[三十七帖 横笛 要旨] (光源氏 49歳)
柏木の死を悼む者は多く、源氏にとっても、ある問題は別として、愛すべき男として心に登ることが多かった。一周忌の法事には黄金百両を贈った。源氏や夕霧の好意に、事情を知らぬ柏木の父・致仕大臣は、感激してお礼を申しあげた。柏木の忘れ形見・薫は日に日に成長し、源氏は、纏わりつく薫の姿に自身の老いを感じる。
ある秋の夕、夕霧は女二の宮の元を訪ねる。月が上ってきて、冷ややかな身にしむように吹き込んでくる風に誘われて、宮は十三弦をほのかにかき鳴らすのであった。この情趣に惹かれて、夕霧は琵琶を借りて想夫恋を弾き出し、合奏を勧めるが、宮は手を出そうとはしなかった。琵琶の音に深く身にしむ思いを覚えている宮に:
言に出でていはぬも言うにまさるとは
人に恥じたる気色をぞみる (夕霧)
と言うと、宮は、ただ想夫恋の末の方だけを合わせて弾き、返歌を贈った。夕霧は、無限にお邪魔しては故人に咎められよう とお暇することにした。
女二宮の母君・一条御息所は、「こんな女住居に置くのは、楽器のために気の毒である」と、柏木遺愛の横笛を夕霧に贈った。その晩、夕霧の枕に柏木が立ち、その笛はしかるべき人に贈りたいと語る。
笛の処置に困った夕霧は六条院・源氏を訪ねる。源氏は、「その笛は私の所へ置いておく因縁があるものなのだ」、「いずれ静かな時をみて、君の夢の細かな説明をしましょう」と言った。
本帖の歌と漢詩
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言に出でて いはぬも言うに まさるとは
人に恥じたる 気色をぞみる (夕霧)
[註]○言(コト)に:琴(コト)の掛詞。
(大意) 言葉に出して言わないことも、言うに勝る深い思いであるからだ
と、恥らうご様子から察しられます。
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<漢詩>
心懐恋慕 心中の恋慕 [上平声十三元 韻 ]
默而持不語, 默(モク)而(シ)て不語(カタラズ)を持(ジ)す,
無乃勝於言。 無乃(ムシロ) 言う於(ヨ)り勝(マサ)ると。
看到羞挙措, 羞(ハ)じらいの挙措(キョソ)を看到(ミ)るにつけ,
方知隱意存。 方(マサ)に知る 隠(カク)せし意(オモイ)存(ア)るを。
[註]〇無乃:むしろ; ○挙措:振る舞い、様子; ○方:まさに。
<現代語訳>
胸に仕舞った恋心
黙して語らずにいる、むしろこれは語るに勝ることではないか。恥じらいの様子を見るにつけ、まさに想いを語らず 隠していることが察しられる。
<簡体字およびピンイン>
心怀恋慕 Xīnhuái liànmù
默而持不语, Mò ér chí bù yǔ,
无乃胜于言。 wú nǎi shèng yú yán.
看到羞举措, Kàn dào xiū jǔcuò,
方知隐意存。 fāng zhī yǐn yì cún.
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女二の宮の返歌:
ふかき夜の あはればかりは 聞きわけど
琴よりほかにえやは言ひける (落葉宮)
(大意)深き夜に聞くこの曲の情緒ばかりは聞き分けていますが、琴を
弾くよりほかに、何を言うことができましょう。
【井中蛙の雑録】
〇「想夫恋」:日本では、男性を慕う女性の恋情を歌う曲とされる。 雅楽、唐樂:かつては詠があったが途絶え、現在は管絃によって奏される と。
〇『蒙求』と『蒙求和歌』-7 『蒙求和歌』-①
『蒙求和歌』は、『蒙求』において“韻”で分類された四字句をその“内容”によって分類し直した作歌教本と言えようか。『蒙求』596句から半数少々の251句を選び、先ず、句の内容に従って、『古今和歌集』など、先行和歌集の伝統に従い、春・夏・秋・冬・恋・旅等々、9部に部立、さらに四季の部では、“春”部で、立春、子日、霞、鶯等々、の“歌題”に細分し、四字句を再分類します。なお、四季以外では、特に“歌題”の設定はない。例)●「蒼頡制字」:“冬部”、歌題は“千鳥”;●「呂望非熊」:羇旅部。