著者の立川談春さんは、言わずと知れた立川談志師匠のお弟子さん、その前座時代のエピソードを綴ったエッセイです。
談春さん本人の失敗談・苦労談はもちろん、兄弟弟子連中をネタにした取って置きの話もこれでもかと紹介されていますが、やはり期待どおりの談志師匠に纏わる話も満載です。
その中で、(失礼ながら)ちょっと私が意外に思ったのが、談志師匠の「弟子の育成」に対する取り組み姿勢でした。
(p69より引用) 後年、酔った談志は云った。
「あのなあ、師匠なんてものは、誉めてやるぐらいしか弟子にしてやれることはないのかもしれん、と思うことがあるんだ」
お辞儀の仕方、扇子の置き方、話始めるときの視線の向け先・・・、そして、一話ずつ、談春さんへの談志師匠の稽古はとても丁寧でした。
(p73より引用) 現在の自分がこのエピソードを振り返って感じる立川談志の凄さは、次の一点に尽きる。
相手の進歩に合わせながら教える。
見事なまでに“真っ当な姿勢”です。
さらに、談春さんたち前座4人が「二ツ目」試験に合格したとき、談志師匠が彼らに語ったお祝いの台詞の一節も振るっていました。
(p202より引用) いいか、談志のところでニツ目になったということは、他のニツ目とはモノが違うんだ。それはブライドを持っていい。これからお前達は世の中へ向かって落語を語り込んでゆくんだ。決して落語だけを愛する観客達の趣味の対象になるんじゃねェ。
ちなみに、先の「稽古」の話が後の「柳家小さん師匠」とのエピソードにつながっていきます。
真打昇進試験を兼ねた会のゲストとして小さん師匠を招いたときでした。
(p278より引用) 「今日は何の根多を演るんだ」
「蒟蒻問答です」
「そうか」
と云うと、小さん師匠は、いきなり蒟蒻問答を演りはじめた。一席終わると、大事な部分をもう一度演ってくれる。そして最後にもう一度、頭から演ってくれた。
心底驚いた。隣で花緑もビックリしている。まさか小さん師匠から稽古をつけてもらえるとは思わなかった。
そしてもうひとつ驚いたことがあった。 稽古の仕方、進め方が談志とそっくりだったのである。小さんが談志に教えたものを、同じ教え方で談春は教わってたんだ。
談春の芸には間違いなく、柳家小さんの血が流れていたんだ…。
そう実感できたら、何故かたまらなくなった。
わざわざ面白いネタを探さなくても、日々の前座暮らしの中に飛び切りの話題が山積していたとはいえ、それなりの文才がなければ一冊の本に整えることは一筋縄ではいかないでしょう。
立川流を旗揚げした談志師匠の心意気と、それに心酔した談春さんたち若き弟子たちの劇画のような暮らしざまが、怒涛のごとくに伝わってくるエッセイでした。