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この方法で生きのびよ!―沈む船から脱出できる5つのルール (鈴木 博毅)

2015-12-27 21:48:57 | 本と雑誌

 レビュープラスというブックレビューサイトから献本していただいたので読んでみました。
 社会の変化に対応して企業として生き残るための方法を説いた内容ですから、そのテーマはビジネス書としては山ほど語られているものです。

  • 氷山1 「代替」=社会を一変する力
  • 氷山2 「新芽」=過去と決別した成果
  • 氷山3 「非常識」=変化に対応する思考
  • 氷山4 「拡散」=足枷を解放した効果
  • 氷山5 「増殖」=拡大を続ける構造

そのそれぞれに対して章を起こし、事象の解説とその対策を紹介しています。

 たとえば、「代替」の章での著者のコメントはこんな感じです。


(p64より引用) 発想のポイントのひとつは、「ほかの業界」「ほかの製品・サービス」の代替となれるか、という視点です。
 一般に伝統産業や歴史ある企業ほど「代替される側」にあることが多いものです。・・・
 生存できる範囲を切り取られたら、意識して今度は範囲を広げなければなりません。代替できるものを理由もなく残すほど、歴史も消費者も、甘く寛容ではないからです。


 このあたりのくだりは、この程度の指摘で止まっていては何のインパクトもありませんね。

 次の「新芽」の章では、大きなダメージを受けたあとの再生の力について論じていますが、ここでの著者は、なかなか面白い視点を開陳しています。
 ここでのキーワードは「resilience(レジリエンス)」、“復元力・弾力・衝撃を吸収し跳ね返す力”のことです。
 この「復元力」ですが、著者はこの本質について興味深い指摘を行っています。どん底からの回復は「以前にも増した自己の努力によるものではない」というのです。


(p96より引用) 能力を鍛えて才能を発揮するよりも、むしろ目標の形を変える力が飛躍の原動力になっているのです。
 これは、レジリエンスの本質を指摘するポイントです。・・・
 5年挑戦してダメなものは、6年目もうまくいかない
  ・・・
 「目標をあまりに固定した努力は、むしろ有害でレジリエンスを破壊する」
 復元力のサイクルを振り返るとき、目標を過度に固定した努力は、古く根腐れを起こした木に、いつまでも栄養分を水を与えるような行為だからです。


 方法を試行錯誤するのではなく「目標を試行錯誤する」、これは示唆に富んだちょっと気になるアドバイスですね。

 さて、本書を読み通しての感想です。
 内容はシンプルに5つの章で構成されていますが、それぞれの章の関連が並列でしかなく立体的な体系化に至っていませんし、例示で挙げられているいくつかのエピソードも月並みです。語り口が優しいので一見読みやすい印象は受けるのですが、著者の発するメッセージには厚みや鋭さが感じられないのです。“ビジネス現場の肌感覚”といったリアリティに立脚した説得力が希薄なんですね。正直なところ、かなり物足りなさが残ります。

 あと、蛇足ではありますが、編集や校正がいまひとつ。単純な誤植が目立ちますし、豊臣秀吉と黒田官兵衛のエピソードで、登場する高松城の所在を「四国」と記述しているあたり、もう少ししっかりチェックしておかないと、ビジネス書としての、また著者のコンサルタントとしての信頼感が薄れてしまう気がします。ちょっと残念です。
 

この方法で生きのびよ! ―沈む船から脱出できる5つのルール
鈴木博毅
経済界
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科学者は戦争で何をしたか (益川 敏英)

2015-12-20 22:34:54 | 本と雑誌

 著者の益川敏英氏は、2008年ノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者です。
 受賞時のインタビューに対するコメントを聞いたときからちょっと気になっていた方でしたが、この著作も大変興味いものです。取り上げているテーマの流れで極めて政治的なイシューにも言及していますが、そこには「科学者」であると同時に「市民(人)」としての立場からの氏の考えが開陳されています。

(p19より引用) 「科学者は科学者として学問を愛するより以前に、まず人間として人類を愛さなければならない」

 これは益川氏の恩師である理論物理学者坂田昌一氏による揮毫です。

 この「まず人間として」という精神が、「研究者は、自らの研究のもたらす功罪にもしっかり眼を向けるべき」という益川氏の主張につながっていきます。

(p27より引用) 自分の研究が社会でどんな役割を持つのか、悪用されるとすればどんな可能性が考えられるか、科学者ならばまずそのことを深く考えなければならない。社会に生きる人間として思考を停止してはいけない。そこのところを科学者は忘れてはいかんと思っています。

 こういった科学者の良心は、歴史を振り返ってみて幾度となく蔑ろにされてきました。「戦争」という特殊環境のときがそれです。

(p45より引用) 科学に国境はなくても、祖国が戦争に巻き込まれていけば、否応なく科学者たちは軍事目的のために駆り出され、愛国心を強いられることになるのです。率先して協力した研究者もいたでしょうが、自由に研究する環境を奪われ、葛藤を抱える研究者も多かったことでしょう。

 そういえば、まさに「ノーベル賞」は、自ら生み出した成果が「軍事目的に転用された」という科学者ノーベルの忸怩たる葛藤の中から生まれたものですね。

 この国家権力による拘束以外にも、最近では、広範な利害関係スキームの中で科学者は自らの役回りを位置づけられていきました。

(p78より引用) 科学が一般の人々の手から遠ざかり、研究者さえも巨大化した科学の行先が見えなくなってきている。その裏には巨大な資本が動いています。戦後、何が大きく変わったかと言えば、国家による強力な科学技術政策の推進もありましたが、何より顕著だったのは、科学研究に対するかつてない産業資本の投資と、その結果の商品化です。
 つまり、科学政策の中に市場原理が根深く入り込んできている。そのため、純粋な科学研究が市場原理に左右され、研究者たちがマネーゲームの中で翻弄されている、というのが今の実態です。

 世の中が「選択と集中」というある種効率化一辺倒の動きを呈している中で、選択され集中された「要素」からは、その用途や影響範囲という全体像が見えなくなってしまいました。したがって、科学者は、自ら手掛けた研究成果をその責任の範疇でコントロールすることが実際上は不可能になってきたのです。自らの意思とは無関係に、その研究成果は正邪様々な用途に使われてしまうのです。

 さて、本書を読み通しての感想です。
 益川氏は、本書にて、平和利用と軍事利用の「デュアルユース」の可能性を常に抱える科学研究の実際を踏まえ、その当事者たる「科学者」の“無関心”“無作為”の姿勢に大きな危惧を抱き、それに警鐘を鳴らし続けています。
 益川氏の立論は、極めて明確かつシンプルなので、その掘り下げ方という点では少なからず物足りなさを感じるところはあります。しかしながら、自らの信念を強く抱き、その信ずるところを目指して先頭に立って行動する姿は、決して否定されるものではないと思います。

 

科学者は戦争で何をしたか (集英社新書)
益川 敏英
集英社
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運は創るもの-私の履歴書 (似鳥 昭雄)

2015-12-13 23:45:57 | 本と雑誌

 以前から気になっていた「ニトリ」社長似鳥昭雄氏の「私の履歴書」が出版されたということで早速手に取ってみました。

 まずは、前書きで紹介された「奥様のことば」がとても印象的です。


(p3より引用) 家内からは「あなたは人が普通にできることはできないけど、人がやらないことはやるわね」とからかわれる。


 本書を読み進めると、まさにこの言葉どおりなのです。
 似鳥氏の幼いころの暮らしぶりや若き日の仕事ぶりは型破りでかなりセンセーショナルです。この刺激的なエピソードを紹介し始めると止めどもなくなってしまうので、それらは原書に譲ることとして、そのほか、(ノーマルなものの中で)私として強く印象に残った部分を書きとめておきます。

 まずは、ニトリの創業直後、経営に行き詰まり一念発起して参加した「米国視察」での似鳥氏の大きな転機についてです。


(p123より引用) 2号店の経営が思わしくなく、わらにもすがるような気持ちで参加した米国視察ツアーで、私は間違いなく覚醒した。米国のような豊かな生活を日本で実現したい。そのための企業を育てようという明確なロマンが芽生えたのだ。帰りの飛行機の中でこれからの自分の決意表明を決めて、実行することをメモ書きした。


 ここにおいて以降のニトリの経営における根本ビジョンが明確に固まったのでした。そして、具体的に60年後の実現を目標にし、前半の30年を10年ごとに区切って、それぞれの期間に「店作り」「人作り」「商品作り」に取り組むという計画を立てました。似鳥氏28歳のときでした。

 こういった長期的視点に立った経営を進めていくうえで、創業者社長であった似鳥氏は強力なリーダーシップを発揮していきましたが、当然、社内には意見の相異・対立が噴出しました。


(p204より引用) トップは長期的な視点で考える。オーナー経営であっても、社長業とは社員という「抵抗勢力」との闘いであると痛感している。・・・79年にホームファニシングをニトリの新業態に掲げたとき、社員から「家具屋でいいじゃないですか。なぜそんなわけの分からないことをやるのですか」と追及される。
 そこで、「家をコーディネートして楽しくするんだ」と答えても、社員たちは首をかしげる。


 こういった社長判断には失敗もありました。しかしながら、似鳥氏の目指すべき方向性にはブレはありませんでした。

 ニトリは、似鳥氏の経営思想そのものに数々のリスクテイクを梃子にして、見事に大きな発展を果たした企業です。
 その成功の要因の一つは「リスクを内在化させた」ことでした。似鳥氏はこう語ります。


(p258より引用) 手間のかかることは社内でやり、簡単なことは外に出す。仕事のプロを多くそろえる「多数精鋭主意」こそ成長に源泉だ。


 リスク要素を敢えて内在化させることにより、それらを自らの責任のもとに直接差配できるコントロール化におく、それにより、真の経営資源・ノウハウを自企業内に蓄積することを可能としていったのです。そして、その自前主義がニトリの底力として、持続的発展のエンジンとなったようです。

 私の嫌いな言葉に「選択と集中」というフレーズがあります。表層的な判断による「安易な選択」と「中途半端な集中」があまりにも目につくからですが、本書で開陳されている似鳥氏の経営哲学は、そういったステレオタイプの経営指南に対するとても興味深いアンチテーゼだと感じました。
 

運は創るもの ―私の履歴書
似鳥 昭雄
日本経済新聞出版社
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河合隼雄自伝:未来への記憶 (河合 隼雄)

2015-12-06 19:50:12 | 本と雑誌

 いつも行っている図書館の返却棚で目についたので手に取ってみました。
 文字どおり、日本を代表する心理学者河合隼雄氏の自伝です。

 本書では、丹波篠山での幼年時代から壮年期臨床心理学でその地歩を築くまでの河合氏の半生が、語り言葉そのままの軽やかな筆致で綴られています。
 そこで紹介されている数々のエピソードは、過度な装飾もなく、そのままの河合氏の人柄を映し出しています。その中で見えてくるものは、河合氏の「個々の人間の尊重」という姿勢です。ロールシャッハ研究に始まる臨床心理学への関心も、つまりはそこに端緒があります。


(p192より引用) そういうロールシャッハの一種の読みとき、解読ということがずっといまの仕事にも続いている、ということなのです。それはロールシャッハからユングにまでずっとつながっている。心理療法の背後に人間理解への努力があるのです。


 臨床家として「人の心」を大切にする河合氏の姿勢は、“他人を慮る”考え方につながりますし、そういう“他人を支える”仕事に従事する自己を厳しく律するという行動に表れるのです。

 たとえば、こんな瞬間がありました。
 スイスのユング研究所で、分析家になるための資格取得に取り組んでいたときのことです。資格取得のためには250時間以上の分析体験が必要でした。それには分析の対象者の協力が必要です。しかし、河合氏がアテをつけた分析対象者がさまざま理由で一人二人と辞退していったのです。


(p290より引用) それで、これはもう絶対にぼくがおかしい。ぼくの力がないからこういうことが起こっているんやから、他人の分析を始める前に、もうちょっとぼく自身の分析に専念したほうがいいんじゃないか、と思ったんです。


 これは、必ずしも河合氏の責の拠るものではなかったのですが、氏の決断はこうでした。
 このあたり、本書のあとがきに相当する小文で、息子の河合俊雄氏が、


(p394より引用) そのような河合隼雄の人生における数多くの不思議な転機で、意外と自分が主体的に決断していなくて、いつの間にか決まっていたり、他人の意見や行動の方が決定的であったりするのが興味深い。・・・
 しかし、何もかもが他人の言うままに、流れに任せて河合隼雄の人生が決まっていったのではなくて、時々はっきりした主体性が立ち上がるのも興味深い。


 と語っていますが、この場面もそういった河合氏の主体性が発揮されたものでしょう。

 さて、河合氏の著作は、以前、谷川俊太郎氏・立花隆氏らとの共著「読む力・聴く力」を読んだことはあるのですが、今度は、河合氏の専門の「ユング心理学」関係の本や、そういう学術基盤の流れの中での「昔話」や「神話」の解釈の本も読んでみたいですね。
 本書で語られた河合氏のとてもユニークな半生を辿ってみると、そういった心理学への興味が沸々と沸いてきます。
 

河合隼雄自伝: 未来への記憶 (新潮文庫)
河合 隼雄
新潮社
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