[三十四帖 要旨-(1)]
朱雀院は、病が重くなり出家を思うのであるが、母を亡くした幼い内親王の女三の宮の将来が案じられて、後見人の心配をする。光源氏に夫となって頂くことが最も安心であると決めた。源氏は、一度は固辞したが、承諾し姫を迎え入れる。紫の上の心は激しく揺れるのであるが、辛うじて冷静さを保っていた。
正月二十三日、子の日に、髭黒大将の夫人・玉鬘から若菜の賀を捧げたいとの申し出があり、賀宴が催された。秘密裏に準備されもので、源氏が辞退する間はなかった。
玉鬘は増々美しく、重みというようなものも備わってきて、立派な貴婦人と見えた。宴では、まず玉鬘から、自分たちを育てて下さったことへの感謝と源氏の長寿を祈る趣旨の挨拶の歌が贈られた。源氏は、盃を取り、次のお答えの歌を返します:
小松原 末のよはいに 引かれてや
野辺の若菜も 年をつむべき (光源氏)
朱雀院が病中のため、専門の音楽者は呼ばず、玉鬘の実父・太政大臣の和琴を中心とした静かな音楽の合奏があった。
二月十幾日には、女三の宮が六条院に迎えられた。その幼い様子に源氏は失望の念を抑えられません。紫の上は苦悩しつつ、六条院の円満な秩序を維持すべく、自ら女三の宮と対面した。
本帖の歌と漢詩
ooooooooo
小松原 末のよはいに 引かれてや
野辺の若菜も 年をつむべき
[註]○小松:寓意で、子供たち; 〇若菜:寓意で、作者の源氏自身。
(大意) 子供たちの行末の齢の長さに合わせて、私もきっと長生きする
ことでしょう。
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<漢詩>
懷亀齡 亀齡(キレイ)を懷(オモ)う [下平声一先韻]
孩等前途遠, 孩等 前途遠し,
自当齡共前。 自(オノ)ずから当(マサ)に 齡(ヨワイ)共に前(スス)まん。
嫩菜得長寿, 嫩菜(ネンサイ)は長寿を得ん,
会因堆積年。 会(カナラ)ず年を堆積(ツム)に因(ヨ)りて。
[註] ○亀齡:亀の寿命の長いこと、長寿の譬え; ○嫩菜:若菜
<現代語訳>
長寿を思う
子供らの行末は 遠く長い、前途長い子供に合わせて、大人も共に年を取る
のだ。私は 長寿を得ることになろう、必ずや子供の前途の分、さらに年を
積んでいくに因る。
<簡体字およびピンイン>
怀龟齢 Huái guī líng
孩等前途远, Hái děng qiántú yuǎn,
自当龄共前。 zì dāng líng gòng qián.
嫩菜得长寿, Nèn cài dé chángshòu,
会因堆积年。 huì yīn duījī nián.
ooooooooo
玉鬘は、引き連れて来た幼い子ら共々、この私を育てて下さった巌の如き あなたの長寿を祈ります との趣旨の挨拶に、次の歌を、沈の木の方盤に若菜を添えて光源氏に贈った。
若葉さす野辺の小松を引き連れてもとの岩根を祈る今日かな (玉鬘)
[註] ○「小松を引き」つれ:正月初めの“子の日”に、野に出て小松を
引き抜いて遊んだ行事・「小松引き」をかけている;
○岩根:どっしりと根を据えた大きな岩、ここでは巌の如き育て親。
(大意) 若葉が芽ぐむ野辺の小松のような幼い子らを引き連れて、
この私を育てて下さった巌の如きあなたの長寿を祈る今日です。
【井中蛙の雑録】
○三十四帖の光源氏 39歳冬~四十一歳。
〇『蒙求』と『蒙求和歌』-3 奇数-偶数番の句は対句をなす
『蒙求』は、596の四字句から成るが、奇数番と偶数番の句は、それぞれ、事跡に関して、何らかの意味で“対”を成している。身近な(?)例を拾ってみます。
193孫康映雪(ソンコウエイセツ) / 194車胤聚蛍(シャインシュウケイ); 孫康と車胤は、それぞれ、
晋(?)および東晋の人。共に家が貧しく、灯油がなく、書を、それぞれ、雪明かりと蛍の光の下で読み学習し、長じて大成した と。今日、“蛍雪の功”等で語られる。
今一例:
221杜康造酒(トコウゾウシュ) / 222蒼頡制字(ソウケツセイジ);杜康および蒼頡ともに
古代伝説上の人物、前者は酒を初めて造り、後者は文字を初めて創案したとされる。
(注)各句への付番は、筆者が便宜上付したものである。