OMOI-KOMI - 我流の作法 -

For Ordinary Business People

加藤周一のこころを継ぐために (井上 ひさし 他)

2010-03-30 19:19:50 | 本と雑誌

 本書は、2008年12月に亡くなった加藤周一氏を悼んで開催された講演会「加藤周一の志をうけついで」での各氏のお話を中心に追加加筆したものです。
 登場するのは「九条の会」の面々です。

 その中から加藤氏の「人となり」を思い起こさせるくだりをいくつかご紹介します。

 加藤氏は病身であったこともあり徴兵を受けませんでした。しかし、周りの多くの友人たちは戦地に赴き帰らぬ人となりました。ここに、加藤氏の根源的な戦争反対の理由があります。井上ひさし氏は、こう紹介しています。

 
(p7より引用) なんの理由もなく、私の友人は戦争のために死んでしまった。
 私の友達を殺す理由、殺しを正当化するような理由をそう簡単に見つけることはできない。・・・
 ・・・自分の友だちを殺した理由を正当化するような戦争の理由を、加藤さんはまったく見つけることができない、と言うのですね。
 だから、戦争反対ということになるのです。

 
 「『命』と『戦争』とどちらが大切ですか」という明瞭かつ本質的な問いに対する加藤氏の生身の答えが示されています。

 もうひとつ、憲法学者奥平康弘氏が語る加藤氏の思い出と決意です。

 昨今、物事を単純な論理(基準?)で白黒をつけるという「わかりやすさの誘惑」があちらこちらで散見されています。この手の議論は、深く考えるという姿を野暮ったいものと言下に否定し、一見歯切れが良くスマートに見えます。
 こういった昨今の「自ら考えない風潮」「周りの空気に流される姿勢」に、加藤氏は大きな危惧をいだいていました。

 
(p30より引用) 加藤さんは、物事の正統性が、わかりやすいほうへ持っていかれ、奪われてしまうことを最も恐れたのではないかと思う。

 
 しかしながら、加藤氏は、劇団民藝による東京裁判を扱った木下順二の「審判」という劇を鑑賞した際、わずかながら希望を抱きました。それは、「この難しい劇を観に来ている人々がこんなにもたくさんいる」という事実をもってでした。

 
(p31より引用) こんなむずかしいものを、それとしてとらえようとする。だから、日本の将来はまんざらじゃないよ-、と。そう思っておられた加藤さんに、本当に満足してもらえるよう、私たちはわかりやすさに流されるべきではない、と思います。

 
 最後の砦は、「ひとりひとりの人間」です。これが、最後の希望でもあります。

 さて、本書、50ページ程度のブックレットですが、なかなか面白い話が数多く見受けられました。
 たとえば、作家の澤地久枝氏の話の中での「地方の元気」についてのくだりです。

 
(p38より引用) 東京は、そういう意味ではいちばん情報が乏しくて、現状からずれがちではないでしょうか。地方へ行くと本当に熱が高くて、こんなにも人と人とのネットワークが広がっているのかと、希望をもらって帰って来る。それはやはり、地方のマスメディアがちゃんと住民と向き合っているからではないでしょうか。

 
 東京ローカルメディアと地方メディアとを比較すると、確かに、地方メディアの方が面白い情報を発信していますね。また、何かに取り組んでいる人々の「平均的活性度」という点でも、地方の方により「熱さ」を感じますし、「ネットワークの緊密度」も強い気がします。「地方」というハンディを振り払おうとする意識のせいでしょうか。その点、平均値の肌感覚では「東京」は圧倒的に冷めた感じがします。

 もうひとつ、最後に、なるほどと感じた日本女子大教授成田龍一氏「加藤周一の読み方」についての指摘です。

 
(p44より引用) 状況を見据えながら、状況に向かって発言する加藤の言葉には、原則的な立場と論理とが脈打っています。論理に忠実なあまり、原理的になるのではなく、また逆にその時々の状況にのみ流されることなく、事態を見据え把握しています。この姿勢を学ぶことが、いま加藤周一を読むことの意味であり、このことこそが必要だと思うのです。

 
 この「原則的論理」と「状況」との双方を往還しながら「自らの立ち位置」を自立的に規定していくという方法は、常に意識したい姿勢ですね。
 
 

加藤周一のこころを継ぐために (岩波ブックレット) 加藤周一のこころを継ぐために (岩波ブックレット)
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情報の「目利き」になる! メディア・リテラシーを高めるQ&A (日垣 隆)

2010-03-28 19:28:06 | 本と雑誌

 会社の方からお借りした本です。
 日垣隆氏の著作は何冊か読んでいますが、本書は2002年の発行なのでちょっと前の本です。

 内容は、日垣氏が「メディア・リテラシー」をテーマに、読者からの様々な質問に対して一問一答形式で答えていくという体裁をとっています。

 まずは全部で20ある質問の中で、「公式サイトを開設した理由を教えてください」という学生からの問いに対する日垣氏の答えの一節をご紹介します。

 
(p59より引用) 個人サイトは、一言で言えば常に更新される巨大な「名刺」だというのが私の実感です。情報量が多くなればなるほど、他人様にとってより、むしろ自分にとって必要なデータベースが構築されていくのは、とても興味深い現象です。これはウェブサイトの本質かもしれません。

 
 この点、私自身、同様に感じるところがあります。
 私も数年前から、自分の読書の覚えを「ブログ」にアップしています(このブログがそうです)が、現時点でかれこれ500冊以上の読後感が蓄積されていることになります。
 ブログとして公開しているわけですから、基本は、当然、興味をもって訪れてくださる方々のためのサイトです。とはいえ、このくらいコンテンツが貯まってくると、訪問者のためという以上に、「私の外部記憶の一部」としての位置づけの方が大きくなっているという印象ですね。

 もうひとつ、質問&回答の例です。
 旅に出る目的について、実の娘さんからの質問に答えて。

 
(p179より引用) 自分が動いて未知や異質なものと遭遇したりしていると(つまり旅ですね)、それ以外にあまり努力をしなくても、ただ移動しているだけで、勝手にいろいろ「考え」が浮かんでくる。移動していれば、いやでも必ず現実にぶつかって、その「考え」を次々と検証できます。間違った仮説はすぐに、またはいずれ淘汰されていくわけです。

 
 日垣氏は、自分が抱いている「問題意識=仮説」について考え続けるために、「旅に出る」と語っています。旅は、「もっと深く、いろいろなことを広い視野で考えておきたい」という日垣氏の思いを具現化する方法でもあります。

 さて、本書でよく登場する「仮説」というコンセプトは、日垣氏にとって考える方法の肝の一つのようです。
 この「仮説設定」という方法は、日垣氏が紹介する「読書法」の中でも登場します。

 
 (p207より引用) 読書に関するノウハウにおいて肝要な第3の点は、仮説力です。・・・相手の土俵ではなく、できるだけ自分の土俵で読書する、というのは、とりもなおさず「大小の仮説を立てながら読む」ことだからです。

 
 ここでひとつ指摘しておきたいことは、日垣氏の場合、「仮説」を立てる段階においても「徹底した取材(情報収集)」がその苗床になっているということです。

 
(p186より引用) 直面したテーマで「納得できない」ことが一つでもあったら、とことん調べる。それが基本中の基本だと思います。

 
 「仮説設定」のフェーズでも「徹底した取材(情報収集)」を行いますし、「仮説検証」のフェーズでもやはり「徹底した取材(情報収集)」を行う・・・、こういう自らの手足と五感を駆使した「取得情報の希少性」がアウトプットの独創性を規定しています。
 私自身、日垣氏の主張すべてに与するものではありませんが、より「真実」に肉薄した「事実」に基づいて議論・評論する姿勢はとても重要だと考えています。
 
 

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フリーによる価値の転化 (フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略(クリス・アンダーソン))

2010-03-26 19:04:36 | 本と雑誌

 デジタル化により価格破壊が起き、さらに無料(フリー)のサービスが登場したことによって縮小・退出していったものはたくさんあります。
 その代表例が「百科事典」です。1セット1,000ドルを越す百科事典を全世界で大量に販売していたブリタニカは、1993年マイクロソフトがエンカルタという電子百科事典を99ドルで売り出したことにより大きな打撃を受けました。

 
(p174より引用) マイクロソフトは6億ドル以上も規模を小さくする市場で、1億ドルを売り上げました。・・・マイクロソフトは市場を縮小することでお金を稼いだのです。

 
 そして、現在は、無料のウィキぺディアが現れ、マイクロソフトはエンカルタの提供を打ち切りました。

 
(p174より引用) 現在のウィキペディアは巨大なうえに、無料で利用しやすく、ブリタニカよりも多くの人の生産性を上げている。だが、それは直接にお金を生まないだけでなく、ブリタニカの売上げを大きく奪った。つまり、直接収入という計測できる価値を縮小させて、私たちの集合知という計測できない価値を大きく増やしたのだ。
 これがフリーの成すことだ。十億ドル産業を百万ドル産業に変えてしまう。だが、見た目どおりに富が消滅するわけではなく、富は計測しにくい形で再配分されるのだ。

 
 「無料」にすることにより、より多数の人々が便益を享受できる、そして、その無料を実現するための「収入」は別の仕組みで確保するというモデルです。競合が無料化を武器に参入してきた市場のみを自社のビジネスドメインにしていた企業にとっては壊滅的です。

 さて、「フリー」のビジネスモデルでの難問は、この収入(あるいはお金に代わる何らかのメリット)の確保方法ですが、この点について著者は4つの類型に整理しています。

 
(p343より引用) フリーでないほかのものを販売し、そこからフリーを補填する「直接的内部相互補助」、第三者がスポンサーとしてお金を支払うけれど、多くの人々にはフリーとして提供される「三者間市場」、さらに、・・・「フリーミアム」という、フリーによって人を惹きつけ、有償のバージョン違いを用意するフリー。これらはあくまで貨幣市場でのモデルだが、フリーにはそれと異なる「非貨幣市場」があり、そこでは贈与経済、無償の労働、等々があると説く。

 
 これらの中で、著者が、特に重要なコンセプトとして紹介しているのが「フリーミアム」。
 フリーミアムとは、(繰り返しになりますが、)「フリー」(無料)と「プレミアム」(高額の有料商品/サービス)を組み合わせた造語で、無料のサービスや商品で多くのユーザーを集め、さらに高度な機能や特別な仕様などを有料サービスとすることにより、両者のバランスの中で利益を確保するビジネスモデルをいいます。別の言い方をすると「少数の有料利用者が多くの無料利用者を支えるモデル」です。

 このモデルの原始的なスタイルは、従来から無料サンプルの配布による集客といった形で存在していたものです。が、デジタルの世界になって、多くのユーザにサービスを提供するための限界費用が飛躍的に低下したことから、さまざまな活用方法が登場したのです。

 本書を通読しての感想ですが、まず、デジタルの世界ではその限界コストの極小化による「フリー(無料)」への流れを制することはできないとの主張は理解できます。
 問題は、その次です。
 そういった「フリー(無料)」といった大きな潮流のなかで、いかにして「ビジネスモデル」を構築できるか、「選択と集中」なのか「多角化」なのか、どこに「儲ける」仕掛けを作り込むのか・・・、知恵比べですね。
 
 

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ペニー・ギャップ (フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略(クリス・アンダーソン))

2010-03-22 09:41:45 | 本と雑誌

 以前から、「無料」で利便を享受できるサービスをフックに消費者を取り込み、別の仕掛けで利益を得るというモデルは存在していました。多くの場合は、サービスを継続利用する過程で、無料化のコストは結果的には回収されるような仕組みでした。

 近年、インターネットの世界になって、さらに新たな「無料モデル」が登場してきています。これら新たに登場したモデルは、そもそもの提供コスト自体が限りなく「0」であることを活用している点で、従来モデルとは異なったものです。

 本書では、様々な「無料化モデル」を紹介しながら、ビジネスにおける「無料(フリー)」の活用に示唆を与えようとしています。

 まずは、「無料」の影響力の強さについての解説です。ここでは「ペニー・ギャップ」というコンセプトが紹介されています。

 
(p81より引用) ほとんどの場合では、1ペニー(1セント)というとるに足りない値段がつくだけで、圧倒的多数の消費者の手を止めてしまうのだ。1セントははした金なのに、なぜそんなに強い影響力を持つのだろうか。
 その答えは、値段がつくことで私たちは選択を迫られるからだ。それだけで行動をやめさせる力を持つ。

 
 この力が、ジョージ・ワシントン大のサボ氏のいう「心理的取引コスト」です。
 このコストの影響により、多くの消費者(利用者)に少額の対価を払わせることで可能となる「マイクロペイメント」というビジネスモデルが成立し得なくなると、サボ氏は主張しています。

 
(p82より引用) たとえば、ウェブページの閲覧を1ドルに・・・するといった少額の支払いを可能にすることで、ビジネスを成立させようとする決済システムだ。そしてサボは、そのようなビジネスモデルはすべて失敗する運命にあると結論づけた。なぜなら、選択肢の経済コストをいくら最小にしても、認知作業のコストが残るからだ。

 
 サボ氏が推奨するのは「フリー(無料)」モデルです。

 
(p82より引用) いくらであっても料金を請求することで、心理的障壁が生まれ、多くの人はわざわざその壁を乗り越えようとは思わない。それに対して、フリーは決断を早めて、試してみようかと思う人を増やす。フリーは直接の収入を放棄する代わりに、広く潜在的顧客を探してくれるのだ。

 
 通常の需給曲線を価格「低」の方向に延長した場合、「いくら低くても有料」と「無料(フリー)」との間には、非連続のギャップがあります。質的な相違があるのです。

 
(p84より引用) 「価格がゼロにおける需要は、価格が非常に低いときの需要の数倍以上になります。ゼロになったとたんに、需要は非線形的な伸びを示すのです」
 コペルマンはそれを「ペニー・ギャップ」と呼んだ。

 
 消費者側の購買行動を惹起させる心理において「安価」と「無料」の間に大きな差があることは、私たちの生活実感としては非常によく理解できます。
 サービス提供者側の立場からの最大かつ解決困難な問題は、あまりにも当然ですが、「無料モデル」でどう利益を得るかです。
 
 

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達人の言葉 (型破りのコーチング(平尾 誠二・金井 壽宏))

2010-03-20 20:42:22 | 本と雑誌

 チームのパフォーマンスを向上させるための「コーチング」をテーマに、経営学者金井壽宏教授とラグビー界の異才平尾誠二氏が語り合っている本ですが、あちらこちらに興味深い話が紹介されています。

 お二人は以前からも交流があるようで、注目もしくは私淑している共通の先達もいらっしゃいます。たとえば、編集工学を提唱している松岡正剛氏、元文化庁長官で心理学者の河合隼雄氏らがそうです。

 その河合氏から受けた「教育」についての示唆を平尾氏がこう語っています。

 
(p162より引用) 河合隼雄先生はかつて、教育には「教える」と「育てる」の両面があるのに、日本には「教師」はいても「育師」がいないと嘆いておられましたが、まさにぼくもそう思います。
 極端な言い方をすれば、やり方を教えるだけで質問はさせないのが日本の教育なのです。

 
 ただ、この点で強いて言えば、最近は「育師」のみならず「教師」も少なくなってきたのではないでしょうか。大村はま氏がいくつかの著作でも指摘されているように、まさに教育現場に立つ教師の「教える技術」の劣化は非常に大きな問題です。

 興味深い話の2つめ。
 金井氏による原英樹教授の「バカなとなるほど-経営成功のキメ手」という著作の紹介です。

 
(p170より引用) 「バカなとなるほど」という部分を見て、最初は妙なタイトルをつけていらっしゃるなと思いましたが、理由を聞くと至極もっともなので感激しました。
 「バカな」と言われるような部分がなければ、他人がとっくにやっているはずだ、でも「なるほど」がないとだれもついてこない。だから優れたビジネスプランには「バカな」と「なるほど」の両方が必要なのだというわけです。

 
 この話は、主張されている内容はもちろんですが、ポイントを際立たせる「キャッチなキーワード」の例の提示としても有益です。

 さて、最後は平尾氏が語る「チームプレー」についてです。

 
(p187より引用) チーム競技の場合、そこにはどうしてもさまざまな連鎖が発生せざるをえませんから、そういうことを見越して自分の仕事に取り組まなければいけないと思います。
 だからといって、チーム競技は助け合いの精神が大事だなどと言っているのではありません。ほかのメンバーの助けをアテにするようなチームプレーは、はっきりいってまちがいです。
 では、チームプレーとは何かといえば、それはメンバー一人ひとりの責任の果たし合いにほかなりません。ですから、だれかのミスは別のだれかがカバーするのではなく、カバーの必要がある人間が一人もいない状態が究極のチームだといえますし、どんなチームや組織もそこをめざすべきなのです。

 
  「強いチーム」は主体的な「強い個」の集まりだということでしょう。
 まず、「強い個」をつくる、そして、そのそれぞれの個を共通の目標に向けて動機付け、動かしていく、こういうダイナミズムをもった「コーチング」を、平尾氏は本書で訴えているのです。
 
 

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リーダーシップ平尾流 (型破りのコーチング(平尾 誠二・金井 壽宏))

2010-03-16 19:11:12 | 本と雑誌

 長年にわたるラグビーの選手・指導者としての経験から、平尾氏は、リーダーには「3類型」があるとの考えを持つに至りました。

 
(p7より引用) リーダーを三種類に分類して、それぞれを「チーム・リーダー」「ゲーム・リーダー」「イメージ・リーダー」と名づけ、リーダーシップは一人ですべてを担うより、この三タイプで共有したほうがよいとの考えを披露されました。
 また、チーム・リーダーには「見切り」と「仕切り」、ゲーム・リーダーには「仕組み」と「仕掛け」、イメージ・リーダーには「危うさ」と「儚さ」といった特徴があるとの説明も・・・うかがいました。

 
 平尾氏の優れた「コンセプト抽出能力」は、こういった説明にも垣間見ることができます。
 さらに、平尾氏はそのコンセプトを「切れのあるキーワード」で伝えていきます。そこでは、言葉によるコミュニケーション能力に重きが置かれます。

 
(p86より引用) 教えるとは、納得させ、行動を変えさせ、さらにその行動をこれから先もずっと続けさせることです。一人の人間にそれだけの変化を起こさせるためには、教える側の言っていることに心の底から納得してもらう必要があります。それを言葉でやろうというのですから、相当なインパクトのある表現でなければダメだということです。

 
 言葉は、人と人との間に介在し両者をつなぐものです。その意味では、人と人の関係性において意味をもつものといえます。
 金井氏は、この関係性というコンセプトから「リーダーシップ」の実存形態について、以下のように解説しています。

 
(p123より引用) 潜在的にリーダーシップを発揮しそうな人に対して、フォロワーがどのように感じるかというところに発生するのがリーダーシップという現象なのです。つまり、リーダーシップはリーダーのなかにあるのではなく、リーダーとフォロワーのあいだに漂っているといえます。

 
 この考え方によると、リーダーシップは、働きかける側(リーダー)だけでその影響力が規定されるのではなく、受け取る側(フォロワー)の条件によっても、大きく変動するものだといえるのです。
 
 

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グループ体験 (型破りのコーチング(平尾 誠二・金井 壽宏))

2010-03-14 10:49:08 | 本と雑誌

 著者のひとり平尾誠二氏は私より少し下の世代ですが、現役時代の彼のプレーには非常に強いインパクトを感じたものでした。神戸製鋼・日本代表のころはもちろんですが、FWに林・大八木、バックスに平尾が並び立った同志社大学のバランスのとれた強さは破格でしたね。

 その後も平尾氏は、監督として日本代表を率いる等ラグビー界で活躍していますが、その柔軟で論理的な思考は、マネジメントやコーチングの世界でも刺激的な知見を与えてくれます。

 本書は、「型破りのコーチング」というタイトルですが、その名のとおり、豊富なラグビー経験に基づいた平尾氏からの独創的な示唆・アドバイスがふんだんに盛り込まれています。そういう多彩な平尾氏の言葉を経営学が専門の金井氏が受けて、そのエッセンスを純化・抽象化したり、さらに肉付けし発展させたりしていきます。
 さて、以下では、本書の中で私の興味を惹いたところをいくつかご紹介します。

 まずは、タイトルにもある「型」について。

 平尾氏は、基本としての「型」の意義は認めつつも、スポーツ現場の指導法を例にとりながら「型を過剰に重視すると成長の伸びしろが小さくなる」と語っています。型にとらわれない「無責任なパス」も必要との指摘は面白いものです。

 
(p29より引用) ゲームで必要なのは、状況を切り開くイマジネーションに富んだパスなのです。それには少々精度が落ちようと、ここだと思ったときに躊躇なく放れるある種の無責任さもなければなりません。

 
 もうひとつ、平尾氏と金井氏とのやり取りにに見られたシナジー発揮の例です。

 平尾氏が「馴れ合いのチームワークは無責任さを生み出すだけ」だと「日本人のチームワークのよさ」について疑義を呈したとき、金井氏は、それを受け、ノースカロライナ大学のビブ・ラタネ博士が名づけた「傍観者効果」を紹介しています。

 
(p40より引用) 街中で心臓発作を起こした場合、目撃者が一人のときは81パーセントの人が救助に駆けつけたのに、その場に複数の人がいると救助してもらえる確率は31パーセントに下がったそうです。

 
 こういう心理状況は、恥ずかしながら私にも心当たりがあります。(もちろん、「心臓発作」の場ではありませんが・・・)
 こういう「傍観者」とならないためには、グループ活動における良質な成功体験が有効です。金井氏は、グループでの営みには良・悪、2つのタイプがあると語っています。

 
(p40より引用) 私はよく、よいグループ経験と悪いグループ経験という言い方をします。一人だったら思いつかなかったアイディアが生まれたり、個人の能力を超える創造的な結果が得られたりするのがよいグループ経験。個人的にやりたかったことがグループであるがゆえに阻害され、不満が残ったら、それは悪いグループ経験。

 
 幼いころからたくさんの「よいグループ体験」を積むことが、常にチームとしての成果最大化を目指すというメンタリティを植え付け、そのための極く自然な利他的行動を起こさせるのです。

 日本では、こういう幼いころの「グループ体験」、いろいろな人たちと折り合いとつけながら行動する(触れ合う・ぶつかり合う・とことん話し合う・・・)といった場が急速に減っていますね。バーチャルな世界のゆるやかな結合では、この手の中身の濃い良質な体験は得られにくいものです。
 
 

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ルポ 貧困大国アメリカ (堤 未果)

2010-03-12 22:50:44 | 本と雑誌

 同じようなテーマの本としては、先に小林由美氏の「超・格差社会アメリカの真実」という著作を読んでいます。

 その本と比べると、本書はよりジャーナリスティックです。
 著者は、数々の取材を通して、今日のアメリカの「貧困」の実態を明らかにしていきます。そして、その悲惨な状況は、極端な市場原理主義が引き起こした悪弊だと断じています。

 アメリカでは、「貧困」がビジネスの種にすらなっているのです。

 
(p6より引用) 「サブプライムローン問題」は単なる金融の話ではなく、過激な市場原理が経済的「弱者」を食いものにした「貧困ビジネス」の一つだ。

 
 このビジネスの世界では、

 
(p9より引用) 「弱者」が食いものにされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく。

 
 こういった「貧困ビジネス」の多くは、政府の社会インフラ構築や社会福祉政策の一環として営まれていた事業の「過度の民営化」の結果生まれたものでした。
 ハリケーン・カトリーナの被害は、民間委託への行き過ぎたシフトが一因だと考える元FEMA(連邦緊急事態管理庁)職員の言葉です。

 
(p46より引用) 「国民の命に関わる部分を民間に委託するのは間違いです。国家が国民に責任を持つべきエリアを民営化させては絶対にいけなかったのです」

 
 こういった叫びがあがっている対岸では、こういう主張も声高に語られています。ハリケーン・カトリーナによる南部都市の潰滅をどう位置づけるのか、米国保守層の典型的思考が現われたコメントです。

 
(p51より引用) ブッシュ大統領の復興計画づくりに力を貸した「共和党研究グループ」の世話役の一人であるマイク・ペンス下院議員は、・・・共和党は被災地の瓦礫の中から資本主義の理想郷を出現させると言っている。

 
 過度の市場原理主義がもたらす貧困は、そのほか人々の身近なところで顔を出しています。
 例えば、「自由競争が生み出した経済難民」
 メキシコからの移民の子であるマリアの言葉です。まだ高校生のマリアにこう語らせる現実は、やはり歪んでいるとしか言えないでしょう。

 
(p57より引用) 「自由競争に負けた私たちは移民となって今度はこの国に入国し、社会の底辺から大企業を支えてゆくんです」とマリアは言う。

 
 その他、すべての人々の生活に密着した「医療」の世界でも非常に深刻な問題になっています。

 
(p83より引用) 「市場原理」が競争により質を上げる合理的システムだと言われる一方で、「いのち」を扱う医療現場に導入することは逆の結果を生むのだと、アメリカ国内の多くの医師たちは現場から警告し続けてきた。

 
 にもかかわらず、その警鐘はそれを聞くべき人の耳には入りませんでした。一度病気になっただけで、高額の医療費負担に耐え切れず「貧困」」に落ち込んでいく多くの人々がいるのです。

 
(p95より引用) 「民主主義であるはずの国で、持たぬ者が医師にかかれず、普通に働いている中流の国民が高すぎる医療保険料や治療費が払えずに破産し、善良な医師たちが競争に負けて次々に廃業する。そんな状態は何かが大きく間違っているのです」
 いのちの現場に格差や競争を導入することを許してはいけないと、アメリカ国内で声を上げ始めた医師の数は決して少なくないのだ・・・

 
 本書でレポートされたアメリカの実態は、日本にとっても「対岸の火事」ではなく「他山の石」とすべき警告です。
 「豊かな中流層の崩壊」から「極く少数の富裕層と大多数の貧困層」という「極端な二極化」へ、この市場原理主義がもたらした現実をどう意味づけるか。同じ道を日本が歩んでいるとの肌感覚は、今や多くの人々が抱いているものだと思います。

 
(p188より引用) 「個人情報」を握る国と「民営化された戦争ビジネス」に着手する企業との間で、人間は情報として売り買いされ、「安い労働力」として消費される商品になる。・・・この顔のない人間たちの「仕入れ先」は社会保障削減政策により拡大した貧困層、二極化した社会の下層部だ。たとえ一国内であれ地球全体であれ、格差は拡大すればするほど戦争ビジネスを活性化させ、そこから出る利益を増大してくれる。

 
 冒頭の「貧困ビジネス」が、アメリカでは「戦争ビジネス」と結びついているという現実は、非常に重いものがあります。
 
  

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もういちど読む山川日本史 (五味文彦・鳥海 靖)

2010-03-10 18:49:17 | 本と雑誌

 私が「山川の日本史の教科書」で勉強していたのは、今から30年以上も前のことになります。そのころに対する懐かしさもあり手にとってみました。

 正直なところ、読み通すのにはちょっと忍耐がいりましたね。当然ではありますが、記述内容は極めて表層的ですし文体もドライです。
 改めて、歴史を学ぶということはどういうことだろうかと考えさせられました。

 確かに、歴史を構成するパーツとしての「事実(と考えられているもの)」は淡々とある分類方法(章立て)によって並べられています。それをそのまま「頭」の中に平行移動(コピー&ペースト)するだけなら、学ぶという観点からは無意味でしょう。本という形の外部記憶媒体がいつも身近にあれば事足りるからです。

 「学ぶ」ということは、本質的には、「歴史(上の事実)を」学ぶ(覚える)のではなく、「歴史から」何かを学ぶのでしょう。
 そういう点から、改めて「教科書」を見たとき、その無味乾燥な記述は、どうも合目的的とは言えないように思いました。「学び」そのものへの直接の寄与度が低いと同時に、「さらに学ぼう」という次なる意欲を掻き立てるようなワクワク感が感じられないのです。

 とはいえ、本書を通読してみてちょっと気になったところを少々書き止めておきます。

 まずは、日本の歴史の大きな変節点となった「大乱」の意味について。
 特に「承久の変」「応仁の乱」は、政治・経済・文化といった観点からみて、歴史上非常に大きな転機を作ったということを再認識しました。

 もうひとつ。これは余話ではありますが、今年2010年が「国民読書年」であることにちなんでのくだりです。

 
(p178より引用) 元禄時代に流通した書物の部数は1000万部をこえていたと考えられる。しかし書物の値段は安くなく、・・・そこで流行したのが貸本屋で、元禄期の京都には200軒ほどあったというが、・・・1830(天保元)年になると江戸には800軒にものぼった。

 
 日本は、世界的にみても識字率が非常に高い国民だといわれていますが、読み書きの教育が進んでいた江戸期には出版業も盛んだったようです。
 当時は、メディアとしての書籍のウェイトは現在よりも圧倒的に高かったわけですから、「国民読書年」とかと声高にいうこともなかったのでしょうね。
 
 

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「阿修羅像」の真実 (長部 日出雄)

2010-03-06 22:23:29 | 本と雑誌

Ashura  昨年(2009年)は、興福寺創建1300年を記念した「国宝 阿修羅展」が東京国立博物館で開催され大変な人気を博しました。ちょっとした「阿修羅像」ブームも広がったようです。

 さて、本書、折りしもそういうタイミングの出版だったこともあり、「阿修羅像」に関する歴史や薀蓄を語った概説書かと思い手にしました。
 が、内容は私が(勝手に)想像していたものとは少々異なっていました。「阿修羅像」に触れたくだりは後半の一部分で、主人公は「光明皇后」。その他、主な登場人物は、藤原鎌足・藤原不比等・県犬養橘三千代・聖武天皇といった光明皇后の縁者、玄奘三蔵・行基ら当時の仏教界を語るに不可避の人々でした。

 本書の大きなテーマは「阿修羅像」のモデルについての推理です。

 
(p211より引用) 阿修羅像のモデルは、いったい誰であったのか。それは幾つもの条件からして、-光明皇后以外の人ではあり得ない。
ぼくはそう感得するのである。

 
 本書の前半部分の飛鳥から天平時代にかけての歴史的・社会的考察は、著者の推理の根拠・背景を縷々語ったものでもあります。そういう考察を踏まえて、著者は以下のように結論づけています。

 
(p214より引用) 興福寺の阿修羅像は、つねに苦悩を内に秘めながら、夫の聖武天皇をしっかりと支え、かつ仏法の強力な守護神となるために、多くの敵対者を向こうに回して、文字通り「三面六臂」の働きをつづけていた女性の-ひたむきで凛然たる決意を体した天才彫刻家満腹、が精魂籠めて作り上げた光明皇后の肖像と観て、おそらく間違いあるまい。

 
 この「阿修羅像のモデル」の仮説の当否はさて置くとして、本書により、飛鳥から天平期の世相を改めていろいろな側面から振り返ることができました。

 たとえば、藤原氏の興隆の原点について。

 
(p58より引用) 鎌足にはじまる新興貴族の藤原氏を、わが国の歴史において最大の名門とした最初の力は、先進国唐の政治と文化に関する他の追随を許さない知識と学問の量であった。

 
 今後の統治はいかなる原理に基づいてなされるべきか。その方向を見定め、僧旻や高向玄理を用いて自らが力を振るえる唐風の政治体制に導いたのは、藤原鎌足・不比等の戦略眼の成せる業といえるのでしょう。

 また、玄奘三蔵の天竺行や行基の菩薩行等についての解説は、私としてはあまり関心をもっていなかったジャンルなだけに、かえって興味深いものがありました。

 「「阿修羅像」の真実」というタイトルは、読み終わって、その内容と照らし合わせたとき少々違和感は感じますが、「光明皇后」を軸にした当時の歴史読本と考えると、著者の立ち位置の是非も含め、それなりに面白い本だと思います。
 
 

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Twitter革命 (神田 敏晶)

2010-03-03 21:45:25 | 本と雑誌

 今、話題のツイッター関係の本です。

 私も昨年秋ごろからツイッターに登録して、ときおりTweetしてみています(@shian_cyu)が、未だに今ひとつその魅力がつかめていません。そういう事情もあって、まず「ツイッター理解の入口」として手に取ったものです。

 本書で紹介されているツイッターの機能・効用は種々ありますが、その中で特に、私の興味を惹いたものをご紹介します。

 それは、情報を選別しつつ拡散させる「ソーシャルフィルター効果」
 ツイッターの「RT(Retweet)」という作法(機能)でもたらされます。RTとは、気になったTweetをそのままあるいは簡単なコメントを付加して転送する機能です。

 
(p80より引用) ツイッターには、ほとんど自分から書き込みをしない人もたくさんいると言われているが、他人の発言をただ読むだけでなく、せめてこのRTだけでも参加してくれればいいと思う。アイデンティティを表現するとまではいかないが、ツイッターではただRTするだけでも、自分自身がソーシャルフィルターとなって、ほかのユーザーに、ささやかながら貢献できるからだ。

 
 ツイッターの参加者が「ゆるいつながり」の中で、他者の発言を読み流したり転送したりするプロセスを経ることにより、情報が次第に取捨選択されていくというわけです。

 こういった情報流通は、「情報元→マスコミ→大衆」という旧来型の流れではありません。「マスコミ」が提供する情報と「対立」するもの、「先行」するもの、「補完」するもの・・・と様々な位相の情報が、ファロワーの関心とそれを反映したちょっとしたアクションで変容・拡大しながら、また多くの場合は黙殺されながらツイッター内を流れていくのです。

 こういった世界観を受け入れるには、いままでおそらく自然に身に染み付いてしまっている「マスコミを通じた現実の捉え方」の転換が必要となります。

 
(p114より引用) マスコミが伝える情報の中に本当のことがまったくないと言っているのではないが、彼らが伝えることだけが真実というわけでもない。ビューポイントの数だけ事実はある。その一つひとつの事実を俯瞰できれば、プロのジャーナリズムという大義をかさに着た報道だけに依拠するより、真実が見えてくるのではないか。

 
 ツイッターとの接し方には、「情報発信」「情報受信」「情報交信(発信&受信)」といったパターンがあります。私自身ツイッターを数ヶ月使ってみて、この中で特に「情報受信」にツイッターならではの特徴があるように感じはじめました。

 それは、流れるTimeLineの中のノイズの存在です。
 受信した瞬間は「ノイズ」と感じても、その「ノイズ」が新たな気づきをもたらすこともあります。一瞬にしてそれはもう「ノイズ」ではなく「有益な情報」となるのです。
 Googleに代表される「検索」による情報収集は、自分で「キーワード」を選び「能動的に検索」して情報をとりに行きます。ツイッターは、その点、受動性のウェイトが大きいのです。受動的に情報を受けることは、一見消極的には見えますが、むしろ、自らをオープンマインドにし、自分の視野外の事象や感性を認識する「積極的な気づきのチャンス」を容認しているとも言えるのです。

 
(p217より引用) ツイッターの場合は、フォローしている人やボットが、向こうから情報を持ってきてくれる。その中には当然、ノイズも含まれる。・・・
 彼らがもたらしてくれたノイズによって、あなたの中に何かが生まれる可能性だってある。ツイッターによって「情報の偏食化」を抑えることができるようになってきたとさえ思うことがある。

 
 ツイッターは、人間が介在することによって「ノイズ」に積極的な意味づけを行うツールでもあります。
 
 

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