OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

タイプI (モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか(ダニエル・ピンク))

2011-06-29 23:03:39 | 本と雑誌

 第2部では、〈モチベーション3.0〉の3つの要素を解説しています。「自律性」「マスタリー(熟達)」「目的」の3つです。

 著者は、第1部の後半で2つの行動様式を紹介していますが、そのうち〈モチベーション3.0〉における行動様式を「タイプI」と名づけました。

(p116より引用) タイプIの行動は、外部からの欲求よりも内部からの欲求をエネルギー源とする。活動によって得られる外的な報酬よりも、むしろ活動そのものから生じる満足感と結びついている。

 このタイプIの行動の中心には、「自律性」「自主決定性」という人間に本来的に備わっている能力があるといいます。
 この「自律性」というコンセプトは、〈モチベーション3.0〉の3つ要素のうちではとりわけ重要です。報酬よりもモチベーションを湧かせる仕組みに必須の要素が「自律性」です。

(p136より引用)タイプIの行動は、この四つのT課題(Task)、時間(Time)、手法(Technique)、チーム(Team)-に関して自律性を得たときに現れる。

 「何をするのか」「いつするのか」「どのようなやり方でするのか」「誰と一緒にするのか」、これら仕事を進めるにあたっての4つの側面を、自らの意思でコントロールし得たとき、人は報酬に勝る内部からの充実感・満足感を得るとの考え方です。

 さて、本書は、人を、〈モチベーション3.0〉すなわちタイプIの行動に導くための種々の具体的方法を「ツールキット」として紹介しています。
 その中の参考文献から、私の興味を惹いたものを覚えに書き留めておきます。

(p255より引用) 「固定的なマインドセット」の人は、自分の才能は石に刻まれたかのごとく変わることがない、と考える。「発展的なマインドセット」の人は、自分の才能は開発できると考える。固定的なマインドセットは、あらゆる経験を「自らの能力を試す試練」とみなす。一方、発展的マインドセットは同じ経験を「向上する機会」とみなす。

 Mindset : The New Psychology of Success(邦訳『「やればできる!」の研究』草思社)に記されたスタンフォード大学教授ドゥエックのメッセージです。もちろん「発展的マインドセット」で行きようというアドバイスです。

 最後に、本書を通読しての私の印象。本書で示されている著者の処方箋ですが、そのまま旧態の日本企業に適応するにはかなりの調整・工夫が必要だと感じますね。
 すぐに処方できるような状況の企業は、すでに、モチベーション2.5ぐらいにOSはバージョンアップしているはずです。多くの企業は、バージョンアップしようにも、CPUやメモリのパワー不足の状態なのです。


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〈モチベーション2.0〉の弊害 (モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか(ダニ

2011-06-26 11:02:56 | 本と雑誌

 話題の本なので手にとってみました。

 著者の主張の基本的な骨格は「動機づけ」の類型化です。それを、コンピュータのOSに準えてヴァージョンで分類しています。

  • 〈モチベーション1.0〉…生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOS
  • 〈モチベーション2.0〉…アメとムチ=信賞必罰に基づく与えられた動機づけによるOS
  • 〈モチベーション3.0〉…自分の内面から湧き出る「やる気!=ドライブ!」に基づくOS

 本書の第一部では、主として〈モチベーション2.0〉の問題点を考察しています。

(p60より引用) 〈モチベーション2.0〉は三点の互換性の問題を抱えている。第一に、新たなビジネスモデルの多くが、現在の事業形態とは一致していない。なぜなら今日、わたしたちは外発的に動機づけられた利益を最大化しようとしているだけではない。内発的に動機づけられた目的も最大化しようとしているからだ。次に、〈モチベーション2.0〉は、21世紀の経済学が考える人間の行動と一致しない。・・・最後に、おそらくもっとも重要な点は、〈モチベーション2.0〉は現代の仕事の大半と相容れない。

 〈モチベーション2.0〉はルーティン業務には適していても、現代のクリエイティブな業務には適応できないというのです。
 さらに、著者は、業務不適合にとどまらず、中長期的成果という点においては積極的に悪影響を与えているとも論じています。

(p68より引用) 行動科学の有力な教科書にあるように、「人は、他人の意欲をかき立てて行動を促し、そこから利益を得ようとして報酬を用いるが、かえって活動に対する内発的動機づけを失わせるという、意図せぬ隠された代償を払う場合が多い」。
 これは、社会科学の分野において、もっとも揺るぎない発見であり、同時に、もっともないがしろにされている発見でもある。

 この点は行動科学という学問レベルでは確立した考え方であるにもかかわらず、現代の実ビジネスの世界ではこの研究成果を実マネジメントに十分に生かしきれていないのが現状にあります。すなわち、未だに報酬に代表される〈モチベーション2.0〉アメとムチによる動機づけが主流をなしているという主張です。

(p75より引用) 思考の明晰化と創造性の向上を意図したはずのインセンティブが、かえって思考を混乱させ、創造性を鈍らせたのだ。・・・報酬には本来、焦点を狭める性質が備わっている。解決への道筋がはっきりしている場合には、この性質は役立つ。・・・だが、「交換条件つき」の動機づけは、・・・発想が問われる課題には、まったく向いていない。

 「報酬」は、思考を過度に集中させます。目先の利益に囚われてしまい広い視野で柔軟に考えることを妨げるのです。

 さて、ここまでの前半は、ダン・アリエリーの「予想どおりに不合理」からの引用等「行動経済学」の紹介部分が多く、少々冗長な感は否めません。
 とはいえ、以下のまとめでの指摘は、改めて確認すべき重要なポイントですね。

(p93より引用) 【アメとムチの致命的な7つの欠陥】
1.内発的動機づけを失わせる。
2.かえって成果が上がらなくなる。
3.創造性を蝕む。
4.好ましい言動への意欲を失わせる。
5.ごまかしや近道、倫理に反する行為を助長する。
6.依存性がある。
7.短絡的思考を助長する。

 適切な「動機づけ」の方法を選択するためには、その対象業務の内容をともに、それに携わる人のタイプを見極めることが肝になるようです。


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不動心 (松井 秀喜)

2011-06-25 12:04:43 | 本と雑誌

 たまたま通勤電車内で読む本が途切れたとき、何か軽めのものはないかと会社の寄贈書籍の棚を探していて見つけた本です。

 著者はニューヨークヤンキース(当時)の松井秀喜選手。2007年の発刊ですから、まだ現役バリバリのころです。

 本書は、松井選手の物事に対する思考法、構えのようなものを自らの体験を踏まえて語ったものですが、上梓のきっかけのひとつには、松井選手の連続試合出場を途切れさせることとなった怪我があるのだと思います。2006年5月11日、守備でスライディングキャッチを試みた際、左手首を骨折するという大怪我を負いました。そのショックからどうやって立ち直ったのか、もちろん、この怪我以外にも、松井選手自身あまりオープンにしていない数々のエピソードが紹介されています。

 そういった様々な苦境に陥っても、松井選手は、振り返らず前に進み続けます。

(p65より引用) 悔しさは胸にしまっておきます。そうしないと、次も失敗する可能性が高くなってしまうからです。コントロールできない過去よりも、変えていける未来にかけます。
 そう思っていなければ、失敗とは付き合っていけません。

 「人間万事塞翁が馬」、この故事成語を松井選手は、運命を受け入れる諦観として捉えるのではなく、次(将来)のための努力の基として活かしています。この将来志向の姿勢は、松井選手のプレーの真摯さにも繋がっていくのです。

(p81より引用) セカンドゴロを打ってしまったとき、「ああっ、しまった」と思います。しかし、僕は全力で走ります。歯を食いしばって一塁へ向かいます。・・・
 全力プレーを続けることで、この世でもっともコントロール不能な「人の心」を動かしたいと思います。「松井も頑張っているんだから・・・」と。

 さて、本書、一種求道者的な雰囲気を持ちマスコミに対してもあまり多くを語らない松井選手の著作なだけに、内容についてはそれなりに期待するものがありました。ただ、正直なところ、人生訓的な観点からは、これはという目新しい発見はありませんでしたね。
 言い方を変えれば、当然のこと、真っ当な考え方を、松井選手は愚直に地道に実践してきたということなのだと思います。


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ビッグボーイの生涯―五島昇その人 (城山 三郎)

2011-06-24 23:44:31 | 本と雑誌

Tokyu50502  東急グループの総帥五島昇氏の評伝です。

 昇氏の父慶太氏は、運輸官僚から実業界へ転進、強引な事業拡大で「大東急」を作り上げた豪傑でした。その長男である昇氏は、紆余曲折はあったものの東急の二代目社長として頭角を現し始めました。

 社内外には坊ちゃん・暗愚といった評判もある中、昇氏は、父慶太氏の死後、集団指導体制を否定し自らをトップにしたリーダシップの発揮を宣言します。とはいえ、全く他人の意見を聞かないというわけではありません。むしろ、決断は自分で、それまでの過程では先達の声を謙虚に傾聴するという姿勢をとっていました。

 それら先達のアドバイスから、昇氏に決定的な影響を与えたものをいくつかご紹介します。その先達たちの多くは、慶太氏との親交が深かった大物事業家でした。

 まずは、慶太氏の葬儀後、正力松太郎氏を訪ねたとき。

(p74より引用) そのとき正力氏は、せきこむようにして昇に言った。
「昇君、いちばん大事なことは人に相談するなよ

 もう一人、父の葬儀後に訪ねた人、東急のメインバンク三菱銀行の元頭取加藤武男氏の言葉。

(p75より引用) 「切るものは切る。伸ばすものは伸ばす。そうすれば三菱は全面的に支援しよう」

  この言葉で昇氏は踏ん切りがついたといいます。父慶太氏が幅広く拡張した事業群を、「運輸・交通業」と「地域開発事業」に絞り込むとことを決断したのでした。
 後に、第14代日本商工会議所会頭に就任したときも、昇氏は同じやり方を踏襲しました。

(p192より引用) 「自分なりに仕事をやらなければどうにもなりませんから、自分でやれることとやれないことをまず整理して、やれないことは思い切ってかたづけてしまう。やっぱりトップに立ったらそれをやらないと、みんながついてこられないんじゃないですか」・・・
 昇独特の撤退または休戦の哲学である。

 また、昇氏の経営スタイルには、堅実さとやんちゃさが同居していました。特に、「やんちゃさ」が目立ったのが、昇氏の積極的な環太平洋展開でした。
 この調整に尽力したのが大番頭の田中勇氏。本田宗一郎氏に藤沢武男氏という片腕がいたように、五島昇はこの田中氏という全幅の信頼をおいていたようです。

 他方、「堅実さ」という面では、昇氏は王道経営を貫徹しました。

(p170より引用) 「王道を歩め」とは、昇が言い続けてきたことであった。・・・
何も一番でなくて、万年二位を狙っていくんだ。東急グループの仕事で業界一というのはない、それでいいんだよ」・・・
「業界トップ」とか「全国展開」などということより、企業にとってもっと大切なことがある、というのである。
「心のこもったサービスが事業を左右する時代になった」

 この言葉は、昇の不動産開発事業の展開方法にも現れていました。まず、地元重視、そのためには10年、20年というスパンで事業展開を考えていたのです。


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信念 (随感録(浜口 雄幸))

2011-06-19 10:00:47 | 本と雑誌

Hamaguchi_osachi_2  第一次世界大戦後、益々意気上がる軍部の軍拡要求に対しロンドン海軍軍縮条約を締結、日本経済がデフレの真っ只中、金本位制への転換を推進・・・、特に不況下に執った緊縮財政政策の評価は必ずしもよいものではありませんでしたが、自らの政治信条に基づき、重要な決定を正面突破で断行した浜口氏の決断力には特筆すべきものがあります。

 その決断力を支えていたのが、浜口氏の「信念」です。

(p102より引用) 余が今日迄の地位に在って、常に重要なる国務を処理するに当って、一番必要なる資格と痛感せるものは、・・・判断の力と、・・・意志の力、即ち此の二者を引っくるめて言えば、確固たる信念である。而かも此の信念は唯の我武者流の内容空虚なる信念ではいかぬ。内容の充実したる信念でなくてはならぬ。此の信念がありてこそ始めて、退いては人言に惑わず、進んでは所信を遂行することが出来るのである。

 本書には、数多くの箴言・金言が散りばめられています。その中から、いかにも修養・努力の人である浜口氏らしい言葉をいくつか書き留めておきます。

 まずは、桂太郎氏の憶う章から、桂氏の談話を受けて。

(p126より引用) 偉人は凡人の修養の結晶物であり、大業は其の偉人の努力の結晶物である。

 もうひとつ、昭和5年11月14日、東京駅での遭難の際。

(p150より引用) 11月14日の朝、東京駅の「プラットフォーム」で「ピシン」とやられた時、「殺ったな」「殺られるには少し早いな」と云う感じが電光の如く閃いた。

 「殺られるには少し早いな」、この思いの根底にあったものを、浜口氏はこう語っています。

(p150より引用) 之は決して未練ではない。・・・余の責任がまだ解除されて居ないから「まだ早いな」と云う感じが起ったのである。

 自らの責務を果たし切れていないとの思い、偽らざる気持ちだったのでしょう。浜口氏はこうも述懐しています。

(p151より引用) いずれ凡夫の余のことであるから「生に対する執着」が暗々裡に働いて居ったのかも知れぬが、少くともそんな自覚は秋毫もなかったことを断言し得るのである。

 まさに浜口氏は謹厳実直な人でした。

 最後に、本書を読んで、浜口氏について調べていたときの発見。遥か昔所属していた部署のトップの方は、浜口氏のお孫さんに当たられる方でした。その方は、「ライオン」との印象は全くなく、祖父浜口氏と同じく大蔵官僚のご出身でしたが、いかにもgentleman、とても温厚な方でした。


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本は読むべし、本に読まるるなかれ (随感録(浜口 雄幸))

2011-06-18 09:25:46 | 本と雑誌

Kuuya_2  本書には、政治に関する随感のほか、浜口雄幸氏の人となりを垣間見ることのできる興味深いエピソードや言葉が豊富に紹介されています。

 たとえば、浜口氏による自己分析。自身について、「余と趣味道楽」の項でこう語っています。

(p51より引用) 余は生来極めて平凡な人間である。唯幸にして余は余自身の誠に平凡な人間であることをよく承知して居った。平凡な人間が平凡なことをして居ったのでは此の世に於て平凡以下の事しか為し得ぬこと極めて明瞭である。修養と努力とは、自覚したる平凡人の全生活であらねばならぬ。故に余は日常生活の実際に於て心の閑暇を持つことが少かった。

 決して「平凡」だとは思いませんが、自らが謙虚にそう思い、それを起点にして精進・修養された姿はとても刺激になります。

 もうひとつ、「読書」についての浜口氏の考え方。これもまた、いかにも浜口氏という風情の至極率直また明晰な論旨です。

(p84より引用) 余は実際一向に書を読まぬ、友人の誰よりも読書の分量が少ないのであろうと思うのである。・・・余の流儀は、多読濫読を排して、精選したる書物を成るべく少く読むが宜しいと云う流儀であったからである。

 浜口氏は、読書の価値を「判断力の養成」に置いています。

(p85より引用) 判断力の養成には自分の頭脳を論理的に組織しなければならぬ。頭脳の論理化には少数の書籍を精読消化するに限る・・・宜しく第一流の権威者・・・の、しかも力作と称せらるるものを厳選して精読し、十分に消化するを可とする。

 二流三流の著作の多読濫読は「本に読まれている」だけで何の益もないというのです。
 さらに、浜口氏はこう続けます。

(p88より引用) 今一つ言うべきことがある。書を読め、而して思索せよ。書を読んで思索せずんば散漫に陥り易く、思索して書を読まずんば空想に陥り易い。

 私は決して多読速読主義ではありませんが、しばしば「読むこと」が目的化していると感じることがあります。著者と相対する姿勢を忘れてしまうことがあります。大いに反省です。


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命懸け (随感録(浜口 雄幸))

2011-06-18 00:21:52 | 本と雑誌

Hamaguchi_osachi  浜口雄幸(1870年5月1日-1931年8月26日)、「ライオン宰相」と呼ばれ、大正から昭和初期の激動期に大蔵官僚・蔵相・首相と数々の重職を勤めた政治家です。

 一国の指導者の器が本当に小さくなってしまった今日、銃弾に撃たれながらも「男子の本懐」と語った覚悟に、改めて、重く尊い気概を感じます。

 本書は、その浜口雄幸氏の自伝であり遺稿集です。
 巻頭の「自序」にはこういう言葉があります。

(p3より引用) 題目を選ぶ時には、主として、修学時代の学生の精神修養上の一端ともなろうかと思わるるものを選んだ積りである。従って、極めて幼稚にして、意義に乏しいものが多く、直接国家に貢献する所は極めて尠少であろうと思う。尤も、中には、成学の士、特に世上の政治家の一読を煩わしたいと思うものがないでもない。此等の人士にとって、処世上万一の参考ともなれば非常なる仕合である。

 ここにある「学生向け」のメッセージとして代表的なものを、「青年時の回顧」と題した項からまずご紹介します。

(p29より引用) 世の中には、大志を抱きながら殆ど何等の努力を為さずして、自己の性癖のままに振舞うものが尠からず見受けられる。殊に近時の学生に至っては、その弊が最も甚しいのではないかと思う。
 要するに、余は、修養こそは人物を創造する唯一の途であると信ずるのである。

 我が身を省みても、学生に止まらず広く人たるものに向けた言葉です。真摯に受け止めるべき浜口氏の信念だと思います。

 ところで、巻頭において浜口氏は、政治に関する話題は他の歴史家に譲ると記しています。が、やはり、本書のそこここに政治・政界の回想が登場します。
 たとえば、第三次桂内閣総辞職以降の二大政党制の黎明期、浜口氏が在野にあったころの言葉です。

(p35より引用) 妥協又は情意投合政治の別名を有する官僚政治は、茲に終焉を告げて、二大政党対立に依る責任ある政党政治の発達がこれから始まらなければならぬ。

 当時も官僚主導 vs 政治主導の確執があったようです。ただ、浜口氏の考えは、健全な二大政党制の機能を政治主導の要件と見ているように思います。そういう理想を追求する姿勢も含め、浜口氏は、自らの確固たる政治哲学に従った真っ直ぐな政治家でした。

(p54より引用) 余が一つも趣味道楽を持たぬ所から人は言う、政治は浜口に唯一の趣味道楽であると。余謂えらく、政治が趣味道楽であってたまるものか、凡そ政治程真剣なものはない、命懸けでやるべきものである。

 さらに、こう続けます。

(p54より引用) 苟も政治は趣味道楽であると言う思想が一片たりとも政治家や国民の頭脳に存在する以上は、それが戯談でない限り一国の政治の腐敗するのは寧ろ当然である。・・・世間或はこんな謬見を懐いて唯趣味道楽の為に政治を玩んで居るものがないとも限らぬと思うから、特に一言を費す次第である。

 浜口氏の火を噴くような想いが伝わってきます。
 「政治は命懸け」、この言葉は昨今の政治家の口からも発せられます。が、浜口氏の断固たる構えと比較すると、その覚悟の真剣さには天と地ほどの差があります。
 将に今、浜口氏が叫ぶ言葉の重さ・尊さを思い返すべきだと思います。


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カンディード 他五篇 (ヴォルテール)

2011-06-11 09:46:05 | 本と雑誌

Voltaire_2  ご存知のとおり、本書の著者であるヴォルテール(Voltaire, 1694-1778)はフランスの代表的啓蒙思想家です。とはいえ、ヴォルテールの著作は、恥ずかしながら今回初めて手にしてみました。

 本書には、表題作の「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」の他、5つの著作(コント)が収録されています。それぞれがヴォルテールの主張の表明・思索遍歴の開陳であり、その表現は、当時の社会・思想界の有り様を前提にした風刺的な描写によっています。

 風刺という点では、当時の社会常識や庶民感情等が理解できていないと、その隠された意味をつかむことはできません。が、こういう、分かりやすいくだりもありました。
 「ミクロメガス―哲学的物語」の一節、ミクロメガスが地上の人々に「霊魂とは何か」を問いました。

(p40より引用) 哲学者たちは、・・・みな一斉に話したが、意見はどれもまちまちだった。最古老の男はアリストテレスを引き合いに出し、もう一人はデカルトの名を口にし、こっちではマルブランシュの名を、向こうではライプニツやロックの名を挙げるといった有様だった。

 そして、アリストテレスを引いた逍遙学派の老人の説明に対するやりとりが続きます。

(p41より引用) 「・・・なぜ」と、シリウス星人はふたたび言った。「アリストテレスとやらをギリシア語で引用するのですか」
 「それというのも」と、学者は抗弁した。「自分が少しも理解していないことは、自分にいちばん分からない言葉で適当に引用する必要があるからです

 これは当時の思想家・哲学者たちに対するかなり強烈な風刺(皮肉)ですね。

 さて、表題作の「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」。この中からも、いくつか私の印象に残った部分を書きとめておきます。

 まずは、当時の代表的な権力層であった「修道士」を取り上げた場面。カンディードが、理想国家エルドラードで「聖職者」について尋ねたとき、その国の老人からは「国民全員が聖職者だ」との答えが返ってきました。

(p356より引用) 「なんですって!、ここには修道士がいないのですか。教え、議論をし、支配し、陰謀を企み、そのうえ自分たちと意見の違う人びとを火あぶりにさせるあの修道士です」

 当時の世相が髣髴とされますね。

 また、ヴォルテールは、物語の中で登場人物の口を借りて、自分の対立者の評価も語っています。当時のヴォルテールの論敵であったガブリエル・ゴーシャ師を指しているといわれるくだりです。

(p391より引用) 「・・・良識にもとる著作は山ほどありますが、それを全部合わせても神学博士ゴーシャの良識のなさには遠く及びません。・・・」

 と、これはストレートでかなり辛辣な言葉です。

 この物語の中でカンディードは、彼の哲学の師であるパングロスから、予定調和に基づく「ライプニツの最善説」を教え込まれ、その考え方の正しさを信じ続けていました。カンディードの波乱万丈、数々の苦難に満ちた旅は、その正しさを追究する過程でもありました。
 その結末近くにこういうくだりがあります。

(p452より引用) パングロスは、自分がいつもひどい目に遭ってきたことは認めたものの、ひとたび万事はこのうえなく順調だと主張したからには、相も変わらずそう主張していた。そのくせ少しも自説を信じていないのだった。

 「この世に存在する悪は神の善性と矛盾しない」「すべては最善の状態にある」と説く最善説の放棄・否定であり、哲学者の本性に対する皮肉でもあります。

 最後に本書ですが、思ったより読みやすかったですね。
 哲学的な含意も豊富に盛り込まれているのでしょうが、そのあたり、残念ながら、私の知識では十分に判読はできませんでした。ただ、「ミクロメガス―哲学的物語」はSF小説のようでしたし、「ザディーグまたは運命―東洋の物語」や「カンディードまたは最善説(オプティミスム)」は、長大な冒険譚のようでもありました。
 ある種、私にとってはワクワクを感じる意外性のある読み物でした。


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いいね! フェイスブック (野本 響子)

2011-06-05 09:52:53 | 本と雑誌

Facebook  会社の同僚の方から紹介された本です。

 私もちょっと前からfacebookを利用し始めました。
 このところtwitterよりこちらの方に軸足が移ってきましたね。twitterは気が向いたときの「受信専用」になりつつあります。SNSとしては、mixiやGREEにも登録していますが、そちらは完全に開店休業状態です。

 ただ、facebookに登録してみたものの使い方が今ひとつよくわからない、そういう感覚は私ももっています。本書は、facebookの機能・使用方法を網羅的に分かりやすく説明しているので、facebook初心者にとってはかなり参考になると思います。

 たとえば、この手のSNSを利用するに際して気になる「プライバシー・セキュリティ」に関しては、こういったコメントも書かれています。

(p86より引用) フェイスブックには、様々なアプリがあり、いろいろな会社が開発・公開している。・・・
 ただし、フェイスブックは、すべてのアプリケーションを監視したりチェックしたりはしていない。なかには勝手に個人情報を使って友達にメッセージを送りつけてしまうスパムまがいのものもある。また、アプリケーションの多くが個人情報を利用して動作しようとするので、プライバシーが漏れる心配もある。

 このプライバシーの問題は、甘く見ることはできません。

(p98より引用) フェイスブックの規約では、ユーザーは投稿した写真や動画などのコンテンツを「非限定的、譲渡可能、サブライセンス可能、使用料なしの、全世界を対象としたライセンス」をフェイスブックに付与するものとしている。

 登録事項や投稿内容の使われようによってではありますが、この無条件に諸権利をfacebookに委ねる許諾が意味するところの影響は、広範かつ甚大です。

 著者は、facebookは「新たなインターネットのインフラ」たらんことを目指していると記しています。

(p210より引用) グーグル上の情報は誰でも検索できるが、フェイスブックの情報のなかにはグーグルでは検索できないものがある。ここにグーグルに対するフェイスブックの強みがある。

 この点と前出のプライバシーに関する規約で利用可能な個人情報とが綜合されると、facebookは、googleを凌駕する「深く濃い顧客インサイト」を保持することになります。

 facebookの利用者は、facebookと上手に付き合い、うまく利用しなくてはなりません。facebookは新たなコミュニケーションの生み出してくれるとても魅力的なサービスですが、享受するメリットに匹敵するリスクの存在を意識することが益々重要になってきます。


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江戸時代のロビンソン―七つの漂流譚 (岩尾 龍太郎)

2011-06-03 23:21:25 | 本と雑誌

Sengokubune  漂流物語といえば、ダニエル・ デフォーの「ロビンソン・クルーソー」やジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」が有名ですね。
 日本においても、江戸時代を中心に、数々の実際の漂流経験の記録が残されています。ただ、それらは幕府や藩の公式記録として収集・保存されたのではありませんでした。「鎖国」という環境下、漂流から生還した人々やその事実はむしろ秘匿されていたのです。

 本書は、それら江戸期の記録の中から7つのケースを選び出し、その漂流譚を紹介したものです。
 漂流者たちは、強烈な生命力で極限生活を耐え抜きました。そこには、常軌を逸した大胆な行動もあれば、極限状況の中での理性的行動もありました。

 その中からひとつ、17世紀「日州船漂落紀事」に記された薩摩民の経験譚です。
 彼らは鹿児島の山川を出帆した後遭難し、八丈島鳥島に漂着しました。当時の鳥島はアホウドリの楽園でした。

(p70より引用) 「大鳥を殺し、くらふはいと易けれ、これまでかの鳥の落餌をむざぼり、餓ゑをしのぎければ、仮令餓死するとも、この鳥をくふことなし。僉一同に盟ひて、一隻の殺さず。・・・」

 飢餓に耐え、飢餓を越える理性。私からみると、正直、信じがたいほどの自制意識・禁欲精神の発揮だと思います。著者は、彼らの精神力に感嘆するとともに、アホウドリを捕食するという生存のための選択肢を敢えて消したことが、島からの自力脱出という生還への努力に向かわせる高度なサバイバル技法であったと指摘しています。

 本書は、このような「無人島漂着編」のほか、もう一章「異国漂着編」で構成されています。

後半の異国漂着編からもひとつご紹介します。
 ボルネオに漂着後、異国人に捕らえられ奴隷としての生活、その後中国を巡り帰還した博多唐泊の孫太郎のケース。彼の9年間に及ぶ漂流・異国経験の仔細を記した「南海紀聞」から、帰還後の孫太郎の思いを語ったくだりです。

(p206より引用) 「よの中は唐も倭も同じ事、外国の浦々も、衣類と顔の様子は替れども、かはらぬ物は心也」(『華夷九年録』)

 望むことなく強いられた異国での暮らし、その艱難辛苦を乗り越えた体験からの真実の言葉です。

 以前、大黒屋光太夫を主人公にして描いた井上靖氏の「おろしや国酔夢譚」を読みましたが、同じ漂流物でもテイストは大きく異なります。
 本書は、当時の「漂流記録」を渉猟した原典の紹介が軸になっている分、ストーリーテラーとしては稚拙な点は否めません。しかしながら、それが故、かえって、より泥臭いリアリティを感じます。もちろん、井上氏の作品も内容は濃密です。さらに、本格的な小説だけに筋書きの面白さ・人物描写の厚さという点では素晴らしいものがありました。


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味を訪ねて (吉村 昭)

2011-06-01 22:19:39 | 本と雑誌

 吉村氏は、旅行に出るときには必ず、以前訪れたことのある飲食店等が記された住所録をカバンにいれていくそうです。その住所録におさめられている店は、「旨くて安い」というのが条件だといいます。
 本書は、そういう吉村氏の「食べ物」をテーマにしたエッセイ集です。

 まずは、「食べ歩き」についての吉村氏の持論です。

(p34より引用) 食通と言われている人は、美味な物を食べるためには金に糸目をつけぬという。・・・食通の人は、美味な食物を口にする時、必ずといっていいほど厳しい表情をする。・・・
 そのような人にくらべると、私は、食通になることはあり得ないことに気づく。・・・第一、うまい物を口にできた時、私は、ただ嬉しくて笑うだけなのだ。
 ただし、それがいかにうまい物でも値段が高ければ喜んではいられない。私の場合、食物には金に糸目をつけるのである。
 私にとって、うまいとは、安いわりに……という条件が必要になる。

 そうですね、やはり「こんな値段でいいの!」という驚きは大事だと思います。
 私も(恥ずかしながら)食べ歩きのときには「値段」もそれなりに気にします。もちろん、「折角だから今日は贅沢を」ということもありますが・・・、その場合は、美味であることはもちろん、その時期、その土地、その店ならではというちょっとした「こだわり」を求めますね。

 もうひとつ、吉村氏流の「食物の随筆」の楽しみ方について語っているくだりから。

(p152より引用) 随筆に甚だうまいものがあると書かれたものを食べてみて、うまくない場合がしばしばある。裏切られたような気がする、という人もいるが、私は、そうは思わない。味覚は人さまざまで、そこが面白いのである。

 「美味しい」と感じる根っこには、その人が生まれた以降の食習慣からの慣れがあると吉村氏は考えています。それ故に、(吉村氏にとっては不評ではありますが、)九州の「おきゅうと」、東北の「ほや」などは、その地方の人にとっての「美味」なのだろうというのです。

 さて、吉村氏の旅の目的は、多くの場合作品の取材です。とはいえ、もちろんプライベートの旅行もあります。そのときの楽しみは「食」ですが、それだけではないようです。たとえば、吉村氏お気に入りの旅行先、岩手県の田野畑村の場合。

(p60より引用) しかし、食べ物がうまいだけで毎夏行く気にはなれない。村の人の情の美しさに接したいから、自然に足を向けるのである。

 吉村氏の作品のひとつ、「三陸海岸大津波」は、この田野畑村への訪問が創作のきっかけになったそうです。今回の大震災では田野畑村も被災されたとのこと、心からお見舞い申し上げます。


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