いつも聴いている茂木健一郎さんのpodcastの番組に著者の國分功一郎さんがゲスト出演していて、茂木さんと本書についてお話ししていました。
なかなか面白そうなやり取りだったので、ちょっと気になって手に取ってみました。(数年前に出版された本ですが、文庫化されて、近場の図書館ではいまだに10人以上の待ち行列でした)
数々の興味深い思索の解説がありましたが、それらの中から、私が関心を惹いて理解できたような感触を得たところをひとつ書き留めておきましょう。
それは、「人類の定住化と退屈との関係」について。
人類の “定住化” は約1万年前から食糧生産に先だって中緯度地方にて始まったとのことですが、國分さんは「定住によって人間は、退屈を回避する必要に迫られるようになった」と指摘しています。
遊動生活では移動のたびに新たな環境に適応すべく常に感覚を活性化させていました。
(p104より引用) だが、定住者がいつも見る変わらぬ風景は、感覚を刺激する力を次第に失っていく。人間はその優れた探索能力を発揮する場面を失っていく。だから定住者は、行き場をなくした己の探索能力を集中させ、大脳に適度な負荷をもたらす別の場面をもとめければならない。
そして、その人間の有り余る心理能力を吸収する装置や場面として「文明」が生起したと考えるのです。
さて、國分さんは、以降、マルクス、ルソー、ハイデッガーといった超有名な思想家の論考を取り上げつつ、「暇と退屈」をめぐる多様な思索を紹介していくのですが、正直、私の場合、かなり早い段階から國分さんの解説に頭がついていかなくなりました。
そして、その後はページのみが繰られていって、最後の「結論」の章のこういうくだりにたどり着いたという顛末です・・・。
(p409より引用) 世界には思考を強いる物や出来事があふれている。楽しむことを学び、思
考の強制を体験することで、人はそれを受け取ることができるようになる。〈人間であること〉を楽しむことで、〈動物になること〉を待ち構えることができるようになる。これが本書『暇と退屈の倫理学』の結論だ。
(p409より引用) さて、本書にとっての最初の問いは、どうしても退屈してしまう人間の生とどう向き合って生きていくかということだった。それに対し、〈人間であること〉を楽しみ、〈動物になること〉を待ち構えるという結論が導きだされた。
やっぱり駄目ですね。せっかくの國分さんの丁寧な解説をもってしても、私には、何も理解できませんでした。もう一度読み直さなくてはならないようです。
ただ、私の場合、そもそも思考する訓練が全くできていないので、何度読んでも理解には至らないかもしれません。ともかく、まずは「考える」ことができるようにならなくては、幾度となく “返り討ち” に会うだけでしょう。
しかし、このレベルの哲学書が「25万部突破のロングセラー(2022年度時点)」とのこと、私にとっては驚愕の事実ですね。
このところ気分転換に読んでいるミステリー小説は、全シリーズ読破にチャレンジしている内田康夫さんの “浅見光彦シリーズ” に偏っているのですが、時折は、ちょっと息抜きとして、今まであまり読んだことのない作家の方々の作品にトライしてみようと思っています。
今回は、いつも利用している図書館で目についた本です。
北海道が大好きな私にとって “旅情ミステリー” と小さく付記された「札幌時計台殺人事件」というタイトルは問答無用で気になりました。著者の木谷恭介さんは、内田康夫さんより7歳年上の作家で、たぶんその作品を読むのは初めてだと思います。
さて、ミステリー小説なのでネタバレになるとまずいので内容には触れませんが、読んでみると、典型的な「2時間ドラマの原作」のような印象でした。主人公のキャラクタ設定や謎解きで訪れる場所は、まさに絵になるテレビドラマ向けです。
私個人としては、本作の舞台となった札幌の街中や積丹半島は、私も何度か訪れて結構土地勘もあるところなので、懐かしさもあって、それなりには楽しめましたが、ミステリー作品としてのエンターテインメント性という点では “平均的” ですね。
いつも利用している図書館の新着本の棚で目についたので手に取ってみました。
著者の中森明夫さんは、コラムニストでアイドル評論家。
中森さんの書き物は雑誌等で目にしたことはありますが、一冊の本として読むのはたぶん初めてだと思います。
本書は中森さんの “得意ジャンル” である「日本のアイドルの半世紀」をたどったものですが、中森さんが私と同年代ということもあり、登場しているアイドルのみなさんは私も馴染みの方々だろうと期待して読み始めました。
予想どおり数々の興味深いエピソードの紹介がありました。
とはいえ、1971年の南沙織さんにはじまり、1980年代のアイドル全盛時代の話題には十分ついて行けたのですが、2000年代、2010年代と時を経るにつれてやはり無理でしたね。“大人数グループ乱立” のころからです。
そういう中で、私でも首肯できる中森さんのコメントを書き留めておきます。
“メディア環境の変化が生み出した新たなアイドル誕生” を指摘したくだりです。
(p194より引用) たとえば地方に住む、芸能プロダクションに所属しない1人の少女がいるとしよう。路上でライブをやって、スマホで動画を撮り、YouTubeにアップする。なんと、たった一人でアイドル活動が展開できるのだ。いつでも、どこでも、誰でもアイドルになれる。24時間、世界中に発信できる。これは大変なことだ。アイドルをめぐるメディア環境は、一変してしまった。
このインターネットのインパクトは絶大でした。「アイドルを目指して上京した」という前近代的なエピソードは雲散霧消してしまいましたね。
そして、今は “生成AI” の時代。
さて、リアルアイドルとバーチャルアイドルは、“代替” の関係でしょうか?それともどちらかが他方を “補完” するような関係になるでしょうか?やはり望むべくは、双方が両立して “相乗” 効果(シナジー)を発揮する姿を期待したいですね。
もう一か所。
中森さんは、何人ものアイドルがまだ世に出る前の “原石” だったころ、それを探し当てる場に何度か立ち会っています。「国民的美少女コンテスト」や「東宝シンデレラオーディション」などがそれです。選ぶ側も選ばれる側も “将来の姿” を見ています。
(p250より引用) アイドルを「推す」ということは、そう、未来を信じることなのだ。
このフレーズ、本書を締めくくるにはピッタリです。いいですね。
いつも聴いている大竹まことさんのpodcastの番組に著者の大森淳郎さんがゲスト出演していて、本書についてお話ししていました。
大森さんは長年NHKでディレクターとしてETV特集等を担当していた方です。
本書は、その大森さんが、NHK放送文化研究所の月刊誌「放送研究と調査」で連載した記事をまとめたもので、太平洋戦争当時、ラジオ放送に関わった「放送人」が何を考え、どう行動し、何をしなかったのかを貴重な証言や音源から顕かにしていくノンフィクション作品です。
紹介された数々の興味深いエピソードの中から、特に私の関心を惹いたものをいくつか書き留めておきましょう。
まずは、日本放送協会(1926年に設立された社団法人:1950年設立の現在のNHKの前身)のラジオ放送における「国策的ニュース編集のはじまり」。
(p35より引用) 日本放送協会報道部による同盟配信記事の書き換えは、単に“書き言葉”を“話し言葉”に変換するだけではなく、国策的効果をさらに高めることを目的として行われていた。それは、報道部員の自発的な「工夫」「努力」によるものであり、やりがいでもあった。
この目的に沿った軍とラジオ報道との連携は、「盧溝橋事件」で具体的に示されました。
(p50より引用) 盧溝橋事件を好機と捉え、全面戦争に突き進もうとする軍は、ラジオを積極的に利用しようとしていた。そして、ラジオニュースは客観性を装いながら、そういう軍に協力していた。・・・
停戦に向けた現地の努力を無視するかのように日中全面戦争へと突き進んでいった軍・政府の姿勢を正当化すること。それがラジオニュースの「国策的意義」だった。
こういう「国策」を支援する機能としてのラジオ放送も、当初は “報道” としての位置づけも持っていました。それが、1930年代初期満州事変勃発ごろから大きく変異していきます。
1932年に実施された「全国ラジオ調査(逓信省電務局)」も単なる聴取者の意見を聞くアンケート調査ではありませんでした。
「全国ラジオ調査」と「日本放送協会の機構改革」を主導した逓信省の田村謙治郎の言を大森さんはこうコメントしています。
(p184より引用) まがりなりにも報道機関であるはずのラジオから、何よりもまず「ジャーナリストの思想」が一掃されなければならないと言うのだ。「ジャーナリストの思想」とは何か、田村は説明していない。それが権力に抗してでも人々に事実を伝えることだとすれば、田村の言わんとするところは、ラジオが発信する情報は嘘でもデマでも構わない、ラジオは民衆を政治権力に「追随せしむる」ためにある、ということだ。そして民衆を「追随せしむる」ためには、ラジオが民衆の「要望に調和して」いるかのように見せなければならない。これこそが「全国ラヂオ調査」を逓信省が行った理由だった。
戦時下のラジオ放送は、戦況の報道のほかにも、こういった国民の教化・先導という役目も担っていました。むしろその役割が急速に強まっていったのです。
たとえば、日米開戦以降、“皇国民錬成上欠くべからざる教育のひとつ” と位置づけられた学校教育の場での「国民学校放送」。「三年生の時間」の例です。
(p264より引用) 「三年生の時間」の聴取例として挙げられているのは「音楽」の授業で、課題曲は「潜水艦」だった。東京放送管弦楽団の演奏を聴き、またそれに合わせて歌う授業で、「戦時下少国民の海事思想を鼓吹」することを目的とするものだった。
教師は、楽団の演奏を「全身を耳にして聞き入る」ように指導した。・・・聴取後には「波をけって、太平洋のまん中で米、英のにくい艦隊をやっつけている姿が頭に浮かんだ」「兵たいさん有難うといってもいいきれないほど有難い」などの感想があったという。
西本は「音楽のもつ感激性は、共に歌う者の心を融合して不知不識の中に全体的意識を昂揚し、国民的結合を強くするに至る」と音楽の重要性を強調しているが、それは例えばこのように具現化されていた。
「音楽」という芸術教科においてすらもこういった様子でした。
冷静にみれば誰もが異常だと思うような活動が、無批判にそれこそ本気で実施されていたという事実の重みは計り知れないものがあります。ちなみに、私の父母は開戦直後に国民学校の学徒でしたから、まさにこの世情の中で児童教育を受けていたんですね。
こういった “ラジオ放送” はアナウンサーにより伝えられていましたが、その語り口も太平洋戦争突入と同時に「淡々調」から「雄叫び調」に大きく転換しました。
1941年12月8日開戦の臨時ニュースを読んだ館野守男アナウンサーはこう語っています。
(p394より引用) アナウンサーが「宣伝者」として生まれ変わることが要求された。宣伝者たるには、第一に情熱の人でなければならない。アナウンスは人に訴え人を説得しようと云う劇しい強調の精神を持たなければならない。強調によって聴取者に訴え、情熱によって国民を捉え、其の感情を結集し、組織し、之を一定の方向 へ動員しなければならないのである。
アナウンスそれ自体が、国民を扇動し戦争に動員するための手段とされたのです。
しかし、こういった勇ましいラジオ放送も、隠蔽不可能なほどの戦況の悪化を受け、その役割も変化していきました。
(p432より引用) 戦局苛烈化に伴い国内の決戦体制は急速に確立され、一切を挙げて戦力増強に集結するよう着々と手が打たれているが、他面、(中略) ややもすれば陰鬱焦躁の気持ちが起こり、これが戦力増強に好ましからざる影響を与える虞れもあるので、放送は国民の慰安娯楽の機関として、国民の気持ちを明るく引き立て、明朗闊達な気持ちを盛り上げるように努めることが今日特に要請されている。
情報局はそれまで放送を「国策の周知徹底、国論の統一、国民精神の昂揚という大目標に向かってその全機能を発揮」するべき「政治機関」と位置づけてきたが、今度は「国民の慰安娯楽の機関」だというのだ。
虚構を流布するよりはましとは言いながらも、なんとも、ご都合主義的な方針転換でしょう。
もちろん、この明朗闊達な放送は、ただでさえ厭世気分漂う国民を鼓舞し、最後の戦意高揚を企図したものでした。
そして、ショッキングなことですが、
(p436より引用) ラジオは軍・政府の方針・施策を機械的に媒介する装置ではなく、もっと主体的なものであるという自負を強く持っていた。彼らが情報局の指針を実行するのは、そうするしかなかったからではない。そうすることが誇りであり、自らの存在理由だった。
ここでいう「彼ら」とは日本放送協会のラジオ制作関係者であり、アナウンサーたちでした。
そして、戦後、サンフランシスコ講和条約が発効した後も。
(p563より引用) 日本の政治権力は変わらなかった。放送への、とりわけ公共放送NHKへの影響力を保持しようとしてきた。そして、そういう権力に同調する勢力がNHKの内部に存在し続けたことも変わらなかったことである。すべての番組が政府協力の一線で統一されていなければならないと放送現場に通達した企画委員会の委員たちはその典型であろう。・・・彼らにとって、「公共放送」の意味するところは、戦前・戦中と変わってはいない。それは、政府と一体となった放送のことだ。
もちろん、NHK内部にも、こういった考えとは異なる「公共放送」の意味を主張する人間もいました。
解説委員室主管・中沢道夫さんは「放送の自由・覚書」と題する論考のなかでこう断じています。
(p564より引用) なるほど、NHKは、政府の政策を国民に徹底させることに協力すべき任務をも、もっている。しかし、それはNHKが政府の御用機関であることを意味しないことは言うまでもなかろう。政府に対する批判は 当然とりあげるべきものであり、政治的には公平でなければならない。NHKのこうした立場が尊重されるのでなかったならば、公共企業体としての生命と存在意義は、全く失われると言っても過言ではない。
今、2024年、少し前には「忖度」という言葉を世間の其処此処で耳にしました。
NHKに代表されるテレビ・ラジオはもとより、すべてのマスメディアの圧倒的な劣化が顕在化しているなか、本書で明らかにされた戦時下の報道・放送の実相が “デジャブ” として現れることがありませんように。
この大森さんの丹念な取材を積み上げた力作が、広く報道にかかわる人々にとって “メディアの矜持” を思い起す起爆剤となるよう、また、そういった健全なメディアの営みを底支えをすべき人々への気づきとなることを期待します。