 17:07:20 | 認知能
“学習する”ということは、どのように理解されるか、少々ややこしい課題ですが、“塗り絵用キャンバス”と“ミツバチ”の働きを絡ませながら、シミュレーションを交えてマンガチックに噛み砕いて見ていきます。

以下、読み進むに当たって、前回提示したニューロンやシナプスについての写真1および2を参照されますようお勧めします。

まず“塗り絵用キャンバス”は、固定的なものではなく、刻々と変化しているものであることを押さえることから始めます。それには、受精後、胎児での成長過程、また出生後の成長・発達過程を見ていくことが最良の方法かと思われます。

胎生期にあっては、神経細胞は分裂を繰り返して増殖し、移動もする。また軸索を伸ばしていくとともに、樹状突起も発達させていきます。最終的に、ニューロンとして機能するための生化学的特性を発現させます。

生化学的特性とは、本稿に関連して言うなら、神経伝達物質や神経栄養因子の産生など、生命活動を自己調節するに必要な化学物質を産生する能力、あるいはそれら化学物質によるニューロン同志の情報のやり取り(化学物質による“会話”と言えるか?) などが可能となるような特性と考えればよろしいでしょうか。  

ニューロン自身の成長と相まって、他のニューロンとのシナプス形成も進み、神経ネットワークが出来上がっていきます。その際、脳内の部位により、機能の分化も進み、部位による機能の特殊化や、他の部位との連絡もまた特化が進んで行きます。

神経細胞の増殖、軸索や樹状突起の発達は無方向性に、“ヤミクモ(?)に”進み、過剰に作られていく。しかし後に、シナプス形成につながらなかったニューロンでは神経細胞は死滅し、軸索が退縮していくという。

胎児期におけるネットワークの構築は、ほぼ遺伝子のプロガラムで決定されたもののようです。またこの段階で出来たネットワークは非常に大まかなものであって、細かいことは、後に修正されていくようです。

この状況は、塑像を作製する過程に譬えられています。すなわち、まず柔らかな素材で大まかな像を作ります。十分に固まったところで、作者の意図に合わせて不要部分を削り取り、表情豊かな塑像の輪郭に仕上げます。先に、写真で紹介させてもらった、井上楊彩作『目覚めの刻』の作製過程が想像されます。

胎生期におけるこれらニューロンの成長、シナプス形成、ネットワークの構築には、やはり脳由来神経栄養因子(BDNF)を含めた多くの栄養因子が関与していることでしょう。

ただし、これらの栄養因子はどのように供給されるか?遺伝子のプログラムに従って胎児脳内で生成されるのか、または母体からの供給によるのか?両方が働いているように思われますが、詳細は不明です。

10か月の胎児期を経て、生まれ落ちる頃には、脳内の神経ネットワークは大まかに完成している状態にあります。以後、神経細胞が分裂を繰り返して増えることはないというのが、ほぼ定説のようです。しかし少年期・青年期を通じて経験、学習を積むにつれて、新しいネットワークの構築が進み、より複雑になっていくことでしょう。

出生後、分裂による神経細胞の増加はないにしろ、神経幹細胞の分化による新しい神経細胞の誕生はあるようです。さらに軸索や樹状突起の成長は胎児期と同様に進行していきますが、その進行は年齢とともに速度、量ともに減少していくのでしょう。

いずれにせよ、生涯を通じて、その起源は同一でないにせよ神経細胞は増える可能性があり、また軸索が伸び、樹状突起が成長して、シナプス形成からネットワーク構築へと進んでいきます。ただ、それぞれの変化の大きさや速度は、胎児期、少年期、青年期、壮年期以後で異なるでしょうが。

以上のように“塗り絵用キャンバス”とは、現在進行形で変化している動的状態の一時点の状況と言えます。実際には、ここでは認知能が話題となる出生後、壮年期以後の一時点を念頭においています。

認知能を考える上で非常に重要と思われるので、次回では、“学習する”ということについて、シミュレーションをしながらもう少し詳しく考えていくことにします。
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からだの初期化を試みよう 40 アローン操体法 余話-3 運動と認知能-5

2016-06-02 16:10:29 | 認知能
もう一つの材料、キャンバスに触れます。通常絵を描くキャンバスとしては、二次元の平面であり、白紙の状態を想像します。ときに、紙製ではあるが、人や動物、家、山等々、輪郭が前もって印刷されたものもあり、塗り絵の勉強に使われています。

学習や記憶に関わる脳のキャンバスを考える時、白紙の状態と言うよりは、むしろ‘塗り絵’の原稿に近いものと考えたい。その‘こころ’は?

本論に入る前に、基礎的な点をいくつか押さえておきます。

神経の基本となる構造は、神経細胞と神経線維(軸索)からなり、両者を合わせた神経単位はニューロンと呼ばれています(写真1)。

写真1 神経単位(ニューロン)


一個のニューロンの神経細胞体から出た軸索は別のニューロンとつながっており(写真2)、そのつなぎの部分はシナプス(接合部)と呼ばれていて特殊な構造と機能を持っています。

写真2 ニューロンとシナプス


写真1で、中央上部に示した一個の神経細胞から、神経線維(軸索)が右方に伸びており、また木の枝のような突起(樹状突起)が上下前後左右へ幾つも伸びている。このようなニューロンが、ほぼ無数(140億個!)集まった立体的な三次元構造が、すなわち、脳実質であると言えます。ただし、神経細胞の形や大きさは場所によって異なっていますが。

写真2では、軸索は3本に枝別れして、次の神経細胞の細胞体および樹状突起とシナプスを形成しています。さらに黒丸(●)を付した部分は、その他の複数のニューロンの軸索末端がそれぞれの細胞体や樹状突起とシナプスを形成してつながっていることを示しています。

ニューロン内での情報の伝わり方は、まず神経細胞が興奮する。この分野で、‘興奮する’とは、電気信号を発生することを意味します。この電気信号は、軸索を通じて非常な速さで軸索末端まで伝わります。この情報の伝わり方は、‘伝導’に当たります。

一方、軸索末端では、電気信号に触発されて神経伝達物質が遊離され、それがシナプスの間隙を移動して、下位の神経細胞に達してその興奮を惹き起こすことにつながります(注)。このような情報の伝え方は、‘伝達’と呼ばれています。神経伝達物質は、脳内外で数多くの種類が知られています。

(注):ところによっては、むしろ抑制的に働く箇所もある。神経伝達物質の違いにより興奮的に働く箇所と抑制的に働く箇所が巧みに組み合わさって、情報の行き先や強さなどを微調整する効果を生み出しているようです。

このような神経のつながりは、脳の外部でも基本的には同じです。ただ、神経線維(軸索)の長さは、脳内では非常に短いが、脳の外部では長い。

例えば、足指先を動かそうと意識すると、その情報は、大脳皮質の運動を司る司令塔から発せられ、脳内で複数のニューロンを経て後、脊髄内に入る。脊髄内で腰の辺りまで下ってきて、またニューロンを変えて、脊髄外に出て、足先まで情報を運ぶことになる。脳や脊髄内・外での神経線維(軸索)の長さがいかほどかは、凡そ想像できるでしょう。

このように脳(中枢)からからだの末梢まで情報を運ぶ神経系を、遠心性神経と呼んでいます。

一方、足先の痛みやかゆみとかの末梢からの情報を大脳皮質の感覚を統合する箇所まで運ぶのも、逆方向ではあるが、同様にいくつかのニューロンを経て伝えられていきます。このような神経系は求心性神経と呼んでいます。

脳内では、無数のニューロンが複雑なつながりをしつつ、写真1に見るように立体的な三次元構造の網目(ネットワーク)を作っています。しかしニューロンは無造作に集まっているわけではなく、ある目的を有機的に果たせるように、機能的なネットワーク構造をとった集合体を形作っています。

脳全体として見た時、脳の表面(大脳皮質)では、運動の司令塔、あるいは感覚の統合箇所、さらに足や手、顔等々からだの各部の運動や感覚に関連する部位など、機能に応じてニューロンが集合、局在していて、あたかも領土地図を見るように、、機能地図が描かれています。

脳の中心部に行くと、四六時中、呼気と吸気を交互にリズムよく維持するとか、血圧を適度に保つなど生命の維持に関わる部位があります。さらにからだの各部から求心性に届けられた感覚情報を上位に橋渡しするとか、あるいは運動の司令塔から届けられた情報を中継してからだの各部に遠心性に送るような機能をもつ神経細胞が集まった部位があります。

このような部位は、神経核と呼ばれていて、脳内の多くの部位と連絡路を作っています。これら神経核では情報の中継点としてだけでなく、上下前後左右の関係のある部位に情報を伝える配電盤の役割も担っているものと考えてよいでしょう。

さて、学習や記憶との関連で見ると、本稿第3回で触れた、大脳基底核や海馬体などが、記憶情報の中継点または配電盤として、非常に重要な役割を持った部位とされています。届けられた情報は、これらの部位を中心にして、他の関連部位と情報のやり取りを繰り返し、練った後に記憶事項として固定されていくとされています。

今一つ忘れてならない点は、脳の形態を維持し、また機能を十分に発揮できるよう、環境を整える脇役を演じるグリア細胞と言われる特殊な細胞が神経ネットワークの間を満たしています。

本論に戻って、学習・記憶の絵を描くための、想像上のキャンバスとは、予め絵図の輪郭が印刷された塗り絵のようなものであると考えると理解しやすいようです。予め印刷された輪郭とは、誕生時にはすでに出来上がっていて、さらに生後、時と経験を経て修正されてきた個人特有のニューロンネットワークを主体とした三次元の構造体を意味しています。

ニューロンのネットワークは、永久不変なものではなく、その「つながりは使えば強くなり、使わなければ消滅していく」構造体であり、さらに「絵描き人の意図により、部分的に修正が可能」な状態にあると考えたい。

絵を仕上げる、すなわち、学習し、記憶するに当たって、材料としてのミツバチやキャンバスの用意はできました。そこで最も大事なことは、何をどのように描くか、描く人の‘意図’でしょうか。続いてその辺を考えていきます。
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