以前、コールセンタシステムの構築プロジェクトでご一緒させていただいたアクセンチュアの方が紹介されていたので読んでみました。
まず、プロローグにおいて著者の問題意識が明確に示されています。それは日本企業の衰退の要因を「人材」という面から改めて考察することであり、そのための視点を以下のように語っています。
(p23より引用) 現代的な意味で、人間が生み出すことを求められている付加価値とは何で、またそれを生み出す「労働」とは何で、それらと企業の利益の関係はどうなっているのかを理解する必要がある。
ひと昔前、製品力、すなわち先進的な技術力と高品質・低価格の生産能力を強みに世界市場を席巻していた日本企業も、今では、多くの企業がその座から滑り落ち、生産設備の縮小等により有能な技術者が相次ぐリストラの波に飲まれています。そういったリストラ対象となった生産技術のスペシャリストの方々の中には、こう語る方も少なくなかったそうです。
(p47より引用) 私が、売れないモノを高品質で製造しても意味ないじゃないですかと言うと、リストラ対象者の方々に、「酒井さん、それを言っちゃおしまいだ」などと言われてしまう。「それを言っちゃおしまいだ」では、そもそも最初から終わっている。・・・生産工程での努力は肝心の「売れるモノ」があった上での話である。
この最大のポイントである「売れるモノ」もまた以前とは大きく変化してきています。今日、生産工程における品質管理方法のベストプラクティスは世界的にも広く行き渡り、この工程での差異化はほとんどなくなりました。現在の売り物は、企画・開発工程で創造される「設計情報」です。
(p71より引用) 設計情報のような「価値をつくりだす」ことが、先進国では労働の多くを占めている。知識や情報を活用した、いわば「情報創造労働」が、先進国で働く人達の実質的な労働なのだ。それは同時に、先進国の企業活動そのものでもある。
iphoneの背後の刻印“Designed by Apple in California Assembled in China”がまさにその動きを象徴しています。
さて、そうなると「情報創造労働」の担い手は誰かということになります。こういった「設計情報」を創り出す強力なリーダーシップを持つ人が重要になってくるのです。
(p83より引用) 設計情報の質で稼ぐ先進国の企業では、こうした設計情報を生み出す能力を持った個人の能力と、彼らを生かすシステムが決定的に重要になっている。言い換えれば、そうした個人、すなわち「タレント(才能ある人材)」と、タレントを見出し、組織的に彼らを生かす仕組みをどうつくるのかが、現在の企業における最重要課題だということである。
本書のタイトルにもある「タレント」の登場です。
(p86より引用) タレントは、プロフェッショナルやスペシャリスト達を使って、「質的に異なる意味のある新しい何か」を生み出す人である。
こういった「情報創造」を担うタレントはMBAホルダーでもなければ経営学の専門家でもありません。
(p189より引用) MBAのプログラムでは、・・・設計情報の創造やノウハウ創造のような、知的資産をいかにしてつくりだすかというプロセスについては一切教えていない。その代わり、他人のつくった資産や天然資源のような有形の資産を評価したり売買したりといったことが教えられている。
従来の経営学においては、商品やサービスの「開発フェーズ」はほとんどスコープ外だったし、またそういった「創造」的能力を教育によって開発するという方法論自体も全く確立されていないというのが現状だとの認識です。本田宗一郎やSteve JobsがMBA教育から生まれるかといわれれば、確かにそれは無理でしょう。
著者はこの「タレントマネジメント」の失敗企業の例として、出井伸之社長以降のソニーを挙げています。
(p205より引用) 無形資産を生み出す、タレントを中心としたビジネスでは、評価能力のない人材がトップになると、簡単に価値を創造するメカニズムが壊れてしまう。タレントをタレントの生み出す価値をリードできないからである。
往年のソニーはタレントによる「情報創造企業」で、Appleのお手本でもありました。その点では、タレントマネジメントは日本発祥であったともいえます。ただ、残念ながらそのタレントマネジメントは経営学の中で体系として整理されなかったと著者は嘆じています。それは本来、日本の大学の役割のひとつのはずでした。
(p205より引用) 日本の大学は、もっぱら欧米の大学でつくられた、アイデアやフレームワークを輸入して広めてきただけである。本書の言い方では、「転写型」の仕事をしてきた。翻訳転写型と言ってもよいかもしれない。
現代の情報化されたネット社会では「転写」には何の付加価値もなくなっているのです。
ソニーとは逆に「タレントマネジメント」の成功企業だと著者が捉えているのがトヨタです。
トヨタといえば「トヨタ生産方式」が有名ですが、この力が発揮されるのじゃ「売れるモノ」ができた後のプロセスにおいてです。トヨタの凄さはその前工程である「(売れるモノの)開発」すなわち「設計情報創造フェーズ」においてもその基が制度化されていたのです。それはまさにタレント活用の仕組みでした。
(p211より引用) トヨタでは、60年以上前に、長谷川龍雄氏を中心として、タレントを見出し活用する仕組みが導入され、制度化されていた。それが主査制度(現在のチーフエンジニア制度)である。
主査は、開発される製品に対する全責任を負います。
(p262より引用) トヨタの主査制度は「タレント(才能ある人材)を中心として価値を生み出す仕組み」だからである。・・・
トヨタのような大企業では、会社が主査に、資金も人材も設備も提供する仕組みが取られている。・・・つまり、会社がファンドしているのである。主査のビジネスに、会社が、人材とお金とさまざまな設備を提供しているとも言える。
トヨタでの主査はビジネスクリエーターです。製造工程において大野耐一氏の“トヨタ生産方式”が生んだ資金を、開発工程を預かる長谷川龍雄氏の“主査制度”に投資し拡大再生産していくという循環プロセスが、現在においてもしっかり機能しているのが“設計情報創造企業”としての「トヨタの強み」の源泉なのです。
(p212より引用) 定型労働工程で節約した費用を、創造的知識労働に投資してきたわけだ。
この主査制度を確立した長谷川氏は、主査の要件として「10か条」を記しています。その中で特に私が興味深く読んだのが、第九条でした。
(p226より引用) 第九条 主査は、要領よく立ちまわってはならない。
なるほどですね。とても含蓄のある言葉だと思います。
さて、本書ですが、確かに紹介いただいたアクセンチュアの方の指摘のとおり、とても示唆に富む内容でした。冒頭、紹介されている著者が勤務していたという研究所の様子をはじめとして、本書で触れられている多くのシーンに“既視感”を感じたせいもありますが・・・。