zzzzzzzzzzzzzz 須磨-3
源氏は、須磨へ出立の前夜に院のお墓へ謁するために、北山へ向かった。供は唯の五、六人だけで馬で行った。以前の源氏の外出に比べてなんと寂しい一行であろう。その途中、入道の宮(藤壺)へのお暇乞いに伺候した。
「これから御陵へ参りますが、お言伝はございませんか」と源氏は言ったが、宮のお返事はしばらくなく、躊躇しているご様子であったが、ようよう悲しみの籠った次の歌を詠われた。源氏も同様の思いの歌を返す。
見しはなく 有るは悲しき 世の果てを
背きしかひも なくなくぞ経る (藤壺入道)
さらに朧月夜や東宮など、近しい人々と別れの挨拶を交わす。須磨への出発の当日、終日若紫夫人と語り合った。行く道すがら夫人の面影が目に見えて、胸を悲しみに塞がらせたまま船に乗った。
本帖の歌と漢詩
ooooooooo
見しはなく 有るは悲しき 世の果てを
背きしかひも なくなくぞ経る (藤壺入道)
(大意) 連れ添って来た院は已に亡くなり、生きているあなたは悲しい境遇にあるという世の果てを、私は出家した甲斐もなく、涙を流しつつ過ごしております。
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<漢詩>
艱苦世間 艱苦世間 [上声七麌韻]
伴侶已駕崩, 伴侶は 已(スデ)に駕崩(ナクナ)り,
君承辛万苦。 君は 辛(ツラ)い万苦を承(ウ)けている。
出家無益経, 出家して無益に経(ヘ)て,
末世淚如雨。 末世(マツョ) 淚は雨の如し。
[註] 〇伴侶:連れ、ここでは桐壺院; 〇駕崩:天子が崩御する; 〇辛万苦:須磨に退去せざるを得ない状況; 〇経:過ごす。
<現代語訳>
苦難の世の中
伴侶の桐壺院は已に亡くなり、
生きている君は辛い境遇にある。
出家した私は甲斐もなく過ごし、
この末世を止めどなく涙を流して活きています。
<簡体字およびピンイン>
艰苦世间 Jiānkǔ shìjiān
伴侣已驾崩, Bànlǚ yǐ jià bēng,
君承辛万苦。 jūn chéng xīn wàn kǔ.
出家無益经, Chūjiā wúyì jīng,
末世泪如雨。 mòshì lèi rú yǔ.
ooooooooo
源氏の返歌:
別れしに悲しきことは尽きにしをまたもこの世の憂さは勝れる (光源氏)
(大意) 父院との別れで悲しみのかぎりを味わったのに、今またこの世の辛さが以前にも勝って感じられる。
zzzzzzzzzzzzzz 須磨-4
[十二帖 須磨-4 要旨] (26歳春~27歳春)
須磨での生活が落ち着くと、語らう相手もなく、源氏は閑居のわびしさを痛感する。桜の頃、左大臣家の三位の中将(参議、曽ての頭中将)が須磨の謫居へ訪ねて来た。
二人は、終夜眠らずに語った。「いつまたお逢いできるか、無限に捨て置かれることはあるまい」と宰相は言った。源氏は、私は一点の曇りもない潔白の身だよ と次の歌を詠むと、宰相も慰めの歌を返します。
雲近く 飛びかふ鶴(タヅ゙)も 空にみよ
われは春日の 曇りなき身ぞ (光源氏)
三月三日の上巳の日、「今日は、不幸な目にあっている者がお祓いをすれば必ず効果があると言われる日です」と告げる者がいて、源氏は、海の近くで陰陽師を召して厄払いを行うことにした。お禊の式が終わるころ、肘笠雨(ヒジカサアメ)というにわか雨が降り始め、やがて雷鳴と電光に襲われたので、家路に着いた。
夜明け方、源氏がうとうとしたかと思うと、「なぜ王様が召しているのにあちらへ来ないのか」と言い、人間の姿でない者が歩き回る夢を見た。覚めた時、海の龍王に憑りつかれたか と恐ろしくなり、この家にいることが耐えられなくなった。
本帖の歌と漢詩
oooooooooo
雲近く 飛びかふ鶴(タヅ゙)も 空にみよ
われは春日の 曇りなき身ぞ (光源氏)
(大意) 雲の近くを飛びかっている鶴(→雲上人)よ、宮人も、はっきりと照覧あれ、私は春の日のようにいささかも疚(ヤマ)しいところのない身なのだ。
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<漢詩>
訴說潔白 潔白を訴說(ソセツ)する [上声七麌韻]
雲近飛鶴呀, 雲近く飛翔する鶴よ,
宮人応考究。 宮人(ミヤビト)も 応(マサ)に考究すべし。
吾身若春陽, 吾が身 春陽(シュンヨウ)の若(ゴト)くにして,
潔白毫無疚。 潔白(ケッパク) 毫(ゴウ)も疚(ヤマシ)さ無し。
[註] ○訴說:訴える; 〇呀:感嘆詞、よ; 〇宮人:官吏、雲居の宮人、雲上人; ○毫無:少しも……ない。
<現代語訳>
潔白を訴える
雲近くに飛び交う田鶴よ、雲居の宮人も しっかりと考えてみてくれよ。我が身は 春の日の如くに曇りなく、なんらやましいことはないのだ。
<簡体字およびピンイン>
訴說洁白 Sùshuō jiébái
云近飞鹤呀, Yún jìn fēi hè yā,
宫人应考究。 gōng rén yīng kǎojiù.
吾身若春阳, Wú shēn ruò chūnyáng.
洁白毫无疚。 jiébái háo wú jiù.
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三位中将は、過去を忍びつつ慰めの次の歌を残して去った。
たづかなき 雲井に独り 音をぞ鳴く
翔並べし 友を恋ひつつ (三位中将)
(大意) 鶴が鳴いている雲居で わたしは独りで泣いています、 かつて共に翼を並べた君を恋い慕いながら。
【井中蛙の雑録】
・十二帖 「須磨」での光源氏 26歳春~27歳春。
・*表示について:鶴(→雲上人)*は、和歌の技法の一つ寓意で、意味の上で
は、“鶴”が“雲上人”を示している。他の語についても同様。