愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 437  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十四帖 竹河)

2024-10-31 10:28:31 | 漢詩を読む

[四十四帖 竹河(たけかわ) 要旨]   (薫:14、5~23歳)

時を遡り、主に故関白太政大臣(鬚黒大将)家の後日談で、奮闘する玉鬘の姿を描いている。中納言となった薫の侍従時代に当たる。

玉鬘の生んだ故関白の子は、男三人と女二人(大君と中の君)の五人である。姫君達は妙齢の年頃となり、求婚者が多いが、玉鬘は、故関白の意を受けて姫君達をただの男とは結婚させまいと思っている。夕霧と雲居雁の息子・蔵人少将が求婚の名乗りを挙げるが、玉鬘は受け入れない。玉鬘は、四位侍従の薫を婿にとも思う。その頃、鬚黒大将が亡くなり、後ろ盾を失う。

元旦の夕、玉鬘の邸に薫が訪ねて来た。薫には誰もが惹きつけられるところがあり、身から放つ香も清かった。若い女房達もいろいろ話しかけるが、静かに言葉少なの応対しかないので悔しがり、宰相の君という高級の女房が歌を詠み掛けてきた。もう少し色めいては、との戯れである:

 折りてみば いとど匂ひも まさるやと

   少し色めけ 梅の初花       (宰相の君) 

梅が満開のころ、色気がないと言われた薫は汚名挽回するべく、再び玉鬘の邸を訪れた。庭先にいた蔵人少将を連れ立ち、女たちの集まりの中へ加わり、薫の和琴を含めて合奏となった。蔵人少将も歌い、薫に促されて玉鬘の息子は催馬楽の「竹河」を歌う。

四月九日、長女・大君は終に冷泉院の後宮に輿入れする。やはり大君に思いのあった今上帝は不快に思う。冷泉院には2皇女、男御子と続けて誕生するが、男御子の誕生が院の在位中であったならと悔やまれるのである。翌年、二女・中の君を今上帝に入内させた。

曽ての求婚者も、順当に出世ができ、婿君であっても恥ずかしく思われない人が幾人もあった。薫は、中納言に、蔵人少将は宰相中将にと出世している。夫の大将が生きていたら、息子たちももっと出世したであろうと、玉鬘は嘆息している。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo    

折りてみば いとど匂ひも まさるやと 少し色めけ 梅の初花   

 (大意) 花を手折って見たなら、ひとしお匂いもまさりはしないかと思われ

  る程に 今少し愛想よくしてくださいよ、梅の初花のようなお方。

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

   無妖艷           妖艷無し    [下平声五歌-下平声六麻通韻] 

折花聞奈何, 花を折り 奈何(イカガ)を聞(キク)に, 

馥氣略微嘉。 馥氣(フクキ) 略微(イササ)か嘉(ヨロシ)からんか。 

稍稍該艷麗, 稍稍(イマスコシ) 艷麗(ツヤヨ)くある該(ベ)きなり,

譬若初梅花。 譬(タト)えば初の梅花の若(ゴト)くに。

 [註]〇奈何:どうしたものか; ○略微:少しばかり。

<現代語訳> 

  艶無し

初花を折って その香りを嗅ぐなら、 

その香気はいささか勝るであろう。

今少し艶やかになさったら如何でしょうか、

例えば 梅の初花の如くに。

<簡体字およびピンイン> 

 无妖艳       Wú yāoyàn

折花闻奈何, Zhé huā wén nài,  

馥气略微嘉。 fù qì lüèwēi jiā.  

稍稍该艳丽, Shāoshāo gāi yànlì,   

譬若初梅花。 pì ruò chū méihuā.     

ooooooooo   

  

宰相の君から“艶なし”と言われた薫は、“疑わしくお思いなら袖を触れてごらん”と言いつつ、次の歌を返しました。

 

よそにては もぎ木なりとや さだむらん

    下に匂える梅の初花      (薫) 

  [註]〇もぎ木:枝をもぎ取った、または枯れて枝のない木。

   (大意) 世の人たちは 私を枯れ木などと決めつけているようですが、私

    の胸の内では梅の初花のごとく香りを放っているのです。

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閑話休題 436  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十三帖 紅梅)

2024-10-26 09:28:12 | 漢詩を読む

閑話休題 436  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十三帖 紅梅)

[四十三帖 紅梅 要旨]   (薫:24歳)

按察(アゼチ)大納言は、故太政大臣(曽ての頭中将)の次男で、故柏木の弟である。朗らかで派手なところのあった人で世間の信望もあり、地位も進んでいる。亡くなった先妻との間に、2姫君・大君と中の君、また現妻・真木柱(黒髭大将の娘)との間に1男ある。更に真木柱には蛍兵部卿宮の忘れ形見の女若君(宮の御方)がいる。

3姫君は、17,8歳の大君を筆頭に妙齢の年頃で、求婚者が続々現れている。大君は、春宮に輿入れさせた。宮の御方は、非常に内気な人で、母にさえ顔を向けて話すことはなく、父親は影さえ見たことがない。ただ御簾の前に座って話すと、返事くらいはする。声やら気配に品の佳さと美しい容貌も想像させる可憐な人であった。

二女の中の君も大君に近い年齢で、上品な澄み切ったような美は姉君にも勝った人で、普通の人と結婚させるのは惜しく、匂宮が求婚されたならばと、大納言はそんな望みを持っている。大納言は、紅の紙に歌を書き、庭先の紅梅の枝を折り、歌に添えて匂宮に届けさせた:

 心ありて 風のにほはす 園の梅に 

   まづ鶯の 問わずやあるべき  (按察使大納言)

匂宮は、自分と中の君との縁組の打診であろうと理解して、気乗りのしない返歌を送る。しかし、大納言はさらに突っ込んだ内容の歌を送るが、なおお断りの歌を返す。

実は、匂宮は、宮の御方の方に気があるのである。宮の御方は、匂宮が寄せる好意を気づかないのではないが、結婚をして世間並みの生活をすることは断念していた。母の真木柱は、匂宮が多情で恋人が多く、娘にとって頼もしい良人になるとは思っていなく、心は断ることにきめている。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo    

  心ありて 風のにほはす 園の梅に  

   まづ鶯の 問わずやあるべき   (按察使大納言) 

  (大意) その想いがあるなら、風が匂いを吹き送っている園の梅に、何よ

   り先に鶯がやってこないということがあるでしょうか。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

  交錯     交錯(スレチガイ)    [下平声七陽韻]

秘想院梅芳, 想を秘めて院の梅 芳(カンバシ)くして, 

遣風歓送香。 風をして歓(シキリ)に香を送ら遣(シ)む。 

汝鶯先要訪, 汝(ナンジ)鶯よ 先ず訪ねて要(ホシイ)のを, 

何意違我望。 何意(ナニユエ)に我が望みに違(タガ)うか。 

<現代語訳> 

  擦れ違い

胸に思いを秘めた院の紅梅は芳く、

風により頻りに香りを送っている。

汝 鶯よ 先ずあなたが訪ねて来るべきのところ、

何の意ぞ 我が願いに違(タガ)う。

<簡体字およびピンイン>  

 交错            Jiāocuò 

秘想院梅芳, Mì xiǎng yuàn méi fāng,  

遣风欢送香。 Qiǎn fēng huān sòng xiāng.  

汝莺先要访, Rǔ yīng xiān yào fǎng,

何意违我望。hé yì wéi wǒ wang.     

ooooooooo   

 

  匂宮は、憧れの相手は宮の御方であったから、按察使大納言に対しては、感激のない只事のようにして、次の歌を返した:

 

  花の香に 誘われぬべき 身なりせば 

    花の便りを 過ぐさましやは   (匂宮)    

  (大意) 花の香に誘われてほしい身の上でしたら、願ってもない花の誘い

   見過ごすことがあるでしょうか。

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閑話休題 435  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十二帖 匂兵部卿)

2024-10-21 09:51:39 | 漢詩を読む

[四十二帖 匂兵部卿 (におうひょうぶきょう) 要旨]

 (薫:14~20歳)

光源氏亡き後、その美貌を継ぐと見える人は遺族の中にない。冷泉院は、源氏に瓜二つであるが、院という身分故、引き合いに出すには恐れ多い。

今上帝の第三の宮・匂宮と、朱雀院の女三の宮の若君・薫が、勝れた貴公子で、美貌と評されているが、まばゆいほどの美男ではない。なお今上帝の第一の宮は春宮である。匂宮(ニオウノミヤ)は、特に紫夫人が愛して育てた方で、元服後は兵部卿の宮とよばれる。

源右大臣・夕霧には何人もの令嬢がいて、長女は既に春宮に嫁ぎ、次女は兵部卿の宮に嫁ぐであろうとされるが、彼にその心がなさそうである。若君・薫は、源氏から寄託されたこともあり、冷泉院から可愛がられて育った。十四歳で元服の儀式も冷泉院が取り仕切って行われた。

ただ薫には、時々耳に入って、子供心にも腑に落ちないある出生に纏わる不審な思いがある。母・女三の宮は、年の若盛りにどうして尼になったのか、自分は何の宿命でこんな煩悶を負う人となったのか。薫は、独り言につぶやく:

 

 おぼつかな たれに問はまし いかにして

   はじめも果ても 知らぬわが身ぞ   (薫)

  

薫は、この世とも思われぬ高尚な香りを神体に持っているのが最も特異な点である。こんな不思議な清香の備わった人である点を匂兵部卿の宮は羨ましく思い、人工的にすぐれた薫香を衣服に焚きしめるのを朝夕の仕事にしているのである。世間では、両貴公子は、それぞれ、薫る中将、匂う兵部卿と言われている。仲の良い両貴公子は、お互い競争心を燃やす好敵手でもある。  

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

おぼつかなたれに問はましいかにして 

   はじめも果ても知らぬわが身ぞ  (薫)

  [註]○おぼつかな:気がかりだ、ようすがはっきりしない。

   (大意) 気がかりなことよ 誰に問えばよいのか、出生のこと、また

    これから行末のことも知らぬままの我が身であるよ。 

 

 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

   自悩蒙       自(ミズ)から蒙(ムチ)に悩む    [上平声一東韻] 

鬱鬱不明顕, 鬱鬱(ウツウツ)として明顕(メイケン)ならず, 

煢煢誰意通。 煢煢(ケイケイ)たり 誰か意 通ぜん。 

出生行運漠, 出生 行運 漠(バク)として, 

今我唯悩蒙。 今 我は唯(タダ) 蒙(モウ)に悩(ナヤ)む。 

 [註] 〇蒙:無知なこと; ○明顕:はっきりしている、明らかである; 

  ○煢煢:孤独で頼るところがないさま; 〇行運:運勢; 〇漠:とり

  とめなくはっきりしないさま。

<現代語訳> 

  自(ミズ)からの無知に悩む

鬱鬱として 心中 気がかりなことがあるのだが、 

独りぼっちで 意の通ずる人もなく問うこともできない。

自分の出生のこと またこれからの運勢もとりとめなく、

私は今 唯 自分のことについて何も知らないことに悩んでいるのだ。

<簡体字およびピンイン> 

 自恼蒙          Zì nǎo méng

郁郁不明显,  Yù yù bù míngxiǎn,  

茕茕谁意通。  qióngqióng shuí yì tōng

出生行运漠,  Chūshēng xíng yùn mò, 

今我唯恼蒙。  jīn wǒ wéi nǎo méng

ooooooooo   

  

 

【井中蛙の雑録】

○光源氏の亡くなる前後の状況について記載はなく、前回の最後の歌で亡没を暗示しています。この帖以後は、光源氏が亡くなられた後として物語は進んでいきます。なお、「幻」帖の後に「雲隠」の帖があったとされるが、詳細は不明 と。まし存在すれば、『源氏物語』は全五十五帖の作品となる。

 

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閑話休題 434 『源氏物語』の歌  (四十一帖 幻)

2024-10-16 09:19:31 | 漢詩を読む

[四十一帖 幻 (まぼろし) 要旨]  (光源氏 52歳)

 

  春の光をご覧になっても、六条院(光源氏)は、暗い気持ちが改まるものでもなく、籠りがちになっていた。年賀の人たちが訪れるが、加減が悪そうな風をして、御簾の中にばかりいて、応対しない。紫の上が亡くなって、源氏は悲しみに暮れているのである。

  紫の上の臨終に立ち会った明石中宮は宮中に戻ったが、若宮(のちの匂宮)は六条院に残った。二月、女王の形見の紅梅に鶯が来て華やかに啼くのを、源氏は縁へ出て眺めていた。若宮が、「私の桜が咲いたよ、いつまでも散らしたくないから、木の周りに几帳をたてて、切れを垂れて風を防ごう」と言っている顔の美しさに源氏も微笑んでいた。

  七月七日、音楽の遊びもなく寂しい退屈さを感じさせる日になった。あれから一年経ったかと思い、呆然となられていた。紫の上の命日である十四日には上から下まで六条院の中の人々は精進潔斎して、曼陀羅の供養に列するのであった。

四季、風物の移ろうにつけて、紫の上への愛惜の念は深まるばかりである。十月の時雨がちな季節で、夕方の空色も心細く感じられて、空を渡る雁が翼を並べて行くのも羨ましく思われて:

 

  大空を 通ふまぼろし 夢にだに 

    見え来ぬ魂の 行方尋ねよ     (光源氏)

  

この一年、隠忍して過ごしてきた源氏は、来春に出家することを考える。院内の人々にもそれぞれ等差をつけて形見分けの物を与えていった。また人目について不都合と思われる手紙類は破って始末した。須磨の隠居時代の、特に紫の上からのだけは一束にして残していたが、皆焼かせてしまった。 

 

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

大空を 通ふまぼろし 夢にだに 

  見え来ぬ魂の 行方尋ねよ   (光源氏)

[註]○まぼろし:幻術士。 

(大意)大空を自在に通うという幻術士(マボロシ)よ。夢にさえ姿を見せてくれないあの人の魂の行方を捜し出しておくれ。

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>    [上平声六魚韻] 

   何処魂魄       魂魄は何処に

聞道仙山方士居, 聞道(キクナラク)仙山 方士(ホウシ)居(ス)み, 

排空馭氣奔自如。 空を排し氣を馭して奔(ハシ)ること自如(ジザイ)に。 

那人分別無入夢, 那(カ)の人 分別 夢に入ることなし, 

只願搜尋魂魄墟。 只だ願うは 魂魄の墟(トコロ)を搜尋(サガ)すこと。 

  [註]○方士:方術の士、幻術士; ○排空馭氣奔:白楽天「長恨歌」に拠る; 〇自如:自在に; 〇搜尋:探し求める; ○魂魄:霊魂; 〇墟:場所、廃墟。

<現代語訳> 

  魂魄は何処に 

聞くところによれば、仙山には方士がいて、

大空を自由自在に飛びまわることができる という。

かの人は亡くなってのち 夢にさえ現れることがない、

せめてその魂魄の所在を探し出してくれ。

<簡体字およびピンイン>  

  何处魂魄         Hé chù húnpò

闻道仙山方士居, Wén dào xiānshān fāngshì ,

排空驭气奔自如。 pái kōng yù qì bēn zì.    

那人分别无入梦, Nà rén fēn bié wú rù mèng, 

只愿搜寻魂魄墟。 zhǐ yuàn sōuxún húnpò .     

ooooooooo   

  

  源氏は、出家を決意し、雪の降り積もる年の暮、仏名式が催された。

光源氏最後の歌です:

 

物思ふと 過ぐる月日も 知らぬ間に 

  年も我が世も 今日やつきぬる    (光源氏)

  (大意) 物思いをして過ぎる月日にも気づかぬ間に 今年もそしてわが人生も今日で尽きてしまうのだろう。

 

  元日の参賀の客のため殊に華やかな支度をさせ、親王がた、大臣たちへ贈り物、それ以下の人々への纏頭の品など、きわめて立派な物を用意させていた。

 

【井中蛙の雑録】

〇参考: 白楽天「長恨歌」の句「排空馭氣奔如電」(空を押し開き、風に乗って、稲妻のように走る)。[石川忠久監修 「NHK新漢詩紀行ガイド」2010]に拠る。

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閑話休題 433 『源氏物語』の歌  (四十帖 御法)

2024-10-11 09:28:06 | 漢詩を読む

[四十帖 御法(みのり) 要旨]  (光源氏 51歳)

紫の上は、四年前の重病以来、病身になって、出家を望み源氏に相談するが、源氏自身出家の希望があり、源氏が同意しない。三月には、以前から自身の願果たしのため書かせてあった千部法華経の供養を私邸の二条院で主催します。

夏になると暑気のためか、紫の上の病状は一層悪化して、衰弱がひどかった。病苦の薄らいだ時などに、遊びにきた三の宮(のちの匂宮)を相手に話すことがあり、「私は、陛下よりも中宮よりもお祖母様が好き」というのを聞き、微笑みながら、目からは涙がをこぼすのであった。「大人になったら此処に住んで、庭の紅梅と桜の咲く折々には思い出して、仏に花を手向けてほしい」と、三の宮に語りかける。西の対に宮の部屋を設けて、宮を迎えていた。

秋が来て、涼しくなり、紫の上の病状も軽快するようで、風の強い夕方、紫の上は起きて脇息に寄りかかっている。目に止めた源氏が「宮がおいでになる時だけ、気分が晴れやかになるのですね」と言う。わずかな小康でも喜んでくれる源氏の気持ちが、夫人にとっては心苦しく、自分の命が尽きた時、どれほど悲しまれることか と、思うと物哀れになって詠んだ:

 

おくとみる ほどぞはかなき ともすれば

  風に乱るる 萩の上露       (紫の上)

 

源氏も、また中宮も歌を返し、涙を隠す余裕もない風であった。夫人は、「もうあちらにおいでなさいね、私は気分がわるくなったから」と、几帳を引き寄せて横になった。中宮は手を捉えてみていたが、あの歌の露が消えゆくように終焉の迫って来たことが明らかになった。

源氏は夕霧を几帳の側に呼び寄せ、長く希望していた出家を遂げさせようと指示するが、夕霧は、死後の落飾は却って遺族の悲しみを増すばかりであろうとして、僧に念仏させることを命じた。夫人の法事も、源氏に代わって夕霧がすべて差配した。  

 

本帖の歌と漢詩 

ooooooooo    

おくとみる ほどぞはかなき ともすれば

  風に乱るる萩の上露      (紫の上)

(大意) 起きていると見えるのも、少しの間のこと、ややもすれば     風に吹き乱れる萩に降りた露の あっけなく風に乱れ散ってしまうようなものです。

 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩> 

 轉眼歓   轉眼(イッシュン)の歓び   [上平声十四寒韻] 

看見如起座, 起きて座っているように看見(ミエ)るが、 

常常轉眼歓。 常常(シバシバ) 轉眼(ツカノマ)の歓び。 

像露留萩葉, 萩の葉に留(オ)りた露が, 

隨風即散完。 風に隨(シタガッ)て 即に散って完う像(ヨウ)に。 

 [註] ○常常:しばしば、よく; ○轉眼:瞬く間に。

<現代語訳> 

  束の間の喜び 

起き上がり座っているように見えますが、いつもの束の間の喜びです。

萩の葉に降りた露が、風に直ちに飛び散ってしまうようなものです。

<簡体字およびピンイン>  

  转眼欢   Zhuǎnyǎn huān

看见如起坐, Kàn jiàn rú qǐ zuò,  

常常转眼欢。 cháng cháng zhuǎnyǎn huān

像露留萩叶, Xiàng lù liú qiū yè,  

随风即散完。 suí fēng jí sàn wán.  

 

ooooooooo   

 

源氏は、涙をこらえきれずに、答えて詠う:

 

ややもせば 消えを争ふ 露の世に 

  おくれ先だつ 程経ずもがな   (光源氏)  

(大意) どうかすると、 先を争って消える露のように、儚い人の世に        せめて後れたり先立ったりせずに 一緒に消えたいものだ。

 

 

【井中蛙の雑録】

『蒙求』と『蒙求和歌』-8(完)  『蒙求和歌』-④ 

『蒙求和歌』の中の源氏物語とも関連のある一例を、要約して見てみます。

//

[蒙求原文]

151 西施捧心(セイシホウシン)(夏の部 夕顔) 

 荘子。西施病、捧心而頻眉。其里醜人、見而美之、捧心而頻眉。

(以下略)……。 [註]〇捧心:両手で胸を抱える。病むさま。

[説話文]

 中国・春秋時代、越の美女 西施が病で、胸に手を当てて、顔をしかめている姿が哀れで美しかった。それを見た醜女が自分も美しく見えるか とまねをして物笑いに逢った。(筆者要約) 

[和歌] 

 夕顔の たそかれ時の ながめにも たぐいにすべき 花ぞのこらぬ

  <解説> 

 夕顔が物思いにふけっているかのような黄昏時の美しさに匹敵する花は残っていないのだ。

  <話と歌題との関連>

 夕顔→美女→西施捧心 ・「夕顔」は源氏物語・夕顔の巻に登場する美しい女性をイメージさせる言葉として、和歌によく詠まれる。そこで絶世の美女に関する本話と結びつけたのであろう。

//

  [章剣:『蒙求和歌』校注、2012、(渓水社) に拠る]

 

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