愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題 443  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (五十帖 東屋)

2024-11-30 09:53:18 | 漢詩を読む

 中将の君は、現在、常陸守の夫人で、先夫・故八の宮との間の忘れ形見・浮舟がいる。常陸守には、亡き先妻との間に幾人かの子がある。

 常陸守の娘には、仲人を介して 左近少将との縁組が進められており、中将の君は浮舟を嫁がせようと目論む。しかし財産目当ての左近少将は、浮舟が常陸守の実子でないと知ると、話を一方的に破断した。

 中将の君は、二条院を訪ね、匂宮の奥・中の君に浮舟の後見を頼んだ。浮舟の容貌、また性質や物の言いようも姉・大君に怪しいほどよく似ており、ともに父・八の宮似である。偶々、薫が二条院を訪ねると、中の君が「この頃はあの人、そっとこの家に来ています」と浮舟のことを仄めかすと、薫は、冗談交じりの次の歌を詠み、中の君も歌を返す:

  見し人の かたしろならば 身に添えて

    恋しき瀬々の なでものにせん   (薫)       

 浮舟は、薫にとって、儚い水の泡と争って流れる撫で物でしかないと、素っ気なく帰って行った。一方、中将の君は、薫を目にして理想的な貴人であると好感を抱く。翌朝、中将の君は、薫の事も含め、一切の判断をお任せしますと中の君に姫君を託して帰る。

 中将の君は帰り際、御所から帰った匂宮とすれ違う。匂宮は、誰であろうと疑念を持ったまま、夫人の居間に入り休んだ。夕方、匂宮は、縁側を歩いている時、襖子の空き間から見慣れない美しい娘を認め、誰何する。

 浮舟は、恐怖から返答できず、取り込められるが、乳母が体を張って防御する。中将の君は、乳母から事の次第を聞き、兼ねて用意していた三条の家に浮舟を移す。

 薫は、秋、御堂の完成を機に宇治の山荘へ行き、弁の尼から姫君・浮舟が三条にいることを知らされる。薫は自ら三条を訪ね、何とか姫君の居室に入り、契りを結ぶ。翌朝、未明に車を用意させ、姫君を抱いて乗せ、宇治に向かった。姫君は、今後、どう遇されるか不安を覚えつつも、山中の途は陰気であったが、山荘の眺めは晴れ晴れしかった。 

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

見し人の 形代(カタシロ)ならば身に添へて 恋しき瀬々の 撫で物にせむ 

 [註] 〇形代:身代わり、禊用の人形、心霊の代わり; 〇瀬々:多くの瀬、折々          に; 〇撫で物:禊や祈祷の折りなどに、身代わりに用いる人形や衣服。それで        体を撫でて、災いなどを移した後、水に流す、形代。

  (大意)亡き大君の形代ならば、いつも身の側において、恋しく思う折々にその思          いを移して流す撫で物にしましょう。

 xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 大君替身         大君の替身(ミガワリ)   [下平声十一尤韻] 

從教是形代, 從教(ママヨ) 形代(ミガワリ)であるなら、

唯願在旁留。 唯(タ)だ願う 旁(カタワラ)に留(トド)めおくを。  

臨時起懷恋, 懷恋(コイシイオモイ)の起こる時に臨み,  

載此放河流。 此に載(ノ)せて 河流に放(ハナ)たん。

 [註] 〇替身:身代わり、形代; ○從教:ままよ、さもあらばあれ; 〇懷恋:恋           しくおもう; 〇此:これ、ここでは、“替身”を指す。

<現代語訳> 

  大君の身代わり

さもあれ、大君の形代であるというなら、

唯に身の側に留めおきたい。

恋しい思いが起こるときいつでも、

この身代わりに 思いを載せて 河の流れに流そう。

<簡体字およびピンイン> 

  大君替身    Dàjūn tìshēn   

从教是形代, Cóng jiāo shì xíngdài,   

唯愿在旁留。 wéi yuàn zài páng liú.    

临时起怀恋, Línshí qǐ huáiliàn,  

载此放河流。 zài cǐ fàng hé liú.    

ooooooooo   

  中の君の返歌は次のようである。薫の歌から伺える薫の浮舟に対する想いは、恋の対象ではなく、大君への思いを祓うための身代わり雛でしかないようである。その点を、中の君は、次の返歌で指摘しているようです。

  御禊川(ミソギガワ) 瀬々にいださむ 撫で物を 

   身に添ふかげと たれか頼まむ

  (大意)御禊川の瀬々に流し出す撫で物というなら いつまでも側に置いておく              と誰が期待しましょうか。

 

【井中蛙の雑録】

○五十帖 薫: 26歳秋。

 

 

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閑話休題 442  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十九帖 宿木)

2024-11-25 09:33:40 | 漢詩を読む

今上帝の春宮時に、最初に上がった女御・藤壺、その姫・女二の宮が十四歳となり、裳着の式の準備を進めている。その矢先、母女御が亡くなる。帝は、後見人もいない女二の宮を心に掛け、薫に託したい旨告げる。薫は、宇治の大君が忘れられず気が進まないながら承諾する。

一方、夕霧は、娘の六の君を匂宮と縁組ませることにした。中の君はそれを聞き、後見人のない自分は見捨てられるであろうと悩む。中の君は懐妊し体調の悪い状態が続くが、経験に乏しい匂宮はそれに気づかず、中の君は心さびしい日々が続く。

薫は、中の君を匂宮へ嫁がせたことを今さらながら後悔する。薫は、庭へ降りて朝露を帯びた朝顔を摘み取り、中の君に会いに二条院に向かう。偶々、匂宮は、参内中で留守であった。薫は、持ってきた朝顔の花を扇に載せて見ていたが、そのうちに白い朝顔は赤みを帯び、美しい色に変わったので、御簾の中へ静かに差し入れ、中の君に差し上げつつ、詠った:

  よそえてぞ 見るべかりける 白露の 

    契りかおきし 朝顔の花  (薫)    

中の君は、ひと言低い声を発した後、口をつぐんでしまった。やがて中の君は、薫に「京に来て住んでいますが、宇治の山荘に行けるようにしてもらえないか」と相談するが、薫は諫めるのであった。

匂宮は、六の君と結婚、その美しさの虜になり、中の君を訪れる機会が遠くなる。薫は、相談相手となり、慰めてくれるのであったが、しだいに中の君への情を募らせていく。ある夜、薫は思いを打ち明けて近づくが、懐妊の身であることを知り、自制した。薫の思いを煩わしく思う中の君は、薫の気持ちをそらそうとして、亡き大君に似た異母妹の浮舟がいることを薫に話した。

翌年二月、中の君は無事男児を出産。薫は権大納言兼右大臣に昇進し、女二の宮と結婚した。四月下旬、宇治を訪ねた薫は偶然、初瀬詣での帰路に宇治の邸に立ち寄った浮舟一行と出会い、垣間見た浮舟が亡き大君に似ていることに驚き、尼の弁の君に交際の仲立ちを願い出る。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

よそえてぞ 見るべかりける 白露の 契りかおきし 朝顔の花 

  [註] 〇よそえる:なぞらえる、ことよせる;

  (大意) 貴女(中の君)を自分のものにしておくべきでした、

   白露(中の君)を妻にと推奨していた朝顔の花(今は亡き大君)。      

 xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

  後悔           後悔(コウカイ)        [下平声六麻韻] 

悟該將君娶, 悟る 君を娶(メト)る該(ベキ)であったと, 

如今彼我賒。 如今(コンニチ) 彼我(ヒガ) 賒(ハルカ)なる。 

姐說予可得, 姐(アネ)は說く 予(ワレ)が得る可(ベ)しと,

可愛喇叭花。 可愛い喇叭花(アサガオノハナ)。 

  [註]〇將:…を; ○彼我:お互い、あの人と私; 〇賒:遠

  い; 〇姐:大君、朝顔の花。

<現代語訳> 

  後悔 

今にして中の君を娶っておくべきであった と悟るも、

今日 お互い遥かな存在となった。

姉・大君は私が得るべきと説いていた、 

可愛い朝顔の花(大君)。

<簡体字およびピンイン> 

 后悔           Hòuhuǐ 

悟该将君娶, Wù gāi jiāng jūn qǔ,        

如今彼我。 rújīn bǐ wǒ shē.     

姐说予可得, Jiě shuō yú kě dé,

可爱喇叭花。 kě'ài lǎbāhuā.   

ooooooooo                                                                                                                                     

薫は、朝顔の花を、特に注意して携えて来たのでもないのに、よく露も落とさずに来たものである と思いつつ、中の君が眺め入っているうちに見る見る花は萎んでいく:

  消えぬまに 枯れぬる花の はかなさに 

    おくるる露は 猶ぞまされる(「何にかかれる」(露の命ぞ))  (中の君)  

(大意)露(中の君)の消えず残っている間に、枯れてしまう花(大君)のはかなさより                           も、後に残る露はもっと儚いことです。(何を頼りに生きれば良いでしょうか、露の命よ)。

 

【井中蛙の雑録】

○四十九帖・ 薫:25歳春~26歳夏。

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閑話休題 441  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十八帖 早蕨)

2024-11-20 10:06:22 | 漢詩を読む

 宇治の里にも春が巡ってきた。父・八の宮、姉・大君ともに亡くなり、中の君はなお悲嘆に暮れている。そんな折、父の法師・阿闍梨から例年通り、蕨や土筆(ツクシ)が届けられる。阿闍梨の心づくしをこの春は、誰に見せようか、と中の君は涙するのである。

 薫は、匂宮の御殿を訪ね、宮が愛している梅の花の枝を少し折り、手にして宮に逢う。宮はうれしく思いながら、次の歌を薫に贈る:

   折る人の 心に通う 花なれや

     色にはいでず 下ににほえる  (匂宮)

 薫は、困ったことだと歌を返すが、仲のよい貴人二人の冗談ながら散らす恋の火花模様でもある。匂宮は、宇治通いが困難のため、二月上旬、中の君を京へ迎えようと決心する。

 薫は、中の宮の上京の準備に心を配る。中の宮の出発前日、薫は宇治を訪ね、心の中では匂宮に中の君を譲ったことを悔いていた。中の君は、尼になり、宇治に残る弁の君と別れを惜しみ、後悔しつつも上京する。宵過ぎに着いた二条院で匂宮は、ご自身で車から夫人を抱き下ろした。

 陽春の花盛りのころ、薫は、二条院の匂宮を訪ね、語り合った。夕刻、匂宮が参内する頃、中の君の居所を訪ね、今や御簾越しの、取次を使った対話であった。周りの女房たち、また奥から顔を出した匂宮も、あれほど親身になって世話された薫に他人行儀ではないかと、対面の会話を促す。

 とは言え、薫には下心があるのでは との匂宮の嫉妬心も感じられ、中の君は、薫、匂宮の心持を煩わしく思っているのであった。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

折る人の 心に通う 花なれや 

  色にはいでず 下ににほえる  (匂宮)

   (大意) 手折る人の心と通じあっている花なのか、外見には出

    ないが、下に匂っている [顔には出してないが、内心では

    中の君を思っているようだ]。  

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

  祕懐    祕めた懐(オモ)い   [上平声一東韻] 

看花和折者, 看るに 花 和(ト)折りし者(ヒト), 

心意若相通。 心意(ココロ) 相通(アイツウズ)るが若(ゴト)し。 

外観思不顕, 外観(ソトミ) 思い顕(アラワレ)ず, 

胸裏像似烘。 胸の裏(ウチ)には烘(ヤ)くに像似(ニ)る。 

<現代語訳> 

  秘めたる想い

看(ミ)るに 花と花を折った人は、

心に通じ合うところがあるようだ。

見掛けには思いを表に顕わしていないが、

胸の内には、燃える想いを秘めているようだ。

<簡体字およびピンイン> 

  秘怀        Mì huái

看花和折者, Kàn huā hé zhé zhě,   

心意若相通。 xīnyì ruò xiāngtōng

外观思不显, Wàiguān sī bù xiǎn,   

胸裏像似烘。 xiōnglǐ xiàng sì hōng.  

ooooooooo                                                                                                                       

  薫は、ふざけるように「中の君は、私が貰っておけばよかったのですね」との意をこめて、次の歌を返している:

  見る人に かごと寄せける 花の枝を

    心してこそ 折るべかりけれ 

   (大意)ただ見ているだけなのに言いがかりをつけられる

    ようでしたなら、花の枝は心して折るべきでした。

 

【井中蛙の雑録】

○四十八帖・[早蕨]の薫 25歳春。

 

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閑話休題 440 漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十七帖 総角)

2024-11-15 09:52:22 | 漢詩を読む

八月、八の宮の一周忌に当たって、宇治では薫と阿闍梨がその仕度に関わっている。二人の姫君は、仏前にたく香飾りの組紐の結び(総角、アゲマキ)を編んでいる。御簾の端から総角の房を目にした薫は、“紐結び”に掛けて、恋心を次の歌に託して大君に訴えた。 

     総角に長き契りを結びこめ

    同じ所に縒(ヨ)りもあはなん   (薫)

大君は、うるさいと思いながらも返歌する。ただ大君は、妹・中の君には人並みの幸福を得させたいと考え、むしろ中の君を薫君へ と考えているふうである。姉君は、中の君の麗容な姿を眺めているだけで人生の悲しみもみな忘れてしまうほどであった。良人に幻滅を覚えさせることはあるまいと、親身に妹君を思う姉であった。

喪が明けて、薫は待ちきれぬ心で宇治へ行き、声を掛けるが、大君は、病と称して、薫に会おうとしない。薫は、弁の君に相談、大君の寝室へ薫を導く手はずを整えた。弁の君の手引きで、両姫君の寝所に忍び入るが、気配を察した大君は、静かに起きて、中の君を残して帳台を出る。

大君でないことを悟ったが、分別のできた薫は、中の君を可憐な人と相手を見るだけで、語り明かした。薫は、以後、両姫君ともに、妻として望まないことにすると心を決めた。

一方、匂の宮は中の君に求婚しており、薫と弁の君の画策により、両者の結婚は成功します。しかし結婚後、匂の宮は、母・明石の中宮に諫められ、宇治から足が遠のく。さらに匂の宮には夕霧の六の君との縁談話のある事を聞き、大君は絶望し、病は重くなる。

十一月、病に伏している大君は、阿闍梨が、薫との話で、父君が成仏できずに苦しんでいるという夢を見たと聞く。父君の成仏の妨げさえしていると、大君は、自責の念から重体に陥り、薫に看取られながらこの世を去る。匂の宮は母君を漸く説得、中の君を京に引き取る許しを得ることが出来た。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

総角に 長き契りを 結びこめ 同じ所に 縒(ヨ)りもあはなん 

   [註] 〇総角:アゲマキ、揚巻の別名; 〇縒る:よる、ねじりあわせる、

    (大意)総角結びの中に紐がしっかりと縒り結ばれているように、あなたと私が             末永く寄り添えるようになりたいものだ。 

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

 求婚                   求婚     [下平声一先韻]

应知総角妍, 应(マサ)に知るべし 総角(アゲマキ) 妍(ケン)なるを, 

紐整緊緊編。 紐 整(トトノ)い 緊緊(キンキン)と編む。 

願倆携長久, 願(ネガ)う 倆(フタリ) 携えて長久に, 

相依保固緣。 相依(ヨリソ)い 固い緣(エニシ)を保たんことを。 

     [註] 〇妍:巧みである、美しい; 〇緊緊:ぴったりとしている; 〇倆:二              人:〇相依:寄り添う。 

<現代語訳> 

  プロポーズ 

総角(アゲマキ)の結びは 巧みで非常に美しく、

紐がよく整いしっかりと編まれていることがよくわかる。

願わくは この総角の結びの如くに、二人は幾久しく合い携えて、

寄り添い、固い縁を保って行きたいものです。

<簡体字およびピンイン> 

 求婚                Qiúhūn

应知总角妍, Yīng zhī zǒngjiǎo yán,   

纽整紧紧编。 niǔ zhěng jǐn jǐn biān

愿俩携长久, Yuàn liǎ xié chángjiǔ, 

相依保固缘。 xiāngyī bǎo gù yuán.   

ooooooooo   

  大君の返歌:

貫きもあへず もろき涙の 玉の緒に ながき契りを いかが結ばん    (大君)

   (大意) 貫きとめることもできないような砕けやすい涙の玉の緒 -いつ死ぬかも分           からない私の命-ですのに、末長い契りなどどうして結ぶことができましょ               う。

 

【井中蛙の雑録】

○四十七帖・[総角]の薫 24歳秋~冬。

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閑話休題 439  漢詩で読む『源氏物語』の歌  (四十六帖 椎本)

2024-11-10 10:21:33 | 漢詩を読む

二月二十日過ぎ、匂宮は、長谷寺への参詣に赴き、中宿りとして宇治の夕霧(右大臣)の別荘に寄った。かねて薫から美しいと聞いていた姫君たちがいるからである。八の宮の山荘は、川を挟んで対岸にあり、船で渡れる所である。これを機に匂宮は姫君たちと文を交わすが、時々によそよそしい返事が貰えるだけであった。

秋、山寺に通っていた八の宮の体調が思わしくなく、帰宅できなくなり、そのまま阿闍梨が付き添って看護していた。八月二十日頃、夜中に亡くなられた。薫も訃報を承け、弔問の品々を贈った。

八の宮は、生前、薫に娘たちの後見を頼み、薫も快諾しており、更に出来るなら薫を娘の婿にしたいと希望しつつも、彼にはその気がないらしいと思っていた。一方、薫は、折に触れ、大君に恋情を訴えつつも、強引に訴えるのではなく、自然に自分への愛を相手が覚えてくれるのを待とうと考えている。

匂宮は、どうしても姫君達への恋を遂げたいという熱意を持っていた。八の宮の四十九日の忌も済み、悲しみも緩和する筈であると思い、時雨の日の夕方、宇治へ文を送った、次の歌を添えて:

  牡鹿なく 秋の山里 いかならむ 

    小萩が露の かかる夕暮れ   (匂宮)

文を届けた使いの者から、「今晩のうちにお返事を……」と促されて、大君は、中の君に返事を書くよう指示するが、中の君が書きかねているので結局、大君が返事を書いた。姫君が匂宮へ返す文は、その都度書き手が変わるようで、いつも遠い所に立つ者の態度を変えないのを、匂宮は飽き足らず思うのである。

薫は、やはり対方に愛情が生まれるまでは力ずくがましい結婚はしたくないと思い、八の宮への情誼を重く考えることで姫君の心が動いてくるようにと願い、気長に考えるのであった。

 

本帖の歌と漢詩

ooooooooo     

牡鹿なく 秋の山里 いかならむ 小萩が露の かかる夕暮れ 

 (大意) 牡鹿が妻を求めて鳴く秋の山里で、如何お過ごしであろう

 か、小萩の露のこぼれかかるこうした夕暮れに。  

xxxxxxxxxxx   

<漢詩>   

     问候信    问候(アイサツ)の信(タヨリ)       [下平声五歌韻] 

求友秋山里、 友を求めて 秋山里で、

呦呦牡鹿頗。 呦呦(ヨウヨウ)と牡鹿が啼く頗(ハナハダ)し。

泫泫小萩露, 泫泫(ゲンゲン)たり小萩の露,

黃昏尓如何。 黃昏 尓(ナンジ)や 如何 (イカン)。

        [註]○呦呦:シカの鳴き声; 〇頗:甚だし; 〇泫泫:水が

    流れ滴るさま; 〇小萩:歌中の語をそのまま用いた、

    中国語“萩”は“カワラヨモギ”で、日本語の“萩”の中国名は

    “胡枝子”、異なる植物である。       

<現代語訳> 

  ご機嫌を伺う

秋の山里では、友を求めて、

メエメエ牡鹿の啼くこと甚だし。

小萩の葉では露がこぼれかかる、

この夕暮時 あなたは如何お過ごしであろうか。

<簡体字およびピンイン> 

  问候信        Wènhòu xìn

求友秋山里、 Qiú yǒu qiū shān li, 

呦呦牡鹿颇。  yōuyōu mǔlù .   

泫泫小萩露,  Xuàn xuàn xiǎoqiū lù, 

黄昏尓如何。  huánghūn ěr rú.  

 ooooooooo   

 匂宮の歌に対して、大君は、いつものように中の君に返事を書く

よう勧めた。中の君は、情けなく時と言うものが経ってしまった

ではないか と思うと、急に涙が湧いて「やっぱり私は書けません」

と泣き萎れた。大君が書くのであった:

  涙のみ 霧ふたがれる 山里は

    まがきに鹿ぞもろ声になく  (大君)

   (大意) 涙ばかりです、霧に塞がっている山里で、籬に鹿

    (姫君達)は声を合わせて泣いております。

 

【井中蛙の雑録】

○四十六帖・[椎が本]の薫 23歳春~24歳夏。 

○題名“椎が本”とは? 

 “椎の木”は、釈迦“入滅の木”とされる“沙羅双樹”?。 ここでは、八の宮が“修行の際に座していた”椎の張られた台座”、さらには尊敬していた“八の宮”を指す。

 

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